第39話:半分エルフの真価
本日も、一話投稿です。
互いの緊張感で、空気までもが、張りつめているように感じる。
そんな中、オレは以前、狂気に侵された邪妖精レッドキャップの大群と、ファレ村で相対したときのことを、考えていた。
あの時のオレは、武器での戦闘の最中に、魔法の詠唱をしてのけてみせたじゃないか。
それで見事にレッドキャップを率いていた、ブラックキャップという連中のボスを討伐……暗夜の防衛戦を勝利に導いた。
発想としては、それに近いのだ。
先入観に囚われず、出来そうなことは、何でも試したら良い。
ナシュトさんが教えてくれた、神聖魔法の覚え方だってそうだ。
ぶつ切りで神様の名前、来歴、その神様の力を借りたときに何の魔法が使えるか、その効果は……と、覚えるよりも神話を物語として把握、一般的な神聖魔法の使い手として、最初はどの様な魔法を覚えておいた方が良いか……と覚えていった方が数倍理解が早かったものだ。
アステールさんが、教えてくれたじゃないか。
一般的には、スキル使用時に魔法の威力を高めるとされる「精神集中」スキルが、本当は一時的に精神力を増加させる効果が有って、応用すれば魔法への抵抗力を倍化させることが出来ると。
あの時、アステールさんの指導を思い出さなかったら、ギャザーから石化の呪いを受けていたのは、エルフリーデでは無く、オレだったかもしれないのだ。
その場合、あの時よりも仲間が受ける被害は、さらに拡大していた可能性もある。
戦闘時特有の加速された思考の中、オレは『キュクロプス』の出方を待ちながら、とりとめの無いようでいて、非常に大事なことに思い至っていた。
すなわち、やって出来ないことは無い、ということ。
その間も、的確な狙いでブラックジャックを振るい続けていた『キュクロプス』の動きが変わる。
オレがブラックジャックをかわした先に、すでに教官の足の甲が有るのだ。
蹴りを選んだのか?
いや、流石は百戦錬磨の元傭兵。
オレが『キュクロプス』の放った蹴りを、十字に組んだ腕で受けながら、自ら後方に飛ぶと、まるで待ち構えていたように、中身の減ったブラックジャックを右手に掴み、思い切り投げつけてきた。
自分から飛んでダメージを軽減したとは言っても、強烈な蹴りを受けているのだ。
オレの両腕は痛みに悲鳴をあげていたが、それを必死に耐えて、着地と同時に棍を、フルスイングする。
……野球のバットに見立てて。
自ら投げたブラックジャックを追う形で、恐らく寝技で止めを刺そうと、オレに向かって突進していた『キュクロプス』は、瞬間的にギョッとした表情に変わり、慌てて×(バツ)の字に腕を交差させ、顔面を守ったが、それがいけなかった。
見事に打ち返されたブラックジャックは、彼の股間に向かって真っ直ぐ飛んでいったのだ。
……悶絶。
まさか、ソコに当たるなんて思わなかった。
野球のボールでは無いから、飛球の方向までは自信が無かったのに……。
見ているオレまで痛くなってくるが、急所を襲った壮絶な痛みに、のたうち回る『キュクロプス』に向けて、棍を油断無く構える。
残心。
武術の大基本だ。
しばらくの間、残された右目を白黒させて、苦しんでいた鬼教官の目尻には、何やら光るものが有った。
思わず、鬼の目にも涙、とでも言いたくなるが、アレはそういう意味ではない。
◆ ◆ ◆
「参った、参った。……こっちまで片方だけになっちまったら、お前のことを金輪際、半分なんて呼べなくなるとこだった。」
「すいません、教官殿。まさか、あんな風に飛ぶとは思いませんでした。……その、本当に大丈夫ですか?」
「……ああ。とりあえずは無事みたいだ。しかし、見たこともない格好で打ち返したもんじゃないか。あんなもん、誰から習った?」
まさか前世、リトルリーグで……とは言えない。
「いえ、あの時は無我夢中で……」
「そうか、そんなもんかもな。にしちゃあ、堂に入ってたがな。まぁ良い。半分……いや、カインズと言ったか。とにかく見事だった。」
「ありがとうございます」
お世辞を言わなそうな男からの賞賛は、素直に嬉しいものだ。
オレは深々と頭を下げ、心から礼を言った。
それに対して『キュクロプス』は苦笑すると、照れくさそうに、だがハッキリと続ける。
「礼など要らん。お行儀ばかり良いヤツは、戦場じゃあ生き残れんぞ? 槍が折れ、剣も曲がり、矢すら尽きても戦うのが、本物の兵士なんだ。さっきのお前の戦いぶりは、格好こそ良くないかもしれないが、本当の戦士のやり方だ」
オレは今一度、心から頭を下げ、しかし今度は無言で感謝を表した。
男が男を認める。
それは死力を尽くして、向かい合った間柄だからこそなのだろう。
教官は驚いた顔をみせたが、身震いしたくなるほど良い笑顔で最後に、こう言って踵を返した。
「よせ、よせ。まだ三日も有るんだ。次は簡単には負けてやらんぞ?」
オレはもう正直、この鬼の様な男との真剣勝負は、やりたくないのだが……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それからの三日間、オレは幾度と無く『キュクロプス』やフィリシス、エルフリーデ……さらには、チャンドラやセイルと遭遇し、激戦を繰り広げた。
この六人には、さほどの差がない。
どれも、厳しい戦いになった。
最後の三日間、遭遇戦の機会は、それまでとは比較にならなかったのだが、それには訳がある。
オレが初めて『キュクロプス』を退けた日の夕方、その日の初めての集合の笛で全員を集めた鬼教官は、若干実力に劣っていた三名の脱落(失格)と、訓練エリアの大幅な縮小を告げたのだ。
三名が抜けたのだから、三分の二にすれば遭遇する確率は変わらない計算になるが、その予想は『キュクロプス』の鶴の一声で、たちまち裏切られる。
元の半分どころか、オレ達の活動範囲は、森林部北半分のみに限定され、それは従来の訓練エリアの三分の一以下になることを意味した。
オレも聴覚や夜間視力、森林内での活動などには、そこそこの自信が有るが、このメンバーの中では、それすらも気休め程度というところだ。
案の定、オレは常に危険に晒され、連戦に次ぐ連戦で訓練終了時には、心身ともに疲労困憊していた。
だが、結果的に濃密な時間を過ごしたことで、オレ達は以前とは比べ物にならない程の、力を手に入れていた。
そして収穫は、他にも有る。
オレ達と同年代で、さらには得難い程の実力を持つセイルなのだが、彼は歴戦の傭兵フィリシスに憧れて、傭兵の道を志した男だった。
初めはフィリシスと、憧れの『突然死』が、同一人物とは思っていなかったらしいのだが、訓練期間中に事実を知り、またフィリシスのレベルや、二つ名の由来になった固有スキルに頼らない『強さ』を目の当たりにして、憧れを強めフィリシスに弟子入りを志願。
フィリシスも最初は拒否していたが、セイルの尋常ならざる熱意に、渋々では有るが、同行を許可した。
……棚ぼた気味に優秀な人材、ゲットです。
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