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初めての躊躇い

 繁華街はネオンが眩しい。目を閉じてもその明るさが明瞭に分かる。

 僕は今未成年には似つかわしくない繁華街の一角に立っていた。ここならターゲットがいつ通っても見逃すことはないだろう。

 吐く息は白く、かなり冷え込んでいるのが分かる。通りで頬も冷たいを通り越して痛くなってくるはずだ。


 「おい、お前未成年だろ」


 低い男の声が聞こえた、俺の前に立っている男は紛いもなくターゲットだった。


 「……無視か」

 

 煙草をふかしながら男は僕を見下ろす。男の背は高かった。威圧感をひしひしと感じる。


 「親御さんが心配しているだろ」

 「……親はいませんから大丈夫です」

 「それは本当か?」

 「はい」


 男は真っ直ぐな目をしていた。その目を向けられるとつい反らしたくなってくる。


 「腹、減ってないか?」

 「……普通です」

 「そうか、良かったら少しだけ付き合ってくれないか」

 「どこにですか?」

 「まあ、ついてこい」


 断ることもできただろう、だが何故か僕は目の前の男の背中を自分でも無意識に追いかけていた。



 男に連れられてきたのは古びた定食屋だった。

 暖簾をくぐり、カウンターに座る。

 慣れた調子で男は亭主を呼んだ、奥から人の良さそうな初老の男が出てきた。


 「親父さん、唐揚げ定食屋、お前は?」

 「同じので」


 男は三浦と名乗った。見た目こそ派手であるが気さくでよくしゃべる男であった。


 「俺も親がいなくてな、いろいろ苦労したもんだ」


 唐揚げを咀嚼しながら三浦は言った。言葉には悲壮感など感じられずただ淡々とした調子で語る。


 「苦労したお陰で今はこんなんになっちまった」


 明るい、裏表を感じさせない笑顔を浮かべる三浦には人の恨みを買うような人間には思えなかった。

 この人はどんな恨みを買ったのだろう、何をしたのだろう、もちろん聞けるわけもない。


 「お前、名前なんて言うんだ?」

 「……真白」

 「真白か、良い名前だな」

 「僕はこの名前好きじゃない」

 「どうしてだ?」

 「僕には似合わない、白なんて」

 「そんなこと言うな」


 真剣な顔で三浦は言う。


 「親がつけてくれた名前だろ?」


 こくりと頷いた。


 「そんなこと言ったらだめだ。そりゃ、いろいろ理由があるんだろうけど、考え付けてくれた名前だ」


 「大事にしろよ」と笑って僕の頭に手をのせた。

 三浦は笑うと優しい顔になる。人の善さが滲み出ているようだ。

 この人を僕は殺すのか。

 成り行きでご飯を一緒に食べ、話をした。少しの間だが十分に人柄が分かった。


 「弟がいたらこんな感じなのかなー……」


 少し嬉しそうに三浦は言った。



 外に出ると雪がちらちら降り始めていた。真っ暗な夜空から降る白い雪はどこか幻想的だった。


 「おー、雪だ」

 「本当だ」

 「道理で寒いはずだ」


 手が寒かったのでズボンのポケットに手を入れる、手に何かが当たった、それはナイフだった。

 これからどうしようか、殺さなければならない、三浦を。

 見ず知らずの僕にご飯を食べさせてくれて、一緒に話したこの優しい人を僕はナイフで殺すのか。

 僕の中に初めて躊躇いが生まれた瞬間だった。


 「もう遅いから帰れよ、あ、家まで送ってってやるよ」

 「……ありがとう」

 「いえいえ、行くぞ」


 数歩前を歩く三浦の背中を見る、殺したくない。

 でも、これは仕事だ。私情を挟んではならない。依頼をこなせないことで依頼人は困ってしまう。


 「ねえ」

 「なんだ?」

 「三浦さんは何の仕事をしてるの?」

 「俺か……胸をはって言える仕事じゃねえよ」

 「気になる」

 「……俺は」


 こちらを見ることなく三浦は言った。


 「まあ、一言で言えば詐欺師だな」

 「詐欺師……」

 「うん、たくさん人を騙して生活してる。こりゃ、もうろくな死に方はできねえや」

 「そっか」

 「軽蔑するか?」


 僕なんてもっとひどいことを仕事にしている、三浦を軽蔑するなんてできない、むしろされる方だ。

 僕は首を横に振った。


 「気を使わなくたっていいんだぜ?」


 自嘲気味に三浦は笑った。


 「使ってない」

 「変なやつだな。お前は俺みたいになるんじゃないぞ」

 「僕は、三浦さんより悪いことしてるよ」

 「お前が?冗談だろ」


 今僕らが歩いているのは人通りの少ない裏道、覚悟を決めねばならない。


 「本当だよ」


 笑って僕は三浦に言う。三浦はそれを信じたのか「そうか」と言った。


 「何をしたんだ、お前ならやり直せるよ」

 「無理だよ」


 ポケットの中でナイフを握る。少しずつ三浦との距離を縮める、幸い相手は警戒していない。

 優しい笑みを浮かべる三浦の目をしっかりと見据える。大丈夫だ、できる。


 「三浦さん」

 「ん?」


 相手を目の前にしてポケットからナイフを取り出す。気づかれないうちに自分の体を相手の体に預けるようにしてもたれ掛かる、相手の腹にナイフを突き刺す。


 「ごめんなさい」

 「な……」


 三浦は後ろに倒れた。苦痛に顔を歪めている。


 「僕は殺し屋なんだ」

 「そう、か……そりゃ、業の深い、仕事だな……」

 「だから、僕は三浦さんを軽蔑できないよ」

 「そうだな、同じ、だな……」


 呼吸が荒くしゃべるのも途切れ途切れだ。


 「これは、死ぬな……おい、一思いに殺してくれよ」

 「分かった、最後に聞いてくれる?」

 「お、う」

 「今日は楽しかった、ありがとう、ごめんなさい」


 三浦は薄く笑った。後悔はないのだろうか。


 「いいってことよ……それと、泣くな、男、だろ」

 「うん」


 ナイフを一度抜き、高く掲げて降り下ろした。血が顔に付いたのが分かる。


 「ごめんなさい」


 泣いていた、人を殺して泣くのは初めてだった

 悲しかった。少しの間だが三浦との時間は楽しかった。


 伊賀さんに電話をかける、すぐに出た。


 「もしもし、伊賀さん」

 『終わったのか?』

 「うん」

 『そうか、ごくろうさん、すぐに向かうからそこから離れろ』

 「わかった」


 通話を終えて家路へと歩く、振り向いたらまた泣いてしまいそうなので振り向かない。前を向いてひたすら歩く。


 「真白くん……」

 「糸……どうして、ここに」


 真っ暗な夜道で声をかけてきたのは糸だった。


 「血が、たくさん付いてるよ?ねえ、真白くん」

 「……何?」

 「後ろの人死んでるよね?真白くんが殺したの?」


 僕の頭に絶望と言う一文字が浮かんだ瞬間だった。


    





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