第3話:微妙にチートに
翌朝、アステールさんは慌ただしく旅立っていった。
アステールさんを見送った後、オレは自室に戻って、アステールさんのくれたプレゼントを開封してみた。
『きちんと練習しといてねー。入学前にライバル達に差をつけちゃいなー?』
と、短く書かれた手紙と、魔力の媒体の短杖、アステールさんの自筆らしき初級の魔術教本が、やたら立派な箱に入っていた。
苦笑しながら、心の中でアステールさんへの感謝を捧げ、今度は両親がくれたプレゼントを開封する。
そうは言っても父がくれたものは、明らかに短槍と弓の形をしているから、開封する前から何か分かっていたんだけれど、確かにモノは良さそうだ。
問題は母からのプレゼントだった。
こぶりな箱を開けると中から、凝った意匠の手鏡と、透き通った紫色をした、小さな水晶玉が入っていたのだ。
意図がよく分からなかったので、台所で料理をしていた母に尋ねると……
「それはね、本当私の父……貴方のお爺ちゃんからのプレゼントなのよ。どちらも凄い魔法具なんだって。本当は昨日も来たがってたんだけどね」
「お爺様は、とても忙しい人だから仕方ないよ。ところで、コレどうやって使うの?」
「鏡は、柄から魔力を流しながら覗く。……で、水晶玉は握りしめながら、目を閉じる。お爺ちゃんからの手紙には、そう書いてあったわよ」
「母さん、ありがとう。それじゃ早速使ってみるよ」
「私もどんな効果か気になるし、両方使ってみて効果が分かったら教えてちょうだいね? あと、そろそろ朝食の支度も出来るから、もう少ししたら呼ばれなくても食べにくるのよ?」
オレは母に頷き返すと自室に戻り早速、まず鏡を取りだし、昨日の感覚を思いだしながら、鏡の柄に魔力が流れていく様子をイメージしてみた。
すると『パリン!』と音がして、手鏡は呆気なく割れてしまった。
え?何コレ?不良品?などと思ったのもつかの間、手鏡は破片も持ち手の部分も全て、その存在ごと掻き消えてしまう。
次の瞬間、オレの全身は淡い光に包み込まれていた。
暖かい。
とても心地が良い光に。
そのまま、しばし陶然としていると……
『ステータス解析中……解析中……解析中……解析中……エラー……解析中……解析中……解析に成功しました』
『スキル:自己分析の魔鏡の付与に成功しました』
今の声は耳と鼓膜を介さずに、脳内に直接語りかけて来たものに思えた。
スキルって何だよ?
まるでゲームみたいじゃないか。
第一、どうやって使うんだろう?
『初回スキル発動時に限りオートナビゲーションいたします。スキル:自己分析の魔鏡を使用しますか?』
とりあえず、使ってみたい。
『発動意思を確認……スキル:自己分析の魔鏡を起動します。次回以降使用時について……スキル名発声による起動ないしは、発動を強く念じて下さい。……起動中……起動中……起動中……発動に成功しました』
突如、目の前にズラズラ並ぶ青く発光する文字の列……意識を集中すると、それこそゲーム画面などに表示されるような、いわゆる『ステータス表』が書かれていた。
『名称:カインズ』
『種族:ハーフエルフ』
『年齢:10歳』
『職業:無し』
『LV1』
《能力》
生命力:25
魔力:88
筋力:11
体力:12
知力:65
敏捷:18
器用:24
精神:38
統率:6
《スキル》
「レンジャー1(86/100)」
「弓術3(22/100)」
「槍術2(48/100)」
「魔力感知1(12/100)」
「魔力操作1(8/100)」
「自己分析の魔鏡」
……比較対象が無いから良いのか、悪いのかは良く分からないな。
とりあえず、小説や漫画の主人公が持ってるような『チート能力』みたいなものは、オレには備わっていないみたいだった。
だが時々、このスキルを使ってみれば、自分の成長の視認が可能になるというのは、ある程度の励みになるかも知れないな。
もう一つの水晶に関しては、一先ず保留して食事を摂る。
父は珍しく大量に酒を飲んだせいか、すっかり二日酔いらしく、アステールさんの見送りから戻ると、自室に戻ったきり出てこない。
母が一度、声を掛けに行ったのだが、苦笑して首を横に振りながら、すぐに戻って来ていた。
食事を摂り終わったオレは、また自室に戻って、今度は水晶を試してみることにした。
えーと、たしか水晶を握りしめて、目を閉じる……だったかな。
母に言われたことを思いだしながら、試してみるが、なかなか何も起きない。
しばらく、そうしていたのだが、やはり何かしらの変化が起きたような感じはしなかった。
……待てよ、たしか魔法具って言わなかったか?
だとすれば、魔力を通す必要性が有るんじゃないだろうか。
目を閉じたまま、水晶を握る手に、魔力が集まる様子をイメージする。
すると、効果はすぐに訪れた。
『ステータス解析中……解析中……解析中……エラー……解析中……解析中……エラー……解析中……解析中……解析中…………』
また、あの機械じみた音声が脳内に響く。
『解析中……解析中……解析中……解析中……解析中…………解析に成功しました』
お、長いな?
機械的な声は続く。
『所持スキルについての解析を実行します……解析中……解析中……解析中…………解析に成功しました』
ん、終わったかな?
『イレギュラースキル:解析者の開発に成功……能力付与を試行します……試行中……試行中……試行中…………付与成功しました』
《解析者》だって?
なんだソレは?
『解析によるスキル習得を自動実行します。熟練度の向上率の上昇、および技能適性の拡大や能力成長にも寄与しますが、本質的には、各スキルの骨子の解析と、解析に成功した場合の自動習得が、その主要能力となります。なお常時発動状態となります』
説明は良く分からないけど……チート能力キタコレ的なことかな?
『概ね正答と言えます。以上でオートナビゲーションを終了致します』
目を開け、手のひらを開くと、水晶は無色透明になっており、大きなヒビが入っていた。
こうなってしまっては、恐らくもう使えないだろう。
オレは、割れてしまった水晶を何となく捨てることが出来ず、元の箱に戻すとクローゼットに仕舞い込んだ。
そして自分でも半信半疑ながら、それぞれの魔法具を使用した結果について、母に話しにいくことにする。
「ふーん、何だか思ってたよりも、はるかに凄い物だったみたいね。いったいアレいくらしたのかしら……?」
「相当高いものなのは間違いないよ。お爺様には感謝しないと……」
「お爺ちゃんの手紙によると『自覚の鏡』と『識者の宝珠』っていうアイテムみたいよ? 『どんな効果か、儂にも詳しくは分からぬが、魔法が使える者には有益であろう』ですって」
実は『お爺様』こと、モンド・ブラガ=アサノは、この世界では珍しく全く魔法が使えないのだ。
しかし、それを補って余りある商才と鑑定眼を持つ祖父は、一介の行商人から身を興し、若くして帝国内でも有数の商会の主となった。
さらに、国外にも足を伸ばして勢力を拡大し、今では国際的な商会の主として、また世界一の魔法具のコレクターとしても有名な人である。
そんな祖父だが、実はまだオレは一度として会った事が無い。
正確には、赤ん坊のうちは、家に来たことも有るのだが『生まれ変わった後のオレ』に関して言えば、たまに母の里帰りに付いて行ったりしても、当たり前のように毎回、当人不在で会えていないのだ。
文字通り、世界中を飛び回っている人なので、それも仕方ない事かも知れないのだけど……。
さらに言えば、妻が6人、子供が11人、孫に至っては19人も居るらしい。
しかも各国に分散して存在するのだから、そういう意味でも、相当に忙しそうな人ではある。
「……確信犯かもな?」
静かに両親の寝室のドアが開けられ、二日酔いで寝ていたハズの父が、顔を覗かせた。
「イングラム! イヤだ、聞こえてたのね?」
「水を飲みたくなってな。起き出してみたら、自然に聞こえてきたんだ。しかし、また義父さんのサプライズか……。面白い人だが、あの人の悪戯好きにも困ったもんだな」
「……私が小さい頃から変わってないのよね。まぁ、今回はカインズにとって、悪いことじゃ無いんだし許してあげてね?」
「済んだことは全てやむ無し……さ。オレも、カインズに子供が出来たら、出来る限りのことをしてやるつもりだしな」
「……さすがに気が早すぎるわよ。貴方、本当にエルフなの?」
「……ああ。エルフとしては相当に変わってることは、自覚してるつもりだがね」
「ところで父さん、もう具合は良いの?」
「……正直しんどいな。カインズ、悪いが水をくれるか?」
言われて自分の体調を思い出したせいか、父は崩れ落ちるように、自分の椅子に腰を下ろす。
良く見ると、顔色も悪いようだし、言われるままに水を汲んで父に手渡した。
「イングラム、今日はゆっくり休んでおきなさいね。カインズも今日は好きにしていて良いわよ」
本気で具合が悪そうな父の看護は、母に任せることにして、いったん自室に戻る。
アステールさんのくれた短杖と魔術教本を手に取り、近くの森の拓けた場所を目指すことにして、急ぎ足で家を出た。
本当は、まずは父から精霊魔法を習う予定だったのだが、父があの様子では、回復を待っているだけで日が暮れそうだ。
……実は昨夜のアステールさんと父が見せてくれた魔法の花火。
アレを見てから、早く魔法を覚えたくて仕方がなかったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「自己分析の魔鏡というのは、義父さんの肝煎りでギルドに導入された魔法装置の謂わば、個人向けスキルといったところだろう。解析者というのは、聞いたことが無いが、要は物覚えが良くなるってことだよな? 明日からの鍛練が楽しみだ」
「……ほどほどにね? お薬は、そろそろ飲めそう?」
「……まだ無理だな。多分、匂いで吐く」
オレが森の小道を上機嫌で歩いていた、その時。
家では獰猛な笑みを浮かべる、しかし気の毒なほど顔色の悪い父の姿に、呆れた顔をした母が、盛大なため息を洩らしていた。
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