第38話:応え、答える
遅くなりました。
オレの棍は、既に『キュクロプス』を、その間合いに捉えている。
一方の『キュクロプス』の構えるブラックジャックは、いわゆる短兵器なので、オレは一方的に突き、薙ぎ払い、そして長剣で斬りかかるが如く縦の撃ち下ろしも加える。
それに対して『キュクロプス』は、常に後方に向かって下がる動きを見せている。
このままでは雑草や灌木の繁茂した『キュクロプス』が、茂みから出て来た場所に誘導されてしまう。
いくらオレが攻撃を仕掛けても『キュクロプス』は反撃もしなければ、牽制や受ける動きすらせず、ひたすら後退と停止を繰り返している。
やはり何らかの狙いが有っての誘導と見るべきだろう。
本来なら、ブラックジャックを持った『キュクロプス』から向かって来ないという方が、おかしな話なのだ。
オレは至極当然の警戒心から攻撃を中断し、相手の出方を待つ。
今までの遭遇戦訓練時の『キュクロプス』は、非常に果断で、多少のリスクは承知の上での、激しい速攻を仕掛けて来ていた。
今の教官殿の動きは、明らかに「らしくない」のだ。
「どうしたんですか? いつもの教官殿なら、今ごろ火の出る様な猛攻を仕掛けて来られるじゃないですか。どこか、体調でも?」
「ふん! 相変わらず口の達者なヤツだ。だが今のは中々の動きだぞ、半分。槍を使っていた時とは趣が異なるからな。見に回っていたまでよ」
「お褒めに預かり光栄です。教官殿の、ご指導の賜物ですよ」
「ふん、寝言は寝てから言え! 正直、見違えたぞ。半分、貴様……やれば出来るじゃねえか」
左目の辺りに布を巻いた禿頭(とくとう、スキンヘッド)の大柄な男は、ニヤリと獰猛そのものの笑みを見せる。
なるほど……キュクロプスって呼び名は、伊達じゃないな。
普段のポーカーフェイスの軽く三倍は、迫力が有る顔だ。
オレは今まで槍は槍、剣は剣、斧は斧、体術は体術と言うように、無意識のうち、その時に持っている武器によって、戦い方を変えていた。
それは、ある意味では当然かもしれないが、少し考えてみれば、実に勿体無いことだとも言えるのだ。
父イングラムから、幼少より習い修めた、槍術や弓術。
ソホンさんから教わってきた剣と盾の扱い方に、ジャクスイさんが指導してくれた体術に短剣。
それぞれがオレの血肉になっているのに、これまで独立したまま、技術的に融合して来なかったのは、今までに遭遇した敵やライバル達より、オレが圧倒的に、身体能力で上回っていたからかもしれない。
今、隔絶した身体能力を封じられて初めて、本当の意味での強さとは何なのか、そのほんの一端を掴みかけている。
オレは『キュクロプス』の仕掛けた罠を食い破る覚悟を定め、先ほどより苛烈に、格上の強敵に挑み掛かっていった。
槍で突くように、剣で斬るように、槌で叩くように、薙刀を振るうように……。
時には足払いをも交えて『キュクロプス』を後退させていく。
彼我の距離は、先ほどより僅かに縮まり、敵の足が茂みに入る寸前まで来ていた。
すると、単眼の鬼教官は、ここで初めて反撃を見せる。
ひどくゆっくりとした動き。
ブラックジャックの間合いからすれば、まだまだ遠すぎるのだが……。
オレは直感的に危険を感じ取り、腹這いに倒れ込むようにして、ブラックジャックの軌道上から、身をかわす。
まず風切り音がして、ついで乾いた「カンッ」という音が背後から聞こえる。
良く見れば即席のブラックジャックの先端には、歪な丸い穴が空いていて、無骨な石ころの表面が顔を覗かせていた。
サーっと、血の気が引く音が聞こえる気がする。
打撃武器の先端から石を射出した……だと?
恐るべし『キュクロプス』。
その武骨者といった見た目とは裏腹に、尋常では考え付かない見事な戦術を、披露された。
直感に従って回避しなければ、今頃は決着がついていたことだろう。
舌打ちして、足元に這ったオレの頭上から、ブラックジャックを打ち降ろす『キュクロプス』。
無様に転がって避けるが、次々に追撃を浴びせられ、回避に精一杯で立ち上がる時間すら無い。
たちまちのうちに攻守は逆転していた。
みっともなかろうが何だろうが、今は避けるしか手は無いのだ。
たとえ棍で受けても、変形のブラックジャックの先端から、石を射出されて終わりだ。
だからといって、このまま回避を続けられる保証は無いのだが……。
チャンスは一度きり。
焦れた『キュクロプス』が勝負を決めに来る、ただその一瞬にかける他は無い。
森の中の狭い草地を、右に左にゴロゴロと転がり、回避に専念する。
時折フェイントを挟んできたり、驚くほど近くを、ブラックジャックがかすめ地面を打ったりと、徐々に危険な場面も増えていて、まるで薄氷を踏む思いだ。
その反面、空振りの度に『キュクロプス』が手にするブラックジャックの殺傷力は、僅かずつ衰えていく。
革袋の中身の石が、少なくなってきたのだ。
ようやく、オレの狙いに気が付いたのか『キュクロプス』の表情が、次第に苦々しげなものへと、変容していく。
攻撃の手を緩めれば、オレに立ち上がる時間を、むざむざ与えることになる。
ここで立ち上がらせてしまえば『キュクロプス』の敗北は、もはや揺るがないものになるだろう。
そもそもの武器の間合いが違うのだし、奇策も既に判明済みだ。
かといって、このままでは、ブラックジャックの殺傷力が、不十分になる時も近いに違いない。
この段階では、取り得る手段は限られていた。
まずは蹴りを多用し、止めをブラックジャックに託す。
または、ブラックジャック自体を、投擲武器として使用する。
最後は武器にこだわらず、寝技の勝負に持ち込む。
いずれにも対処が可能な様に、オレは油断無く備えた。
オレなりの答えの真価を示すのだ。
果たして、次の瞬間それは現実のものとなる。
お読み頂き誠にありがとうございます。
明日も一話投稿予定です。
通算10万ユニークアクセス突破しました。
慎んで御礼申し上げます。




