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ごめんね

 あの後、糸がどうしたのかは知らない。ただ僕はあの日以来糸に会っていないし、待ち合わせ場所にも行っていない。死んだのだろうか、はたまた生きているのだろうか。

 知らない、もう僕には関係ない、何度もそう思った。

 一つだけ思ったことがある。糸にとって僕はなんだったのだろうか、相談相手か友達か。

 考えたらきりがなかった、答えはなかなか見つからない。


 「どうだっていいだろ・・・」


 あの日から何度も口にした言葉だった。自分一人の部屋にむなしく響き、またもやもやと考える。考えたくないのに脳は考えることをやめようとはしない。

 気分転換に外に出ることにした。外に出ていれば忘れるだろう、家に引きこもっているから考えてしまうのだ、言うが早いが僕は外に出た。


 

 時刻は朝の8時、学生やスーツ姿の社会人をよく見かける。

 学生の明るい声が僕の耳に響く、社会人の靴の音が聞こえる。

 本来ならば僕も学校に通っている年である、だけど僕は学校には通えない。通うお金がない、そもそもそこまで通いたいとも思えない。でも、たまに羨ましく思うときもある。

 あの時までは自分は普通に学校に通うと思っていた、皆そうだろう。だが僕の場合は違った、通うことはできなかった。

 


 普通の家庭に僕は生まれた。そう、ごく普通の平凡な家庭に生まれたはずだった。

 僕の両親は僕を産んだせいで壊れてしまったんだ。僕のせいだ、僕が責任をとるべきなんだ。

 母は体が弱く、出産するのも命がけになるだろうと言われていたそうだ。堕胎も進められたらしい。それでも母は僕を産んだ。

 父は母を止めたらしい、だが母はそれを受け入れなかった。

 母は僕を産んだ後すぐに死んだらしい。母が命を懸けて産んだ代償が僕だった。

 父は僕のことを恨んでいた。そりゃそうだろう、僕が生まれなければ母は生きていたのだから。


 『お前のかあさんが死んでしまったのはお前のせいだ』

 

 いつもそういいながら僕を殴ったり蹴ったりしていた。僕は黙って耐えていた、次第に痛みも感じなくなって泣くこともなくなった。

 変わりに僕は母を恨んだ。母が僕を産まなければよかったのに、そうすればこんな辛い思いを僕も父もしなくて済んだのに・・・。


 父も僕が小学生のころに死んだ。父が死んだという知らせを聞いたとき僕は心底安心した。

 そして、何かの縁で伊賀さんに拾ってもらった。



 立ち止まったまま昔のことを振り返っていた僕を通行人は訝しげな目で僕を見て通り過ぎていく。

 僕は殴られても蹴られても死にたいと思ったことはなかった。何故だろうか、自分でも不思議に思う。



 「真白君・・・」


 名前を呼ばれて振り返るとそこには制服を身にまとった糸が立っていた。


 「糸・・・」


 糸は相変わらずの笑顔を僕に向けた。


 「朝に会うの初めてだね、おはよう」

 

 糸は死んでいなかった、そのことに安堵する。でも僕は戸惑った、糸は僕のことを怒っていないのだろうか、あんなにひどい言葉を言い残して去って行ったのに・・・。そんな様子を一つも見せない糸は僕に近づいてきた。

 

 「よかった、もう会えないと思ってたんだ。会えてうれしいなー」

 「・・・」

 「この間はごめんね、変なこと言っちゃって」

 「僕のほうこそ、ごめん」

 「ううん、真白君は謝らなくていいんだよ。悪いのは私なんだから」

 「そんなことない」


 糸は薄っすらと微笑んだ、それは僕が今までに見たことのない糸の表情だった。


 「これでもう、思い残すことなんてないね」

 「え・・・」

 「私、真白君に謝るまで死ねないなって思ってたの、もう謝れたから大丈夫だね!」

 「何言って・・・」


 糸の言っていることが理解できない。糸はこれから死のうとしているのだろうか。


 「さようなら」


 糸はそう言うと走り出した、僕は少し遅れて追いかける。糸の顔を見たらやっぱり死んでほしくないと思った、しかし、なかなか追いつけない、糸は走るのが早かった。

 糸は古びたビルの中へ入って行った、遅れて入ってみるとそこは廃ビルだった。階段を駆け上がり扉を勢いよく開けると屋上だった、屋上の真ん中に糸は息を切らして立っている。背中を向けて立っている糸に僕は話しかける。


 「糸・・・」

 「ついて、来ないでよ・・・」

 「死ぬなよ」

 「どうして、今更そんなこと言うの?死にたいなら死ねばいいって言ってくれたじゃない!」

 

 その一言が糸を傷つけてしまったのだろうか。


 「それは、謝るよ、ごめん、僕が悪かった」

 「会わなきゃ、よかった」

 

 振り返った糸は目から涙を流していた。大粒の涙を太陽の光が反射してキラキラとガラスの様に光っている、それがとても綺麗だと思った。


 「邪魔しないで!」


 フェンスに向かって走る糸の腕を僕は掴んだ。糸は何とか逃れようともがくが僕のほうが力が強くすぐに諦めたようだ。


 「どうして、邪魔するの?」

 「糸に死んでほしくないから」

 「・・・真白君て勝手だね、死ねって言ったり死ぬなって言ったり、変なの」

 「自分でも思うよ」

 「今日は諦めるね、今日は死なないよ」

 

 今日は、ということはまだ糸は死ぬことを諦めていないらしい。


 「止めるよ」

 「えっ?」

 「糸が死のうとするたびに僕はそれを止める。糸が死にたくなくなるまで」

 

 糸の目をまっすぐに見て僕は言った。


 「変なの、本当に変なの」


 そう言って糸は泣きながら笑う。

 僕はこのとき糸のことが大切なんだと何となくだけど知った。

  

 

 

 

 

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