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雪だるまと子猫のはなし  作者: 茅葺
2/3

2 かぜをひいた子ねこ

  くしゅん!


 もう一度くしゃみが響きました。今度は、少し弱々しく。


 雪だるまはペットボトルキャップの目玉をくるくると動かしてそちらを見つめました。雨戸を固く締めきった、しばらく手入れのされていない古い家がそこにありました。


 そして、雪に半ば埋もれたようなその塀のかげで、一匹の子猫が震えながらうずくまっていたのです。

 可哀想に、子猫の鼻と喉はすっかり詰まってしまって、息をするのも苦しそうです。目はべっとりと目やにで固まって、目を開けることができないようすでした。


 げしゅ!


 三回目のくしゃみはひどくか細く、喉のあたりで引っかかったような感じに聞こえました。


「君、大丈夫かい?」

 

「う……ん、ちょっとね、ダメ、かも」

 子猫は苦しそうに、そういいました。


 実のところ、子猫は数日前から風邪ですっかり弱ってしまっていて、今夜のこの雪と寒さの中では、もういよいよ覚悟を決めなければならないところだったのでした。

 目を開けることも、鼻でにおいをかぐこともできなくなってしまっては、一歩も動くことができません。暖かいところを探して潜り込むこともえさを探すこともできなかったのです。


 思いがけずかけられた、声。その声のほうへとわずかに頭を向けて子猫は言いました。

「ねえ、誰かそこにいるの? ぼく、目がふさがってて見えないんだ――」


「目が見えないって? こんなにきれいな夜なのに」


 生まれたばかりの雪だるまには、子猫が味わっている苦しみはよくわかりませんでした。ただ、自分が見ている美しい夜の景色を見ることもできずに、うつむいて震えている子猫が、とても気の毒に思えました。


「きれい、ってよくわからないや。えへへ……ぼくに声をかけてくれたの、ここに座り込んでから君が初めてだよ」

 子猫は少しだけ、うれしそうに笑いました。そして、雪だるまに言いました。

「ねえ、なにか、食べるもの無いかな。ぼく、お腹がぺこぺこなんだ」


「食べるもの……」

 雪だるまは少し戸惑いました。雪だるまはもちろんものを食べませんから。お腹がすく辛さを知らなかったのです。

 

(ああ、でもそうだ、僕を作ってくれたあの子は、鼻をつけるときに言ってたっけ。『食べ物をおもちゃにしちゃダメなのよ』って。つまりこの鼻は、もともとは食べるもののはずだ)


「口に合うかどうかわからないけれど、僕の鼻でよかったら」

 雪だるまは鼻をぽきりともぎ取ると、凍った腕をみしみしと伸ばして、子猫に差し出しました。


 子猫はにんじんを少しかじりました。鼻とのどがつまっていて、一度にあまり沢山は食べられないのです。

「あんまりおいしくない、かな……ああ、でも昔お母さんと一緒に食べたご飯の中に、これと同じ味のものがあったっけ」

「お母さんは、どうしたの?」


「わからない。いつだったか、表通りのほうに駆けて行ったまま、帰ってこなかったんだ」

「そっかあ」


――ごめんね、あまりおいしくない物しかなくて。


 雪だるまはそういってうなだれました。でも子猫はゆっくりと首を振って言いました。

「ううん、ありがとう。お母さんのことを思い出せたし、よくかんでるとこれ、ちょっと甘いや」


 ぐしゅ、と子猫の鼻から水があふれました。


「ああ、誰かがそばにいてくれるって、とってもうれしいなあ」

 にんじんを飲みこんでふうっと息をつくと、子猫は言いました。


「ねえ、君。ぼくはたぶん、朝までにはここで冷たくなってしまうと思うんだ。それまで一緒にいてくれないかな? 図々しいお願いだけど、もう一人になりたくないんだ」


「ぼくは――」

 雪だるまは言葉をつまらせました。


(困った。ぼくは、歩いて行かなくちゃいけないんだ。あの子のために。でも――)

 この小さな猫も、このままにして行けない。雪だるまは悩みました。そして、少し考え込んだあと、子猫に手を差し出して言いました。


「猫くん。君はここにいちゃいけない。僕と一緒に、どこか暖かい場所に行こう。君が冷たくなってしまう前に君をそこへ送り届けるよ。さあ」

「ありがとう。でもぼく、歩けないよ」

「歩かなくていい。僕の口の中なら、風も少しはしのげるさ」


 凍りついた手袋が小さな体をすくい上げました。子猫は一瞬ぎょっとしたように震え、驚いた声を上げました。

「冷たい! 君、一体誰なんだい? まるで魚屋さんの裏口に毎朝捨てられてる氷みたいだ!」


「うん、僕ね、雪だるまなんだ」

 そう言いながら、雪だるまは子猫を大きな口の中にそうっとしまいこんだのです。

 

 雪で出来た口の中はちょっと冷たくて、子猫はまた少し震えました。でも、たしかにそこは塀のかげよりもましでした。積もった雪の上を吹く夜風が、ここにはほとんど入ってこないのです。

 氷の上にじかにのせられた足は、ずん、と冷たくて不安でしたが、子猫にしてみればもうどうでもよいことでした。


「よし、行こう」


 雪だるまはそういうと、ゆっくり歩き始めました。


「どっちへ行くの?」


 子猫に訊かれて、雪だるまの心の中には一瞬、自分を作ってくれた女の子と男の子の姿が浮かびました。二人のところに行けば、この子猫を助けてもらえるかもしれません。


 でも、雪だるまはその時、自分が生まれた場所からあまりにも遠く歩いてきてしまったことに気が付いてしまいました。

(ああ、いけない。帰れるだろうか?)


 そうっと後ろを振り返ります。自分がかきわけてきた雪のあとが、あの場所まで続いているはずでした。

 

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