閑話5:猫耳娘は憧れる
本日、一話目の投稿となります。
※エルフリーデ目線の学院編、回想を含みます。
『猫人族のメスは多産で勝負ニャ! エルフリーデ、とにかく強いオスを、帝国で見つけてくるのニャ!』
これはアタシが、ウェルズ帝国に新しく創設されることになった『帝立大学院』に留学にいく前夜のこと。
母であるアンダ獣王国女王エマ・グルーニャ・アンダの私室に呼び出されて、託された密命。
母はキジトラ柄の尻尾と耳の毛が極めて美しい、私の憧れの女性だ。
母性の象徴も大きすぎるほど大きい。
それでいながら、若い頃は、歴戦の戦士に混ざって両手に曲刀を持ち、戦場でいくつもの手柄を立てたという。
細いところは、どこまでも細く、まるで抉れているかの様に括れているのに、私が秘かに成長を願っている部分は、この上無く豊かで形が美しい。
猫人族どころか獣王国一と謳われる美貌は、未だに衰えることは無く、見る者全て男女を問わず、見惚れ憧れる。
最も良く似ている娘と言われるアタシでも、足元にも及ばないと思う。
先の王、変異種たる虎人族だった『偉大なる武王トム』との間に、十人の王子、十二人の王女を産み育てながらも、夫に先立たれてからは、国政を完全に掌握し、帝国出身の人族の女性を宰相に異例の大抜擢。
国の産業としてカカオ豆・コーヒー豆・サトウキビなどの大規模栽培を実用化した。
先王トムが武人として勇名を馳せたのに対し『美麗なる賢王エマ』と、国民に称賛され名声を高め続けている。
アタシが一度、夕餐の途中にストレートに称賛すると、美貌を歪めて『アレは、あくまでもコユキの手柄ニャ! 何でもかんでもアタシの手柄にしニャいで欲しいのニャ』と、溜め息混じりに話していた。
アタシがなおも、人材登用も女王の功績です、と言い募ると、途端に美貌をだらしなく弛めて『ニャ! それは……そうなのかニャ?』などと頬を赤らめた母の顔は、本当に可愛らしくて反則すぎる。
母は王女であるアタシ達に猫人では無く、虎人か、出来れば伝説上の獅子人を産んで欲しいらしい。
一番上の兄が奇跡的に虎人なので、アンダ獣王国は安泰だと思うのだが、母は本当は獅子人こそを求めているのかもしれない。
帝国に着いて、挨拶回りを終えた翌日、アタシは学院の入試を受けた。
予想通り筆記はダメだったが、武術の試験は余裕だった。
バルディッシュという武器を模した木斧で正面から一撃、試験官を務める熊人族の元冒険者の得物をへし折り、そのまま勢い余って額まで割ってしまう。
慌てて唯一適性の有った神聖魔法で癒してやると、何やら申し送りが有ったとかで、後の試験が一つ減った。
鏡に映る気の強そうな、それでいて母に少し似ている自分の顔。
不意に映し出される、神聖魔法の適性と、魔力量、スキルレベル。
それは獣王国で確認したものと何も変わらなかったが、担当試験官の人族の男性が何やら、えらく驚いている。
固有スキルって、本当は珍しいのか?
アタシは、あまり興味ないのだが『獣魔調教』というスキルに、異常な反応を見せている。
これ使うより……自分で戦った方が、よっぽど早いのにな。
入学式が終わり、アタシは配属されたクラスについての、講習を受けた。
筆記試験がダメだったからだろう。
アタシが配属されたクラスは『武技専攻クラス』だった。
一般教養と武術全般、それから適性のある分野に限られるが、魔法の講義が受けられるらしい。
翌日から適当に受ける授業を選んでいく。
逞しく、いかにも屈強な連中は居ても、本当の意味で強そうな相手は見当たらない。
アタシに鼻の下を伸ばして言い寄ってきた男連中を、適当に毎日ぶちのめしながら、少し失望しかけていた。
しばらく惰性で学院に通っていたが、ある時、すぐ後ろからアタシの名前を呼ぶ声がするので、パッと振り返るが、そこには誰も居ない。
気配を感じないまま、後ろに立たれたのは、帝国に来てからは初めてだった。
姿の見えない手練れに戦慄していると、アタシのまだ物足りなく感じている胸の陰に、子供の頭がちらほら見え隠れしていた。
この手練れの名前はフィリシス、地這族だ。
獣王国にも少しだが居る種族で、いつまでも子供のような外見の、変わり種だったと思う。
実際、声を掛けてきたフィリシスと話してみると私の三倍近く生きているらしいから驚いた。
一瞬だけ、フィリシスを故郷に持って帰ろうか考えたが、フィリシスはあまりにも小さい。
アタシの子供が、小さくなるのは困る。
獅子人も生まれてきそうにない。
フィリシスは気の良いヤツだから、友達付き合いすることにしたが、別れ際、フィリシスから気になることを聞いた。
今回の武術試験で、試験官を圧倒した受験生は、ただの二人きり。
一人は当然アタシ、もう一人はカインズとか言うハーフエルフの少年だと言う。
ハーフエルフも地這族と同じく長命種だ。
どうせ見た目だけ若いのだろうと思い、フィリシスに尋ねるとアタシと同じ正真正銘の十二歳だと言うから驚いた。
ちなみにだが、フィリシスはナイフの投擲で試験をパスしたらしい。
実力的にはアタシよりかなり上なんだから、普通に戦えば良かったのにと言うと『傭兵の時のクセで、急所ばっかり狙っちゃうから模擬戦は、なるべくやんない主義なの!』と返された。
とても残念だ。
フィリシスとも、いつか手合わせしたかったのに……。
翌日、アタシは授業のために教室に来た時、フィリシスの大きすぎる声に振り向いた。
振り向いたは良いが、フィリシスが小さすぎるせいで、探すのに一苦労だ。
フィリシスの横には、童顔でエルフにしては背の低い、顔立ちの整った優しげな少年がいた。
その少年がカインズと聞いて少しガッカリしたものだ。
何しろ細い。
背は伸びるだろうが、細いのは厳しい。
体格が立派になる男は子供の頃から骨格が、がっしりしているものなのだ。
それは兄達を見ていれば分かった。
どれほどの使い手か、手合わせしようとしたが、授業が有るからと断られた。
変なヤツ、これがカインズの第一印象だ。
しかし後日、手合わせをしたら、そんな印象はどこかに飛んでいった。
強い。
これが同い年だなどとは信じられないぐらい強かった。
腕力はアタシの方が上なのに、気付いたら得物を打ち落とされ、弾き飛ばされ、絡めとられる。
カインズの槍捌きは、長年の研鑽を感じさせられる技巧派なもので、アタシの様に才能と恵まれた身体能力で力押しするタイプとは全く正反対だ。
しかも、手合わせを始めると優しげな顔が、瞬時に精悍な顔に変わるのだ。
これは良いオスを見つけたかも知れない。
そう思ったアタシは、それから毎日のように、手合わせを通じて親交を深めようとしたが、中々忙しい様子で相手してくれない日も有った。
ある日のこと、暇なクセに手合わせを断られたので、無理やりカインズの腕を掴まえて、訓練所に引っ張って行ってやった。
その途中なぜか、こちらをニコニコと眺めている女講師と目が合ったが、彼女は笑みを浮かべながらも、何故かどことなく凄みを感じさせられて、大変に不気味に思ったものだ。
後日分かったのだが、その講師はサナラと言って、カインズの女だったらしい。
中々の美人でカインズにお似合いな、背の低い女だった。
その後、カインズは学院で次々と名を上げていった。
召喚魔法の学生中では唯一の再現成功に始まり、次々と抜群の成績を残し、卒業までに選択した全ての授業で最優秀の評価を受ける。
時には講師をも上回る実力を見せ続けたカインズは、原則的に学院の制度として、存在すらしなかった飛び級すら討議させたが、本人がこれを辞退。
昇級試験での模擬戦では、決勝でフィリシスを破り優勝、翌年はアタシ、卒業試験では再びフィリシスを下して、結局は三年連続学内一の栄冠に輝く。
学術、魔法、武術、どれを取ってもカインズに並ぶ者は無く、時には種族の垣根を越えて、言い寄る女子生徒まで現れたが、カインズはサナラに義理立てしてか、言い寄る女共には見向きもしない。
そればかりか、隠れるようにして、二度とアピールする女子生徒を近づけない。
だがカインズにとって、アタシは別のようだ。
散々、手合わせを通してアピールしているのに、カインズからは一向に遠ざけられたりしなかった。
カインズが十五歳になった夜、アタシはフィリシスと共に、初めて彼の自宅に招待された。
一見、カインズの兄かと思うほど若い父(エルフなのだから当然かも知れないが)と、四十代だという母(どう見ても三十前半にしか見えない)、それから強烈な愛らしさを周囲に振り撒く見目麗しい妹。
そして、すっかり背が伸びて、女としては長身のアタシに並ぶほどに成長したカインズと、横に並ぶ着飾った背の低いままのサナラ。
去年、一昨年は二人で祝ったと聞いたが、カインズはまだ、らしい。
随分と悠長な話だ。
他には、カインズの祖父母や叔父、叔母、従兄弟たち。
さらには、アタシ達も指導を受けたことが有る、カインズの師匠達。
ナシュト師は、アタシの神聖魔法を格段に高い次元に導いてくれた恩人だ。
アステール導師は、生活魔法の応用と、獣魔調教については活用法を伝授してくれた。
曰く、空を飛ぶ魔獣、海を泳ぐ魔獣などと契約し、使いこなせば、アタシの弱点を補ってくれるという。
まさに『ノドにつかえた毛玉がとれる』思いだった。
ソホン師は尊敬出来る戦士だが、残念なのは女の好みだ。
トリスティアとか言うエルフを妻にしているが、あんなに小さな尻では、あまり子を産めまい。
ジャクスイ師は尊敬出来ない。
腕は確かで、アタシに『柔術』なる体術を仕込んでくれたが、時折わざと胸を掴んだりするので、力一杯ひっぱたいてやった。
成人前の女童の乳に反応するとは、けしからん男だ。
カインズの父とは、これまでは顔を合わせても挨拶だけで、カインズに精霊魔法の指導をしているか、槍の鍛練を付けていてばかりだったのだが、二人の試合は高度に過ぎて、さすがのアタシでも気後れから手合わせを望んだことは無い。
カインズの強さの理由が、何よりこの男で有るのは、あまり賢いとは言えないアタシにも一目瞭然だった。
和やかにカインズの誕生会は進む。
酒が入るに連れて、場は盛り上がり、皆が打ち解けていった。
アタシも最初はフィリシスと話したり、カインズに酒を注ぎに行ってやったりして過ごしていたが、次第に師匠連中やサナラとも話をするようになっていた。
話をするうち、サナラは非常に、女性らしい女性で有ることが分かった。
アタシには無いものだ。
アタシは母のようになりたいと小さな頃から思っていた。
母に憧れていた。
今、目の前にいるサナラと言う女性にも、確かな母性の様なものを感じた。
母性とは女性らしさなのだろうか?
そして会が終わる頃には、アタシはすっかり、サナラにも憧れを抱くようになった。
こういう女性らしさにも憧れているが、アタシは面倒な女だ。
父のような強い戦士にも強い憧れを持っている。
アタシは強くありたい。
強さ、それ自体にも憧れを抱いている。
アタシは今、将来的に精一杯に強くなったアタシをも、簡単に下してしまう様な、強い男と子を成すことに憧れている。
だから恐らく、カインズとの子を抱くアタシの姿を、近い将来には夢見るようになっているのだろう。
でも、今はまだ……。
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