プロローグ
「頼む!殺さないでくれ・・・助けてくれぇ・・・・」
泣きながら懇願する人を何人見てきただろう、きっと数えきれないくらい見てきたと思う。だからもう見慣れてしまった。泣き喚いて許しを請う者がほとんどだった。ごくまれに自分の運命を受け入れ静かに殺される者もいるがそれは本当に稀だ。
僕は殺される前に泣かれたほうが気が楽だ、何となくだがそう思う。
僕の仕事は人を殺すこと、いわゆる殺し屋だ。
今日も僕はナイフを持って仕事に出かける。
殺し屋というのは個人で動くが僕は殺し屋の会社のようなところに所属している。僕のところの会社には殺し屋は僕含め4人いる、僕はその中でも最年少だ。
今日受けた依頼はある男を殺すという依頼だった。
「これがターゲットの写真だ」
写真には真面目そうなサラリーマン風の男が写っていた。
「普通の人だね、あんまり恨まれているようには見えない。この人は何をしたんだ?」
「詮索はするなとだけ言っておく」
「ふーん・・・そんだけ悪いことしてるんだ」
「まあ、人間見た目によらずだ。お前だってそうだろう?」
「そう?」
あまり自分の顔を真剣には見ないが殺し屋には見えないのだろうか。
「でも、伊賀さんは見た目そのまんまだよね」
「まあ、だろうな」
煙草をふかしている伊賀さんは50歳の殺し屋だ。一応この会社の社長らしい、顔は怖いが見た目によらず優しい。本当に怖い人だったら僕だって敬語を使う。
「いいか、今日やれ、依頼主が夜中に公園に呼び出すらしい」
「どこの公園?」
「藤咲公園だ」
「あー・・・あそこか」
「とにかく呼び出したと連絡があったらお前に伝えるから。携帯は持っとけよ」
「分かってる、じゃあ」
伊賀さんは僕を救ってくれた命の恩人だ。いくら感謝してもしきれないくらいの恩がある、恩返しをするためにこの仕事に就いたと言っても過言ではない。
初めは反対された、しかし表の社会にいても何もできないし何より社会に溶け込めないと思う。僕には協調性というものが無いのだ。
皆と同じことを助け合いながらする、それがたとえどんなに嫌で苦しいことでも・・・。
きっと僕には無理だ。
初めは人を殺すのにものすごく躊躇った。だって今泣いて喚いている人が僕の持っているナイフで突き刺すだけで死んでしまうんだ、考えたらものすごく怖かった。自分には無理だと思った。反対されてもやるって言ったのは僕だ、だったら迷惑をかけないようにしなくては・・・。
そうして僕は初めて人を殺した。怖くて怖くて何度も刺した、まだ生きている気がして。
「・・・ははっ思い出しただけで手が震えてる」
今でも人を殺すのは怖い。でもそれは正常だといろんな殺し屋が言ってくれた。
ああ・・・今日も僕の手で誰かが死ぬことになる。
僕には殺す前に必ずある言葉を言う癖がある。
「ごめんなさい」
それは日常生活でも癖になっていてまるで息をするかのようにその言葉が出る時がある。何かしてもらってもありがとうではなくごめんなさい、自分は悪くないのに謝ってしまう。
もうすぐ夜がやってくる、来ないでほしいと願っても朝も夜も来てしまう。
ポケットの中のナイフを握りしめる。
「仕事まで何をしようか」
とりあえず街をぶらぶらと暇つぶしに歩こうか、それともまっすぐに家に帰ろうか。まあ、家に帰っても誰も待っていないんだけど。
歩いているとふと水の音が聞こえてきた、近くに大きな川が流れている。
ここから飛び降りたら死ぬのかな、そんな思いが頭をよぎる。別に僕は死にたいわけじゃない、けれどそこまで生きたいとも思っていない。
「ここから飛び降りたら死ねるかなぁ?」
そんな声が聞こえてきた。初めは自分が無意識に言った言葉だと思った、しかしその声はどう考えても少女の声だった。
「ねえ、死ねると思う?」
「それは・・・どうだろう?」
「じゃあ、試してみよう!」
少女は翳りのない笑顔でそう言った直後に橋の欄干に足をかけて川へと飛び込んだ。止める暇もなかった。僕は咄嗟に川へ飛び込んで少女を助けようした。
「どこだ、どこにいるんだ・・・」
「ここだよー」
能天気な声が近くから聞こえてきた。少女はショートカットの黒髪を耳にかけながらこちらに近づいてきた。
「やっぱり深さが足りなかったかな?」
「何やってるんだ?君は死にたいのか?」
「うん、そうだよ?」
軽く言ってのけた少女の顔にはやはり笑顔が浮かんでいる。まるで楽しいことを話しているかのように。
「死にたいんだね」
「うん、私は何度も何度も自殺しようとしたの。でもね毎回死ねないんだ」
「それは、本当は死にたくないからじゃないか?」
「馬鹿にしてるの?」
張り付いた笑顔のままそう言った。それがどこか僕には不気味に覚えた。
「ううん、別にしてないけど」
「じゃあ、馬鹿にしないでよ」
「だからしてないって」
「嘘、してる。あなたも皆みたいに馬鹿にするんでしょう?」
少女の目はまっすぐに僕を捕えていた、僕もまた少女の目をしっかりと見ていた。少女の真意を探りたかった。
これが僕と少女の出会いだった。




