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相談と決意

 僕の携帯電話に見知らぬ電話番号から電話がかかってきたのは昨日のことだった。とりあえず出てみると電話の相手は千幸ちゆきさんだった。

 

 『やっほー!真白くん、元気にしてるかしら?』

 「千幸さん…どうして僕の電話番号を知ってるんだ?」

 『伊賀さんに聞いたのよ、知ってたらいろいろ便利でしょう?』

 「まあ…そうだな」

 

 ふと考えた。千幸さんは僕より年上だ、きっと僕よりもたくさんのことを経験して、たくさんのことを知っているはずだ。僕は千幸さんに相談を持ちかけてみた、そしたら含み笑いで了承してくれた。

 

 「いいわよ、じゃあこの前の喫茶店に1時に待ち合わせね」

 「うん、ありがとう」


 もちろん相談する内容は糸のことである。糸に自殺行為を止めさせる方法はないか尋ねてみようと思ったのだ。人の知恵を借りることも大切だと伊賀さんも言っていた。

 時計を確認すると約束の時間までもう30分をきっていた。千幸さんは事務所にいたのだろうか、僕の家から待ち合わせ場所の喫茶店までは結構かかる、僕は急いで家を出た。


 

 中に入ると奥のテーブル席に千幸さんは座っていた。僕が来たことに気が付くと片手を上げて手招きをした、顔には興味津々と言ったような表情が浮かんでいる。

 

 「遅れてすみません」

 「いえいえ、でも女性を待たせるのはあまりよくないわよ?」

 「すいません」

 「冗談よ」

 

 千幸さんは組んでいた足をまた組みなおして言った。


 「で、相談って何かしら?」

 「…僕、友達ができたんだけど」

 「そうなの」

 「で、その友達が少し、その…」

 

 口ごもる僕を見て千幸さんは不思議そうな顔をする。うまく言葉が見つからなくて悩む。


 「…自殺したがる子なんだ」

 

 千幸さんは大きな目をさらに大きくさせた後、ため息をついた。どうしてため息をつくのか分からない僕はただ千幸さんが何かを言うのを待っていた。


 「何か…あれよね、こんな仕事している真白くんがよりによってそんな子と友達になるんて」

 「はあ」

 「その友達は大切なの?」

 

 うなずいた。千幸さんは今までに見たこともないような真面目な顔になる。

 

 「その子をどうしてあげたいの?」

 「…できたら、助けてあげたい」

 「どうやって?」

 「それを相談しに来たんだ」

 「真白君はちゃんと考えてみたの?」


 問われて僕は今までのことを遡ってみる。糸が死のうとするたびに止めるとは言ったが、どうすれば糸に自殺行為を止めさせられるか考えてみたことがなかった気がする。


 「考えたこと、なかったのね」


 呆れたように言われた、僕も浅はかな自分に呆れた。どうしてそんな簡単ことを思いつかなかったのか、自分でも不思議だった。千幸さんは冷めたコーヒーを一口飲んで僕に言った。


 「そんなんじゃあ、その子のことは救えないわ」


 何も言い返すことができない。僕は視線を千幸さんからテーブルに落とした。聞きたくなかった。自分がとても役立たずな人間に思えてしまう、僕には何もできないのだと痛感した。

 それでも意地悪で千幸さんが僕に言っているのではないことは分かる。少ししか関わりはないが、千幸さんが意地悪や冗談でこんなことを言う人ではないと思うのだ。だから今は千幸さんが言うことに耳を背けずに聞くことにする。


 「…人の気持ちってなかなか他人には変えられないの、真白君だけじゃない、あたしもほかの人にも」

 

 優しい声音で千幸さんは語る。


 「自分自身のことすら皆うまくコントロールできない人が多いのよ。それなのに他人を簡単にコントロールできるはずがないわ、人の心は思っているよりも複雑なのよ」

 

 千幸さんの言葉は重たくて深くて、何よりも説得力があった。さすが人生の先輩である。


 「千幸さんは何でも知ってるんだね、さすが僕より生きているだけあるな」

 「何よそれ、あたしが年寄りって言いたいの?」

 「そうじゃないけど」

 「分かってるわよ、冗談よ。でもあたしはまだ若いわよー、何せまだ真白君とあまり変わらないんだから」

 

 そう言われてみるとまだ顔立ちは完全な大人ではない気がする。化粧をしているからなのか僕にはずいぶん大人に見えた、これを言うのはきっと失礼なので心の中だけにしておく。


 「まあ、冷たいこと言うかもしれないけれどさ…」


 千幸さんは眉尻を下げて悲しそうな顔になる。


 「その子とは友達になるのはやめた方がいいわ」

 「…どうして?」

 

 単純に疑問に思ったので尋ねてみる。


 「真白君は殺し屋として働いている、人を殺してる。いつかきっとばれると思う、隠していてもね」

 「嘘を突き通せばばれないと思う」

 「無理よ、嘘は必ずばれるものよ」

 「ばれたらその時だ」

  

 言ったとたんテーブルが大きく音を立てた。音を立てたのは千幸さんの手だった、険しい表情で怒っている千幸さんは低く押し殺した声で言う。


 「考えが甘いわ…もしその子に殺し屋だってことがばれたらあなたが傷つくかもしれないのよ」

 「どういう意味だ?」


 千幸さんは肩透かしを食らったかのような顔で僕を見る、そしてため息をついて頭を抱えた。 

 

 「自分で考えれば」


 そう言い残して千幸さんは席を立つ。


 「後悔先に立たずよ、真白君。自分の人生なのだから自分で考えて行動しなさい」

 

 僕は糸と友達のままいることを決めるとお金を払い、すぐに喫茶店を出て行った。

 

 

 

  


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