死にたい理由
朝御飯を二人分作ってテーブルに置く。今日のメニューはトーストと目玉焼きだ、香ばしい匂いが狭い部屋に広がっている。
「美味しそう!」
糸は目を輝かせて目の前の朝御飯を見ている。
「召し上がれ」
「いただきます!」
美味しい、と笑顔で食べてくれる糸を見ていると何だかくすぐったい感じがした。
自分の作ったものを人に食べてもらうのは久しぶりだった。僕の料理を食べたことがあるのは今までで伊賀さんだけだった。
「人と食べるご飯って久しぶりだなぁ」
「僕もだよ」
「美味しいね」
「うん」
確かにいつもより美味しく感じるのはどうしてだろう、不思議に思いながら朝御飯を食べ終えた。
遅めの朝御飯だったので昼御飯は僕も糸もいらないと言って食べなかった。
「帰らないのか?」
「ここにいたらだめ?」
首を傾げて糸は僕に尋ねる、駄目ではないのだが僕は夜からは仕事があるのでそれまでには帰さないといけない。
「いいけど、夜には帰るぞ。送っていくから」
「……うん」
「家に帰りたくないのか?」
「うん、まあね」
「そうか……」
深くは追求しない。家に帰りたくないことは薄々感じてはいた、だが帰さないわけにはいけない。
「真白くんは本が好きなんだね」
「うん、まあ暇潰しに読むよ」
「私も好きだよ、本は空想の世界に連れっててくれるから」
どこか遠い目で糸は言った。
「私ね、きっと幸せになれない気がするの」
「どうして?」
「誰も私を必要としてないの」
微笑んで冗談を言うように糸は言った。
「お母さんもお父さんも友達も、皆私を必要としていない。だから生きている意味なんてない、楽しいことなんて何もない、きっとこれからも……」
「そんなの生きなきゃ分からない」
「ううん、分かってるよ。幸せになれない、だから私は生まれ変わって幸せになるの」
糸の死にたがっている理由を今日初めて聞いた。僕はなにも言えない、下手に言った方が糸を傷つける気がした。
「僕は糸に生きて欲しい」
思っていたことを素直に伝える。
「何度も聞いたよ、じゃあ私を必要としてくれる?」
「うん、糸は僕の友達だ」
「ありがとう、嬉しいよ」
その笑顔は本物なのか、はたまた偽物なのか。僕には分からない。
「じゃあ、送るよ」
「うん、お邪魔しました」
僕は仕事の準備をして外に出た。ポケットにはナイフを入れている、服装は目立たない黒のパーカーにジーンズとお決まりの服装だ。
鍵をかけて階段を降りる、糸の家はここから二十分程度のところにあるそうだ。
夕暮れ時の道には学生や子供を連れた主婦などをよく見かけた。僕らは黙って歩き続ける。
いつもの橋を渡り、しばらく歩くと住宅街に入った。静かだ、僕らの足音しか聞こえない、まるで二人で取り残されたようだ。
「あ、ここなんだ家」
糸が立ち止まったのは大きな一軒家だった。表札には上野と書かれていた。
「上野って言うんだな、名字」
「うん」
「じゃあ、また」
「バイバイ」
糸が家の中へと入っていくのを見送った後、その場を立ち去り繁華街へと向かった。