包帯少女
糸と仲直りみたいなことをした次の日のことだ、久しぶりに僕はいつもの待ち合わせ場所いた。
寒さは日増しに増している。顔が冷たいを通り越して痛くなってくる。今日は糸がなかなか来ない、何かあったのだろうか、死にたがりの糸のことだからすぐに不安になってしまう。
「お待たせー」
僕の心配を吹き飛ばすような明るい声が聞こえた。
「やあ、遅かったね」
「ふふ、ごめんね」
とりあえず、糸がここに生きてきてくれたという事実に安心した。
糸が僕の隣に立つ、喧嘩別れしてからまだ一週間も経っていないのに不思議と懐かしい気分だった。何故か糸といると僕は落ち着く、糸もそう思ってくれればいいのだが、生憎僕には人の心を読むということはできないので糸がどう思っているかは分からない。
「あー・・・久しぶりだなぁ、この感じ、落ち着くなぁ」
糸が僕のほうを向いて言った。
「僕も今、そう思ってた」
「本当に?」
「うん」
「何か、嬉しいなぁ」
糸の横顔が今日はいつもよりも明るく見えた。光の加減かもしれないが何となくどこか表情も明るい。
「何か良いことでもあったのか?」
「ふふ、また真白君とこうやってお話できているからだよ」
「それは本心から思っていることか?」
「失礼だなぁ、疑ってるの?」
「別にそんなことはないけどさ」
「本当だよ」
糸は真剣な顔で僕に言った。
「嘘じゃないよ、信じて」
「うん」
真剣な表情を崩して糸は笑う、花が咲くかの様な笑顔を見ているとつられて僕も笑ってしまう。不思議だ、笑顔を浮かべるのは苦手なはずなのに。糸が笑うと僕も笑ってしまうのは何故だろう。
「早速だけど、見て見て!」
子供が絵を描いてそれを両親に見せるかのような無邪気さで糸は僕に腕を差し出した。訳が分からずにただ目の前に差し出された腕を見てみるけれど特に変わりはなかった。糸が何をしたいのか理解ができないまま僕は糸の顔を伺う。
「袖、捲ってみて」
「う、うん」
何だろう、嫌な予感がする。そう思いながらも僕は糸の服の袖をゆっくり捲る、出てきたのは素肌ではなく真っ白い包帯だった、ところどころ薄っすらと血が滲んでいる。
「・・・びっくりした?」
いたずらが成功したと喜ぶ子供のように糸は笑う、今度ばかりは僕は笑えなかった。
血が滲んで包帯を巻かなければならない行為、怪我ということは分かる、この怪我を糸は事故で負ってしまったのかそれとも故意にしたのか。
「どうしたんだ、これ」
「リストカットだよ」
「どうして・・・」
「今日はそんなに切ったわけじゃないんだけどねー、切り口が深かったからさ、ちょっと大げさすぎたね」
自分で自分を傷つける、想像しただけでも恐ろしい。僕には到底そんなことをする度胸はない。怖くはないのだろうか、痛くはないのだろうか、躊躇いはなかったのだろうか、僕の中に糸へのいろんな疑問が浮かぶ。
「痛いだろ」
「うん、痛いよ」
「怖くないのかよ」
「うん、全然」
「何で、リストカットするんだ?」
そう尋ねた途端、僕らの間に妙な沈黙が流れた。糸は僕の顔を見詰めたまま凍ったかの様に動かない。
「糸?」
「血を、見ると何だか安心するの」
「安心?」
「うん、なんだろうね、自分でも分かんないくらいに落ち着くんだ」
「やめたほうがいいんじゃ・・・」
「何で?」
心底不思議そうに糸は言った。僕は言葉に詰まる。
「危ないから・・・」
「私は別に危ないと思ってないよ、それに誰にも迷惑かけてないよ、それに私もし出血多量で死んでも後悔なんてしないから大丈夫だよ!」
とびっきりの笑顔で話す糸になんと返していいかわからない。
「僕が、心配して心臓に悪いからやめてくれないか?」
糸は目を見開いて僕を見ている、変なことを言ってしまったような気がする、でもこれは本当のことなのでまあいいだろう。
「変なの、本当に止めてくれるんだね」
「・・・そりゃ、約束したからな」
いや、約束というよりも宣言というべきか。
「うーん、考えてみるね」
糸は袖を元通りに直して「じゃあ、またね」と言って足早に帰って行った。