第36話:半分エルフとキュクロプス
大変に遅くなりました。
これは呪いの類いだろう。
オレは正直、生まれて初めての、本物の試練に立ち向かっていた。
「おい、そこの半分! 誰が休んで良いなんて言ったんだ? もういっぺん喰らうか、おい!」
「すいません! すぐ行きます!」
「あんまりノロノロしてやがったら、またケツ蹴っ飛ばすぞ!?」
鬼がいる。
単眼の鬼が……。
初対面の時『キュクロプス』と名乗った男は、まさに鬼の化身だった。
キュクロプスって何だっけ? なんて、考えてる場合じゃなかった。
今頃、サイクロプスの別名じゃないか、とか思い出しても、もはや手遅れなのだ。
タチの悪い呪いをかけられたうえで、名乗りの通りキュクロプスそのものの片目の男に、生殺与奪の権を握られた今の状態は、悪夢以外の何物でもなかった。
ああ本当に、夢なら早く醒めてくれ…………。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さってと、カインズ、エルフリーデ。……本当に良いんだよな?」
「ああ、アタシに異存は無い。早急に鍛え直さないと、また足を引っ張るだろう」
「エルフリーデだけの責任じゃない。むしろオレの甘さのせいで、エルフリーデを苦しめたんだからな。フィリシス、頼むよ」
「お前ら最近、毎日そんなこと言ってんな。まぁ、良いや。オレは手続きして来ちゃうから、そこらへんで待っててくれな」
「ああ、分かった」
「了解だ」
傭兵ギルドと言うだけあって、この場に居るのは、強面と言う言葉がしっくりくる男や、性別を間違えたんじゃないかと疑いたくなるような、筋骨隆々の女が多い。
たまに、おや? と思うような華奢な男や、それなりの美人も居るものの、その目付きは一様に鋭い。
役所然とした冒険者ギルドと最も異なる点は、受付で諸々な手続きをしている者や、依頼書が貼られた掲示板を眺めている者の数より、ギルドの一階に併設された酒場で朝っぱらから酒を呑んでいる連中が多いところだろうか。
相当に場慣れしているだろうフィリシスは、何の感慨も無さそうに、まっすぐ受付に向かったが、オレにはどうも居心地が悪い。
生まれ変わっても、ああいったヤンキーじみた連中が、大勢居る場所が苦手なのは、どうやら変わらないらしい。
中学一年生になりたての時、不良の溜まり場になっていたゲームセンターに、知らずにうっかり立ち寄ったせいで、親に貰ったばかりの小遣いが、たった三分で無くなったのは、忘れようにも忘れられない。
エルフリーデは泰然自若と言ったところか、いつもの堂々とした態度は、こんな環境でも全く変わっていないのだから、本当に大したものだ。
傭兵ギルドの連中は、こちらに向かって無遠慮な、どこか値踏みするような視線を向けている。
あっ、何だアイツ。
酒場の床に唾吐きやがった!
もう、本当に勘弁してくれよ。
案の定と言うべきか、唾を吐いた人相の悪い男は、席を立つとドカドカと床を踏み鳴らしながら、こちらに向かって大股に歩いてきた。
「おい! てめえら! いつまでも先輩に挨拶もしないで、そんな端っこに突っ立ってるたぁ、どういう了見だ? あぁ!?」
「ああ、これはすいません。ご挨拶が――」
「五月蝿い。一々そんなに大声を出さなくても、十分聞こえてる。それとな、酒臭くてたまらないから、アタシから離れてくれ」
「何だと、このクソね――」
「はい、おしまい。オレの連れに何か文句あんのか?」
「フィリシス!」
いつの間にか手続きを終わらせたらしいフィリシスが、気が付いた時にはもうガラの悪い男の目の前で、愛用のダガーを構えて睨みを効かせていた。
「あんだと、このチ……って、フィリシスだ!? お前みたいな、ちっさいのが突然死!?」
「その恥ずかしい二つ名やめろよ! ったく! だから傭兵ギルドなんて来たくなかったんだよなぁ……」
「フィリシス、手続きは終わったんだな。じゃあ、さっさと行こう。ここは、汗臭くてアタシは苦手だ」
「ああ、行こう。地獄が待ってるぞ」
「待てよ。何で突然死の旦那が、そんな奴らと一緒にココに?」
「お前……その呼び方やめろって言ったろ? まぁ、いいや。コイツらは、オレのダチだ。ここには特訓しに来たんだよ。一週間の地獄って言やぁ分かんだろ?」
「ま、マジか? アンタはともかく、坊っちゃんや姉ちゃんには無理だろ……」
「そんなことは、お前みたいな三下には関係ない。もう、いいか? これ以上グダグダ言うなら……温厚なオレも、さすがにキレちゃうよ?」
フィリシスの声は、今までに聞いたことも無いほど、冷淡な声だった。
いつも、暢気で陽気なフィリシスが初めて見せた、本当の姿。
スゴスゴと引き下がる男を笑う者は、誰も居なかった。
それどころか、気づけば誰もこちらを見ていない。
必死に視線を反らして、こちらに関わらないようにしているようだ。
その場を後にしたオレ達は、傭兵ギルドの職員に誘われて、三階へと上がり奥の一室に通された。
そこで待っていたのが『キュクロプス』と名乗る男。
……このあと、オレ達に呪いを掛けて、地獄を見せてくれることになる、恐ろしい教官だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オレ達は、その日のうちに、帝都から南に向けて、半日掛かりで走らされ、森林と渓谷と丘陵とが併存する地帯へと到達した。
ある程度、道中の安全を保証してくれる甬道からも大きく外れ、道なき道を走るのは野外で活動し慣れたオレ達にも、それなりに厳しい鍛練だ。
さらに『キュクロプス』は、オレ達のステータスをギルドの魔法具で調べると、すぐさま呪われた魔法具を持ってきて、オレ達に手渡してきた。
それぞれに魔法やスキルを封じる効果の有る物や、レベルを一時的に下げる物、さらには直接的に能力を低下させる物まで有ったのだ。
オレ達の身体的な能力値は、一律で百前後まで低下させられ(封じられ)、一般的な新人の傭兵レベルの状態に統一された。
これが思ったより、はるかにキツい。
元の能力が高い者ほど、反動で体が重たく感じるだろう。
その日だけは、傭兵ギルドが用意した訓練拠点の施設内で夕食、睡眠が取れたが、その間も魔法具の除装は認められず、能力が低下したままで過ごすのだ。
しかも翌日からは、全員が同じように、武器や防具を預けさせられ、身に寸鉄も帯びずに、サバイバル様式での訓練で、食糧の調達から睡眠する場所の覚悟まで、自分の体一つだけで行わなくてはならない。
オレ、フィリシス、エルフリーデ、他に五名の新兵らしき男達。
全部で八名が訓練を受けることになっていたが、お互いに協力し合うのは厳禁。
むしろ各自が訓練中は、敵同士という規則だ。
ここに片目の教官、『キュクロプス』が加わり九名が、お互いに遭遇した時点で模擬戦闘が行われ、相手を制圧下に置くまで、戦い続けなくてはならない。
そんなことは、お互いに体力の消耗になるので、なるべく避けたいのだが『キュクロプス』は、やたらと勘が鋭いうえに、待ち伏せが上手い。
オレ達、訓練生全員が翌日までには『キュクロプス』に敗北を喫していた。
日が登り、しばらくすると『キュクロプス』が鳴らす笛の音を合図に、日に何度か集合が掛けられる。
その後に、様々な技術的な指導が行われるのだ。
この時、遭遇戦を避けるために、森の奥深くや谷の奥底などに潜んでいると、最も遅く集合場所に着くことになる。
一番遅くに到着した者は、能力封印を解除した『キュクロプス』に、頬を軽く撫でて貰えるのだ。
これが、岩石がぶつかったと錯覚するほどに、重たく硬く、そして痛い。
端から見ている分には、軽い平手打ちに見えるのだが、その実恐ろしいほどの破壊力を秘めている。
かく言うオレも何度か殴られたクチだ。
これを恐れるあまり、『キュクロプス』の近くに居ようとすると、すぐに見つかって、いとも簡単に背後から絞め落とされたり、関節を外されたりしてしまう。
一番最悪だったのは、エルフリーデと遭遇した時の事だった。
お互いに拮抗した能力で、武器を持たずに相対していると、エルフリーデの戦闘の勘は非常に脅威なのだ。
どちらも決め手を欠き中々、決着がつかずに睨み合っていたら突然、背後から棒で殴り倒された。
エルフリーデも、その後に正面から殴り倒されたと言うから、『キュクロプス』の腕前は、本当に恐ろしいものだ。
そもそも、棒が有りとか聞いていなかったが、その後に遭遇したフィリシスは、石ころを投擲してきたり、黒曜石のような石で出来たナイフを持っていたから、要は自力で調達したものは、武器として使っても咎められないらしかった。
しかし、能力封印の反動が厳しい。
ここまで、魔法やスキル、恵まれた能力値に依存していたとは、自分が情けなくなる。
本当の強さ、その一端は、この訓練を終えれば見えて……来ますよね?
お読み頂き、誠にありがとうございます。
ちょっと明日は多忙なので更新を、お休みさせて頂きます。
明後日には再開致しますので、ヨロシクお願いします。




