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また明日

 死にたいと少女は言った。天真爛漫の張り付いた笑顔でそう言う彼女からは本当に死にたがっているように僕には見えなかった。たぶんきっと他の人にも見えないと思う、だから皆信じてくれないんだろう。


 「どうして死にたいんだ?嫌なことでもあるのか?」

 「あるよ。何もかもが嫌なの」

 「何もかも?」

 「うん、学校も友達のことも家族のことも受験のことも全部全部嫌になったんだ」


 少し寂しげな笑顔でそう言う少女を見て僕は悲しい子だなと思った。

 もしかしたら少女はこの笑顔の下に他の感情を押し込んでいるのではないか、怒りや悲しみ、寂しさ・・・その全てを笑顔という仮面で押し殺しているのかもしれない。もしそうだとしたら何かが少女を変えてしまったのだろう。良くも悪くも人間が変わるには何かのきっかけがあるのだ。

 しばらく無言が続いた。沈黙を破ったのは僕のほうだった。


 「そろそろ行かなきゃ」

 「もう帰っちゃうの?」

 「うん、用事があるんだ。君も早く帰ったほうがいいよ濡れてるし」

 「それもそうだね、じゃあ帰るよ」


 自分の家に向かうため踵を返すと後ろから呼び止められた。


 「ねえ、また明日ここに来てくれないかな?」

 「明日?」

 「そう、明日また来てよ」

 「気が向いたらね」

 「絶対に来てよ来ないと私またここから飛び降りちゃうからね」

 

 冗談ぽく笑って言うが先ほど本当に飛び降りたので冗談には聞こえなかった。僕のせいで飛び降りて死なれるのは嫌だ、誰だって嫌だろうけど。


 「いいよ、明日も来るよ」

 「よかった、じゃあ夜の9時にここに来てね」

 「いいけど・・・何で夜?夕方くらいでも」

 「私、夜が好きなの」


 少女が空を見上げる、僕もそれに倣って見上げると藍色の空が広がっている。いつの間にか夜になっていたようだ、遠くのほうの繁華街のネオンや通り過ぎる車のライトが目に痛い。

 僕もどちらかというと夜のほうが好きだ、昼間は明るすぎる僕みたいな人間は夜の闇に隠れているほうが居心地がいいんだ。


 「じゃあまた明日ね」

 「うん、また明日」


 僕は遠ざかっていく少女の背中をぼんやりと眺めていた。僕も川に飛び込んだからずぶ濡れだ、冷たい風が吹いてきて体が震えた風邪をひかないように気を付けなければ。


 「また明日か・・・」

 

 

 家に帰ると風呂に入り仕事用の目立たない黒のパーカーとジーンズにすぐに着替えた。

 ポケットに入れていたナイフを取り出して眺める、部屋の明かりに照らされて鈍く光るナイフに不調はないか点検する今日は大丈夫そうだ。一応拳銃も持っていくがあまり銃を撃つのは好きではない。

 返り血が付くからだ、それに撃った後の人間の死体は目を背けたくなるほどの惨状になってしまう、僕はなるべく殺す人間にはきれいに死んでもらいたいと思っている。殺し屋が何を言っているんだと思うだろうが僕には僕なりの信念がありそれは絶対に曲げたくはない。

 横になり目を閉じた。頭に浮かんだのは今日であった少女だった。


 「そういえば、名前聞いてないや・・・」


 何故だろう、あの少女が気になってしまう。あの笑顔が頭から離れない、あの笑顔の裏に何が隠されているのか気になる。僕と同い年くらいの少女、誰が何が少女をあんな風にしてしまったのだろうか。

 時計の音だけが響く、テレビも何もない質素な部屋で僕はいつの間にか眠ってしまっていた。



 着信音で目が覚めた、電話に出ると低い伊賀さんの声が聞こえた。


 「もしもし、連絡が来た今すぐに公園へ向かえ」

 「・・・はい」

 「どうした、眠そうだな」

 「今まで寝てて・・・」

 「おいおいしっかりしろよ、くれぐれも失敗すんなよ」

 「分かってる」


 マフラーを巻いて帽子をかぶり外に出る、外はいつも通り空気は冷たくて静かだった。

 公園までの道のりはそう遠くはない、心の準備はもうできている。しくじらないように気をつけなくては。


 夜の公園は遊具が大きな黒い怪物に見える人間など一口で食ってしまいそうなほどに残虐で冷たい怪物。小さなころはそれがとてつもなく怖かった、今はどうってことないだって今黒い怪物なのは人を殺す僕なのだから。

 公園に入ると一人のスーツ姿の男が背を向けて立っていた、間違いないあいつがターゲットだ。

 足音を立てないように忍び寄る、ポケットの中のナイフをきつく握りしめる手汗で滑らせないように慎重に外に出す、後はこのナイフを背中に刺すだけだ・・・・

 大きく振りかぶって相手の背中に刺した。鮮やかに空中に飛び散る血、一拍置いて公園に響き渡る男の悲鳴、いつも通りの光景だ。

 男は僕を睨み付けながら言った。


 「お前、は・・・誰だ・・・」

 「さあ、誰だろう?」

 

 男は僕を睨み付けたまま反らさない。そんな目で見ないでくれ、頭から焼き付いて離れないだろう。


 「ごめんなさい」


 ナイフを突き立てると低いうめき声を上げて男は動かなくなった。

 自分の手を見ると血で赤く染まっていた、ところどころ固まって赤黒く変色しているそれを公園の水洗い場で洗い流して伊賀さんに連絡を取るために携帯を取り出した。


 「もしもし伊賀さん終わったよ」

 「そうか・・・じゃあ後で死体を拾いに行く、今日はよく休め」

 「うん」


 帰る前に振り返り死体を見た、もう動くことのないその肉体、こんなものに少女はなりたいのだろうか。

 

  



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