第37話:ブラックジャック
本日、一話投稿です。
地獄の訓練開始から、早いもので四日目の朝を迎えた。
この頃になると、オレの身体も、ようやく環境に適応を見せ始める。
能力が制限されたせいで、最初は重たくてたまらなかった身体も徐々に、気にならなくなってきた。
今までのオレが、いかにチート気味に成長した、身体能力任せで身体を動かしていたのかを、思わず痛感してしまう。
脳のイメージする普段の動きと、現状の身体の能力とが、余りにかけ離れ過ぎていて、しょっちゅう転倒や、スタミナ配分を間違えて息切れ、攻撃の当て損ね、回避ミス……数え切れないほどの失敗をやらかしていたものが、だんだんとミスの回数自体が減ってきた。
元々一般的な能力しか持たない人間が、戦場を生き抜けるように鍛えるために、試行錯誤を繰り返されたであろう訓練プログラムは、確実にオレの地力を高めていたのだ。
教官を務める『キュクロプス』から、集合時に限定して教えられる、戦場やサバイバル中における、重要な知識の数々。
それぞれの項目につき一度しか教えられず、二度とは習えないが、そもそも傭兵の世界は、二度目など無いかもしれない世界なのだ。
それも、ある意味では当たり前のことだと言える。
ラペリング(ロープを使った急斜面などからの降下のための方法)や森林地帯における隠密行動などの専門技術や、この世界の傭兵の主要兵装であるパイクという長槍を初めとする様々な武器の扱い方、戦場での心得、体術の裏と言いたくなるような戦場格闘術などなど……。
元が冒険者や騎士などが多かった、学院の講師陣からはもちろん、冒険者としては一流の父や師匠達からでは、教わること自体が無さそうな技術や知識ばかりだ。
今は、様々な能力が制限されているので確かめようが無いが、この一週間の訓練には相当な成果が期待できるだろう。
……まぁ、これだけ有意義な訓練なら、教官の『キュクロプス』に、ついていくの自体がキツいのは、もう仕方ないのかもしれない。
エルフリーデは習うより慣れろを地でいくタイプで、講義中は内容を理解していなさそうなのに、実際に『キュクロプス』が実演して見せると、肝心な内容だけは把握し、繰り返し自分で実践するうちに、誰もが感嘆するほどに上達していく。
フィリシスは、豊富な傭兵経験がモノをいった形となり、早くも頭ひとつ抜け出している。
そんな彼も決して余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言うわけでは無いらしい。
種族的な要因なので仕方ないのだが、身体が小さい分だけ、本来なら何をするにも、他人よりも不利な環境なのだ。
他の五人も、オレが先入観から新兵だと思っていただけで、どうやら今までに相当な期間の、傭兵経験が有りそうな印象だった。
特に二人の男は別格で、フィリシスの本来の実力に、かなり近いものを持っているのを感じる。
一人は狼人族の男性、種族的な特徴が有る部分(耳としっぽ)を除けば、大変に人の良さそうなオジサンだ。
少しだけ腹が出ているのも憎めないところだし、辛い訓練の最中でも、いつもニコニコとしている。
だが、投擲の技術や察知能力では、群を抜いてトップの成績を誇るのだ。
彼の名はチャンドラ。
今回の参加者の中では最年長らしい。
もう一人はセイルと言う人族の少年で、特徴的なのは、その顔立ちだ。
ちょうど日本の男性アイドルユニットに居たら、一番か二番目に人気が出そうな顔をしている。
なんと言うか、茶色がかった黒髪と、色素の薄い肌と目を持った、日本人と白人のハーフみたいなイケメン君なのだ。
彼の特技は隠密行動と体術。
真っ正面から素手で戦う場合に限定すると『キュクロプス』の次に強いのは彼だろう。
特に『抜き手』の使い方と、絞め技、極め技は卓越したものを持っている。
今のところ、単独行動訓練の間は、一度しか遭遇していないのだが、全く物音を立てずに、いつの間にかオレの背後に立っていたのには、度肝を抜かれた。
あれが訓練で無ければ、今ごろオレの命は無かったハズだ。
自分と同等か、それ以上の能力を持った同年代の存在は、非常に良い刺激になる。
セイルへのライバル心は、オレをいっそう奮起させるのに、充分なものだった。
いつもなら、そろそろ一度目の集合が掛かる時間帯なのだが、今日は遅い。
昨日のうちに仕留めて血抜きをしていた蛇を、石刀でリズミカルに捌いて、木の皮に包みながら首を傾げる。
こうしておくと、今夜の食事までには臭みが抜けて、そのまま生でも食べられるようになる。
火を焚くと、明かりや煙で自分の場所を教えることになるため、この訓練期間中は、火の通った食べ物は食べられない。
生活魔法すら封じられた状態のため、魔法であっという間にミディアムレア……なんて真似も不可能だ。
この地域で生食可能な植物や、こうした小動物の処理の仕方等は、初日に教えてもらえたから良いものの、そうで無ければ、父から教えて貰ったことの有る植物や、書物からの知識だけで食糧調達をせねばならず、飢え死にまではしないだろうが、今ごろはかなりの空腹を抱えて、すっかり意気消沈していたことだろう。
中々、集合の笛の音が聞こえず、訝しんでいると、横合いの茂みがガサガサと音を立てた。
オレは、すぐさま自作の棍を構えて、臨戦体勢を整え、注意深く様子を窺う。
茂みから姿を現したのは、誰あろう『キュクロプス』だった。
「誰かと思えば、半分か……。腕を上げた様だな。近くに来るまで、気配を感じなかったぞ」
「それはどうも。教官にしては珍しく、盛大に物音を立てながらいらしたので、野生の動物かと思いましたよ?」
「ああ、今日は個人的に訓練をつけて回ることにした。得手、不得手も随分と異なるしな。半分、お前が六人目だ」
「あとの二人は?」
「チビと黒髪だ。あいつらを見つけるのは、オレでも苦労する。お前も相当だった。今日のオレは能力を少しだけ解放しているからな。誇って良いぞ」
チビはフィリシス、黒髪はセイルのことだったハズだ。
と、言うことはチャンドラやエルフリーデも、この時間までに、既に見つかっているのか。
「それで僕には、何を御教示頂けるのですか?」
「お前には、武器戦闘だ。小器用に何でも使いこなすのは良いが、どれひとつ未だ達人の域には無い。短槍だけは中々だが、ありゃ戦場ではイマイチだ。……と、言いたいところだが、その棍、よほど考えたな?」
「はい、自分なりの答えです」
「よし、遠慮は要らねぇ。掛かってこい!」
言うなり『キュクロプス』は、石ころがギッシリ詰まっているらしい皮袋を構えた。
……ああいうの、ブラックジャックって言うんだったかな?
当たれば痛そう、なんてもんじゃない。
元は水の入っていたであろう、革袋の再利用法としては、凶悪かつ理想的だ。
恐らく、他にも武器を隠し持っているのだろう。
今の彼我の距離は、こちらの間合いなのだが、何故か『キュクロプス』は動かない。
回避に絶対の自信が有るか、あるいは、やはり……。
このまま考えていても仕方ない。
単眼の鬼、その胸を借りるまでだ。
危険は承知の上で、オレは『キュクロプス』に打ち掛かる。
恐ろしき片目の教官に……。
お読み頂き誠にありがとうございます。
一日開きましたが、また一日一話を目標に頑張ります。
改めまして、ヨロシクお願い申し上げます。




