009.甘い罠
「と言うわけでやって来ました城下町」
「どういうわけですか」
セリアに沙雪が突っ込みを入れる。それなのにセリアはやや嬉しそうだ。端から二人の様子を伺っていたアスカが笑みを浮かべる。
「買い物、行くんですよね」
そう言って沙雪はマイペースな二人を急かし、並び立つ三姉妹のように、三者三様に歩きだした。
* * *
「それじゃあまずは、買い物に行きましょうか」
アスカが両手の指を合わせてそう言った。何を言っているのか即座には理解できず、僅かばかりの間呆っとアスカの顔を眺めてしまう。
「どうしたの、サユキちゃん?」
不思議そうに問い掛けるアスカに意識を取り戻され、その一瞬で思い浮かんだ言葉を発した。
「あ、いえその、外に出て、大丈夫なんですか? そもそも買い物? 誰の? 何を? もしかして私は行かないんですか?」
「サユキちゃん、落ち着いて」
「あ、すみません……」
アスカはおっとりと沙雪を宥める。それだけで自然と肩の力が抜けてしまうのだから、大したものである。
その疑惑は尤もだった。沙雪の身を隠すために今こうして≪白薔薇隊≫の下にいる。その筈がどうして買い物へ赴くという結論に至るのか。
「それはね――」
「むしろ今だからだ」
アスカの言葉をシルファが引き継いだ。
「どう言うことですか?」
「今はまだサユキの存在が知られていない。だから出歩くなら今しかないってこと」
「……そういう考えですか」
シルファの言葉にようやく納得する。沙雪の存在が知れ渡ってしまってから行動を起こすのは難しい。それこそ人の目が数多と光ってしまうのだから。であるのならば、その逆を衝いてしまうのが正道であろう。今は沙雪についている監視の目もそうはないだろう。だからこそ、大胆に動くには今しかない。
「もちろん買うものはサユキちゃんの身の回りのもので、サユキちゃんも一緒よ」
「もちろん俺も――」
「シルファ隊長は仕事です」
ピシャリとアスカはシルファのその意見を叩き払った。ムスッとした顔になるのだが、アスカはそれを押さえつけるように微笑む。
「だが――」
「仕事です」
「もし――」
「仕事です」
「お――」
「仕事です」
見た目によらず、アスカが折れることはない。シルファ自身もそれを知っているのか、お互いが頑固に主張を衝突させ合う。沙雪はそこでアスカの微笑みの性質が変わったような気がしてそっと目を反らした。
「いいだろ!?」
「シルファ隊長」
毅然とした声が凛と響き渡る。それははっきりと通った声で、どこまでも聞きやすい。しかしその反面、その声に含まれた感情も痛いほどに伝わってくる。それはつまり、怒りという感情に違いなかった。
「すみませんっした!」
シルファが深々と頭を下げる。目を背けていた沙雪は何があったのか理解することはできなかったが、少なくともシルファが深々と頭を下げるような事態が起こったことは間違いがなかった。――この人には、逆らわないでおこう。沙雪はそう、心に誓った。
ふう、とアスカは溜息をついた。本来の目的を完遂することができ、満足したのだろう。そしてようやく話の顛末は元の話題へと戻っていく。
「それじゃあこれから出かけようと思いますので、シルファ隊長、よろしくお願いします」
「……わかった」
不貞腐れたような表情をしながらシルファがアスカの言葉に同意する。本当に不本意なのだと、流石に沙雪でも気が付いた。けれどそれを指摘するような無粋なことはしない。それは藪をつついて蛇を出すような行為だと気が付いていたからだ。
「それと、セリアちゃんも連れて行きますね」
「えっ?」
アスカは思い出したかのようにそうシルファに告げた。シルファはその言葉を耳にしたとき、何故か絶望したような表情をしていた。ここで補足しておくと、セリアはシルファの溺愛している部下、ということを説明しておくと非常に話が明朗快活に進む。つまり、シルファのお気に入りの部下を連れて無垢(と思われる)な女の子の生活雑貨を伺いに行く。どうしてシルファの琴線に触れないことが出来ようか。
「うそ、でしょ?」
「本当です。今セリアちゃんは結構落ち込んでるんですよ。機嫌を直してあげないと」
「だったら尚更――」
「仕事、あるんですよね」
「ぐっ!」
一度は約束したことだ。それを軽々しく曲げてしまっていいはずがない。騎士として、信用に関わる部分でもあるからだ。
「お土産は期待しててください」
最後にアスカはシルファにとどめを刺した。
* * *
異国情緒というものだろうか、そのゴシックな服飾は意外と似合って見える――はずがなかった。
「ないです! あり得ないです!」
着せ替え人形よろしく、白と黒のフリフリの服を渡され、気が付けばそれを身に纏っていた。
「イヤです! これは絶対にイヤです!」
反発する沙雪だったが、アスカとセリアはニコニコと微笑むばかり。まるで春の陽光のような景色に沙雪の毒も抜かれかける。
「こんなに楽しいのにシルファ隊長残念ね」
「そうね」
沙雪の態度も気にせず、二人は今この場にいない人物のことを想像してはそんなことを口にする。そして仕事漬けにしたはずのアスカがそれを言うのは残酷とも言うものだ。恐らくは当人もそれは分かっているのだろう。分かっていながら全く気にした様子もないのは、故意犯だからだろう。
「あ、こっちも可愛いんじゃない?」
「そう? サユキちゃんにはこっちのほうが似合うんじゃないかしら」
セリアの取った服を見て、アスカはそれを否定する。セリアが取ったのは体の露出が激しいパーティー向けの紅いドレス。ストラップレスで肩の大半が露出する形となっている。それだけではない。背中の大半が見える形となっており、防寒と言った意味ではほぼ無防備。そして何よりも胸元まで大胆に走った切れ込みが着る者にこの上ない魅力を引き出させるのであろう。――本来であれば、の話だが。沙雪は自分の体を見下ろしかけて慌てて視線を上げる。慌てて右の耳たぶを弄りながら精神を統一する。
(あれは、派手すぎ。派手だから着ない。絶対!)
派手だから着ない、という理由をつけ、沙雪はその服を手に取ることを認めはしなかった。
そして一方のアスカは何故かネグリジェを手にしていた。透けている。服としての様態を成していない。下着姿ならまだしも、外している場合にはまるで意味もない。沙雪は自宅ではもっぱら伸縮の利くロングのパンツと胸元をリボンで軽く飾る緩めのシャツを着ている。寝る際には丸襟のパジャマだ。最近はやや子供っぽいかな、などとは思っても、流石にアスカの取った服を着てみるという勇気は流石になかった。
「どっちも着ません!」
サユキの主張は、どうしてか無視され、結局のところマイペースという名の強制によって試着する羽目になった。そして更に沙雪の下着についての話にもなり、そちらも見ることにもなり、随分と時間を費やすこととなった。
(つ、疲れた……)
沙雪は自身の疲れを把握し、そう心の中で呟いた。いつもであれば決して着ることのないような服を試着させられ、そして隅から隅まで観察され、そして指摘される。なるほど、とも思える指摘も確かに何点かはあったものの、沙雪でもやはり納得できないような指摘の方が圧倒的に多かったことは言うまでもない。
セリアとアスカは何故かホクホク顔で、非常に満足したような表情をしていた。
「楽しかったわね」
「ええ、久しぶりにいい買い物が出来ました」
セリアとアスカはそう会話している。両手には大荷物で歩くことさえ困難とも思えるのだが、二人はそんなことを微塵も気にした様子もなくすいすいと歩いてゆく。その二人の半分にも満たない荷物を持っている沙雪は、その二人についていくこともままならないと言うのに。
ドン、と沙雪の方が向かいから歩いてきた女性とぶつかった。荷物を両手にぶら下げていた沙雪は体勢を整えることも出来ず、その場に倒れてしまう。
「いたっ!」
「ん?」
沙雪とぶつかった女性は僅かに体をぶらしたものの、倒れるということもなく、立ったまま倒れた沙雪を見下していた。眼鏡がキラリと光り、その奥を伺うことは出来ない。
片手には本を握っており、沙雪を見ているのか、それとも本を読んでいるのか、左右に振られる首はどこに視点を定めようとしているのか全く分からない。黄土に似た色の髪を団子状に結わえている。黒のサロペットに横縞の薄い青のシャツ。
「あ、こらアクリー! 人にぶつかったらちゃんと謝りなさい!」
そう呼ばれた女性の後ろからまた一人、女性が現れた。胸元がレースで飾られた白のキャミソールに桃色のカーディガン。そしてホットパンツで素足を晒している。そして同時に沙雪の視線を一躍集める。なぜならば、その頭部には不可思議な物体が生えていたからだ。ショートボブのこげ茶の髪の中に見えるそれは小さく丸っこく、そして毛深い。まるで毛玉のようにも見えるそれは、どうやら熊の耳と類似しているらしかった。
――確かコスプレ、と言うんだっけ。そんなことを頭に思い描く。昔見たことがあるニュースでは猫の耳を着けていたと思うけど。沙雪はそんなことを思い描いていた。
「うちのアクリーがどうもすみません」
その女性は頭を深く下げる。同時に隣の本を読んでいる女性の頭を深く下げさせた。ほら、アンタも頭を下げなさいと言いつつ、無理やり頭を押さえつける。そしてその行為を強要された女性は本に視線を向けながら、ごめんなさいと呟いた。
思わず目の前の熊耳に気を取られていた沙雪は、意識を戻してその謝罪を耳にする。いえ、大丈夫です。とかそんな言葉を返す。お互いに頭を下げる妙な光景だった。
「わたくしからも謝罪を」
沙雪がそちらへ視線を向けると、思わぬ光景に驚愕する。確かにこの世界は異世界だと理解した。しかし、それはあってはならない異形であった。沙雪の理解を超越し、意味の分からなさに錯乱さえしかける。
――これはあってはならないものだ。
沙雪はそう直感した。そして、畏怖した。不気味、そう言ってしまえば、陳腐と成り下がる。しかしそれ以外にどう例えていいものか、まったく分からない。ただ、畏れる。
沙雪の眼前、空飛ぶ鮭が頭を下げていた。
鮭。――白身の魚。エビを主に摂取しているせいで色素が紅に染まる、だっただろうか。沙雪は現実から逃避してそんなことを考える。そんなことを考えていても目の前の光景は変わってはくれない。紛れもなく、沙雪の目の前にあるのは現実の光景だった。
「大変申し訳がございません。しかし、わたくしは魚である故、お手を貸すことはできないのです。平にご容赦を」
「いえ、ご丁寧に……」
「トライフッド様、どうかこのお嬢様に御手をお貸しいただけないでしょうか」
「言われなくても分かってるよ、マーチャン。ほらアクリーも……って無駄か」
そう言うとトライフッドと言われた熊耳の女性はテキパキと散らばった沙雪の荷物を拾い集め、沙雪を引き起こす。アクリーと呼ばれた女性は相変わらず本を眺めてばかりで周りに対してほとんど視線を向けようとはしない。
「うちのアクリーがご迷惑をおかけしました」
「こちらもご丁寧にすみません」
「ねぇ~、ちょっと何してんのよ」
再び頭を下げ合う二人に遠くから掛けられる声があった。沙雪がそちらを振り返る前にトライフッドから返事が返る。
「ごめんシャオ、今行く!」
その先に居たのは髪を緩やかにウェーブさせ、その頭部には小さなパナマハットがちょこんと居すわっている。肩口が大きく開いたトップスに肩紐がちらりと覗いている。残念ながら人ごみのせいで下半身を窺うことはできない。
「それじゃあ、すみませんでした」
再度トライフッドは頭を下げ、ほらアクリー行くよと言って本を読み続ける女性の手を引いて歩き出した。その光景はまるで子供を連れた母親のようでどこか微笑ましく思えた。そしてそんな女性たちの後ろを三歩ほど下がった位置から追いかける空飛ぶ魚。その光景はまさしくファンタジー。いい意味でも、沙雪の予想をはるかに超えた光景だ。
――それにしても、熊と鮭か。どう見ても捕食関係にしかないその歪な関係を考えて、沙雪はクスリと笑った。
「サユキちゃん!」
「大丈夫ですか?」
沙雪は見送っていた女性から目を離し、振り返るとそこには先に行ってしまったはずのセリアとアスカの姿を認めることが出来た。二人は些か心配した表情であり、痛恨の出来事であったかのように顔を歪ませる。それも当然だ。本来であれば共に行動するべき対象を置いて先に行ってしまうなど、あってはならないことだ。
「大丈夫です。ちょっと、人にぶつかってしまっただけです」
「え?」
セリアは驚いたような表情をして、沙雪の周囲をくるくると回りだした。
「あの、セリアさん?」
「うーん、変なとこはないね」
怪我でも見ていたのだろうか、セリアはそんなことを呟く。しかしそう考えると今の言葉は今一つ腑には落ちない。怪我をしていたのであれば『怪我はない』という言葉を使うのが普通である。そしてその疑問に対する答えはすぐにセリアからもたらされた。
「ああ、ごめんね。今ちょっと、変な魔法とか掛けられてないか確認したところ」
「変な魔法?」
「そう。人と接触することで遅効性の呪いをかけたり、そういうことが出来るんだけど――」
呪い。その言葉を聞いて沙雪の表情がやや曇る。それに慌てたセリアが沙雪に弁解をする。
「大丈夫! サユキちゃんには何にもかかってなかったから! 気にしないでもいいよ!」
「そ、そうですか?」
「大丈夫! 私が保証するわ!」
「それだと余計に不安が募るだけではないの?」
断言したセリアに横からアスカが突っ込みを入れる。
「失礼な!」
「あくまで本当のことじゃない」
そうして始まる戯れ。その間に沙雪は容易くは介入することは出来ず、ふと視線を周囲へ巡らせる。そして気が付いた。周囲の視線が自分たちに随分と集中していることに。
それもそうだ。タイプは違うがとても整った顔立ちの美人が二人、揃っているのだ。その二人が仲睦まじげに会話をしているのだ。男性は元より、女性の視線も自然と集めてしまっていた。そしてついでとばかりに沙雪に視線が集まってくるのが分かった。普段は慣れない無数の視線。それ故にそれを鋭敏に感じることが出来た。目の前の二人はその容貌も相まってか、視線を集めてしまうことには慣れていたのだろう。まるで周囲の視線に気が付く様子もなく、ふざけて会話を交わし続ける。
居心地の悪さを感じた沙雪は、流石にこのまま放っておくことは出来ず、声を掛けることにした。
「あの、すみません」
「なに?」
「なんでしょうか」
二人は戯れを打ち切って沙雪へと視線を戻す。やはり周囲の視線に気が付くことはない。尚更自身へと突き刺さる視線を感じて、沙雪は初めて視線にも物理的な痛みがあることを知った。
「その、周囲の視線が」
二人だけに聞こえるように囁くように言葉にする。それで二人は初めて周囲の視線に気が付いたらしく、沙雪の言わんとしたことを理解したらしい。
「あー」
「そうですか」
二人はそれぞれ独特の言葉を漏らす。
どうせならこのまますぐに帰ってしまいたい、そういった思惑が沙雪の中にはあった。
先ほどから周囲を窺っているのだが、どう見ても黒目黒髪というのは見当たらない。黒に似た紫や深い茶色といったものはあったが、やはり純粋な黒というものは見つけることは出来ずにいた。もしかすると、自身の容姿と言うのは非常に目立った存在ではないのか。ふとそんなことが頭を過り、殊更人目のつかない場所へと逃げたい気持ちに陥る。
元々人目を避けるようにして生きてきた沙雪だ。それがどうして今の状況を易々と受け入れることが出来るだろうか。――人に紛れるようにして隠れて生きる。それが沙雪の掲げる生き方だ。それがどうしてだろうか、今は人の目を嫌と言うほど集めてしまっている。逃げたくなるのも已むを得ない。逃げたい、逃げ出してしまいたい。
「もう買い物も終わったことですし――」
「そうね」
セリアが沙雪の言葉に同意したように肯定の言葉を吐いた。ようやく帰れる、沙雪はそう、安堵した。
「これからスイーツを食べに行きましょ」
「帰り……え?」
沙雪は呆然とした。本気でその言葉の意味を理解出来なかった。視線を集めた、なるべく目立つのはよくはない、だから帰る。これは沙雪の中で整然とした理論であり、譲ることの出来ない論理である。それがどうしてスイーツ巡りなどしなければならないのか。
「え、スイーツ?」
「そう、スイーツ。サユキちゃん、甘いものは大丈夫?」
「ええ、甘いものは平気ですが……」
「じゃあ大丈夫ね」
「え、あの、こんなに目立ってるのに大丈夫なんですか?」
「これくらい、いつもの事よ」
セリアと沙雪の会話にアスカが口を挟んできた。確かにこの二人にとってはこの程度の視線はいつもの事なのかもしれない。だが沙雪にとっては違う。地味に埋没し、無個性として生きてきた。だからこれほどに視線を集めることもなかった。
「あの、でもやっぱり私がいると不味いんじゃ……」
「サユキちゃんは、私と一緒じゃ嫌なの?」
何故か泣きそうな表情をするセリア。そうだ、この女性は初めて出会った沙雪の前で臆すこともなく平然と泣いて見せたのだ。その事実を思い出し、沙雪はウッと言葉に詰まる。
「別に、そういうわけではないですけど……」
「じゃあ決まりね」
そう言ったのはアスカ。彼女がなぜ決定権を持っているのかは知らないが、ここまで断言されて断るすべは沙雪にはなかった。
泣き出しそうな表情のセリア。何を考えているのか分からないが微笑んだままのアスカ。そして黒目黒髪で困惑する沙雪。そろそろ視線を振り切らないと不味いと考えた沙雪は、決めた以上は直ぐ様に行動に移すべきだと判断して二人を急かすことにする。
「分かりました。だったらすぐに移動しましょう」
「ホントに!?」
セリアが喜色を表にする。それだけで恍惚といった溜息が周囲から漏れ聞こえるのだが、沙雪はそれに取り合っていられないとばかりにセリアの手を取った。
「本当です。ですから、すぐに行きましょう」
セリアの手は、沙雪が取った筈だった。しかし気が付けば、沙雪の腕はセリアによって引っ張られていく。そして残ったもう一つの手はアスカが引っ張っている。沙雪が持っていたはずの荷物は二人によって取り上げられ、その二人はその負担を気にすることもなく平然と歩いてゆく。
「あの、一人で歩けますからっ……!」
「え?」
「なんですか?」
笑いかける二人の表情に邪気はなく、どうしてか質量を持ったその視線を沙雪は断ち切ることは出来なかった。それをしてしまうことは、流石に野暮なことだと沙雪も気が付いたからだ。そのために沙雪は言葉に詰まり、顔を伏せることしか出来ない。
「……なんでもないです」
「そう!」
「それでは行きましょうか」
沙雪は俯いたまま目を瞑り、視界を完全にシャットアウトすることで周囲の視線から自身の意識を反らすことにした。それでも受動的に受け入れてしまう音声に、沙雪は頬を染めずにはいられず、ひたすら忍耐することになったのだった。
結局その後、三つもの菓子店を巡ることになり、セリアは歓喜して大量のケーキやマカロンを食した。当然ミルフィーユも食べていた。そしてアスカだが、その見た目に似合わずに健啖家であることが判明した。ミルクレープ一山をペロリと平らげた時には、見ていただけの沙雪でも満腹になってしまい、最後はもっぱら苦いコーヒーを流し込み続ける作業を繰り返していた。
そんな二人に付き合っていたせいで胸やけを起こした沙雪は、しばらくは甘いものを口にしないと誓ったのだった。