第33話:向けられる悪意③
本日も、一話投稿です。
※僅かながら、残酷な描写が御座いますので、苦手な方は、お気をつけ下さい。
振り向いたオレが目にしたものは、まさに悪意その物だった。
空中に放られた歪な形をした指輪から、黒煙が吹き上がり、それが次第に形を成していく。
現れたそれを端的に説明するならば、幾つもの目玉だ。
瞼の皮に覆われただけの目玉が、中空に漂っている。
どこから現れたのか、不思議に思い、周囲を見回すと、一人の女がフィリシスに首を飛ばされるところを目撃してしまった。
エルフリーデが蹴り飛ばした女が、いつの間にか失神状態から回復していたらしい。
フィリシスの苛烈な行動と、エルフリーデの悔やむ様な顔から推測するに、この化け物は女が放り投げた指輪状の魔法具から、出現したものと考えて間違いはないのだろう。
オレの知識が目の前の、不気味な目玉の魔物を『ギャザー』という魔法生命体と判定する。
浮遊する邪悪な眼球は、しばらく空中でパチパチとまばたきを繰り返していたが、オレをターゲットに定めたのか、一斉に向きを変え、半円状の包囲陣形を展開する。
数は全部で十二。
三種のギャザーが四体ずつ、一斉に虹彩に魔力を集中している。
瞳の色は、赤、青、黒の三色。
それぞれに異なる魔力を備えている。
突然の状況変化に、女の首をハネたフィリシス以外の誰もが、様子見をしてしまっているところだった。
ヤバい!
オレは咄嗟に精神集中スキルを発動し、魔法への抵抗力を高め、ギャザーからの精神攻撃に備える。
本来なら魔法攻撃力を高めるためのスキルだが、アステールさんが教えてくれた、謂わば裏技的なスキル活用だ。
眠りを誘う呪い、石化をもたらす呪い、神経麻痺の呪い、三種の視線を介した不可視の呪力の波が、文字通りオレを目掛けて殺到してくる。
「カインズ! そこをどけ!」
エルフリーデが割り込もうとするが、それより早く敵の呪いがオレに到達した。
眠り……抵抗に成功、成功、成功。
石化……抵抗に成功、成功、成功。
麻痺……抵抗に成功、成功……抵抗に失敗!
その呪いは、完全に動けなくなるほどでは無かったが、著しく手足の動きが阻害されているのが、嫌でも分かってしまう。
このままでは、次は抵抗すら出来ないだろう。
ギャザーは、眠り、石化、麻痺の三種の呪眼のいずれかを持ち、獲物の動きを止めてから、純粋な魔力の矢を放ち、止めを刺す魔物だ。
オレがノロノロとでも、動いているのが気に入らないのか、しきりに瞬きを繰り返し、次の呪いを準備している。
解呪の魔法は、エルフリーデもオレも、まだ使えない。
フィリシスは、いち早く冷静さを取り戻し、ナイフの投擲を繰り返しつつ、最寄りのギャザーに飛び乗り、見事に眼球の中央を切り裂く。
残り十一体。
次に参戦したのは、賊どもを拘束し終えたセストだった。
連中が使用していた隠蔽の魔力は、もはや効力を失っていたらしく、セストとデシモは、二人の男の鼻以外が露出しないよう、土で形成した体に完全に密着する檻で、閉じ込めていたが、突然のギャザーの出現と、女の死に気付いたあと、しばし思考が停止していたように見える。
セストは自分の頬を一つ叩くと、キッと視線を目玉どもに向ける。
そして初級精霊魔法の詠唱を始めたかと思えば、オレも驚くほどの短時間で魔法を発動させ、風の刃で目玉どもを切り裂き始めた。
デシモ、トリアも慌ててそれに加わり、三人で合計二体のギャザーを撃ち落とす。
残り九体。
この間にフィリシスも、もう一体のギャザーに飛び掛かり、すれ違い様に横一文字に切り裂く。
残り八体。
オレアデスは、山のニンフの本体という貫禄を見せ、これも驚くほど素早く中級精霊魔法を発動させ、呼び寄せた岩盤で目玉どもを、三体まとめて押し潰す。
残り五体。
ナイアデスのシェニはオレに駆け寄り、頭に手を翳すと、今まで聞いた事も無いほど、綺麗な声で、不思議な抑揚の付いた謌を唄い始めた。
ハマドリュアデスの分体、トリアは魔法の詠唱を止め、樹精の種族能力を解放し、毒蜂を呼び寄せ、ギャザーの魔力集中を阻害することにしたらしい。
瞬きを邪魔され、ギャザーの眼球に集まっていた魔力の補充が、無駄に放散されたことで、目に見えて遅れ出す。
エルフリーデは数瞬だけ、迷うような仕草を見せていたが、いつもの凛とした顔を見せて立ち上がり、豪快にバルディッシュを振るってギャザーの一体を、力ずくで圧し斬った。
残り四体。
もう、いつギャザー達の次の攻撃が始まっても、おかしくない頃合いなのだが、ニンフ達の魔法に対する抵抗や、フィリシスの時折放つ投げナイフ、エルフリーデのバルディッシュへの回避行動、そして何よりも毒蜂達の活躍によって、未だに魔力が集まり切らないようだ。
もたついているギャザー達を更にデシモが風の刃で一体、フィリシスが重力の槍の魔法で一体、それぞれ仕止めた。
残り二体。
エルフリーデも、ようやく二体目にバルディッシュを当てる。
珍しいことに、お得意の薙ぎ払う動作をフェイントに使って、見たことの無いような鋭い突きを放ったのだ。
残り一体。
そして、時間にしたらほんの二〜三分の間だったと思うのだが、呪いの効果でほとんど動かなくなっていた、オレの手足の麻痺がついに解けた。
これは、どうやらシェニの謌の効力らしい。
オレは素早く腰から、解体用に携行していた肉厚の刃を持ったダガーを抜き放ち、最後のギャザーに向けて駆け寄る。
しかし、ほんの僅かにだが、オレがラストのギャザーを仕止めるのは、遅きに失した。
既にギャザーの虹彩に、再び魔力が充填されていたのだ。
最後に残っていたギャザーの呪い視線の先に居たのは…………エルフリーデだった。
残っていたギャザーの眼球の色は、黒。
青い眼球は催眠の呪い。
赤は麻痺の呪い。
黒は……石化だ。
瞬時に石の彫像に変わるわけでは無いが、抵抗に失敗したらしいエルフリーデの、手足の先端から順に、石化の呪いが進行していく。
クソ! オレが甘いこと考えていたばかりに……エルフリーデが、こんな目に遭うだなんて!
「シェニ! いや、誰でも良い。エルフリーデの石化の呪いを解いてくれ!」
『カインズさん……ごめんなさい。先ほどの対抗魔法で解呪出来るのは、せいぜいが催眠や麻痺の呪いぐらいまでなのです』
『石化や死を告げる呪いまで行くと、一般的な解呪の魔法も通用しないわ。可能性が有るとすれば、セダの泉の水くらい』
『後は……貴方達の信仰する神に仕える者達のうち、本当に高位の魔力を持った神官の唱える心身浄化の魔法かしら?』
『いずれにしても、急がないと不味いよね! こいつらは私達が責任持って、死ぬより酷い目に遭わせて、口を割らせておくから、アンタ達は選びなさい!』
『なさい!』
『どちらに賭けるかを今すぐに……』
すぐにナシュトさんの顔が思い浮かんだが、ナシュトさんは、今は帝都に居ない。
また、旅に出ている。 他の実力上位の神官には、残念ながら伝手がない。
父さんやアステールさんにも、恐らく解決手段は無いハズだ。
祖父も商用で出張中。
つまり選択肢は、実質的には、セダの泉に限られていた。
「カインズ! 早く決めろ! エルフリーデを石にするつもりか!?」
フィリシスが、珍しいことに激昂している。
……決めた。
一縷の望みを神秘の泉に託す。
「カインズ……アタシの責任だ。アタシが、きちんと確認していれば……こんなことには、ならなかった。フィリシス、カインズを責めるな」
「お前ら、甘いんだよ! 分かった。オレが帝都までエルフリーデを、連れていくよ!」
「フィリシス、それじゃ間に合わない。帝都には今は、こういう時に頼れる存在が居ない。セダの泉に……賭ける!」
「ああ、アタシはそれで良いよ」
「……ったく! 分かったよ。オレも乗る。急ごう!」
「シェニ、道案内を頼む」
『勿論です。エルフリーデさんは、私が馬に乗せていきます』
急がないと……。
オレは一生、自分を許せなくなるかもしれない。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
明日も一話投稿になります。
ご意見、ご感想、誤字脱字、読みにくい点など御座いましたら、ご遠慮なく、お寄せ下さい。




