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9/14

私7歳 ハッピーエンド

今回は、ちょっとソフトに。

イグニス君のお話尽くしだよー。

「……で。いつまでここにいるつもり? 好い加減、やめてほしいんだけど」


 私は今、敬愛なるディードリット先生宅に住まわせて頂いていた。

 いつ見ても、彼女は美しい。

 実年齢は不明だが、どう見ても十代前半の若い美貌と身体をした金髪美人。

 こんな綺麗な人と一緒に、同じ家で寝泊まり出来るなど、私はとても幸せだった。


「もう少し……私の心が癒えるまで、ここにいさせてください」


 それは半分嘘で、半分本当の事。

 私はいつまでもこの家で愛する先生と一緒に暮らしていたかった。

 だが同時に、私は大きな傷を心に負っている。

 あの恐怖体験は、今でも私が眠りにつくと、夢の中で繰り返し再生される日がある。


 あれは、私の人生における最大の汚点だった。


「どうか、お願い致します」


 土下座をして私は頼み込んだ。

 その後でチラッと先生の方を見て、眼福を得る。

 綺麗な純白の逆三角形。

 そんな私の行為に、先生は何も思う所がない様だった。


 約三ヶ月。

 私は先生と共にこの家で暮らしている。

 それよりも長い間、私は先生に師事しているのだが、どうも先生は乙女の羞恥という感情を知らない様だった。

 それが長い人生の間に失われてしまったものなのか、それともずっとエルフの里の中で箱入りとして育てられたからなのか。

 どちらにしても、私は好んでその光景をいつも楽しんでいる。


 但し、そんな見られる羞恥心を持たない先生でも、身体に触れられる事は嫌な様だった。

 殴る蹴るの暴行で私に触れてくるのはいいのに……こちらからタッチしようとすると、ササッと逃げる。

 何とも、先生の乙女心は複雑だ。

 普通の女性の乙女心も、十分に複雑だったが。


「別に良いけどね。でも、ちゃんと顔は出すのよ?」

「はい。勿論です」

「私が言うのもおかしな話だけどね。出来る限り、心配をさせてはダメ。何度も言う様だけど、それだけは守りなさい。じゃないと、破門だから」

「分かっています。私を信じてください、先生」

「いやよ。私はあなたを決して信じない」

「そこを何とか!」

「あなたのそういう所も私は嫌いになりそうね。うん、嫌いになった」


 約三年。

 私はこの森で先生から色々な事を学んでいる。

 毎日、先生と顔を合わせている。

 だから、私にはもう先生の言葉が言葉通りの意味ではない事を知っていた。


 あの日、私が先生と運命の出会いを果たし、生涯初のプロポーズを行ってから随分と時が経っている。

 先生は、あの頃からまったくといって変わっていない。

 美しい姿もそのまま、魅惑的で若さに満ちあふれているプロポーションは陰る事を知らず、年もまったく取らない。

 声の彩りも、言葉の彩りもやはり変わらず、先生は3年前に私が出会った時と寸分違わずそこに在り続けた。

 ハイエルフという種族は、本当に素晴らしいと思う。

 実際に先生の口から先生がハイエルフである事を聞いた事はないが、私は文献で調べ、ずっとそう思っている。


 対して、私の方はというと、3年前と比べると随分と様変わりをしていた。

 まず、背丈がまったく違う。

 私自身の感覚では2倍になったのではと思うぐらいに、私の身長は伸びていた。

 腕も長くなり、足も長くなった。

 髪も伸び、手入れをされ続けた御陰で今では私の自慢の一つにもなっている。

 しかし何より変わったのは、一人称だろう。


 私は、三ヶ月前のあの日。

 大人の階段を一つ駆け上がり、心の成長を果たした。

 以前は『僕』と呼んでいた一人称。

 だが、その日からはいつの間にか『私』と呼んでいた。


 それに気が付いたのは、私が傷心し、愛すべきディードリット先生の住むこの家を発見して、先生の胸に飛び込んだ時。

 勿論、私は先生の身体に触れる事は出来ず吹っ飛ばされた訳なのだが、その時に私が叫んだ言葉を聞いて、先生が私に指摘してくれたので私はそれに気が付いた。


 人生とは、かくも知らずに成長しなりけるなり。


 ……いや、自分でも何を言っているのかサッパリな格言ですね。

 忘れてしまいましょう。


「先生」

「……なに? 聞きたくないんだけど」

「いつになったら、私をお嫁に貰ってくれるのですか?」


 先生が複雑な表情をして私を見てくる。


「いつになってもお嫁には貰わないわよ。それに、お嫁に貰われるのは私の方でしょ? 絶対にそんな事はないけど」

「そうですか。では、私のお婿様になってください」

「絶対に嫌よ」


 本当に、先生は複雑な表情だった。

 ツンッなのか、テレッなのか、ビクッなのか、ウザッなのか、どれとも分からない表情。


 つまり、私に気があるという事でもある。

 しかし、私の問いに正直に応える事が出来ないという事でもある。

 ただし、何度もそんな問いを掛けてくるのに少し怯えていたという事でもある。

 だけど、好い加減にしてほしいとも思っているという事でもある。

 そして、まことしやかに素直に私の問いに対して応じたくないという気持ちがあった。


 先生は私の事を何度も嫌い嫌いと言ってくるけど、嫌いな私を三ヶ月もの間、同じ屋根の下に住まわせるだろうか?

 もうそれだけで私の事が好きだと言っている様なものである。

 だけどそんな気持ちに気付かない、もしくは正直になれない自分があるという、どっちつかずの状態。


 先生は、屋敷に住んでいる私のメイド達とは誰とも違う可愛い人だった。

 先生は、私がこれまで出会ってきた誰とも違う新種のツンデレさんだった。

 (注:ゲームの中の仮想キャラも含みます)

 まあ、生前は女性付き合いがあまりない私でしたし、ゲームも恋愛系はあまりせず、戦略戦術系が主でしたので、私の知る女性像はかなーり狭い訳ですけど。


「それにしても、イグニス」

「はい。何でしょうか、マイハニー」


 ぶっとばされました。

 ボロボロになった状態で木の上にあるディードリット先生宅に戻り、言葉の続きを聞きます。

 最近ではもう先生の攻撃を完璧に防ぐ事が出来なくなっていました。

 気のせいか、私、先生に師事してからというもの、どんどん弱くなっていませんか?

 もしや、先生は本当に無能……。


「また死にたい?」

「ごめんなさい。先生のためなら死ねますが、先生の心を掴むまでは死んでも死にきれません。許してください」


 また、先生は微妙な表情をする。

 そんな感じだから、私は自分が本当は先生にどう思われているのか知りたくて、ついお茶目な言動をしてしまう訳なのですが。


「続きをどうぞ、先生」

「なんか釈然としないんだけど……いいわ。イグニス、あなた最近どんどん綺麗になってない?」

「……はい」


 私がもうお嫁にいけなくなってしまった日……。

 いえ、最初から私はお嫁さんにはなれない訳なんですけどね。

 それ以前にもなんとなく兆候はあったのですが、私の顔は何故か徐々に女の子らしくなっていました。

 私も当然驚いています。

 でももしかしたらその私の女の子らしい美貌が、あの日の悲劇を生んでしまったのかもしれません。

 同性だというのに……ハレンチな!


「きっと私はユデイアママ似なのでしょう。父上に似なかったのは嬉しい限りですが」


 血は繋がっていないけど、ここはそう答える以外に言葉はない。


「ところで先生。私も一つ、質問を宜しいでしょうか?」

「ダメ……っと言っても、イグニスは質問してくるのでしょうね」

「それでも先生は答えてくれるという事を知っていますから」


 ディードリット先生が諦めたように溜息をついて、窓辺に腰掛ける。

 足を組んだとしても、私の位置からは下着はしっかり見えていた。

 幾ら私が子供だからといっても、本当に先生は警戒心や羞恥心というものがない。

 流石に裸身は見せてくれなかったけど。

 下着なら全然OKという価値観の違いもあった。


「あの……私、だんだん弱くなっている様な気がしているのですが、それは気のせいでしょうか?」

「うん? 気のせいじゃないわよ」

「はい?」


 あれ、肯定された?


「それと、先生と運命の出会いを迎えるまで出来ていた自己強化が、今ではほとんど出来なくなっているのですが……」

「そうね」

「……」


 以前はいつでも出来た肉体強化と、あらゆる攻撃に耐える防御の法術。

 所謂、自己強化法術の弱体化をこれまたアッサリと肯定されて、僕は言葉を失ってしまう。


「しかも、私のとっておきの必殺技は、今では使う事が出来なくなってしまいました」

「それは良かったわ」

「……」


 そして、あの操作系の法術を駆使した私最大の攻撃法術。

 聖力と魔力を同時に行使した、聖魔合一の超秘技。

 名付けてスーパーギャリック砲。

 その後ちょっと改名してスーパーギャリック・レイとなったあの物凄い法術は、どうやっっても二度と使用する事が出来なかった。

 たった一度のお披露目。

 そのあまりの威力に二度と撃つ事が出来なかった、まさに戦略級法術。


 それも、肯定されてしまいました。

 なんで!?


「あの~……それは、どういう意味なのでしょうか?」

「どういう意味って。そんなの、私が法術を教えたからに決まってるじゃない」

「はいぃ!?」


 えっ?

 えっ?

 なんでなんで、どうしてどうして?

 なんでどうして?

 どうして法術を教わったら法術が使えなくなるんですか?


「私、最初に言わなかったかしら?」

「いいえ! そんな事、一言も先生は言ってません!」

「言ったわよ。『イグニス、あなた自滅技が得意なんですって?』」

「……え?」


 自滅技?


「『どこまでおかしくなってるのか見ておきたいわ』『イグニスが思う最高の攻撃法術を見せて』とも言ったわね」


 おかしく、なってる?

 私が思う、攻撃法術?


「流石に私もちょっとあの後は後悔したけどね。だからこうして、凄く嫌だけどイグニスに法術を教えてたんだけど」

「それは、どういう……」

「そのままの意味よ。深く考えないで」


 えっと……。

 私が使っていたのは『自滅技』で……。

 それはおかしくて……。

 私は、それを法術だと思ってて、使っていた……?

 だから、ディードリット先生は、私に正しい法術を教えてた?


 あれ?

 でもそれだと、私が法術だと思い込んでいた『自滅技』を使えなくなってきているという説明にはなっていない様な……?


「法術には、二つの系統がある。一つは魔力を使う、魔なる法。一つは聖力を使う、聖なる術」

「魔法と、聖術……」

「こんな初歩の初歩、何度も説明する様な事じゃないんだけどね。イグニスは、本当の意味で(ヽヽヽヽヽヽ)きちんと理解していなかったみたいだから、もう一度説明してあげるわ」

「はい……お願いします」

「でも面倒だから、要点だけかいつまんで説明するわね」


 あ、はしょった。

 先生、こういう所だけは結構面倒臭がりなんだよなぁ。


「法術というのは、魔力もしくは聖力にほんの少し他の属性を混ぜ合わせたものなの」

「それは分かります」

「分かってないからこうして説明してるのよ。つまり、イグニスが以前使用していたあの力は、法術でも何でもない。生のまま魔力と聖力を使うのってね、本当に危険でおかしな事なのよ?」

「それも分かっています。何度も先生に説明されましたから」

「でも、理解してないわね。未だにその危ない力を使おうとしている、でも上手く使えなくなったとか言ってる時点で、イグニスの頭の中ではあの力が世間一般では法術と呼ばれなくても法術と似たようなものとして認識されている。違わないかしら?」

「……まぁ、私にとってあの力は、とても強くて便利なものでしたから。例えあの湖を作り出すだけの力を持っていたとしても、先生に使っちゃ駄目だと言われたからといっても、既に私の中にあるあの力を完全に否定する事は出来ません」


 キッパリと私は言う。

 それは先生に師事していながら先生の言う事を聞かないという意志の表れでもあったけど、ここでは素直にぶつかり合った方が良いと私は思った。


「どうあっても使うつもり? この町を消し去る事になっても?」

「そうならないために、私は先生に法術の何たるかを学んでいます。同時に、あの力がどういうものなのかをもっとよく理解し、そういう事が絶対に起こってしまわない様に、より精進しています。現に、あの必殺技はあの日から一度として撃った事はありませんし、撃とうとも思っていません」

「でも、必要と思った場合には躊躇う事なく使うつもりよね? 自己強化に至っては、今でも使っている」

「はい。自己強化であれば、私の身体の中の事ですので、問題ない筈ですから」

「そう……」


 ディードリット先生の瞳がつり上がる。

 美人が怒ると本当に怖い。

 でも私は、今は引くべきではないと思っているので、真正面から先生のその怖い視線を受け止めた。

 また、ぶっとばされるのかもしれない。


 その私の覚悟に反して、先生は何かを決意した様だった。

 まさか、破門?

 それだけはやめて欲しいなぁ。

 どうあがいても力尽くで先生を引き留められる自信はないので、もし先生がそういう覚悟をしたのであれば、私は今の地位と自由と屋敷のメイド達のすべてを捨てて、先生の後を追う覚悟を決めている。

 でもやっぱり、それだけはしたくなかった。

 だって、折角のハーレムなんだし……あと5年、いや3年待てば、ついに夢見た境地へと私は至る事が出来るんだし。


 そんな私の葛藤を知らない先生が、突然に左腕を横に伸ばした。

 予想しうるあらゆる状況の中に、その動作は入っていない。

 さて、先生は何をするつもりなんだろう?


「イグニスは今、私がずっと教えてきた通りの事をしてきたから、身体の中にある魔力と聖力は純粋とは程遠い状態にあるの。それが、イグニスが弱くなった理由。あの力をうまく使えなくなった原因。それは、私達とほぼ同じ状態になったという事になる」


 いきなり私が知りたかった事をサラッと言った先生に、僕は思わず呆けた。


「普通の人は、純粋な属性の固まりである魔力と聖力を身体の中になんて宿していないわ。そんな事、やろうとしても出来るものじゃないから」


 そうなんだ……やっぱり私の力は、この世界では特別だったのか。

 流石は転生体。

 でも規格外なチート能力を持っていた事を知って喜べば良いのか、それともそれを意図的に失わせてしまった先生の行動に悲しめば良いのか。

 私は先生の様に複雑な顔をした。


「だからといって、イグニスだけが特別という訳じゃないのよ? 生まれたばかりの赤ん坊ってだいたいそういう状態だし、何も知らないまま純粋にその力だけを高めていってしまい、あの頃のイグニスと同じ状態に至ってしまう子も勿論いる。あの必殺技みたいに、あまりにも馬鹿げた使い方をしたのはたぶんイグニスが初めてだと思うけどね」


 え、違うんだ?

 僕だけの特別な力じゃなかったのか。

 うーむ、ちょっと残念。


「ただ、何が切っ掛けでその純粋な力が他の属性を取り込んで、安定しやすい状態になるかは分からない。イグニスの場合は私がそれを教えてそれをした訳だけどね。それは私の意志じゃなく、イグニスの父親がそうしろと言ってきたからよ。不本意だけど、そういう理由で今私はここにいる」


 ああ!

 やっぱりあのクソ親父が絡んでたか!


「……私はもう、あの力を以前の様には使えないのですか?」

「使えるわよ」


 あ、使えるんだ。

 よかった、それだけ聞ければ安心だ。


「それを聞いて安心しました。という訳なので、ちょっと父上をサクッと殺してきますので、話の続きはその後でまたお願いします」

「今のイグニスには無理よ。いえ、以前のイグニスでも恐らく無理ね。この世界は、イグニスが思っているよりも化け物達で満ちているのよ」

「そうなのですか?」


 おっと、ここで意外な事実が発覚した。

 まぁ私も別に本気で自分が世界最強などとは思っていませんでしたが。

 少なくとも、目で見えない速度で襲い掛かってこられたら、たぶん軽く負けます。


「実戦経験すらないイグニスじゃ、近づくのも無理ね。それにイグニス、あなた、自分が何者なのか分かってる?」

「……? ただの人でしょうか? 一応、貴族の一人である事も自覚はしていますが、実感はあまりありませんね」


 あ、今だと王族になるのかな?


「確かに、ここではそうね」

「ここでは?」

「周りの人がイグニスの事をどう言っているのか、知りたい?」


 例えば、ニートとか。

 例えば、自宅警備員とか。

 うん、わかりきってる事だけど、あんまり他人の評価は聞きたくないな。


「特に知りたくはありません。私が何者かであるなど、私自身が知っていれば何も問題ありませんから」

「問題ありありだけどね」

「はい?」


 ボソッと呟いた先生の言葉。

 いったい何が問題なんだろう?

 それより気になるのは、先生がずっと左腕をあげたままだという事。

 ええと……それ、辛くありませんかー?


「気にしないで。それより、そろそろ覚悟は良いかしら? 私の方はもう準備も覚悟は終わってるから、後はイグニス次第よ」

「何を覚悟すれば良いのでしょうか?」

「知る覚悟よ。それと、その結果と代償」

「よく分かりません」

「私は、一応でもイグニスの先生だからね。こんなプライド、この私が持ち合わせていたなんて驚きだったけど。イグニス、知る事と理解する事は同義ではないわ。それを今から教えてあげる」

「ですから、先生の言っている事の意味が私には理解できません。私は何を覚悟すれば良いのでしょうか?」

「だから、知る覚悟よ。イグニス、これからもあの力を使い続けるのでしょう? だったら、私はこれから起こる事を身を以て教えなければならない。正直、私だって凄く怖いのよ?」

「ええと……止める訳には?」

「もう無理よ。私、覚悟しちゃったから」

「はぁ……」


 いまいちよく分からない。

 先生が私にあの力の恐ろしさを伝えようとしているのは何となく分かったけど、先生がいったい何に怯えているのか私にはまったく分からなかった。


 何となくだけど先生の左腕に力が集まっているのは分かる。

 たぶん、自己強化でもしているのだろう。

 もしかして、あれで私を殴りつけるつもりなのだろうか?

 普段受けている攻撃ですら、もう私にはほとんど耐えきれないというのに、あれで殴られたらちょっと洒落にもならないかもしれない。


 つまるところ、私はあのやばそうな攻撃を受けなければならない?

 それを覚悟しなさい、という事なのか。

 もしかしたら死んでしまうという覚悟を……?


 え~、やだな~。


「出来れば、止めてください」

「だから、もう無理だってば」


 ゆら~っと先生の姿がぶれ始める。

 めっちゃ怖い。


「覚悟を決めなさい」

「そんな理不尽な!?」

「理不尽でも何でも、イグニスは絶対にこれを知る必要があるの。だから、私も嫌だけどそれを覚悟した」

「嫌なら止めてください!」

「だから、無理だってば」


 力が先生の左腕に集まってくる。

 仰々しい破壊の力。

 純粋なる破壊、【魔】なる属性で先生が自己強化しているのが分かる。


 じりじりと私は後退る。

 ちょっと離れたぐらいじゃ先生の攻撃を避ける事など出来る訳がないというのに……というか、全力で逃げても簡単に追いつかれていつも必中の一撃を受けていた。

 だからこの行為にはまるで意味がない。


「じゃ、いくわよ」


 瞬間、私は死を覚悟した。

 ――刹那。


 バンっ!


 という一瞬のみ巨大な音と共に、強烈な衝撃が私の身を襲う。

 その衝撃は身体の一部のみに襲い掛かってきたものではなく、私の全身にビリビリとくまなく響いてきた。

 あ、死んだな……。


 そんな事を思っていた私の思考とは別に、開いていた瞳はしっかりとその光景を瞳に焼き付けていた。


 あの巨大な音が鳴り響いた瞬間。

 先生の左腕が、盛大な血飛沫をあげて破ぜた。


 同時に、衝撃が生まれ周囲にあったあらゆるものを破壊していく。

 最も身近にあった先生の服は破け、床は崩壊し、壁は吹き飛ばされ、木造りの家具もすべて壊滅的な打撃を受けて砕けていった。

 家を支えていた木も当然無事では済まず、葉は散り、枝は折れ、大木の肌はガリガリにバキバキと鳴って削られていく。


 ただ、私と先生の身体だけは風の力で守られているのか、大きなダメージを受ける事はなかった。

 床が消えたのに、急速に落下する事もない。

 ゆっくりと遙か先にある地面へと、私と先生は降下していく。


 そして、着地と同時に、先生の身体が崩れ落ちた。


「ディードリット先生!」


 予想に反して五体満足だった私がすぐに駆け寄り、その身体を支える。

 人生初。

 夢にまで見た、柔らかくて肌触りが凄くいい先生の肌を、私は今触れている。

 ああ……幸せって、こういう事をいうんだな。


 いや、そんな事はどうでもいい。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫なわけ……ないで、しょう!」


 激しい苦痛に顔を歪めながら、先生の右腕が私の身体を拒むように押しのけ様としてくる。

 だが、所詮は片腕。

 すぐに後ろに回り込んだ私が先生の椅子代わりになると、もうどうする事も出来ない。

 あ、先生の髪から良い香りがする。

 そんな事を思いながら、私は先生の身体を後ろから抱きしめて、ゆっくりと腰を下ろす。

 そして、それまで先生の家を支えていた大木に背を預けた。


 木の上に建てられていた、先生宅。

 どれだけ森の中を探しても見つからなかった先生の住処。

 それは意外にも湖のすぐ側にあり、なのにかなり高い場所にあったので私は約3年間もの間、ずっと見つける事が出来なかった。


 それが3ヶ月前。


 傷心した私が先生の家を探して森の中を彷徨っていた時に、疲れ切って倒れ込んだ拍子にたまたま目に入って見つける事が出来た。

 それから3ヶ月にも及ぶ、二人だけのアバンチュール。

 (ちゃんと昼間には屋敷に戻ってたけど)

 そんな思い出のある家は、上を見上げてももうどこにも存在しなかった。


「先生……いったい、何をしたんですか?」

「触らないで……」


 私の身体に身を預けながら肩で息をしている先生。

 たぶんこの体勢でいるのは先生にとって余程不本意なのだろう。

 ちょっと嫌そうだった。

 但し、それは先生の右腕が今も私の身体から逃れ様と頑張っているという表面上だけであり、先生の心の方は実はそれほど嫌がっている訳ではない。

 私の胸へと背を預けている先生の顔は、どこか嬉しそうだった。

 ちなみに体格的にいって先生の方がまだ背が高いので、私の顔の前には先生の首がある。

 それを今は首をずらして、先生の右肩上から私は顔を出している状態だった。


 先生のお腹に手を回してちょっとだけ抱きしめてみる。

 ピクッと先生の身体が震えた。

 と同時に先生の顔にちょっと赤らみが彩る。

 あ、感じさせちゃったかな?


「……イグニス、あなた、今の状況が分かってるの?」

「あ、ご免なさい。幸せだったので、つい忘れてしまいました。左腕、大丈夫ですか?」


 一応弁明してみるけど、先生はあまり怒っている訳ではない様だった。

 というよりも、左腕に受けたダメージが余程深刻なのだろう。

 かなり苦しそうに顔を歪めている。


「暫くは使い物にならないでしょうね。完全に傷を治しても、後遺症が残るかもしれない」

「そんな!? 早く治療しないと!」

「とっくにしてるわよ。それでも、たぶん無理。かなり抑えたつもりだったけど、やっぱり無理だったみたいね。制御をほんのちょっと緩めただけで、もう何もかも終わっていたわ」

「それは、どういう……」

「言ったでしょ。これが、イグニスが求めた力の末路よ。それも、かなり控えめの結果」


 私は、何を言えば良いのだろう……。

 どう理解すれば良いのだろう……。

 思考の混乱に落ちる前に、先生が言葉を続けた。


「外に放出すれば、辺り一帯を食い散らかす砲弾になるのは、イグニスも二度の経験で理解してるわよね? 一度目は、まだイグニスの力が弱かったから運がよかったのね。でも二度目に関しては……たまたま力が相殺される様に働いて、その威力をゴッソリと互いの力の喰いあいで失ったから、あんな程度で済んだのよ? まさか私もあれほどとは思わなかったから、肝を冷やしたわ。もしその共食い状態がなかったら……」


 一瞬のためを作った先生に、私は息をのむ。


「控えめに言っても、たぶん、この町が丸ごと消し飛んでいたでしょうね」

「!?」


 私は絶句するしかなかった。


「それはいいわ。もう、終わったことだから」

「……はい」

「でも、この自己強化はダメ。イグニスがいったいどうしてまだ力の制御を出来ているのかは私にも分からない。というより理解出来ない。恐らくは天性の才能なんでしょうね。イグニスの身体の中にあった二つの力がまだ純粋だった幼い頃に、何度も繰り返し使ってた影響だと思う。本当に、イグニスはおかしな人だと私は今でも思う」


 出来ればそこは凄い人と言って欲しかった。

 おかしな人って……いつ聞いても、なんかやな響きだなぁ。


「褒めてないわよ?」


 苦笑する。

 うまく笑えなかった。


「私は凄く真面目な話をしているつもりなんだけど。そんな所は相変わらずよね」


 やっぱり苦笑するしかなかった。

 気にとめた様子もなく、先生は言葉を続ける。


「本題に戻るわよ。力の放出の方は、威力や力の向きを間違えたり制御を失った時点で、盛大に周りを巻き込んで自滅するのは分かったでしょ? なら自己強化の場合はどうなるのか。それは、さっき私が見せた通りよ。イグニスよりも数十段、力の制御に慣れている私でも」


 数段、じゃなくて数十段なんだ……。


「見ての通りの有様。勿論、制御を失ったのは意図的なものだけれど、本当に極小の力だけ使用して自己強化をしてたのに、制御を僅かに緩めた瞬間、イグニスに背中を預けているという本当に不本意な状況になってしまった」

「私はとてもうれ……」


 睨まれたので、軽口をそこで止める。


「今の状態でも、イグニスを殺すのは容易いのよ?」


 たぶん、それは先生の精一杯の見栄。

 私はそんなに自分が弱いとはまるで思っていない。

 何しろ私は、弱くなったとはいえ本気で先生と相対した事はないのだから。

 ただの(おご)り、自信過剰なだけかもしれないけど。


「それはまたの機会に」

「……信じてないのね。まぁ、良いわ。今はあの力の意味を理解する方が大事だから。さっきも言った様だけど、イグニスの中にある力は、他の属性の力を取り込んで今はもうかなり安定した状態に入っている。逆にそのせいで、以前の様に純粋な魔力と聖力による自己強化はもう望めない。出来ない事はないけど、それはもっと力の制御方法を身につけた後にした方が良いわ。使えなくなってきているという時点で、制御しきれなくなってきているという事なのだから」

「何故、そんな事をしたのですか? 私は別にあのままでも良かったのですが。父が先生に命令したからという理由ではなく、また先生がわざわざこんな危険な事までして私にそれを見せた事にしても、私はまだ完全には理解出来ません」

「……イグニス、法術を使いたいと思ってる? 例えば火の玉を出すとか、例えば空に浮くとか」

「はい。使いたいですね」

「なら、それが理由で十分じゃない」

「はい?」

「ああ、もう……本当に頭の巡りが悪いんだから」


 む……この世界に来てそんな事を言われたのは初めてだ。

 赤ん坊の頃は知性があるのに怠けすぎて、逆に屋敷の人達には無能って思われてたみたいだけど、知性を十分に発揮してもいい年齢になってからは、徐々にその才覚を表に出していったので、今では私はいつも天才だと言われている。

 年齢的にいって、そろそろそれも限界かもしれないけどね。


「以前のままの状態だと、イグニスはその力しか使えなかった、って言ってるの。幾らイグニスが魔力や聖力を純粋なまま使う事に長けていたといっても、それ以外の属性の力はどうやっても無理なのよ。だから、イグニスが火の玉を出したり空に浮こうと思ったら、必然的に法術を覚える必要がある。法術を使い始めると、それまでイグニスの中に純粋なまま存在していた魔力や聖力は他の属性の影響を受けて、より安定しやすい状態になろうとする。ここまでは良い?」

「ええと……はい」

「本当に理解してるのかしら……不安だわ。兎に角、法術を使うためには、イグニスの中にある力を、他の属性と混じり合った安定した状態にする事が第一ね。だけど、急にそんな状態にしようとすると、十中八九、イグニスは死んでしまうわ。内包している力があまりにも量が多すぎて、それでも流れ込んできた他の属性の方が力が強すぎて、その力と量のアンバランスさで力が暴走してしまう。だからまず、量だけでも均一にしつつゆっくりと取り込んでいった」

「あの……言ってる意味がよく分かりません」

「時間はたっぷりあるんだから、後で自分で考えて。宿題ね」


 おおう……久しぶりの宿題ゲット。

 嬉しくないけど。


 そういえば、最初の頃の修行は、大量に魔力と聖力を消費した後で、周りにある大自然の力を己の中に取り込む様に意識してみる、というものだった。

 もしかしたら、あれがそうなのかもしれない。


「……で、本当ならその後で、まだほとんどどの属性の色にも染まっていないイグニスに、均一に全属性の法術を覚えていってもらって万能型にしてから、後はイグニスの好みでどの属性に特化するか決めてもらおうと思ってたのだけれど……」

「火の属性に偏っちゃいましたね、私」

「そうね。内緒にしてた私も悪いけど、私に師事しているのに他の子から法術を教えてもらって勝手に使うイグニスも悪いのよ? イグニスの言う愛って、所詮そんなものだったのね」

「ははは……」


 うう、先生の目が別の意味で怖い。

 私の愛は先生一筋なのに、男性としての(さが)は例に漏れずハーレム思考なので、女性からしてみれば私の愛の形はまったく信じられないものなのかもしれない。

 いくら正妻の座はディードリット先生だと言っても、先生は絶対に納得してくれないだろう。

 むしろ、ぶっ飛ばされる。


「兎に角! 自己強化にこの力を使うのは、止めなさい。使い勝手なら普通に法術を使った方が燃費がいいし、効果の方もこれからの努力次第で法術の方が遙かに良くなるんだから」

「え? そうなのですか!?」

「……やっぱり。分かってなかったのね。それに、今はまだ平和な時をイグニスは過ごしてるから慌てないでじっくりこの力を使う事が出来るけど、実戦訓練じゃなくて格上の相手との戦闘中や、周囲に何百人もの敵がいる戦争中に、イグニスが冷静にこの力を制御出来るとも私は思ってないわ。イグニス、人を殺した事がある?」

「当然、ありません」

「胸を張って言う事じゃないわよ?」


 その感性はよく分からないな……。

 この世界って、人の命を奪う事って別に珍しい訳じゃないんだ。

 ちょっと失望。


「とりあえず、今日の話はこれぐらいにしておいた方が良さそうね。イグニスの頭じゃ、あまり詰め込んでも全部入らなそうだし……」

「なんか酷い言われ様ですね」

「正しい評価よ」


 うぐぅ……。


「で、いつまでこうしているつもり? そろそろ離して欲しいんだけど……」


 私は先生の身体を手放すつもりなんてありません。


 今気がついたけど、先生の着ている服はほとんど破けてあられもない姿になっていた。

 ただ悲しくも、先生の肩から顔を出しているこの体勢だと、下の方が全然見えなくてあまり眼福になっていない。

 肌は密着しているので、身体の方はかなり喜んでいたけどね。


「左腕は、大丈夫なんですか?」

「痛み止めは終えてるわ。後は綺麗に洗って、隠してから忘れてしまえばいいだけね」

「忘れられるんですか!?」

「そう思い込むだけよ。身体は繋がってるんだから、完全に忘れるのは無理ね」

「なら、私が先生の左腕になります!」

「い・ら・な・い」


 またしても、うぐぅ……。


「じゃ、いきましょ」

「はい?」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 一日ぶりの、入浴。

 例え屋敷を出て、木の上にあるディードリット先生宅で寝泊まりしていても、一日の生活の半分はこの屋敷の中にある。

 だからこの入浴という行為も毎日私は行っていた。


 ただ、そんな行ったり来たりの生活も、今日からはまた元に戻ってしまう。

 何しろ、ディードリット先生のお家は全壊しちゃったのだから。

 それをしたディードリット先生はというと、最初から屋敷で生活を保障して貰えると分かっていたので、なんともアッサリしたものだった。

 というか、あの木の上の生活も飽きてきたので、ちょうど良かったとか。


 私は先生と一緒に暮らせるなら、どっちでも良かったけどね。

 ああ、でも先生と同じ部屋で寝る事は出来ないんだよなぁ……。

 ちょっと残念。


「ん~、良い気持ち」


 あんな事があった訳なのに、私の気持ちは晴れやかだった。

 というか、お風呂ではいつも私はこんな感じである。

 だって、ここでは屋敷のメイド達と合意の上でイチャイチャ出来るのだから。

 例え彼女たちが入浴用の衣服を身につけた状態でお風呂を共にするといっても、やっぱり入浴は入浴。

 いつもとは違った彼女達の姿を眺めつつ、肌を触れあいつつ、背中を流してもらうというのは私服の一時だ。

 しかも最近では年の近いお姉ちゃん達と一緒に入る事もある。

 お姉ちゃん達の方は裸で入ってくるので、もはやパラダイス。

 その分、玩具の様に扱われてもみくちゃになるけど。


「今日は誰がお世話してくれるのかな~」


 だから、私はすっかり油断していた。

 私が、なんで三ヶ月前に屋敷を出て行ったのか。

 その間、その原因を作った誰かさんが、どの様な事になっていたのか。


 そして、それがまた暴走するに至る、切っ掛け。

 私は、本当に油断していた。


「失礼します」

「はーい」


 浴室に入ってきた誰かさん。

 いつも私はその姿をすぐには確認せずに、後ろ姿を向けている。

 浴室に入ってきたメイドさん達が「だーれだ」という嬉し恥ずかしの行為が出来る様にとの私の配慮です。


 今日、浴室に入ってきた人は声が少し控えめだったので、まだ判断がつかなかった。

 声の色からも分からない。

 但し、ナニアではない事だけは分かった。

 だってナニア、いつも物凄い勢いで私の背中に突撃してくるから……。

 そのままバッチャーンと盛大にお風呂の中に押し倒されてもみくちゃにされるのが常で、誰かの悪知恵を受けてても関係なし。

 彼女曰く、本能がそうさせるんだとか。


 そんな私の思考を遮るかの様に、その誰かさんがお湯に浸かり、私のすぐ横にまで近づいてくる。

 私はその姿を、話しかけられるまで見ない。

 ただ極楽浄土の気分で目を閉じていた。


「イグニス様」


 うーん、誰だろう?

 浴室はちょっと声が響きやすくて変質しやすいので、分かりにくい。


「後ろから抱きしめても、宜しいでしょうか?」

「ん? いいよ~?」

「有り難うございます」


 背中を預けていた浴槽の淵から離れ、そこに隙間を作ってあげる。

 その誰かさんはジャブジャブとお湯をかき分けて私の背後に回る。

 そして宣言通りに私の身体を後ろから抱いた。


 その誰かさんの身体に体重をかけて、更なる極楽浄土へと私は至る。

 控えめな胸の膨らみを枕にして、背中を腹部へと預け、完全に身を委ねる。

 ……って、おお?

 入浴衣の感触が、ない。

 やた!


「ああ……夢にまで見た……」


 それは私の台詞ではなかった。

 うん、私の方もそんな台詞が吐きたい気分だ。


 つ・い・に、かいきーん♪

 かわいいメイドさんとの、1対1での裸のスキンシップだよ~♪

 あ、でもでも、もしかしたらお姉ちゃんズの中の誰かさんなのかなー?

 それでもいいや。

 あ、でもでも、声の感じからしてかなり聞き慣れている音色だったので、たぶんそれはないかもしれないな。


 どちらにしても、極楽極楽。

 後はタイミングをみて向かい合いになって、裸見せ合いっこだねん♪

 ウフフフフフフフフフフフフフ。


「お慕いしております、イグニス様」

「ありがと~♪ 私も大好きだよ~♪」


 調子にのって、相思相愛宣言もしてみる。

 もしかして、私ちゃん。

 今日、大人の階段をまた一歩のぼっちゃう?

 ダメだよ―。

 私、まだ7歳になったばかりなんだからー。


 ぎゅっと私の身体を強く抱いてくる誰かさん。

 なんかとても新鮮な気持ちだった。

 何故だろう?

 そんなこと、屋敷のメイドさん達からは何度も繰り返し行われている行為なのに、今日のそれはいつもと感触が違っていた。

 何というか、柔らかいさの中にしまりのある弾力性がある感じ。

 屋敷のメイドの中で、そんなスポーツ系の身体をしている人は、ナニアかミズキぐらいしか思い浮かばない。


 今では屋敷の料理長として腕を振るっているミズキさん。

 黒髪をポニーテールでまとめた、くの一って感じの女の子。

 意外と彼女の身体って引き締まってるんだよねー。

 本当に、くの一さんでもしてるのかな?


 でも彼女の胸は、ここまで控えめじゃないし……。

 うーん……本当に、誰なんだろう?

 全然思いつかない。


「ねぇねぇ」


 なので、ちょっとヒントを貰おうと思った私なのでした。


「……はい、何でしょうか?」

「この屋敷で働く前の事って、まだ覚えてる?」

「はい、勿論です」

「なら、その頃の話を聞きたいなー。いい?」

「分かりました。そうですね、たまには昔話をするのも良いかもしれません」


 そう言って、私の身体を抱いて離さない誰かさんは語り始める。


「私が11歳の時に、この中央都ギレンに移り住んできた事は既にお話したかと思いますが……」


 あれ……なんだろう、この感じ。

 モヤモヤっとした複雑な気分が湧き出てくる。


「剣を嗜んでいました私は、その才を活かすためと日々の(かて)を得るために、兵役(へいえき)に就きました。所謂(いわゆる)、志願兵というやつですね。女性で、しかもその年齢で兵士に志願するのは珍しい事でしたが、西にある領都ロンドクルフがレレリル国によって占領されるまでは、父はこの国で剣術指南役をしていましたので、その伝手で門前払いになる事はありませんでした」


 剣術指南役……妙にこの単語が引っかかる。

 でも後ろから抱きしめられているという極楽気分が、私の思考を邪魔してくれる。


「最初は当然、雑用や門番、夜番といった仕事が割り当てられていたのですが、ある時に実力を試す機会を得られましたので、私は喜んで自身の腕を披露いたしました。結果、リゼルグ様の目にとまり、若年ながらも近衛兵見習いとして側に仕える事となります」


 ええと……たぶんそれ、実力だけのせいじゃないと思うよー?

 可愛い女の子を側に控えさせておくって、あのエロ親父なら普通に考えそうだし。

 可愛い女の子が兵士の中に混じってたら、私も絶対に側仕えの兵士としてすくいあげると思う。


 それにしても、本当に誰なんだろう?


「その、直後です。イグニス様が生まれ……遠征に連れて行ったリゼルグ様が、腕を滑らせてイグニス様を川に流されてしまったのは」


 ……あれ?

 記憶と、違う……。

 って、そうか。

 いくら何でも本当の事を言う訳にはいかないよね。

 言葉の途中で暫く途切れたのは、そういう理由か。

 間違っても、私があのエロ親父の実の息子ではないという事は言えない筈だ。


「当然、リゼルグ様はイグニス様を助け出そうと致しました。そして、私もその後を追い……まだ馬の扱いに慣れていない私は、斜面を駆け下りる際に落馬し重傷を負いました」

「え!? 大丈夫だったの?」

「見ての通りです。後遺症で激しい運動はもう出来なくなりましたが、普通に生活する分には問題ありません」

「そう……良かった」

「有り難うございます」


 うーむ……この()も意外な過去があったんだなぁ。

 他の()達も話を聞いてみたら、実は物凄い過去が出てくるのかもしれない。

 さしずめ、ユイティとか、ミズキとか。


「ただ、戦えなくなった私は、当然の事ながら、リゼルグ様の近衛兵見習いとしての職からは解任されました」

「それで、すぐに屋敷に?」

「いえ。暫くは静養していました。何しろ、重傷でしたので」


 ああ、そういえばそうだった。


「ですが、怪我が治った後、少しして当時の屋敷の執事であるルードヴィヒ様がお尋ねになりまして……聞くと、父とは少なからず面識があるそうで、父からの相談を受けて私を屋敷に招き入れたいとおっしゃってくださいました」


 狸寝入りを見破った、あの爺さんか……。


「私が屋敷に来たのは、それからすぐですね。ルードヴィヒ様と入れ替わる様にしてこの屋敷で働き始めました」

「へぇ~、そうなんだー……」


 あれ、でも待てよ?

 あの当時から私の側にいたメイドは、第一期生のククリカ、リース、ケイト、ナニアの4人しかいない。

 でも喋り方からしてククリカは違うし、ナニアは論外。

 実はリースかケイトが久しぶりに屋敷に帰ってきているという線で考えたとしても、リースにしては声色がちょこっと低いし、ケイトにしては胸の大きさがまるで違う。


 私の記憶違い?

 そんな筈は……。


「……ねぇ、ちょっといいかな?」

「はい。何でしょうか、イグニス様」


 この、落ち着いた音色。

 といっても、ちょっと艶があって高揚した感情を制御できていない様だったけど、しかしその音色はハッキリと私の記憶の中にあった。

 しかし、この現実とは一致しない。


 私は混乱した。

 しかしその混乱も、彼女によって抱かれているこの状況下ではすぐに沈静されてしまう。

 極楽浄土のこの状況は、あらゆる精神異常状態を強制的に癒してくれる。

 それが今は逆に悩ましかった。


「お名前を、聞いても良い? 出来れば、フルネームで」

「フルネームですか? ジュリア・アールコートと言います」

「あ、愛称、は……?」

「? ジルです」


 うきゃーーーーーーーーーー!!。

 ジルが女の子だったーーーーーーーーーーーーーーー!!?


 ジルっていう名前は、女性に使われる愛称でもあったんだったね!?

 すっかり騙されちゃったよ!


 そ、そういえば……ジルってやたらと可愛い物好きだった。

 顔立ちも十分可愛いし、男としてもちょっとどうかと思うぐらいに童顔。

 髪も短い訳でもないし、むしろ男性としてはちょっと伸ばしすぎのショートヘアー?

 物腰も静かで、声の色もちょっと女性っぽいなと思ってたし、良い香りもする。


 執事服を着てたのと、ぺちゃパイだったから全然気づかなかったよ!

 何より、この屋敷はエロ親父にとっての憩いの場とされてたんだから、男性がいる事がおかしいって事にあまり深く考えていなかった!


 だとしたら……。

 あの恐怖の体験は……。


「ジル、僕のファーストキスを奪っちゃったよね?」

「……申し訳ありません。つい、出来心で」


 ジルが震えているのが分かる。

 僕の身体を抱いている腕がキュッとしまり、控えめな胸が更に強く押し当てられた。


 あ、一人称が『僕』に戻っちゃってる。


「なら、僕に一生を尽くしてよね。ジルは、僕のもの」

「っ!? 分かり、ました! もとより、私はそのつもりです!」

「そう。一生、離さないから」

「はい!」



 うむ!

 真のハーレム1号さん、予約ゲット♪


 でも、まさか男装の似合う女の子がトップバッターとは。

 念願の先生と触れ合う事も出来たし、今日は良いことづくしだなー。


 とりあえず、めでたしめでたし。

 ちゃんちゃん。


書いてたら長くなりすぎて、『世界情勢』とか『一方その頃』とかを割り込ませられませんでした。

次は誰のお話を書こうかなー。


それにしても……眠い。うぅ……。

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