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僕4歳 それは運命の出会いなの

最近、執筆速度があがった様な気がします。

……実際には、執筆時の集中力があがって時間を忘れてるだけだった……にぅ。

 運命の出会いというのは、いつか勝手にやってくる。

 それは必ずという訳ではないのが悲しい所。

 前世の僕には、その様な出会いは結局訪れる事はなかった。


「あなたがイグニス?」


 突然に掛けられた聞き慣れない音色をしたその言葉に、初め僕はまるで気が付かなかった。


 父リゼルグから与えられた剣。

 刃が潰されていない、本物の武器。

 テーブルにあてて少し力を入れて引けばサクッと斬ってしまえるそんな危ない凶器を、4歳の子供にプレゼントするなとちょっと言いたかったが、僕はその剣を手に、その日は剣道の素振りを見よう見まねで行っていた。

 日課である法術の修練は既に終え、失った魔力と聖力が満タンまで回復する間の暇潰し。

 普段は本を読んで時間を潰すのだが、今日に限っては天気も良かったので外で身体を動かす方を選んでいた。


 以前、父リゼルグに稽古をつけてもらった時に手も足も出なかった事がちょっと悔しかったからではない。

 悔しかった訳じゃないよ?

 ほんとにほんとだよ?

 それにあの時はちゃんとすぐに報復したし、最近では執事のジルから教えて貰っている体術にも多少満足のいく成長結果が見受けられるので、法術を駆使して闘えば父リゼルグにも引けを取らないと僕はこそっと思っていた。

 勿論、大人と子供の体格差はいかんともしがたいし、リゼルグは戦場で(つちか)った膨大な経験を持ち合わせているので、それはただ僕の増長である。

 それでもそんな妄想ぐらいはしていた。


 まだ見ぬその未来の現実へと向かって、僕は一心不乱に剣を木刀の様に振るっている。

 全長は僕と同じぐらいの長さの剣だったけど、ほぼコツの掴んだ筋力増加の法術によって重さはあまり苦にならない。

 ならば何の訓練をしているかというと、バランスの悪さを技によって克服しつつその素振りの型を身体に少しずつ馴染ませている所だった。

 力があっても、剣を正しく振れるだけの技術がなければ意味がない。

 (いず)れ成長した後は、法術を使わず自前の筋肉だけでその剣を振るうつもりだった。


「……法術を教えて欲しいと頼まれたのだけれど、あなたは剣士の方を目指しているのね。なら、私は必要ないのかしら」

「え?」


 さっきはただ風が鳴いただけかと思っていた音色が、今度はハッキリと人の言葉としてすぐ近くから奏でられた事に驚いて、僕は振り返った。


「はじめまして」


 笑顔のない、棒読み気味の挨拶が送られてくる。

 ほっそりとした白い腕を腰の辺りで組んだ綺麗な女性が、僕を値踏みしているかの様に上から見下ろしていた。

 声のした方へと首を向けた結果、上を見る事になる。

 そう……彼女は僕を、高い所から見下ろしていた。


「はじめまして、よね。違ったかしら?」


 木の枝の上で立ったまま、女性は僕にそう問いかけてくる。

 腰に回した手の細さより、惜しげもなくさらしているスラリと伸びた足の方がとても印象的だった。

 葉の色よりも鮮やかな黄緑色の服に、薄い金色をしたお尻まで続く長い髪。

 柔らかさよりも鋭さのある瞳をのせた顔立ちは怖いくらいに綺麗であり、その唇から奏でられた言葉の音色はまるで竪琴の旋律の如き美しい響きを奏でていた。


 問いかけた言葉に応えが返ってこなかった事に気分を害したのか、木の上の彼女は少し表情をきつくし、僕を見つめる瞳に更なるプレッシャーが追加される。

 それでも何の効果も得られなかった事に業を煮やしたのか、彼女はトンっという軽い音を立てて枝から飛び上がり、僕のいる大地へと降りてきた。

 それはまるで羽根が生えているかの様に、とても優雅でフワリとした柔らかい飛翔だった。


「上からというのが不躾だったのなら謝るわ。改めて、はじめまして。あなたがイグニスであってるわよね?」


 よく見ると、彼女の耳はとても長く尖っていた。

 美人で若く、耳が尖っている。

 僕はその瞬間、彼女があの伝説のエルフである事を理解した。


 だけど僕は彼女に言葉を返せない。

 言葉はおろか、僕はまともな思考すら行う事が出来ないでいた。


 何故だろう、何故なのか?

 どうしてだろう、どうしてなのか?

 心が白く、胸が痛い。

 身体が熱く、瞳が外せない。


「?」


 僕の様子がおかしい事に気が付いたのか、彼女の金色(こんじき)の瞳が不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。

 僕の胸の鼓動がより早くなっていった。


 胸が……痛い……?

 鼓動が早くなる?

 それはつまり……その意味する所を、僕はようやく理解した。


「ねぇ……?」


 組んでいた腕を解き、(いぶか)しそうに彼女が恐る恐る近寄ってくる。

 その彼女の柔らかそうな手を、僕は自分の心が抑え付けられず、ガシッと掴む。

 突然の暴挙に彼女が驚く。

 しかし僕は止まらない。

 そして僕は……。


「生まれる前からあなたの事を愛してました! 僕と結婚して下さい!」


 人生初のプロポーズをした。


 ――刹那、世界が暗転する。

 強烈な法術の一撃を受けたのだと気が付いたのは、川向こうの森まで吹き飛ばされ、仰向けに空を暫く眺めてからの事だった。


「……今日は良い天気だなぁ」


 一瞬途切れた記憶の前後を思い出しながら、僕は呑気にもそう呟いていた。


「は・じ・め・ま・し・て。私がそう挨拶をするのは、これで何度目かしら?」

「四回目になります」

「ちゃんと聞こえてるじゃない……」


 気が付くと、頭のすぐ後ろに彼女は仁王立ちしていた。

 短いスカートから見える下着が、白くて美しい。

 それは彼女が木の上にいた時から見えていたものだが、こうして間近で見るとなるとどうしても僕の瞳は釘付けにされた。

 目をそらそうと頑張ってみるけど、瞳が僕のいうことをまるできいてくれない。

 それ程までに、僕は彼女の下着に心を奪われ……もとい、彼女の魅力に惹き付けられていた。


 その僕の顔が、彼女の左足によってぎゅむっと踏まれる。


「何か言うことはある?」

「僕はあなたを絶対に幸せにしてみせます!」

「馬鹿」


 ――刹那、僕の頭が地面に陥没する。

 咄嗟に法術で頭を防御してなければ、たぶん潰れていたかもしれない。

 そんな危ない真似を、彼女は平然と僕に叩き付けてきた。


「一応、それなりの素質はあるみたいね。わざわざ私に依頼してくるだけの事はあるわ」

「そんな事より、あなたの愛を僕に下さい!」

「……でも、馬鹿なのね」


 流石に三撃目は御遠慮こうむった。


「冗談はこれくらいにして……はじめまして。僕はイグニス・ゲシュペンスト・シフォン・ベルタユスといいます。つかぬ事を(うかが)いますが、あなたさまはどちらさまでしょうか? 新しいメイドさんですか?」


 立ち上がり、僕は丁寧に挨拶する。

 その僕の素早い切り替えに多少驚いたのか、彼女はちょっと引いていた。

 茶目っ気を出してみたのだけれど、少し失敗しちゃったかな?


「やっぱり、あなたがイグニスなのね……」

「はい、そうです。先程は失礼致しました」

「失礼にも程があると思うんだけど……」

「でもあれは本心です。あなたに一目惚れしてしまったのは間違いありません。こんな気持ちになったのは初めてです」

「はぁ……」


 そんな台詞は聞き慣れているのか、彼女はまったく顔を赤らめる事はなかった。

 まぁ、美人のエルフだし、それも当然の反応なのかもしれない。


「私の名はディードリットよ。親しい人はディーもしくはディードと呼ぶわ」


 おお……なんかどっかで聞いた事のある名前だ。

 でもちょっと可愛らしい響きがないな。

 ……ちょっとツン系?


「でもあなたとはこれから師弟関係にならないといけないみたいだから、私の事は先生と呼んで。あと、間違っても呼び捨てにしないでね」

「はい、分かりました。ディード先生」

「愛称に先生を付けるのもやめて。私、あなた達の事は嫌いだから」

「……」


 え?

 僕の事、嫌い?


「あの……僕は何か先生の気の障る事をしましたでしょうか? もしかして先程の……」

「ああ、違うから安心して。まぁちょっと驚いたけどね」

「なら、何故ディードリット先生は僕の事が嫌いなのでしょうか?」

「別に嫌いじゃないわよ」

「……はい?」

「正確に言えば、私はあなたの父親の事が大っっっっっっ嫌いなだけ」


 あぁんのくそ親父め!

 俺の人生初の恋路を(しょ)っぱなからぶち壊しやがって!

 いつか殺してやる!

 いや、今すぐ殺そう。


「ちょっと殺してきますので、先生は少しここで待ってて下さい。すぐに済みますので」

「そう、頑張ってね」


 あれ、反応が軽い?


「……僕と一緒に行こうとは思わないんですか?」

「私もそうしたい所だけれど、出来ないから。強く逆らえない様に首輪を付けられてるの」

「そうなのですか?」

「痛いのを我慢して無理すれば壊せない事もないけどね。でもまぁ、暫くのんびりしようかと思ってた所だったから、待遇さえ良ければ少しの間ぐらいつきあってあげてもいいかなと」

「……少しの間というと? 1年ぐらいですか?」

「さぁ? 私達は長寿だから気が向いたらかしらね。十年二十年は私達にとっては長い部類には入らないから、あなたにとっては結構長い間いるかもしれないわね」


 やばい……心がかなり傾き始めている。

 1年だと流石にゴールインまでいくには僕の身体の成長が間に合わない。

 だけど10年以上なら全然大丈夫だ。


「それに、あなたがあの男を殺して私を解放してくれても、きっと私はここから去ってしまうと思うわよ。思い入れなんて全然ないし、ただえさえ貴族は面倒なのに親殺しの貴族となんて片時も一緒にいたくもないしね」

「これから暫くの間、手解(てほど)きのほど宜しくお願い致します」


 天秤が完全に傾き、僕は丁寧にディードリット先生にお辞儀した。


「よろしく」


 美人の素っ気ない態度は、たったそれだけでもとても絵になる。

 何もしなくてもディードリット先生はとても綺麗だった。

 だからちょっと気になる事を僕は先生に聞いてみる。


「ところで、ディードリット先生は何歳なのでしょうか?」


 そう聞いた瞬間、僕はまた盛大にぶっとばされた。


「……すみません、質問を間違えました」

「次はないわよ」

「肝に銘じておきます」


 そういえば、なんだか屋敷のメイド達と接している時よりも僕の態度がかなり精神年齢が高くなってしまっている気がする。

 普段はもっと子供らしく振る舞っていた様な気がするのだが、どうしてだろう?

 これが恋のなせる技なのだろうか。


「ディードリット先生は、いったい何を僕に教えてくれるんですかー?」


 なのでちょっと子供っぽく、語尾を間延びさせてみた。

 勿論、無邪気そうな笑顔も忘れない。

 先程までのイメージがあるので、ギャップがでないように少し控えめにだけれど。


「……急に雰囲気が変わったわね、あなた」

「名前で呼んでくれると嬉しいです」

「イグニスでいいかしら?」

「はい」


 言って、俺は期待する目をして先生を見つめる。

 屋敷のメイド達ならこれが何を意味するのかとてもよく理解していた。


「な、なに?」


 先生はちょっと戸惑ってるけど、僕は自ら言葉に出してそれを催促はしない。

 これは頭を撫で撫でして欲しいな、という愛情表現の合図。

 そのうち嫌というほどその身体に叩き込んで、めいいっぱいに頭を撫でて貰おうかな。


「私がイグニスに教えるのは法術よ。イグニスが将来どういう風になりたいのかは知らないけど、とりあえずあなたの父親は、あなたのその恵まれた才能が変な方向にいかないように矯正したいようね。イグニス、あなた自滅技が得意なんですって?」

「はい?」


 自滅技というのは何の事なのだろう?

 僕が使っているのは、肉体強化系と防御系、それに操作系?の法術が主だった。

 一応、攻撃用の法術も使える事には使えるのだが、威力の調整が難しく失敗が多いので苦手としている。

 ちなみに、全部独学です。

 この世界での一般的な法術の知識はないので、どちらかというと研究の成果とも言えるけど。

 自分理論で作りだした法術を僕は使っています。


「少し見ただけでも色々と言いたい事は見つかったけど、先にイグニスの今の全力を見ておいた方が良さそうね。中途半端に理解するよりも、どこまでおかしくなってるのか見ておきたいわ」

「はぁ……全力、ですか?」

「そう。無理はしなくてもいいから、イグニスが思う最高の攻撃法術を見せて。あ、無茶ならしてもいいわよ」

「えっと……」


 うーん、どうしよう。

 攻撃用の法術は一応あるにはあるんだけれど……派手さ重視であまり実戦向きではないんだけどなぁ。

 それにとても疲れるし。


「ちょっと危ない事になりますけど、大丈夫です?」

「結界なら私が作るから安心して。あと、森は傷付けたくないから、そこにある川の底を目掛けて使ってね」


 おお……やっぱり結界系の法術もあるんだ。

 色々僕も試してみたけど出来なかったから、実はないかと思ってた。

 防御系の法術とは何が違うんだろ。


「結界はったから、もう良いわよ。全力でいきなさい」

「……分かりました」


 ええい、ままよ。

 全力でなんて怖くて一度もやった事がないから、ぶっつけ本番だ。

 どうなるのか僕自身にも分からないけど、ちょっとぐらいは僕にも興味があったから、これはある意味好機なのかもしれない。

 ……うまくいけば、ディードリット先生も僕に惚れてくれるかもしれないし。


「では……いきます!」


 左手を顔の前に持ってきて、力をためていく。


(きよ)(かがや)きよりも(まぶ)しき(もの)

 (うつく)しき(きら)めきよりもなお(あか)るき(もの)

 (とき)()らめきに(なが)れし【(せい)】なる(ちから)を、

 (われ)はいまここに(つど)わせる」


 僕の詠唱に応えるかのように、左手がゆっくりと水色に近い光を発し始める。

 そして詠唱を終えた後、その光輝く左手を左真横へとつきだした。


 ここまではいつも通り順調だ。

 流石に全力という訳なので身体の中からごっそりと力が奪われたけど、まだ大丈夫。


 続いて、今度は右手を顔の前に持ってくる。

 一瞬、ディードリット先生が驚いた様な気がしたけど、構わず次の詠唱を開始する。


黄昏(たそがれ)(ごと)(くら)(ふか)(もの)

 (よる)(とばり)(ごと)(いろど)りし亡羊(ぼうよう)なる(もの)

 たゆたいし(うつ)ろに()もれし【()】なる(ちから)を、

 (われ)はいまここに(つど)わせる」


 その詠唱に、魔力が応える。

 紫の様な闇の様な色を禍々しくまとった右手が、やや暴走気味に暴れ出した。

 同時に、左手も暴れ出す。

 あまり近づけすぎると危ない事が分かっていたので、僕はすぐに右手を右真横につきだして左手から遠ざけた。


 さぁ、これが僕の正真正銘の全力だ。

 普段は力を抑えて、体内にある魔力と聖力を空っぽにする時に使う消費技。

 互いに反発しあう力を同時に使うと、当然の様にそれらは干渉しあって消滅してしまう。

 それを工夫に工夫を重ねて攻撃法術へと昇華した超必殺技。


永久(とわ)無限(メビウス)

 (ゼロ)混沌(カオス)

 虚無(きょむ)刹那(せつな)

 (せい)()

 (なんじ)(われ)(ちから)もて、すべてを(ひと)しく破壊(はかい)消滅(しょうめつ)せんことを」


 名付けて、聖魔合一(せいまごういつ)


「これが僕の全力全開! 本気の本気! すぅぅぅぅぅぅぱぁぁぁぁぁぁギャリック砲!」


 刹那、僕は左右の手を同時に真正面へとつきだし、その手にためていた魔力と聖力を力一杯に放り出した。

 淡い水色の光と、禍々しい闇紫色の光が互いに螺旋を描きながら川底を目指す。

 しかし相反する二つの力は近くにあるにも関わらず反発しあわない。

 何故ならそれが、僕が工夫に工夫を重ねて編み出した高等技。

 近くにあっても干渉して消滅しない様に、頑張って頑張って薄い膜をはって力を光の内側に押さえ込んでいるからだ。


 そして遂に、その僕のスーパーギャリック砲と名付けた恥ずかしい技が川の水を押しのけて、その先にある底へと到達する。


「吹き飛べーーー!!」


 そう力一杯に叫んだ瞬間。

 僕は力尽きて、またいつもの様に昏倒した。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ある日、世界にぽっかりと穴が空いた。

 そこから数多(あまた)の命が零れ落ち、人々はその穴を『災厄の奈落』と呼び封印した。


 時が流れ、人々がその穴の存在を忘れた頃。

 七人の大賢者と十五人の精鋭騎士を従えた時の英雄王が、その穴の存在を発見し封印を解いた。

 そして次代を担う若き騎士達を偵察のために、その穴の中へと送り込んだ。

 その中には王自らの子も含まれていたという。


 数年が経った。

 しかし偵察として送った者達は、誰一人として帰ってこなかった。

 もはや誰もが彼等の生還を絶望した時。

 ある一人の女性が、遂にこの世界へと帰還した。


 後に勇者として世界に名を馳せたその女性は、王に一つの情報をもたらした。

 それは、『災厄の奈落』の穴の底には、こちらと同じ世界があるという。

 同時に女性は、王にもう一つの情報をもたらした。

 しかしそこには、我々とは次元の違う強大な力を持った怖ろしき魔物が数多くいたという。


 決して弱くはなかった若き騎士達。

 むしろ屈強ともいえた彼等の命が、容易く奪われてしまうその世界に、王は戦慄した。


 だが王は、帰還した女性がもたらした情報の中に、送り出した騎士達や我が子の命がまだ全て奪われた訳ではない事を聞き、一つの決断をする。

 大賢者と、精鋭騎士達の投入。

 彼等の命を救うべく、王は国の最高戦力とも呼べる彼等を、『災厄の奈落』の穴へと送り出した。


 文明の発達したその世界で作られた最強の装具、魔装機人(アメリアル)と呼ばれる巨大人型兵器(ヽヽヽヽヽヽ)のその最新型の機体に乗り込んだ彼等は、程なくして穴の底にある世界へと着地した。

 細心の注意を払って姿と気配を消し、遙か上空から舞い降りた彼等は、世界に帰還した女性の情報を頼りに、川の中へとすぐに身を隠す。

 地上で活動した場合、どういう訳か現地に住まう者達に見つかり、襲い掛かられるという。

 偵察の初期には、それで多くの者が散っていった。


 魔装機人(アメリアル)は最高技術の結晶とも呼べる貴重な装具だったため、搭乗者が死ぬもしくは行動不能になるまでダメージを受けた場合には、機密保持のため偵察隊が使用した魔装機人(アメリアル)には自動的に自爆装置が作動する様に設定されていた。

 機体の一部が核心(コア)から一定以上離れたとしても、粉微塵に爆発もしくは分解する。

 未知なる土地への探索任務のため魔装機人(アメリアル)は修理も不可能な仕様にしていた事もあり、偵察隊の生存率は当初から絶望的な数値となっていた。


 しかし今回送り出された救出部隊には、国の最高戦力とも呼べる大賢者と精鋭騎士達が含まれているため、それらの仕様は取り払われている。

 大賢者の力をもってすれば魔装機人(アメリアル)の修理も不可能ではない。

 だが念には念をいれて、彼等は水の奥底へと身を潜めながら、徐々に探索範囲を広げていった。


 生存者の捜索には、魔装機人(アメリアル)核心(コア)の反応を確かめた。

 しかし穴の直下より南以外の方角からは、どれだけ遠くまで大賢者の力で探っても、核心(コア)の反応は見つからなかった。


 魔装機人(アメリアル)から搭乗者が遠く離れた場合、魔装機人(アメリアル)核心(コア)ごと自爆し消滅する。

 その自爆する場合の搭乗者離間距離は、魔装機人(アメリアル)が剣を持った間合いの約2倍。

 搭乗者が意図的に自爆を指示した場合に限り、爆発は最小限のゼロ距離で収まるのだが、そうでない場合の被爆距離は、剣の間合いの5倍程度だった。

 意図的に自爆を指示した場合には搭乗者は魔装機人(アメリアル)核心(コア)の一部を抜き取る事になる。

 そのため、核心(コア)の反応が全くないという事は……。


 搭乗者が確実に魔装機人(アメリアル)の爆発に巻き込まれ、全員死亡したという事実を知って、部隊に沈黙が訪れる。

 しかし次の瞬間。

 最後の希望、南側を探索した大賢者の瞳が大きく見開かれた。


 反応が一つ。

 たった一つではあるが、弱々しい魔装機人(アメリアル)核心(コア)反応が、南の土地にて確認された。


 すぐさま救出部隊はそちらの方角に赴いた。

 但し慎重に、辺りの様子を探りながら。

 川の奥底に隠れ潜んだまま、川に沿って徐々に南下していく。


 穴の底にあった世界に住んでいる者達の言葉でいう魔境の地を何事もなく抜け――。

 リゼルグ侯爵家の元執事であるルードヴィヒが作った暗殺者育成のための隠れ里の横を通り過ぎ――。

 そのルードヴィヒが治めている村の真ん中を静かに突っ切り――。

 かつてそこにあった国の焦土と化した首都を遠めに――。

 そして唯一の生存者のいるベルタユス領中央付近へと救出部隊は辿り着いた。


 彼等は喜んだ。

 無事、生存者とのコンタクトが成功し、任務を達成した事を。

 しかし同時に彼等は悲しんだ。

 その生存者からもたらされた、王子の死という確実な情報に。


 それで彼等の任務が終われば、まだよかった。

 しかし生存者の男からもたらされた驚愕の事実に、彼等はどう判断していいものか物凄く悩む事となった。


 それは、身分を偽って偵察隊に参加していた王子が、同じく偵察隊に参加していた少女の一人と密かに関係を持ち、子を成していたという情報だった。

 それには大賢者も精鋭騎士も、酷く困り果てた。

 何しろ、新しく生まれた命には、魔装機人(アメリアル)核心(コア)捜査という方法では生存確認が出来ないからだ。


 もし生まれた子を、魔装機人(アメリアル)から下ろしていた場合。

 少なくとも魔装機人(アメリアル)の中で赤ん坊を育てるというのは、あまりにも現実味がなさすぎた。

 なので、その王家の血を引いた者は、まだ生きている可能性は十分に考えられる。

 この穴の底にあった世界に住んでいる者達の手によって保護され、無事に育てられている可能性を彼等は否定する事が出来なかった。


 それを確定付けたのは、大賢者が念のためにと行った、王家の血筋の捜査。

 それは魔装機人(アメリアル)核心(コア)捜査ほど広範囲で確実性の高いものではなかったが、彼等の立場上、それをやらないという訳にはどうしてもいかなかった。

 もしその時、反応がなければ彼等は素直に諦める事が出来ただろう。

 だが、天は彼等を見放した。


 反応は、予想に反して意外と近くで見つかった。

 それも驚いた事に、とても強い反応として。


 彼等は()いた。

 例え予想外の生存者だったとしても、その命には非常に大きな価値がある。

 英雄王の血にも匹敵するその強い反応は、少なくとも彼等の世界にとっては至宝とも呼べるぐらいにとても価値あるものだった。


 先に助け出された生存者と共に北へと向かっていった者達を見届けてから数日後。

 彼等はもう一人の生存者がいる場所へとゆっくりと近付いていった。


 七人いる大賢者のうち、今回の救出部隊に同行したのは五人。

 この先短い老いた身、長く生きている者から順に選ばれた彼等のうち、最も若かった者を先行して帰還する者達に入れたので、四人の賢者がそこにはいた。


 十五人いる精鋭騎士のうち、この救出部隊に参加したのは五人。

 序列の順に低い方から選ばれた彼等のうち、二番目に序列が高かった者を帰還部隊の指揮を任せ、残りの四人はまだ見ぬ王家の血筋を引く者がいる場所へと向かった。


 四人の賢者と四人の精鋭騎士が乗る、最新型の特注魔装機人(アメリアル)が四体。

 その傘下に八体の最新型の量産機である魔装機人(アメリアル)が列を成して、川底をゆっくりと静かに歩いて行く。


 長い行軍。

 合計十二体の魔装機人(アメリアル)のうち戦闘用は八体であり、残りの四体は補給と衛生および簡易修理を目的とした魔装機人(アメリアル)だった。

 事前に聞いていた情報と生存者がほぼゼロであった現実に恐怖し、慎重を期すために彼等は川の底から極力出る事はなかった。

 そのため、疲労は既に極限まで達しており、余裕もまるでない。


 だが、例え彼等が万全な状態だったとしても、彼等はそれを予期する事など出来なかっただろう。


 ようやく、目的のすぐ近くまで辿り着いた時。

 リゼルグ侯爵家のすぐ横を流れている川の底で足を止め、まず先に休憩を取って鋭気を養おうとした、その瞬間。


 彼等は――禍々しい闇紫色の光の奔流によって粉々に破壊し尽くされ、淡い水色の光の奔流によって跡形もなく消し飛ばされた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 その報告を聞いた南東のオーバージュ国の国王は、長き同盟の終わりを予感したという。


 イーゼル国への侵略を提言していた南のウズキア国の大臣達は、己の判断が間違いではなかった事を確信した。


 敗戦色濃くもはや降伏勧告を受理せざるをえない状況まで追い詰められていた南西のクリルタリア国は、神の啓示を聞いたという。


 バリク国を滅ぼした東のアーザント国は更にその勢いを増した。


 西のレレリル国では、かつて断られた政略結婚の話を、今度は本気になって取り組む事にしたという。


 それを聞いたイーゼル国の国王は卒倒し、若くしてこの世を去った。


「ふーん。それでー?」

「……まぁ、ナニアならそういう反応を示すと思ってたわ」


 ここで起きた事と、これからの事を目の前の猫耳少女に伝えたククリカは、変わらぬ同僚の姿を見て心底諦めた様に大きな溜息を吐いた。


「とりあえず、暫くは前以上に屋敷が慌ただしくなる事だけは覚悟してちょうだい」

「はーい」


 本当は屋敷どころか町中国中がとんでもない事になる訳なのだが、ほとんど外の事など気にしていない家猫タイプのナニアには言っても仕方のない事だろう。


「はぁ……なんでこんな大変な時期に……」


 今歩いている場所から見える壮絶な景色を横目に、ククリカはその廊下の壁際を慎重な足取りで歩いて行った。

 半分近くまで削られた、怖ろしく危険な場所となっていた断崖絶壁の(ヽヽヽヽヽ)屋敷の廊下を。


忘れかけていたあの設定を、ちょっと引っ張ってきました。

そしたら、なんか肥大化した……


まぁただのおまけ話なので、あまり気にしないで下さい。

あっちに繋げる予定はないので。

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