≪第五話≫No.6 ≪第六話≫No.7
≪第五話≫ No.6
評定の後で小太郎は弥七、寅之助、喜久次を呼んだ。「此度の戦はわしの初陣じゃ。己の力を試してみたい。」三人は頷いた。「お寅、キク、お前達は村の若い衆を30人ほど集めて来い。手慣れな者が良いぞ。弥七、おぬしは槍と弓矢を集めてくれ。・・・それから、城に内通者がいるやも知れぬ。俊種に用心する様に伝えよ。」三人は命を受け其々に動いた。
城内は一気に慌しくなった。時は辰の刻(午前8時)を過ぎていた。寅之助たちに一刻(2時間)後、城門前で落ち合う事を約し、小太郎は直ぐに甲冑に身を固めた。父の残した代々当主が身につける伝来の紺糸威の物はあったが、敢えて、母が拵えてくれた元服前の簡素な鎧兜を身に纏った。
小太郎は上背があった。6尺(約180㎝)近くあり、当時の男たちは5尺(約160㎝)ほどであったから頭一つ出ていたが、細身で少し華奢に見えた。しかし、目鼻立ちがくっきりしていたのでその聡明さが全体を補うことが出来た。甲冑を身に着けた姿は凛々しく威厳があった。
その後、皆の前で口を滑らした嫌いな長者原城の中を一巡して歩いた。何故嫌いなのか自分でもよく解らない。頭の上を覆い被さる大屋根のせいか。築城20年余りなので其れ程古くはないが、何度となく戦場の中で火責めに会い、あちこちと焦げた跡が残っている。
更に敵を業と城中に入れて混乱させ、撃退すること数度、まだ生臭い血の匂いが残っているような薄暗い城の中である。小太郎が城内を進む度に家臣たちは新しい当主に頭を下げた。微笑む者も多少いたが、殆どの者たちは無言で緊張の中にいた。この戦が自分たちの命運を決めるものである事を皆知っていた。
武者溜り・武器庫・馬舎・それに兵糧庫と一通り見終って最後に評定の間の廊下から繋がる「八角楼」と呼ばれる物見用の天守閣に登った。
≪第六話≫ No.7
天守閣の三層の階段を駆け上がると、そこに家老の俊種がいた。二人は一目した後、並んで眼下の越後平野を見渡した。四月の若葉が野を覆い惨事がなければ吸い込まれる様な美しい越後の山野である。広い越後平野の先に、遠く東に会津の山々が見え、西には立山連峯さえ望める。春の靄は少しあったが良く見えた。
「敵が観えるな!松野尾砦を囲んでいる・・・援軍を送らぬのか?」「残念ながら・・・」小太郎の問い掛けに俊種は小さく答えた。「久衛門、何故、俺に味方した・・・」俊種はふと小太郎を見ながら少し笑みを混ぜた顔色で答えた。「我らはお屋形様の力量を見定めなければなりませぬ。先代はご病状ながら先々代の威光でなんとかもちました。しかしこの度は俊高様の器が問われましょう。誤まてば後がありますまい。・・・」静かな口調ではあるが、小太郎の心を抉った。
長身の小太郎は上から覗くように俊種を見つめた。「俺をどう見た、久衛門。」「お若いのでまだ判りかねますが、・・・面白いお方だと・・・失礼ながらお見受け致した。」
「面白い男だと?・・・そうか、まぁよいわ、俺もまだ自分自身が良く解らん!・・・だが、久衛門、この戦、俺は必ず、勝つ!」
「存分におやりなされ。勝つか、負けるかは時の運!我らはお屋形様に賭け申した!」
「久衛門、城内の内通者に気を付けろ。」
「心得てござる。」「俺は下に行く。後は頼んだぞ。」
佐野家は代々稲島氏に仕える家柄であったが久衛門俊種の時、特に功績を立て三代の当主に仕える腹心となった。その久衛門が腹を括ったのである。小太郎は既に五十を越える祖父のような年柄の家老の想いに安堵した。