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第34話:悔恨をこそ糧として

遅くなって申し訳ありません。

『こっちです! 早く!』


 馬に乗るという行為一つ取ってもこうなのだ。

 オレは、十分に馬に乗れる。

 だが、追い比べではエルフリーデはともかく、フィリシスには時折負けてしまう。


 泉のニンフの分体であるシェニには、オレとフィリシスの二人共が僅かに遅れている。

 今も石化が徐々に進み、十全には体の自由が効かない、エルフリーデを乗せているということを考えると、驚嘆せざるを得ない速さだ。


 もちろん、オレ達はセダの泉までの道を知らないのだから、迷い無く馬を操っているシェニには及ぶべくも無いのだが、それにしても、だ。

 技術的には十分以上でも、完璧には程遠い。



 何でナシュトさんを越える程に、神聖魔法を極めなかった?

 特に理由も無く何とは無しに、宗教を嫌うところの有る元日本人だからか?

 必要なことでは無いのか?


 何でサナさんを越える程に、召喚魔法を極めなかった?

 翼を持つ者を使役出来れば、例えばワイバーンなり、グリフォンなりを喚べるようになっておけば、もっと早くに苦しむエルフリーデを、石化の呪いから、救ってやれたのでは無いのか?

 心のどこかで、サナさんなら喚べるから、オレはそこまで極めなくて良いとか、思っていなかったか?


 オレは何で、フィリシスの様に、必要な場面で冷静になれないんだ?

 人殺しをする覚悟も無く、人と敵対すべきでは無かったのではないのか?

 それは甘えと言うものでは無いのだろうか?


 何で、何故、どうしてオレは、こんなに色々出来るようでいて、肝心な時に何も出来ないんだ?


 セダの泉への道中、ずっと悔恨とでも言うべき感情が、オレの心を支配していた。


 後悔は先に立たず……覆水盆に還らず……死んだ子の歳を数えても子は甦らない。


 今、出来ることは、道を急ぐこと。

 それだけは分かっていた。

 自問の答えは中々出ないが……。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 完全に日が暮れてからも、オレ達は馬を追い、セダの泉に到着した。

 馬にも夜間視力が有ることは知識として知っていたが、馬に乗って夜の道を走るのは、これが初めてのことだった。

 疲れていただろうに、頑張ってくれた馬達には感謝の念が浮かぶ。


 エルフリーデの石化は、脚は膝下、腕はちょうど肘の辺りまで進行していた。

 急いで手足の自由が効かないエルフリーデを、馬上から降ろす。


 靴を脱がせ、革のグローブを外すと、お姫様抱っこの形でエルフリーデを、泉の(ほとり)まで運ぶ。


「カインズ……すまない。アタシは重たいだろう?」


「そんなこと無いって! 軽すぎるぐらいだ」


『カインズさん、こちらに!』


 シェニに手招きされるままに、エルフリーデを抱きかかえたまま、泉の中程にまで進む。


『ゆっくり……ゆっくりと降ろして水に手足を浸けて下さい。エルフリーデさんは、私が掬った水を少しずつ飲んで下さい』


 エルフリーデの手足が水に浸かると、どんどんと泉の水が、どす黒く染まっていくのが分かった。

 反対に、エルフリーデの手足は、ひどくゆっくりとでは有ったが、元の白さを取り戻していく。


 シェニは綺麗な部分の水を、手で掬って来てはエルフリーデの口元へ運ぶ。


 ふと見やると、もう一人のニンフが、自らの背丈ほど大きな水瓶を抱えて、オレ達が来たのと反対側の(ほとり)に立っているのが見えた。


 おもむろに水瓶を傾け、白く発光する液体を泉に注いでいく。

 その姿はシェニを僅かに大人にしたような姿。

 彼女がナイアデスの本体で有ることは、容易に想像がついた。


 フィリシスは黒く染まった水を、いつも持ち歩いている大型の木製ジョッキで汲んでは、泉の外に捨てにいく。

 首まで水に浸かりながら、懸命に反復動作を繰り返していた。

 その行動は、焼け石に水にもならないのだろうが、何もしないで見ているよりは……といったところなのだろう。


 オレも精一杯、エルフリーデを支え励まし続けた。


 自分が不甲斐ないと言いながら、エルフリーデは泣いていたのだ。


 男勝りなエルフリーデの涙を、この時オレは初めて目にした。


 どれだけ、そうしていただろう。


 ギャザーの呪いを受けてから、徐々に血色を失っていったエルフリーデの顔が、徐々に精彩を取り戻してきた。


 石化部分も後は指先を残すのみ。

 セストは、エルフリーデに水を飲ませるのを止め、しきりに石化していた部分をさすりながら、また不思議な抑揚のついた(うた)を唄っていた。

 謌が進むにつれ、エルフリーデの冷えきった体に、熱が戻る。


 フィリシスは、くしゃみをしながら、泉の周囲から薪を集め、手際良く火を起こしていた。


 今夜エルフリーデを寝かせるための準備を、整えているのだろう。


 あと僅か……と言うところで、石化の呪いはしぶとくエルフリーデの体に、しがみつこうとしているかに見えたが、最後に煙のようにも見えるおぞましい黒さを、泉に残してついに消え去った。


 オレは急いで、フィリシスが火の側にエルフリーデを横たえ、上からマントを被せる。

 そしてマント越しに、エルフリーデの手足を擦るようにして温めていく。

 エルフリーデは、それを見て苦笑すると、怒ったように口をとがらせ、こう言った。


「カインズ、フィリシス……ごめん。今回はアタシが甘かった。次は絶対に不甲斐ない姿は見せない。だから……そんな泣きそうな顔でアタシを見ないでくれないか?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝、目を覚ましたエルフリーデは、すっかりいつも通りだった。


「おはよう、カインズ、フィリシス。何だ? お前達は寝てなかったのか? 酷い顔だぞ?」


「エルフリーデは元気そうだな。……本当に良かったよ」


「目を離したら、エルフリーデが石になっちまってんじゃないかって思って、寝てらんなかったよ。……ったく、お前らみたいな甘い連中は戦場じゃ真っ先にくたばるんだぜ?」


「ああ、そうだろうな。アタシは、一から鍛え直すよ」


「オレも精一杯鍛え直すよ。それでも、冒険者としてもランクを上げる。甘えも金輪際捨てる。課題は山積みだな」


「オレも……そうだな。心当たりが有るんだ。帝都に戻ったら、一緒に来て欲しい場所が有る。傭兵流ってヤツでな。オレは二度と行きたくなかったんだが、お前達みたいなのを二人だけで行かせるのも酷だしな」


『貴方達は決して弱くは有りませんよ? ただ、優し過ぎただけ……。今回のことは私達ニンフにも責任が有ります。淀んだ水では貴方達の力にはならないでしょうが、泉がまた元の清らかさを取り戻したなら必ずや、貴方達のお役に立つものを、ナイアデスの名に懸けてご用意致しましょう。』


『私達もお礼をするわね!』

『わね』

『させて頂きます』

『期待してて良いわよ〜』


 いつの間にか、他のニンフ達の分体も合流していて、オレ達への支援を約束してくれた。


 今回は、結果としては何も失わずに済んだ。


 でも、オレは二度と後悔はしたくない。

 そもそも、後悔しなくて済むようにしないといけないのだ。


 オレ達はこの時、それぞれが今以上に力を付けることを、心に誓っていた。


お読み頂き、誠にありがとうございます。


明日から、ある意味での新章突入です。

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