第12話:ハーフ&ハーフ
本日、一話目の投稿となります。
入学試験の翌日
オレは朝食を済ますと、祖父に用意された真新しい自宅の周辺を、のんびりと屋台や商店の軒先を覗きながら散策していた。
見るもの全てが新鮮に映り、目移りして仕方ないが、欲しいものが有っても吟味するに留め、頭の中だけで値段や品質を把握していく。
前世のオレは衝動買いが多く、給料日前になると、食費も怪しいほど困窮することが多かったものだ。
懐に忍ばせた巾着袋の中身を思うと『これぐらいなら買えそう』などと気持ちが緩みかけるが、今のところ何とか我慢している。
買う、買わないは別として、こういった物色とは何とも楽しいものだ。
しかし『買わない』のと『買えない』のは大違いだと、つくづく思う。
今のオレは『買わない』のであって『買えない』わけでは無いのだ。
何しろ今朝出掛ける時に、父から小遣いを貰って、生まれて始めて自分のお金を手に入れていたのだ。
こういった貰ったお金ほど大切にしないといけない。
だが買い物をすると言う行為自体、そこがどんな時代や場所であれ、生活必需品以外を求める時には、どうしても心が浮き立つものだ。
前世での少年時代、初めて貰った小遣いで、それまで欲しくてたまらなかった、週刊の少年漫画誌を手に入れた時の至福の感情は、今も胸に焼き付いて離れない。
……まぁ、一ヶ月の小遣いが五百円玉一枚では、毎週その漫画誌を買うことが出来ないと知った時の絶望も、セットで思い出してしまうのだが。
オレが飛び飛びでしか読めなかった忍者漫画が、あまりに世間で大人気になったせいで、小学校時代、クラスの話題に微妙に乗り遅れていたのも、今となっては笑い話でしかない。
だから今朝、父から渡された小遣いが鈍い銀色の貨幣だった時に、思わずドキっとしたのも、多分オレの思い違いだ……と思いたい。
オレの今月の小遣いは、ひとまず銀貨六枚。
これは日本円なら約三千円に相当するだろうか。
銀貨が一枚で、約五百円相当。
前世での最初の小遣いからすれば約六倍にもなる。
銀貨が十枚で金貨一枚と等価値。
金貨が十枚で白金貨一枚。
反対に銀貨一枚は銅貨百枚。
その下には『卑貨』という貨幣が存在し、これは五枚で銅貨一枚と同じ価値が有る。
分かりずらいかもしれないので日本円に換算すると……
白金貨、約五万円。
金貨、約五千円。
銀貨、約五百円。
銅貨、約五円。
卑貨、約一円。
この他に国によっては、小銀貨という四角形の貨幣を発行していて、これが一枚、約百円相当で扱われる。
ちなみに、この世界で使われている貨幣は、国毎に鋳造されていて、鋳造元によってそれぞれ意匠が違う。
とは言うものの小さな国々の中には、近隣の大国の鋳造した貨幣を、自国で流用して通貨にしている場合も多い。
そのため、全世界に存在する二百近い国々と同数の種類の貨幣が存在する訳では無いし、紙幣や貝殻などを通貨として用いる国も存在しない。
砂金や銀塊などを用いた地金取引については、未だに行われている地域も中には有るようだが、あくまでも少数派で、この世界の主流は、均一の価値を持たせた貨幣を中心とする経済だ。
含有する金銀を統一し、大体の形をも合わせて鋳造されているのは、それぞれの国の利害が一致したためだろう。
この世界の歴史を紐解くと、遥か東方に現れた大国が、暗愚な君主の鶴の一声で、貨幣に含有する金銀の量を減らし、それが原因でたちまち経済的に孤立。
結果として相次ぐ反乱を招いて国自体が分裂、空中崩壊した事例も有り、今のところ、その様な愚行は繰り返されていない。
だから、父から渡された銀貨の意匠も、三枚は共通していて、太陽の女神が刻印された帝国の物だが、残りはバラバラであるものの、実際に使うのに、何ら問題は無いのだそうだ。
帝国では便宜的に通貨単位をフェウルと定めているが、他の国の貨幣と混ぜて支払っても、嫌な顔一つしない……ハズだったのだが、妹へのプレゼントにと、淡い青に染色された綿のリボンを買い求めた時、店の親父さんに何故か、心持ち邪険に扱われた気がする。
乱暴に釣り銭を、差し出した手のひらに投げ落とされたし、ありがとうの、あの字も無かった。
何だか嫌な気分だ。
銅貨六十枚、六百フェウル(約三百円相当)は今の俺にとっては大金なのに、店主にとっては違うのだろうな。
いつか札束……は無いから白金貨を持ってきて、店主の反応を見てやりたいとも思うのだが、二度と来たくない気持ちの方が強い。
今では、先ほどまでの浮き立った気持ちも、どこかに飛んで行ってしまっていた。
すっかり気分が落ち込んでしまったので、家に帰って妹にリボンを渡して、読書でもしようかと思い、トボトボと歩いていると、行く手の角から見覚えの有る大柄な人物が、早足で歩いてくる。
声を掛けようと思ったのだが、それより先に向こうが気付いてくれたようで、こちらに向かって手を振りながら、さらに足を早めた。
オレも手を振り返して、そちらに歩いていくと……ソホンさんは、そのままオレの横を通り過ぎてしまう。
なんか最近こんなこと有ったな、などと思いながら振り返ると、そこには綺麗なエルフの女性に、嬉しそうに話し掛けているソホンさんの姿が有った。
師匠、弟子より女ですか……そうですか。
さらに落ち込んで肩を落としていると、意外なことに、オレに気付いて話し掛けて来たのは、ソホンさんでは無く、女性の方だった。
「カインズ君じゃない! 偶然ね。私のこと覚えてる?」
「えーと……あっ、魔法適性試験の時の方ですよね?」
「なんだ、カインズじゃないか! いつからそこにいたんだ?」
「ちょ、ちょっと待って! カインズ君、ソホンさんとは、お知り合い?」
「ええ、僕の剣の師匠なんです。ソホンさん、いつからって、ずっと居ましたよ。……おめでとうございます」
「バ、バカ! 師匠をからかうヤツがいるか!」
「そうよ! 子供が大人をからかうもんじゃないわよ。まだ結婚とか、そういうんじゃ……」
人の気も知らずに、大人二人は揃って赤面し、女性にいたっては、最後の方が聞き取れない。
その後、誰からともなく場所を変えようという話になって、手近な飲食店に向かうことになった。
完全にお邪魔虫の構図なのだが、飲食代は口止め料なのか、三人分まとめてソホンさんが払うと言うので、大人しく従うことにする。
飲食店が集中している通りは、そこから少し遠くに有った。
道すがら、二人の馴れ初めや、女性の名前(トリスティアさんと言うらしい)を聞き出し、ソホンさんからは耳にタコが出来そうなぐらい秘密の念押しをされた。
目的の店まで後少し、というところで、オレ達一行は、新たに遭遇した女性を加え四人になる。
トリスティアさんの友達という、その女性はオレが自分以外に初めて目にした、ハーフエルフの女性だった。
チェック作業が間に合えば、本日中にもう一話投稿したいと思います。
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