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僕6歳 はじめて~の、ちぅ

あれはいつの事だったか……


『思い出は大切に』とは言いますが、大切にしていなくても覚えている事は多々あります。

 夏。

 今年もあの地獄の日々がやってくる。


 クーラーもない。

 氷を作る冷蔵庫もない。

 冷気を生み出す法術はまだ会得できていない。

 氷を作り出すなんて、もってのほか。


 なぜ、僕は【火】属性の法術から覚えていこうなどと思ったんだろう。

 確かにあの頃は寒かった。

 まだ冬だったし。

 それに、法術を教えてくれたお姉ちゃんが得意としたのも【火】属性の法術だった。

 でも僕の近くには、ちゃんと全ての自然四属性【地】【水】【火】【風】が使える先生がいたのに、あまりよく考えずに家でもお姉ちゃんから学べる【火】属性を主体に僕は学んでしまった。


 なんて愚かな僕。

 なんて浅はかな僕。

 先生にやられた身体がようやく完治したというのに……。


 あ、ちなみに怪我の件は「先生、もしかして無能?」みたいな事を言ってぶっとばされた時の怪我じゃありませんよ。

 あれとは別件で、またちょっと先生を怒らせちゃって、死にかけました。

 以前は父リゼルグの手によってちょくちょく殺されかけてたけど、ようやくいなくなって喜んでいたら、今度は愛するディードリット先生によく殺されかけてます。

 僕、本当に死が近い人生なのね。


 ああ……。

 春だというのに少し肌寒い日々が続いていたからといって、夏が涼しい訳なんてないのに。

 僕は忘れていた。

 可愛いメイドさん達にちやほやされて、毎日デレデレとして過ごしていた。

 結構無防備だったお姉ちゃん達とのスキンシップに余念がなくてすっかり失念していた。

 僕のバカバカ。

 ああ……暑い夏が、またやってきた。


 ――って。

 去年の僕ならたぶんそう思っていただろうなー。


「イグニスさまー。水が気持ちいいですよ―? イグニス様もこっちに来て、一緒に私達と水遊びしませんかー?」


 パラソルの下、サマーベッドの上に(うつぶ)せに寝ながら、微笑みと一緒に僕は手を軽く振る。

 目の前には水着姿の美女達が、太陽の日差しの下、楽しく水遊びをしていた。

 みんな健康的な肌を惜しげもなく僕へと晒している。

 たまにポロリもあるよ。


「イグニス様、お飲み物をお持ち致しましたー」

「ありがとう、ククリカ。ククリカも少し水に入ってきたら?」

「いえー。私まであちらに行くと、イグニス様のお世話をする者がいなくなりますのでー」

「そう。なら、後で僕が水に入る時もお世話してね。それならククリカも水に入れるよね」

「はいー。ありがとうございますー」


 今年の夏、僕は完全に勝ち組だった。


 僕の作りだした湖。

 それはほとんど事故で出来たものだったけど、その事故は屋敷を半壊させる程の規模だったため、もとは川だった部分を隔てていた屋敷の壁を完全に取り去ってしまった。

 当然、湖の端は屋敷の建物の目と鼻の先にある。

 また、更なる事故を懸念して、その湖周辺は危ないということで、湖の入口と出口である川の部分を新しく作った壁で囲い、それを森の奥にまで伸ばしていった。

 結果、湖は完全に屋敷の壁の中にすっぽりと収まる形になり、僕達のプライベート空間と化した。


「フフっ……ナニアったら、あんなにはしゃいじゃって。それにみんなも、本当に楽しそうですね―」

「いつも屋敷の中でお仕事だけじゃ息が詰まるからね。たまに町に出ても、護衛の人達が付いてくるし。何より、みんなで遊ぶ事って今までなかったよね?」

「そうですねー。これが初めてじゃないですかねー? リゼルグ様にお願いしたら、暫く会ってなかったリース達も来てくれましたしー。良い事づくしですー」

「本当は断られるかとも思ったんだけど、父上も僕の提案した特産物の売れ行きが好調で気を良くしてくれてたのかな? まさかあんなに上手くいくとは思わなかったけど」

「イグニス様は天才ですー」


 夏。

 すぐ側には綺麗な湖がある。

 湖の周りには、人目どころか侵入すら阻む高い壁。(ちょっと檻の様に見えるけど)

 ならば水遊びをしない手はない。


「この水着というのも、凄いですよね―。水を弾きやすく、それでいて乾きやすく、しかも肌触りもほとんど気にならないですー。普通の服だと水を吸って重くなるので水の中だとほとんど動けないんですけどー、イグニス様がどこからか見つけてきたこの素材を使って作られたこの服は、水の中でもほとんど裸の様に動けますー」

「折角、近くにこんな綺麗で大きな水溜まりがあるのに、気兼ねなく中に入って遊べないのは勿体ないからね。いくら壁があるといっても、やっぱり裸のままじゃちょっと気になって心の底から楽しめないし。そういう生地が運良く町で見つかって良かったよ」

「昔に比べて、この町も交易が随分と盛んになりましたからねー。リゼルグ様の御陰ですー」


 あのロリコン親父の御陰というのはちょっと納得出来ないが、まぁあんな男でも俺の知らない才覚を色々と持ち合わせていたって事か。

 一応、屋敷にいた時は仕事中毒者の様にも見えたし。


 ちなみに、ジルは屋敷の中で隔離しています。

 自分だけ何故!?って感じで泣いてたけど、貴様に俺の可愛い娘達のあられもない姿を見せる訳がない。

 この酒池肉林は、俺だけのものだ。


 そうそう、久しぶりに会ったリース達に聞いたんだけど、ユディアママのお腹にまた新しい子供が出来たんだって。

 二人目の妹です。

 一人目の妹にすらまだ会わせて貰った事ないのに、もう二人目ですか。

 というか、それだけ盛んなのに、メイドとの間には子供が出来ていないって、一応は節度を守っているって事なのかな?

 僕も早くハッスルしたい!


「てやーーー」

「とりゃーーー」

「うわっ!」


 などと6歳の子供にはあるまじき事を考えていると、去年から一緒に暮らしているお姉ちゃん達の中で、僕と一番年の近いお姉ちゃん二人が僕の身体の上にダイビングしてきた。

 ナニア以上にやんちゃ盛りの子供達。

 ぶっちゃけ、7歳の幼女。


「イグニス様も一緒にあそぼー」

「あそぼー」


 僕は愛らしく、彼女達の名前の後ろに「お姉ちゃん」と付けているけど、彼女達の方はククリカ達の躾を受けて、僕にちゃんと「様」を付けてくる。

 上下関係もきっちり教えているので、彼女達は最初から言葉と態度の節々にもちゃんとそれを少なからず伴わせているのだが、この二人だけはまだ例外だった。

 物事の理解がまだ追いついていないのと、僕が優しすぎるのと。

 そして、僕と年が近すぎるのと。


 立場上、同年代の友達という者が存在しない僕への、ささやかな配慮。

 本来ならもう社交の場に出されてもおかしくないのに、何故かそういう機会は僕には与えられなかった。

 他の貴族との懇親会もない。

 いると聞いている親族とすら会った事がない。

 あらやだ、もしかしてリゼルグお父様ったらボッチさんですか?(笑)


「ねぇねぇ、あそぼー」

「あそぼー」


 ……っと。

 忘れていました、ごめんなさい。


「うん、あそぼ。エミリーお姉ちゃん、ターシャお姉ちゃん」

「わーい」

「わーい」

「わーいー」


 あ、ククリカもこっそり混じった。

 二人に腕を引っ張られていく最中、ちらっと見たら顔を赤くしていました。

 うーん、可愛い。

 そういう恥じらいが欲しかったんだよね。


「それじゃ、いっくよー。ざっぶーーーん」

「「「「「「「きゃー」」」」」」」


 二人を両脇に抱え、勢いよくジャンプして湖にダイブ。

 比較的浅い部分で遊んでいた人達と、少しだけ岸より離れてこちらに手を振っていた人達の間に飛び込む形となり、盛大な水飛沫を掛けられた女性一同が一斉に悲鳴をあげる。

 でもみんな喜んでいた。

 その後すぐに水かけっこになったり、僕の提案でビーチボールしたりと、僕達は大いにその夏を楽しんだ。


 あれ、でもおかしいな。

 僕はもっと遠くまで飛んで、湖の真ん中ぐらいに降りようとしたんだけど。

 怪我してる時に、ちょっと怠けすぎたかな?



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 魔境の地と呼ばれる土地がある。

 その名が示す通り、広く人々に恐れられているこの地は、樹海と断崖絶壁の山によって遮られ、空からの侵入でしか容易には辿り着けない。


 川を(さかのぼ)れば、幾つもの滝によって阻害される。

 絶壁の崖を登ろうとすれば、崖に巣くっている凶暴な鳥達によって蹴落とされる。

 例え洞窟の中を進んでも、そこは行き止まり。

 風は通り抜けられても人は通り抜けられない。

 何より、洞窟には何十種類もの凶暴な魔者が住み着いているので、外を進むよりも遙かに危険だった。


 そして空には、竜と竜人と呼ばれる化け物達がいる。


 北の地は、まさに魔境。

 人の足ではまず踏み居る事の出来ない土地。

 その地に向かう者は、命知らずの無謀な者でしかない。


 だが、ここに一冊の本があった。

 その本には、その魔境の地での様々な経験談が、事細かに記されている。

 著者の名前は、ない。

 しかし、魔境の地と接する国々では、それなりに有名な本だった。

 誰も信じてはいないが。


 北に何があるのかを知りたいと思った者は、必ずその本の紐を解く事になる。

 そして最初に、次の言葉を目にする事だろう。


『あなたがこのあと目にするすべてを、どうか信じてください』


 1ページを無駄に消費して懇切丁寧に書かれてあったその言葉を読んだ後、次にページをめくるとビッシリに詰まった小さな文字。

 日記形式で書かれている訳なのだが、1ページ辺りの文字数が膨大なため、その内容を書き写すのは非情に手間の掛かる仕事だった。


 印刷機のない世界。

 法術を駆使すれば同様の事が出来るとはいえ、それが出来る者は少ない。

 だが例えそれが出来たとしても、1文字ずつ丁寧にその小さな文字を、全く同じ形で別の本にコピーするというのは、普通に書いた方がハッキリいって楽である。

 故に、誰も法術を使って写本しない。


 版画では文字が小さすぎて正確に写すのは困難であり、活版印刷術でも無謀の領域。

 千ページを越えるその本のすべてのページを効率的に複写するのは、ただ人を使って写本するよりも酷く効率の悪いものだった。


 だが人々は、その本が世に初めて現れたその時より、写本を繰り返した。

 既に原本は時の流れと共に傷み、虫に食われ、火災に見舞われ失われていたが、人々は写本に継ぐ写本を繰り返し、その本は世界に在り続ける。


 一字一句間違う事のなかった本は『正典』の烙印が押され、逆に間違っている部分が見つかった本は解体され、場合によっては処分されてしまう。

 一時は写本を容易にするため分割化され複数の本となった事もあったが、大幅な枚数の増加と持ち運びの不便さ、更には全巻が揃いにくい事から、分割版は1冊のものよりも遙かに高い値打ちとなってしまったため、時の流れと共に消えていった。


 幾百年の時を経て、既に数十にもおよぶ写本が『原版』として世代を継承しているその本。

 だが人々は、その本を求め続けた。


 何故、人々はその本を求めるのか?

 何故、人々はその本を書き写して、新しく写本を生み出し続けるのか?


 その解答は、酷く簡単な言葉に尽きてしまう。


 それは、高く売れるからである。


 面白い、というのも理由の一つにあるだろう。

 内容に歴史的な価値がある、というのも一つの理由になっている。

 色々な面で役に立つ様な事が書かれてあったのも主な理由か。

 写本に莫大な手間が掛かるため、持っているだけでステータスにもなった。


 だが、真の理由は他にあった。


 著者は、その本に一つの呪いをかけた。

 幾ページにも渡る文字の中にその呪いは隠れ潜み、例え書き写されたとしても書き間違えられたとしても分割化されたとしても十分に機能する様に、精巧に綿密に冗長性を持って確実に機能する様に作り込んだ。

 一種の魔法陣。

 しかし悪意も害意もない、真面目な呪い。

 ただ多くの者達に読んで欲しいという、著者の思い。


 その呪いは、その本が完成したと同時に著者の命が尽きた事により、完成した。


 最初はちょっとした話題から。

 次は、読んだ者達からの感想によって。

 読みたいと思った者達の中にお金を持っていた者が混じっていた事から、写本が生み出された。

 その本を欲しいと思った者達が買った。


 買った者の中にお金を持っている商人が混じっていた事により、少しずつ商品としての写本が作り出されていく。

 噂となり、人々が興味を示す。

 多くのお金を持っていた者だけが入手出来た事により、一種のステータスと化した。


 ステータスが一人歩きをし始めた頃に、原本が火災によって完全に失われてしまう。

 それを惜しんだ権力者の一人が、自らが持っていた写本の一つを『正典』とし、写本用の見本として宣言する。

 それにより、歴史が加わった。


 『正典』の内容が真に正しいか、多くの写本が集まる。

 多くの労力と時間が消費され、『正典』と間違った本とが審査される。

 そこに、その本は争いの火種になる可能性があるという事で、とある教団のトップが『正典』を奪い、神の名の下に焼却処分した。

 怒った『正典』保持者と、写本を提供した者達と、それが欲しかった者達が、その教団と戦争し、教団を滅ぼしてしまう。


 失われた『正典』の写本の一つが、『正典』の名を継ぐ。

 同時に、『正典』と内容が全く同じ本に『正典』の烙印を押す事が定められた。

 その烙印の効力は、何故か著者が施した呪いに反応したため、すぐに分かった。

 但し、完全なる偽物ではなく、ただ間違っただけの写本でも呪いの効果は正しく発動したため、問題は起きていない。


 ただ……『正典』の烙印が押された写本は、価値が跳ね上がった。

 その数々の歴史と価値の向上により、その本はより多くのお金持ちへと興味を惹き付けていく。


 時間を掛けて、本を手にした者達は目を通す。

 呪いの効果の一つにより、可能な限り彼等は本を読み進めていく。

 例えそのペースが遅くとも、何年も掛けて彼等は読む。


 いつしか読み終える事もステータスの一つとなった。

 読み終えた者は多くの知識を得たため、それは大いに役にも立った。

 そして満足した者の中には、その本を他人に(すす)める者が出てくる。

 自らの子に読ませる者もいた。


 また一つ、その本は役割を持つ。

 親から子へと、引き継がれていく本。

 子に多くの教養を持たせるための、数ある教育書の一つに認定する者まで現れた。


 教育書の一つとされた事で、商人達が更に写本を生み出していく。

 写本を生み出す労力は昔と変わらないため、数はなかなか増えていかない。

 本は価値が高く庶民には手が出ない品物のため、需要はある一定以上になることはない。

 しかし本は正しく管理していても時間の流れと共に風化してしまうため、供給が需要に追いつく事は滅多になかった。


 その本を読み終えた者達は、著者の呪いによって心を奪われる。


 心を奪われた者の中で、悔しい思いを抱いてしまった者達。

 感心してしまった者達。

 納得した者達。

 呆れて力なく笑う者達。

 気付かなかった者達も当然いた。


 しかし皆、一様にしてその本の虜となった。

 但し、またもう一度読むかどうかは、その人次第。

 何しろ、読むには膨大な時間がかかるため。


 そして、またここに一人。

 その本をようやく読み終えた者がいた。

 夏のバカンスが終わり、少しして父より贈られてきた本。


 秋が通り過ぎ、冬が訪れ、新しい一年がまた始まり、春の訪れを感じ始めた頃。

 毎日少しずつ、寝る前に日課として読み進めていたその本の最後のページに、その者はようやく辿り着いた。


 そのページは、著者の施した呪いによって、全ての内容を読み終えた時に開かれる様になっている。

 強い呪いではないため、決して開く事の出来ないページではないが、そこに書かれてある文字にもきちんと呪いが掛けられているため、最初から最後まで正しく読み進めていかないと、その文字は現れない。

 もとより、最初から最後まで正しく読まれる様な呪いも施されていたが。

 強い力を持った者には抵抗出来てしまうため、確実性はない。


 だが、それは野暮な事だろう。

 本の内容は十分に楽しめるものだったので、わざわざ呪いに抵抗してまで読み飛ばす者は誰もいない。

 また、それを既に読み終えた者達も、基本的に誰もその内容を暴露しなかった。

 暴露されても、大抵の者には理解出来なかった。

 そういう呪いも施されている。


 数多くの先達者と同じ様に、その者も今日、ようやく最後のページへと辿り着き、そこに書かれてあった文章に目を通した。

 そこには、次の様な言葉が記されていた。

 素っ気なく。

 飾り気もなく。

 坦々とした文章。


『一番最初に読んだ文章を、あなたは覚えていますでしょうか? その文章を、どうか信じないでください』


「えっと……」


 最初に記載されていた、本の内容を信じて欲しいという『お願い』。

 最後に記載されていた、その『お願い』を信じないで欲しいという『お願い』。


 なにがこうで、なにがそうなのか。

 意味が通じる様で、通じてない様で。

 分かる様で分からない、最後の言葉。


「結局、『この物語はフィクションであり、実際の人物・世界とは関係のないものです』ってこと……!? 騙されたーーーー!!」


 そして、ここにまた一人、その本の犠牲者が生まれた。

 イグニスという名の……。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 広大なる大陸の北西部、アウグエル地方中原北部。

 その四分の一にも及ぶ西方の地を治めるレレリル国と、隣国イーゼル・オーバージュ連合国は長い戦争状態にあった。

 長きに渡る均衡は、何者かの策略により大国であるオーバージュ国の分裂によって大きく崩れる。


 南よりレレリル国を攻めていた最前線の地における、将軍クリルタリアの反乱。

 時を同じくして、第三王子ウズキアが父であるオーバージュ国王を殺害。

 正当なる王位を継いだ第一王子と、それに異を唱えた第二王子との衝突。

 アウグエル地方中原北部の三分の一を誇った大国は、四つに割れた。


 当然、イーゼル国は正当なる王位を継いだ第一王子の治めるオーバージュ国と友好関係を固めた。

 だがその事により、イーゼル国は北、西、南に敵を作る事となる。


 西の守りの(かなめ)ゴート要塞をレレリル国に、南西のアリザス穀倉地帯をクリルタリア国に、南のネアロ鉱山をウズキア国に奪われた。

 勢いを増したレレリル国はとどまる所を知らず、更なる追い打ちをかけ、不毛の地グルド、更には領都ロンドクルフまで奪われてしまう。


 そして領都ロンドクルフが落とされてより、戦の最前線と化したイーゼル国北部、ベルタユス領にて。

 野心ある若者が、先の戦争により亡くなった父の代わりとしてその地を治めんと、密かにウズキア国の地を抜け出し中央都ギレンへと戻っていた。


 一面を覆い尽くす、死と敗北の臭い……。

 打ち壊された石塊に、絶望に満ちた人々の顔。

 この地が落とされるのも時間の問題だというのに、わざわざ危険を犯してまで戻ってきたベルタユス領領主の一人息子、リゼルグ・ゲシュペンスト。

 戦争とは縁のない比較的安全な地であった旧オーバージュ国の王都にて暮らしてきた者の姿は軍人と呼ぶには不釣り合いであり、浮世離れした顔には誰の期待も向けられる事はなかった。


 初戦。

 圧倒的な数の暴力によって攻め込んだレレリル国の兵士達のほぼ全てが、その命を散らすまでは。


 まさに鬼神の如き謀略。

 人の命を軽く奪ってゆく非情の知略。

 男は、戦争のなんたるかを根底から覆した。


 これによりレレリル国は大きな痛手を受け、同時に他の国々も彼の者を従えるイーゼル国を警戒し、侵略の手を一時止める。

 たった一人の男の出現により、イーゼル国はそれから25年もの長きに渡り、度重なる侵略をはね除け国の命を長らえた。


 時が動いたのは、その7年前。

 リゼルグが初めて守りではなく攻めへと転じた、北の地への大遠征。

 更に2年後。

 ベルタユス領に待望の跡継ぎが産まれた年に、レレリル国はリゼルグの存在を恐れるあまりイーゼル国と休戦協定を結ぶ。


 一方。

 アウグエル地方中原北部の東側では、近年頭角を現してきたアーザント国が急にその勢力を強め、かつてのオーバージュ国に匹敵するほどの領土面積にまで至っていた。

 それに対し、オーバージュ国国王は弟と和解し、再びイーゼル国と連合国を組み、アーザント国への対抗を決意する。

 また、両国は裏切りの第三王子ウズキアへの同時侵攻を決め、早期決着による武力誇示を目指した。


 その矢先。

 魔人覚醒の報がアウグエル地方中原北部全土を駆け抜け、世界を震え上がらせた。

 それに時を同じくして、謀略の鬼神が事を起こす。


 魔人覚醒の報により若き王を失ったイーゼル国は瞬く間に制圧され、命の灯火を風前に変える。

 侵略の名目を手に入れたアーザント国は常勝の流れにのって中央都ギレンまで差し迫った。

 だが、伏した龍将双牙の急襲を受け、かつてのレレリル国と同じ歴史を歩む事となる。


 そこに追い打ちを掛けるかの様に、レレリル・ベルタユス連合協定が発足。

 クリルタリア国はウズキア国に併合され、イーゼル国はオーバージュ国によって吸収され、その両国は過去よりを未来を目指すため、魔人討伐の名の下に軍事同盟を結ぶ。

 その図式は、かつてのアウグエル地方中原北部における状況とよく似たものとなっていた。


 大国同士の中央に座した彼の国が名を変え、同盟先を変え、戦の矛先を変える。

 小国でありながら他の三つの大国をまるで手玉に取っているかの様に。


 時は、再び苛烈なる戦乱の時代へと突入していく。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 世は、まさに戦国時代。

 いやいや、それとも三国時代?

 その初めて聞く世界情勢に、僕は今、胸ワクワク心ドキドキに興奮していた。


 授業の先生は、勿論ジル。

 というか、彼以外では誰も正確な情報は手に入れる事は出来ないだろう。

 執事と言う名は流石に伊達ではない。

 ジルという男は伊達だったけど、彼が立場上知っておかなければならない事は意外と多くある。


 僕は今日、それをジルの口から引き出していた。


「ここまでは宜しいでしょうか、イグニス様?」

「少し待ってね。頭の中を整理するから」


 そう言って、僕は自分の身体を抱いているジルに身体を預けて目を瞑る。

 男に抱かれる趣味なんて持ち合わせていないけど、ジルから情報を引き出すためには仕方のない事だった。

 性別不相応、意外とジルの身体は柔らかくて甘ったるい香りを漂わせていたけど、それでも僕の身体をギュッと愛しく抱いている者が男性である限り、僕の心が癒される事は決してない。

 しかし、僕は今それを許している。

 鳥肌が立ったけど、我慢した。


 事の思い立ちは、父リゼルグから贈られた一冊の本。

 ほんとーーーーーに長い長い時間を費やして、ようやく読み終えたその本に感化されて、僕は初めて外界に興味を持った。

 勿論、町に出る事はたまにある。

 だけどそれはただ買い物をするだけであり、可愛いメイド達とデートをするためであり、最近では僕の考案した特産品がどんな塩梅(あんばい)であるかを確認するためのものだ。

 地理や政治、世界情勢などの関わりあいのない世界には極力触れず、今をただキャッキャウフフと楽しんでいるだけだった。

 それが、本を読んで少し変わっただけのこと。


 ただ、初めて興味を向けて、気が付いた事があった。

 それは薄々感づいていた事ではあるが、出来る限り気が付かない様にしていたこと。

 僕、実は軟禁されているんじゃないだろうか? と。

 だって僕、貴族なのにまるでそれらしい情報も教育も与えられていなかったんだもん。

 この生活が明らかにおかしいという事は、生前の記憶を含めて計38年にも及ぶ知識を持ってる僕には当然分かった。


 という訳で。

 夏場は一人だけ隔離したため傷心したジルの心の傷を利用して、僕は彼から情報を引き出した。

 僕の住んでいる所って、元はイーゼル国だったんだ。

 というか、いつの間にか下克上が成立して、父は一国一城の主!?

 それはつまり、僕はいま王子という事であって……。


 それにしても、世はまさに戦乱の時代。

 まるで織田信長の様な魔王ぶり。

 いやいや、どちらかというと謀神と呼ばれた毛利元就みたいなのかも?

 ならば僕としては、伊達政宗が好きなので、いっそ独眼竜を気取ってみようかなー。


 ……って、ジル。

 僕の髪の中に顔を(うず)めて、モフモフするのやめて!

 それじゃ愛玩動物だよ、僕。


「思ってたよりも、外は凄い事になってるんだねー。父上は大丈夫なの?」

「リゼルグ様ですから、大丈夫でしょう」


 それ、説明になってないから。

 まぁそれだけ死にそうにない奴って事だよね、あいつ。

 僕もあまりあの男が殺されている場面は想像出来ない。

 なんか暗殺者に命を狙われても、返り討ちにして嘲笑してる姿ばかりが浮かんでしまう。


 ああ、だからジル、モフモフするのやめてってば。

 ぬいぐるみの様に抱くのもやめてーーー!

 なんかジルがやばい……猛獣化しかけてる。


 ちょっと夏に虐めすぎたかな。

 やばいやばいやばい。

 なんか話題をふって別の所に意識を向けさせないと。


「そ、そういえばジルって何処出身なの? やっぱり、この中央都ギレン?」

「いえ。私の故郷は、西にある領都ロンドクルフです」

「あれ? 領都ロンドクルフってレレリル国に占領されてるよね? ジルって、レレリル国出身なの?」

「はい。11歳の時まで領都ロンドクルフで暮らしていました。イーゼル国とレレリル国が休戦協定を結んだ時に、両親の故郷であるこの中央都ギレンに、両親に連れられて引っ越してきました」


 ああ、なるほど。

 領都ロンドクルフが攻め落とされてレレリル国領土になったのは約25年前。

 だから、ジルの両親が当時のイーゼル国領内で領都ロンドクルフに住んでいてもおかしくはない。

 もしかするとその両親はまだお互い出会っていないかもしれないので、更にもしかするとジルの両親の片方は元々リリレル国住民であった可能性も考えられる。


 同じ平民同士なら、出身地が敵国同士でも恋愛の壁にはならなかったかもしれないしね。

 休戦協定が締結された御陰で、ようやくイーゼル国内の両親に報告が出来る様になりました的なノリもあるかもしれない。


「ところで、イグニス様」


 あ、ようやく落ち着いてきたかな?


「キス、してもいいですか?」

「は?」


 え?

 何言ってるの、この人?


「もう、我慢できそうにありません」

「え、あの……」


 ちょっと待って!?

 あれ、もしかしてジルは可愛いものには目がないタイプなの?

 そういえば、ジルの部屋ってなんかとってもファンシーだ。

 可愛いぬいぐるみもそこらかしこに置かれているし、ベッドのシーツや壁紙の色も明るい色が多くて絵柄も多い。

 いったいどこからこんなもの集めてきたのだろうと思うぐらい、この屋敷の中で凄く浮いてるよ?


 ちょ……!?

 だ、だめ……それだけは!?

 いけないよ!

 男同士なのに、そんな事しちゃだめだってば!?

 だから、ダメってばダメ!


 わーーー!

 ジルの力が強すぎて振り解けないぃぃぃぃ!?

 なんで身体強化の法術がうまく機能しないっ!!

 近い!

 近いよジル!

 顔が近いったら!


 だめーーーー!

 僕の初めてを奪わないでーーー!?

 最初は先生とって、決めて…………。


 うきゃーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっ!!?



出身地繋がりで、ちょこっとだけ謀神さんの事は知っています。

大河ドラマでも見ましたし。面白かったです。


「しゅつじんじゃぁあああああ!」


私の中での好きな言葉の一つです。このフレーズだけ特に好きです。

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