第1話:半分エルフ
……なんだか異世界だったらしい。
飛行機の事故で死んだハズのオレが、目を醒ましたのは、見知らぬ部屋。
そこに居た見知らぬ美しい女性の、母親と思しき言動。
そして完全に、幼児と化していた自分の体。
これらの事から、オレは自分がどこか日本以外の国に、生まれ変わったことには何とか気付くことが出来ていた。
しかし、そんな急に生まれ変わったりするもんなのかね?
しかも、どこか外国らしいし。
これは、もしかしたら神様とでも言うべき存在が、海外旅行にも行けないまま、命を落としたオレを憐れんで、日本以外で生まれ変わらせてくれたりしたのかな?
……などと生まれ変わったショックに茫然としたまま、とりとめの無いことを考えていたら……
『コンコン!』
部屋のドアがノックされた。
「どうぞー」
母親が家事を終えて、看病に戻って来たのかと思い、返事を返す。
「カインズ! 無事か?」
ドタバタと慌ただしく部屋に入って来たのは、皮製らしき鎧に身を包み、左手に長弓を持ち、背には矢筒を背負った、細身で背の高い、金色の長髪をしたイケメンだった。
いきなりの展開についていけず、最初は気付かなかったのだが、このイケメン……良く見たら、耳が異常に長いのだ。
耳たぶ、では無い。
『耳』が長いのだ。
それは、ゲームや映画なんかで目にする、エルフそのものの姿だった。
オレは、慌てて自分の耳を掴んだ。
……尖ってやがる。
オレの耳も、父親らしきエルフほどでは無いが、少しばかり人間の子供のソレより長く、そして僅かに先端が尖っているようだった。
これまでの状況から察するに、このイケメンエルフは、どうやらオレの父親で母親が先ほどの美人さんだとすれば、オレはいわゆるハーフエルフと言われる存在に、生まれ変わったらしい。
だとすれば、ここは、外国どころか、異世界ということに……?
「……ん、何だカインズ、耳が痛いのか? 大丈夫なのか?」
「大丈夫。まだ熱が有るみたいだけど……どこも、どこも痛くないよ」
まさに狐に摘ままれたような心境だが、どうにか無事に返事をする。
「そうか。だったら良いが……。無理は、するなよ? 森で熱冷ましの薬草を採って来たから、苦いだろうが我慢して飲みなさい」
父親らしきエルフは、右手に持った、見た目ほうれん草のような土付きの植物を、グイッとオレの目の前に差し出してくる。
(いったいオレに、これをどうしろと?)
オレが反応に困って、固まってしまっていると、開け放たれたままのドアが控え目にノックされた。
「イングラム……気持ちは分かるけど、そのまんまじゃ、カインズも飲めないわよ」
母も苦笑しながら部屋に入って来て、父から薬草を受け取り、呆れたように、父の目の前でプラプラさせる。
「……面目ない。アマリア、早く煎じて飲ませてやってくれ」
「はいはい。言われなくても、すぐに煎じてくるわよ。イングラムはカインズにリンゴ食べさせてあげてて。顔色も良くなってきたし起きていられるのなら、お薬の前に少しでも胃に食べ物を入れておいた方が良いものね」
言い残すと母は、すぐに戻っていく。
父から差し出されるリンゴを、すっかり小さくなってしまった口で、ゆっくりと食べていたら、ほどなくして湯気の立つ木の器を持って、母が戻ってきた。
「やっぱり食欲は、まだそんなに無いみたいね。はい、お薬出来たわよ」
「早かったな。ほら、カインズ飲め」
「ちゃんと冷ましてから、飲ませてあげないと……もう私がやるから、イングラムは着替えてらっしゃいな」
ふー、ふー、とスプーンの上のそれを、母に冷まして貰いながら、それでも熱さと不味さに苦労しつつ、どうにか薬を全て飲む。
すると次第に、抗いようのない眠気に襲われ、オレはそのまま眠ってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その夜、長い夢を見た。
長い、長い夢を……。
それは本当に夢だったのだろうか?
エルフと人間の美女の間に生まれたハーフエルフの赤ん坊。
そのまま両親の愛に包まれ、すくすくと成長すること三年ほど。
小さなやんちゃ坊主は、今日も我が家の周辺で遊び回っていた。
変わった色合いの石ころを見つけては、しばらく眺めて弄んでから、ポケットに仕舞いこむ。
小川の中をじーっと眺めていたかと思えば、手づかみで小魚を捕まえようとして、服を濡らしてしまったり、綺麗な青い蝶を夢中で追いかけ回して転んでしまい、服を茶色くしてみたり……。
朝から遊びまくり、転げ回り、すっかり日が高くなる頃、お腹が空いたのだろうか、ようやくトコトコと家に戻り始めた。
家の玄関に着いた時には、すっかり泥んこまみれで、母に叱られ、冷たい水で手足と顔を洗われ、服をひっぺがされた。
その時だった。
脱がされた服のポケットから、朝見つけた綺麗な石が、少年の目の前に転がり落ちたのは。
目の前の宝物が母に拾われてしまう前にと、素早く掴んだ時、少年は手のひらにチクリと痛みを感じ、握った手を開いてまじまじと石を眺める。
そこには、小さな小さな蜘蛛が潰れて貼り付いていた。
清潔な部屋着に着替えさせられて、昼食をたどたどしい手つきで、それでも一生懸命な様子で食べている少年。
沢山暴れて、お腹が空いていたのだろう。
『バタン!』
突然、食卓に突っ伏すように倒れる少年。
悲鳴を上げ、我が子に駆け寄る母。
懸命に我が子の名を呼び肩を揺する。
キジだろうか、派手な色の鳥を手に戻ってきた父親が、茫然として獲物を玄関口に落とす。
寝室に運ばれ、酷い高熱で苦しそうに喘ぐ少年。
我を取り戻しテキパキと看病を始めた母親。
決然とした表情で薬草を採りに行くと妻に告げる父親。
苦しむ少年。
心配そうに我が子を見ながら、手拭いを冷たい水で濡らして絞り、額の手拭いと替えている母親。
苦しそうな表情ながらも、寝息をたてはじめた少年。
ほっとした表情を浮かべ、果物を剥きはじめた母親。
突如、静かに息を引き取る少年。
気付かずに手を動かす母親。
オレは、それらの風景を少年の頭上で見せられ続けていた。
そして、少年が息を引き取るのと同時に、頭のてっぺんから引っ張られるように、少年の中へと吸い込まれていく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、目を醒ましたオレは、我知らず頬を濡らしていた涙を乱暴に手の甲で拭ったあと、傍らで椅子に腰かけたまま、ベッドに突っ伏した姿勢で寝ている母を起こさぬように、ゆっくりと起き上がる。
両親に愛されていた少年の命を奪った蜘蛛の毒は、もう残っていないようだった。