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夕焼け空

 仕事が終わった後すぐにベットに入って眠った、自分から微かに鉄くさい血の匂いが漂っていたけれど特に気にならなかった、それよりも眠りたいという欲望が勝ってしまった。

 目が覚めるとすぐに風呂に入って血の匂いを落とした、だけど鼻には血の匂いがこびりついて離れない。

 少女と約束をしていたことを思い出した。時計を見ると今は夕方の4時を指している、まだ約束の時間は来ていないことに安心した。

 僕は仕事が終わった後死んだように眠る、起きたら早くても夕方だ。

 約束の時間まで何をしようか、部屋にはテレビもないし僕にはこれと言って熱中している趣味もない、はっきり言って暇だ。しいて言えば読書は苦にならない、部屋には数冊の文庫本が部屋の隅に置いてある。


 「どれを読もうかな」


 どれも面白い話だ。本はいい、僕の知らない知識や世界を教えてくれる唯一のものだ。

 そろそろ新しい本を読みたい、そう思って僕は財布だけを持って外に出た。僕の住んでいるアパートの近くには小さな本屋がある、そこに向かう。


 本屋に入ると真新しい本の匂いが鼻についた。まっすぐに小説のコーナーへと向かった。時代小説、恋愛小説、推理物、いろいろあるが中でも僕は時代小説が好きだった。どこが好きかと聞かれれば困るが雰囲気が好きなのだ。

 僕が手に取ったのは日本刀を持った男が険しい顔をして立っている本だった。あらすじを見てみるとなかなか面白そうで僕は興味を持った、本を一冊持ってレジで会計を済ませて店を出た。

 店から出ると目に飛び込んできたのは真っ赤な夕焼け空だった、一瞬にして僕は目を奪われて立ち止まる、目にまぶしいほどの空に心が震える、こんな美しいものを僕なんかが見てもいいのだろうか。


 「綺麗だな・・・」


 つい口に出てしまった。この夕焼け空を少女に見せたらどう思うのだろうか、感動して世界は美しいと死ぬのを諦めるだろうか。


 「何考えてんだ、僕は」


 どうだっていいじゃないか、昨日会ったばかりの少女なのにどうしてこんなにも気にしなくてはならない。不思議でたまらなかった。もやもやとする心を紛らわせるために夕焼け空を目に焼き付けるまで見ていた。

 

 部屋に帰って本を読む、静かな部屋は本を読むのにちょうどいい。

 僕は本を読むのが遅い、頭の中で文章を映像に変えて想像するからだ。今回の主人公は正義感あふれる青年が主人公の悪人を成敗して弱者を助ける勧善懲悪の分かりやすい物語だ。

 主人公が悪人を倒すのは見ていて気持ちがいい。

 しかし、疑問が僕の中に生まれた。今僕は殺してほしいと依頼された人間を殺す仕事をしている、そしてまたこの主人公も悪い奴を刀で切りつけている。

 僕も依頼人から感謝される、けれど気持ちは複雑だ。一方この主人公は感謝されて素直に喜んでいる。

 殺された悪人に罪悪感はないのだろうか。


 「考えても無駄だな」


 主人公は物語の世界の登場人物で、僕はこの世界に実在している人間だ。そう、考えても無駄なのだ。



 約束の時間の30分前に部屋を出た。最近は日が暮れるのが早くなっていて辺りはもう真っ暗だ。

 橋に着くと少女はまだ来ていなかった、少し早く来すぎたのかもしれない。欄干にもたれかかって待つ。昨日と変わらず夜でもこの辺りは明るくてまぶしい。


 「来てくれたんだね」


 ぼんやりと景色を見ているとよく通る澄んだ声が聞こえた、見るとそこには昨日の少女が立っていた。


 「こんばんは」


 にっこりと微笑む少女につられて僕も頬が緩む。 

 しばらく無言で遠くの景色を並んで見ていた。僕は同じ景色を見るのにだいぶ飽きてきていた、僕は少女と話をしようと気になっていたことを尋ねることにした。


 「ねえ、ちょっといいかな?」

 「何?」

 「君はどうして今日僕をここに呼んだの?」

 「・・・何となくかな」

 「何となくか」

 「じゃあ、私からも質問していい?」


 僕を真正面から見据えて少女は口を開いた。


 「どうして今日ここに来てくれたの?」


 不思議そうに首をかしげながら尋ねられて僕は返答に困った。どうしてここに来たのか、当たり前だ、目の前にいる少女が来ないと飛び降りると脅迫してきたからだ。


 「君が僕が来ないと飛び降りるって言ったからだ」 

 「ふーん・・・そっか」


 にっこりと嬉しそうに笑う少女を見てこの笑顔は本当に嬉しくて笑っているのだろうか、僕は疑った。


 道行く人たちが僕らを不思議そうに見ている、でもそれはほんの一瞬だけですぐに自分の世界へと戻っていく。

 

 「私が明日も来ないと飛び降りるって言ったら、明日も来てくれる?」

 「・・・もちろん、飛び降りられたくないからね」

 「じゃあ、明日も来なかったら飛び降りる!」

 

 元気よく夜の街に響き渡るような声で宣言された。周りの人たちが振り返った、でも少女は気にせずに話し続ける。


 「飛び降りちゃうよ、本当に」

 「明日も来るから飛び降りないでよ」

 「いいよ」


 不思議だ、たった昨日と今日で話しただけなのにこんな約束をしたのだろうか。僕は自分がよく分からない。

 

 「今日さ、夕焼けがとても綺麗だったんだけど見た?」

 「ううん、見てないなー、そんなに綺麗だったの?」

 「うん、オレンジ色がとても」

 「・・・私、夕焼け嫌いなの」

 「何で?」

 「見ていると悲しくならない?どうしようもなく死にたくなるの、夕方ってそんな時間じゃない?」

 「死にたくはならないけど、こんな綺麗なものを僕なんかが見ていいのかなって思う」

 「何それ、変なの」


 雑談をしてその日は別れた、また明日会う約束をして。



  

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