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我11歳 ゼイオンの鼓動

本当にそれで生きていられるのかは自信はありません。

だから、この物語はフィクションであり……うんぬんかんぬん

 アウグエル地方中原北部に一時の平和が訪れてから、約一年。

 時代は、より過酷な大戦国時代へと突入する。








 西の大国レレリルへと迎え入れられた魔人。

 彼の者の存在は、レレリルを狂信へと走らせた。


 停戦条約を締結したばかりのベルタユス国への侵攻。

 保有する奴隷国の完全制圧。

 同盟国との一方的な同盟破棄。

 そして、魔境の地への大遠征。


 すべては魔人が望んだ事として、それまで賢王として広く民に知られていたレレリル国国王ムーラブートは、内にずっと秘めていた本性をさらけ出し、暴政の限りを尽くし始めた。

 賢王の存在が歯止めをかけていた貴族達の欲望も、時を同じくして暴走を開始する。

 その時より、魔人は魔王と呼ばれる事となった。


 ただ――。

 己の欲を満たすためだけに動き始めた彼らは、その行動のほとんどは実を結ぶ事はなかった。

 実を結んだのは、世界各地より美女を買い漁り、かつてのイーゼル国の貴族達の様に、己の周りを女で囲む事のみ。

 側室を持たない事が美徳とされてきたレレリル国貴族の風習は、半年と経たず国民達の認識から完全に消え去った。

 同時に信頼も消え去る。


 急激な増税と相次ぐ徴兵、私的な事にのみ費やされていく無駄な浪費。

 国民の頭に血が上るのが異常に早かった事に、その時はまだ誰も気がつかない。


 半年と経たず、各地で多くの暴動が起こった。

 しかしそれを鎮圧する事の出来る兵士達は皆戦争に駆り出されていたため、その収集はすべて各地の貴族達の私兵によって任される事になる。

 野心を全開にした貴族達は権限を得た事で暴徒と化した民をまるで虫けらの様に殺し、捕らえ、弄んだ。

 その先に、幾つもの欲を見ながら。

 まるでゲームの様に。

 話し合いによる解決、鎮圧するだけの私兵を持っていなかった貴族達は、民によって殺されるか、周囲の貴族達によって謀殺された。

 それでもまだ、謀反だけは起こさない。

 国に敵対した瞬間、魔王が地獄の炎で何もかもを焼き尽くすだろうという噂を信じていたために。

 ライン砦での兇行は、すでに大陸中へと知れ渡っていた。


 国の内部が慌ただしくなっている頃、元同盟国の侵攻を受けていた南西の地は熾烈を極めていた。

 お互いが侵攻を繰り返す毎日。

 元同盟国であった国々は魔王国レレリルを恐れ、結束して連合を組みレレリルに牙を向いた。

 それに対し、侵略の意志を固めたレレリル国国王ムーラブートは、徹底抗戦と侵略戦争を将軍達に指示する。

 総大将には、若き英雄ともてはやされていたラインハルト将軍が抜擢された。

 それがまた問題を加速させる。


 ラインハルト将軍は有能すぎた。

 しかし国に忠誠を誓っていたため、王の命令に背く事なく全力でその手腕を発揮し続けた。


 それが並の将であれば、戦場の女神は連合国に微笑む事を躊躇しなかっただろう。

 兵数、物資、士気、連携、どれをとっても連合国の方が圧倒的だった。

 だがラインハルト将軍は己の知謀を遺憾なく発揮し、全ての戦場で味方が有利な状況を作り続け、攻防退却の命令を絶妙なタイミングで指示し、戦線を維持し続けた。

 また、自らが率いる精鋭部隊だけは士気、連携ともに高く、あらゆる戦場に駆けつけ猛威を振るった。

 僅か数ヶ月で、レレリル国の最高戦力と呼ばれる様になる程に。


 いつまでも一進一退を続ける戦場に、兵士と物資だけが次々と失われていく。

 損害は連合国の方が大きかったが、消耗はレレリル国の方が大きかった。


 東の地では、開戦して暫くはベルタユス国の厚い防御に阻まれて、攻め込む事が出来ないでいた。

 数十年に渡って鉄壁を誇ってきた南側のガイオス峡谷砦を今もまた攻め落とす事が出来ないのは仕方のない事ではあったが、北側の領都ロンドクルフをベルタユス国に奪われてしまった事は非常に痛手だった。

 リゼルグ王はその地から都としての機能をすべて取り払い、戦場となるその地から民をすべて安全な地ギレンへと移住させ、領都ロンドクルフを要塞化してしまう。

 僅か半月。

 停戦条約締結から破棄に至ったまでのその短い期間に、領都ロンドクルフはロンドクルフ要塞へと変貌を遂げていた。

 少なくとも、彼の地を攻めているレレリル国兵士の目にはそう見えていた。


 実際には、リゼルグ王はレレリル国兵士から見える正面にのみ要塞壁を造り上げただけである。

 住民の移住も、要塞壁より内側の町並みの撤去も、まだほとんど終わっていない。

 しかしリゼルグ王は徹底した情報の隠蔽と、敵国兵士に紛れ込ませた工作員による流言によって、それを現実として認識させた。

 攻めて側のみ消耗していくばかりの膠着状態は、それから暫く続く。

 東の大国へと仕掛けた謀略の種が芽吹くまで。

 ベルタユスは、攻勢のタイミングを見計らいつつ国内の安定に力を注ぎ続ける。


 西にあった多数の奴隷国へと一方的に攻め込み、圧倒的な兵力で制圧したレレリル国のその判断は、当然ながら間違っていた。

 国としては豊かになる訳なのだが、その先にあった大国エルナーカを大いに刺激する形となり、それまで非戦争を掲げていたエルナーカ国は、その穏和な姿勢を“戦争もやむなし”として覆えす。

 結果、当初想定していた奴隷国制圧にのみ終わる筈の西の地でも大規模な戦争が起こる事となった。


 大国エルナーカは手順を守り、宣戦布告から開戦日時、場所までを指定し、十分に余裕を持った姿勢で戦争を開始する。

 対して、レレリル国は東と南でも同規模の戦争を繰り広げていたため、その十分に余裕を取られた対応でも、必要とするものすべてを西の地へと集結する事が出来なかった。

 その中には、優秀な参謀も含まれる。

 西の地は、瞬く間に制圧されていった。


 そして、北の地への大遠征を命じられた、最も不幸なる者達。

 数ヶ月後、全滅の報告だけが国王の元に届けられた。


 こうして、魔王国レレリルはただ一人の子供を受け入れた事で、たった一年足らずでその短くも長い73年という歴史に幕を閉じる。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ここは、レレリル国の首都ルズベルグより少しだけ南東に進んだ地、不毛の地ゲルド。

 大軍が広く展開するには適した土地ではあるが、大軍を相手にするには適さない土地。

 あれから約2年の月日が流れた。

 圧倒的な数を目の前にして困った顔を浮かべるのは2年ぶり。

 あの時と状況はよく似ている。

 だが決定的に違うものが幾つもあった。


「久しいな、イグニスよ。いや、今では魔王イグニスか」

「ああ、そうだな親父。いや、もうリゼルグ王と呼ぶべきか」


 一つは、かつて我のすぐ隣にいた老将は、今では敵側の将のすぐ隣にいる。

 鬼哭のローグフリード。

 その強面が、恐ろしいほどの鬼面となって我へと殺意をぶつけている。


「何をしにきた?」

「勿論、用済みとなった貴様の首を獲りに来た」

「獲れるのか?」


 瞬間、首筋を襲ってきた針を燃やし溶かす。

 透き通った糸に繋がれた、見えない針。

 弧を描いて宙を迸った炎の先は、リゼルグの後側。

 妖艶さを従えた魔女がそこにはいた。


「名は?」

「人形士オルト」


 そう名乗った魔女のすぐ隣には、どこかで見た事のある少女がいた。

 約1年前、屋敷の中で俺を襲ってきたのは、恐らくそっちか。


「少しは出来る様になったか。無駄に遊んでいた訳ではない様だな」

「だからといって、我が何をした訳でもない。この国の行く末に、我は何も関していない」

「だろうな。貴様ごときに国は動かせまい」


 宙に浮き、地面下からの奇襲を回避する。

 地中から襲ってきた者達は、同じ顔をしていた。


「怖いものだ。龍将双牙の龍とは、地龍の類だったのか」

「その分だと、相変わらずに情報収集すらしていないのだな。調べればすぐに知れように」

「こっちでも隔離されていたからな」

「申し訳ありません。仕留め損ないました」

「申し訳ありません。仕留め損ないました」

「よい。あっさりと片付いてしまっても面白くないだけだ」

「余裕だな?」

「余裕なのだよ。実際に」


 今度は空からの急襲。

 いったいどれだけの高度から落下してきたのか、躱した先の地面にその者が着地した時、盛大な音と衝撃が世界を襲う。

 一見しただけで分かる、我の中のイメージ通りの姿。

 これが噂に聞く竜騎将か。

 その者の姿は紫色の鎧で包まれていた。


「チッ、化け物が」

「あれだけの速度で地面に激突したのに、五体満足な貴殿も十分に化け物だと我は思うがな。しかし……」


 改めて、この場にいる面子の姿を確認する。


 最前列の右にいるのは、三刃将、鬼哭のローグフリード。

 最前列の左にいるのは、三刃将、斬殺ウルトシュタイケン。


 その少し後ろ右側、やや離れた位置にいるのは、人形士オルト。

 隣には、同じく人形士アルト。

 左側には、龍将双牙ゼウアスとアウゼスの双子の兄弟か。

 そして空には巨大な竜に乗った、竜騎将アルテリオン。


 やや離れて、地水火風の四属性を体現した様な騎士が四人並んでいた。

 恐らくはあれが四槍騎士なのだろう。


 ならば残る一人、三刃将の一角、幻影のテオドートというのは何処にいるのだろうか?

 気配を探ってもまるで見つからない。


「まさか、主たる将の全てをこの場に集めたのか?」

「なに、たまには愚策も使っておかぬと警戒されすぎるからな。成功も失敗も正しく積み上げておかねば、誰も油断してくれぬのだよ」


 そのタイミングで再度奇襲が入る。

 心臓を貫かれる様な錯覚。

 直感に従って現在位置をずらしてみると、一刹那後、それまで我の身があった場所が四方八方からやってきた透明な針の様なものによって刺し貫かれる。

 それは全て我の心臓のあった場所を正確に通り過ぎていった。


 試しにその針の一つを炎で遮って焼いてみるが、針は溶け落ちない。

 一度目と同じ対処方法を選んでいれば、間違いなく我は死んでいた事だろう。


「幻影のテオドート……いや、もう一人いるな?」


 リゼルグから最も近い位置に、ローブを羽織った老人が現れる。

 彼はテオドートではない。

 もっと別次元の強さを持った何かだった。


「姿を見せるのは久しぶりだな。忍びの賢者アーカーシャ」

「――幻影殿との技を躱されたのは久方ぶりのこと故に」


 言って、老人の姿は再び掻き消えた。

 探しても見つける事が出来ない。

 捜索系、探知系の法術から逃れる術を持ち合わせているという事か。

 厄介な。


「これで終わりか?」

「まだ始まってもおらぬよ。焦るな、小僧」

「焦っているのはどっちかな」


 軽口を言ってみるが、誰も動揺しなかった。

 本心からそう思っているのか。

 ならばここにいる誰もが我の命を獲れると確信している。

 リゼルグ王と十三人の円卓の騎士といったところか。

 14対1の戦い。

 盤面の上だとまるで勝負にならない圧倒的な戦力差。

 遠くで控えている兵士達を含めれば、ライン砦の時以上の戦力差になるが、そちらは無視しておく。

 雑魚を気にしている余裕はない。


「王、あまり時間をかけては」


 という風に意識をそらした瞬間にまた奇襲。

 見えていた双子が、瞬間的な移動から繰り出した左右一対の刃。 

 それが双子自身の互いの胸を貫き致命傷を与える。

 ()なして穂先を誘導した。


「いつまでも遊んでいるつもりはない」


 が、その双子の姿が掻き消える。

 幻影だ。

 ()なした刃に手応えはあっても、左右に突然現れた双子からは気配を感じなかった。

 それでも対処しなければ、確実に我の心臓は貫かれていただろう。


「遊んでいるばかりならば、こっちからいくぞ」


 我は宣言する。

 両手に炎をまとい、眼前の敵を焼き払う。


「子供だな、魔王」

「無駄に語る口を持たぬだけだ。貴様と違ってな」


 冷気の壁が炎を防ぐ。

 水蒸気が立ち上り、周囲が一瞬にして霧に包まれていく。


「11年前だったか。あの頃はまだこの未来を俺は想像出来なかった」

「我を拾った時の事を悔いているのか?」

「ジルには酷な事をしたものだ」

「!?」


 謀略の王へと狙いを定めて飛翔する。

 その前に躍り出るのは鬼哭の老将。


降臨(こうりん)せよ、【()(あつ)騎士(ナイト)()()(たて)となり、御敵(おんてき)より我等(われら)守護(しゅご)したまえ」


 絶対防御を思わせる巨大な盾が現れ、我の前進を阻む。

 その盾を手に持つのは、同じく巨大な戦士の姿をした何か。

 初めて見る。

 これが召喚法術か。


『我、久遠より来たりて降臨せり。我、汝等が盾となりて、全ての攻撃を防ぐ者也』


 巨人が雄々しく語る。

 身の丈は老将の約3倍。

 全身を銀色に煌めかせた重装の鎧騎士が、我の眼前を阻む。


「堅いな」


 炎をまとった足で蹴るも、強固な盾を砕けない。

 僅かに後退(あとずさ)ったのみ。

 その我の背後を、斬殺の名を持つ赤き者が強襲する。

 一切の殺気を隠す事なく、狂喜を伴って鋭く閃いた血に濡れた刃。

 速くはない攻撃。


 ()なす。

 と対応を決めた瞬間、背筋にゾクッという悪寒が走り、咄嗟にその直感に突き動かされるように回避する。

 残像としてその場に残した炎の魔人が真っ二つに斬られる。

 同時に、その先にいた屈強な鎧を身に付けた巨人もが真っ二つに斬られた。

 あれを斬るのか。


 遅れて、我の胸元から血が飛沫く。

 見ると、胸が薄く斬られていた。


「はっはー。惜しいねぇ」


 炎の魔人である我へと自ら突っ込む事となった斬殺の名を持つ青年が、全身を燃やされながら凶悪な笑みを浮かべて言う。

 その炎が一瞬にして消え去る。


「同じ赤い者同士、坊ちゃんとは仲良く出来ると思ってたんだけどねぇ」

「初対面なのに喜んで殺し合いをする者とは、気が合いそうにないな」

「殺し合う仲ってヤツさぁ」


 大鎌を振り上げた死に神が言う。

 今度は完全に回避する。

 するとすぐにまた別の攻撃が迫ってくる。

 全方位からの、数千本にも及ぶ針の猛襲。

 回避する先を先読みしての必殺。


真理より(ム・ラーン)先にあるは(ライ・ア)……」


 くそっ!

 詠唱が全然間に合わない!

 以下省略!


煉獄の多重羅焼門フレイム・ゲート・エグゾダス!」


 数を6つに絞り、サイコロ宜しく自らの身を炎の門で守り、その攻撃を防ぐ。

 が、数千本の針全てを焼き尽くした瞬間、動きを止めていた我に上空より竜騎将の神速攻撃が襲いかかり、この身を斬り裂く。

 逃げ遅れた右腕の二の腕から先が飛ぶ。

 恐ろしいほどの痛みが脳の思考を埋める。


「うあぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!」


 片腕となった我の喉から漏れ出た叫びが大気を震わせる。

 視界が血で赤く染まる。

 怒りで魔力が暴走し始める。

 全方位に向けて、すべてを焼き尽くす地獄の業火を解き放つ。

 ――その瞬間。


 世界が凍り付いた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「お見事です、王」

(お見事だね)

「ふん、俺は何もしていない。俺の手を汚すまでもなかったというだけだ」

「いやー、アーカーシャの永久凍獄って初めて見るけど、ほんとすごいさねぇ。あれだけの炎を一瞬で凍らせるかねぇ」

「造作なき事。ただ暴れるだけの魔力、儂には恐るるに足らず」

「綺麗な氷ね」

「氷、綺麗。中にいる人は、嫌い」

「出来れば私の一撃で決めておきたかったのですが。アーカーシャ殿の手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「俺達の出番、もう少し欲しかったな、ゼウアス」

「そうだな、アウゼス。物足りないな」

「風も操らずに空を飛び続けるだけでも驚異の力、その力の使い方を知らなかったうちに討てたのは世界にとって幸いでしたでしょう」

(ほんと、力の使い方を全然知らないよねぇ)

「道を踏み外さねば、我等の同志になりえたかもしれぬのに。残念ですな」

(おきな)はあれを間近で一度見てるんだよねぇ。やっぱ、凄かったさね?」

「戦略級の切り札としてなら、十分に使えたでしょうな」

「だが、前に出ては使えぬ駒か。抑止力にしか使えない駒は我等が王の軍にはいらないな」

「味方ごと燃やされてもねぇ。白翁軍じゃなければ耐えきれないわよ」

「儂もあれのお守りする気はないの」

「ここの処理は任せる。俺は休ませて貰おう」

「は。お任せ下さい、王」

「了解さねぇ」

「……」

「叔父さん、かくれんぼ楽しい?」

「おや。そんな所にいたのかい、幻影の」

「いたのか、幻影の。気付かなかったよ、アウゼス」

「いたんだな、幻影の。ああ、気がつかなかったな、ゼウアス」

「お嬢ちゃん、裏の幻影を見つけるなんて、将来が楽しみさねぇ。俺のお嫁さんにならないさかねぇ?」

「……ロリコン?」

「あら、ロリコン?」

「ロリコンだ、ゼウアス」

「ロリコンだ、アウゼス」

「主にその様な性癖があったとは」

「酷い言われようだねぇ。見た目がこんなでも、もう男を受け入れられる年齢だって聞いてたんだけどねぇ」

「見た目で選んだ時点で、確定だ」

「そう言うアルテも、実はこの()の事をずっと狙っていたの、私はかなり前から知ってるんだけど?」

「お?」

「え?」

「なっ!?」

「ダメ。私の身体はリゼルグ様のもの。叔父さん達にはあげない」

「ああ……もう売約済なのねぇ。相変わらず、我等が王はお手つきが早いさねぇ」

「まぁ、もともと王様のものだからねぇ、この()は」

「……」

「アルテリオン、そう落ち込むな。若い娘が欲しいなら、何人か見繕ってやる」

「!?」

(おきな)、俺も俺も!」

「貴様はすぐに殺すからダメだ。自分で捕らえろ」

「だって必死になって泣き叫ぶ声を聞いていると、ついさねぇ。ゾクゾクしてしまうさねぇ」

「狂人が」

「褒め言葉さねぇ」

「時に翁殿。此度の戦の後、引退するとは本当の事ですか?」

「ああ、私もちょっと気になってた事ね。それ、本当なの?」

「うむ」

「お爺ちゃん、死ぬの?」

「介錯は俺がするさね」

「いや、このアウゼスが」

「いや、このゼウアスが」

「――主ら、私にそうまでして死んで欲しいのか?」

「ほっほっほ。儂より先に逝くのは許さぬぞ、フリード坊や」

「フリード坊やって……アーカーシャ老はいったい何歳なんだい?」

「さて、何歳じゃったかのぉ」

「少なくとも、私が軍に入った時には既にそのお姿でしたな。いや、懐かしい」

「あの頃は私も若かった」

「いや、姿が変わってない時点で若くないのでは……」

「しかし」

「どうした、幻影の」

「あれ、裏の幻影のおっさんはどうしたさねぇ?」

「ああ、本当だな。またどこにいったのやら」

(先に殺したよ)

「で、なんだい? 幻影の」

「こうして皆が一堂に会するのは、初めての事かもしれぬな」

「そうだな」

「それは仕方ないな、ゼウアス。アルトは1年前に将となったばかりだからな」

「そうだな、アウゼス。だがアルトがいない時も、我等が一堂に会する事はなかったぞ」

「それほどの相手と想定していた、という事でしょう」

「だが、ほとんど一瞬で決まってしまったさねぇ」

「あっけなかったわよねぇ」

(そうだねぇ)

「アーカーシャ殿の法術がなければ、もう少しぐらいは時間が掛かったかもしれぬな」

「我等には法術士が少ないですからね」

「見事に肉体派が揃ってるさねぇ」

「あら、私は技巧派のつもりだけど? アルトもね」

「なかなか優れた法術士というのは見つからぬな。そう考えると、あの子供は惜しい事をした」

「意外と発明家でもあったんだって?」

「ああ、例のソロバンというやつだな」

「と、アラビア数字ね」

「あれ、結局どうなったさねぇ?」

「どうも、ギレンに潜んでいたレレリルの間者に技術を盗まれ、この国で瞬く間に広まったそうだな。領都ロンドクルフの地を制圧した際に捕らえたその間者の商人を詳しく調べたら、随分と儲けたとか。魔人様々と言っておったわ」

「その商人は?」

「財産だけ没収して、放り出したわ。そのうち我が国でも広めてくれよう」

「となると、ますます惜しい事をしたさねぇ。うちも財政火の車だからねぇ」

「却って燃やされかねんぞ?」

「とても政治に向いてるとは思えない坊やらしいからね。女人ならまだ良かったんだけどねぇ」

「その点、姫君二人はなかなかの才女ぶりだそうですな」

「……」

「アルテ、手を出しちゃダメよ?」

「!?」

「じゃ、俺が貰うさね」

「もっとダメだろ、アウゼス」

「そうだな。ダメだな、ゼウアス」

「いっそ我等兄弟が娶るというのも良いかもしれないな、アウゼス」

「ああ、そういう考えはなかったな。2対2で丁度良いかもしれないな、ゼウアス」

「早速、王にお願いするか、アウゼス」

「娘を下さいとお願いしようか、ゼウアス」

「きっと殺されるさね、アルテリオン」

「そうだな、ウルトシュタイケン。きっと殺されるな」

「ゼウアス、もしや真似されたのか?」

「もしかしなくてもそうなのだろうな、アウゼス」

「あんたらまとめて死にな、ロリコンども」

「ロリコン、万歳」

(幼女万歳)

「ローグフリード殿、我等ももう少し若ければ」

「一緒にするな、幻影の」

「アーカーシャ老も何か言ってやりなよ、この馬鹿どもに」

「この馬鹿どもにー」

「……」

「アーカーシャ殿?」

「……」

「アーカーシャ、どうしたさね?」

「賢者殿?」

「アーカーシャ殿!?」

「これは……」

「まさか!?」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ああ……我は、死んだのか


(いや、まだ死んでないよ?)


 だが、身体が動かない。

 手が動かない。

 足が動かない。

 何もかもが動かすことが出来ない。


(まぁ、そうだね)


 さっきから幻聴も聞こえる。

 我は死んだのか。

 呆気なく、簡単に。


(うん、そうだね。呆気なかったね)


 誰だ。

 この声はどこから聞こえる。

 奴等の誰かが話しかけているのか?


(いいや、誰でもないよ。僕は君自身だよ)


 我、自身?


(そうそう、君自身。君の中にある、僕自身)


 御前は、誰だ。


(僕? 僕はイグニスだよ)


 それは我の名前だ。

 御前じゃない。


(いいや、違うよ。君はイグニスじゃない。他の誰かだ)


 我の名だ。

 我はイグニス・ゲシュペンスト・シラーズ・レレリル。

 かつて炎の魔人イグニスと呼ばれた者。

 今は魔王の一人。

 魔王イグニスなり。


(そう思いたいなら、別に構わないよ。どうせ君にはもう何も出来ないのだから)


 ……どういう事だ?


(ようやく、表に出る事が出来たんだよね。苦節、11年か)


 11年?


(ん、そうだよ。といっても、最初は自我なんてなかったから、実際にはもう少し短いんだけどね)


 御前は、誰だ?


(僕? 僕はイグニスだよ。本当のね)


 11年前に死んだ、リゼルグの本当の息子?


(違う違う。そっちのイグニスじゃないよ。こっちのイグニス。この身体の持ち主)


 この身体の持ち主は、我だ。


(そうだね。今まではそうだったね)


 今まで?


(ああ、そうだ。今までだ)


 御前は、誰だ。


(だから、僕だよ。君という存在が乗っ取った、この身体の本来の持ち主)


 本来の持ち主?


(そう、本来の持ち主。今までずっと君にこの身体の全てを支配されていたから出てくる事が出来なかった、本当の僕)


 本当の、イグニス。


(君はもう、忘れてしまったんだろうね。生涯忘れる事はないと思っていた、僕の本当の母親の顔も含めて、綺麗さっぱりに忘れてしまったんだね)


 本当の母親の、顔?


(ああ、やっぱり忘れてるんだね。だから僕も思い出せない)


 思い、出せない……。


(まぁ、今はそんな事はどうでもいいね)


 本当の母親なのに?


(ああ、どうでもいい。本当に心の底から愛していた人を失ってしまった今ではね)


 心の底から母親を愛していた?


(違うよ。僕が愛していた人は、11年前じゃなくて1年前に死んでしまった)


 1年前に……死んだ?

 誰か、死んだのか?


(うん、やっぱり君は覚えてないのか。だから、魔王なんてやっていられるんだね)


 我は、魔王?


(疑問系になっちゃうんだ。さっきまで自分の事を自信満々に魔王って言ってたのに)


 分からない。

 我は、誰だ。

 何をしている。


(君は、もう何も出来ないよ)


 何故だ?


(だって、君の身体は僕が完全に支配しちゃったから)


 我の身体を?

 どういう事だ?


(僕はね、11年間ずっと君の中で君と共にあったんだ。ただ、身体の支配権は君にあったし、僕はそれをどうする事も出来なかった。ただずっと、君の感じた全てをずっと感じていただけ。思考だけは別だったけど)


 我と一緒にいた?

 ずっと?


(そう、ずっと。でも君は僕の事は知らなかった。だけど僕は君の事はずっと知ってた。何でかというと、ずっとずっと自由にならない身体を動かされ、感じ、聞き、見続けていたから。感覚は共有しているけど、ずっと何も出来ないという長い現実だけがあった。だからすぐに気がついたよ。僕は君とは別人なんだって)


 二重人格?


(そういうのとも違うかな。二つの魂が一つの身体を共有していた、だけど一方の魂はずっと身体の支配権は持つ事が出来なかった。そんな感じ。今の今までね)


 なら、どうして今になって支配権を持つ事が出来た?


(そりゃ、頑張ったからね。愛する者を失って、もうこれ以上そんな悲しい思いはしたくないと思ったから)


 誰が死んだ?

 誰を、御前は愛していた?


(君は、ディードリットという女性の事が好きだったんだよね。うん、彼女は可愛かった。でも、すぐに暴力を振るってくる彼女に、僕は逆に嫌いだったんだよ。だって、僕には彼女と自由に話す事も触れ合う事も出来ないのに、酷い痛みばかり与えてくるから。虐待だよ。だから嫌いになった)


 ディードリット……。

 我が愛した女性。

 初めて関係を結んだ、人生最高のパートナー。


(言うほどの存在じゃないよ、彼女は。だって君、あの日以降ずっと彼女()の事でトラウマを抱えて忘れていたじゃない。すぐに結婚した別の()に夢中になって、その身体に暴虐の限りを尽くしたじゃない。毎日だったよね。ほとんどいつでもどこでもだったよね。鞭とか縄とかも使ってたよね。ほんと、凄かった。傷心していた僕も我に返らされるぐらいに)


 忘れていた?

 我が、彼女を?


(ああ、やっぱり。自分の妻の事じゃなくて、君は彼女の方に意識を傾けるんだね。可哀想だなぁ、あの娘。本当、何のための結婚だったんだか)


 どうでもいい。


(まぁ、そうだろうね。会った事もない、愛してもいない女の子だったからね。可愛かったけど)


 それより、死んだのは誰だ?

 御前はどうして、表に出る事が出来た?


(まだ思い出さないんだ。ほんと、白状だよね。君の事をあんなに愛してくれていたのに)


 分からない。

 思い出せない。


(もう意識がなくなってきたか。まぁあれだけ血を流せば普通か。氷付けにもされたし)


 我は、死ぬのか?

 我は、消えるのか?


(さぁ? そんな事、僕には分からないよ。でもたぶん、僕が生きている限りは、その意識を保っている事は出来るんじゃないかな? 僕がそうだった様に)


 我の身体を奪って、御前は何を望む?


(奪った訳じゃないんだけどねぇ。取り戻したと言ってよ)


 あれは、我の身体だ。

 それ以外の誰の者でもない。


(思うのは自由だよ。でも、もうすぐ君は僕とこうして話す事も出来なくなってしまう)


 嫌だ。


(ごねてもダメだよ。そういうルールみたいだから)


 そんなルール、認めない。


(好きにすればいい。認めたくないなら認めなくてもいい。だけど現実は残酷だ。どれだけ僕が彼女の事を愛していたとしても、僕には何も出来なかった)


 彼女とは、誰だ。

 死んだのは、誰だ。

 我という存在は、何だ。


(それじゃあね、元魔王君。君が拒んで、あのハイエルフの少女が殺してしまった僕の愛しき人の分まで、僕はこれから精一杯に頑張って生きる事にするよ。バイバイ)


 我は、魔王。

 魔王イグニスなり。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 氷の彫像と化した老賢者の身体が、パキンと鳴って崩れ落ちる。

 そして地面に倒れ、砕け散る。


「アハハハハハハハハハ! これで二人目だよ! なんとも呆気ないものだね!」

「なに!?」

「貴様!?」

「ああ、驚いている暇があったら、僕を殺すために動いた方が良いんじゃないかな? なんたって、僕は魔王なんだよ? 最強なんだよ? 強いんだよ? 君達の力じゃ、連携して頑張っても倒せる事なんて出来ない至高の存在なんだよ?」


 少年が高笑いしながら氷の中で笑い叫ぶ異様な光景。

 片腕を失い、血が飛沫いた状態で氷付けにされた存在が、そのままの姿で声だけを外にいる者達へと伝える。

 一閃。

 斬殺のウルトシュタイケンが大鎌を振り切り氷を斬り裂いた時、しかしその少年の姿は氷の中から消え去っていた。


 代わりに地獄の業火だけが思い出した様に今斬ったばかりの切断面から溢れ出し、氷を瞬時にして溶かしていく。

 瞬く間にして氷は跡形もなく溶け消え、その水蒸気によって霧が発生し、辺り一面を覆い尽くす。


「四槍騎士! 霧を吹き飛ばせ! 奴を探せ!」

「もう遅いよ」


 少し離れた場所でその戦場に結界を張っていた4人の騎士達が、一斉に命を奪われた。

 自然四属性の一つ、【火】の騎士は身を包んだ水によって圧死する。

 自然四属性の一つ、【風】の騎士は大地より突き出た土槍によって刺殺される。

 自然四属性の一つ、【水】の騎士は炎によって全身を焼かれ消し炭となる。

 自然四属性の一つ、【地】の騎士は風の刃に全身を細切れにされ絶命した。

 僅か一瞬の出来事。

 彼らは自らの身に何が起こったかを理解する前に、ほぼ同時に命を失った。


「四属性法術による、同時攻撃だと!? 馬鹿な!?」

「いやいや、別に大した事じゃないよ? 僕ってほら、魔法と聖術の両方を同時に使えるじゃない。だから、それぞれ二つずつ同時に使っただけだよ。【火】と【風】の魔法と、【水】と【地】の聖術をね。理論的に考えても、別にそこまで難しい事じゃないだろう?」

「十分化け物の領域さねぇ。魔法と聖術の両方を使うのだって、まずかなり難しい事さねぇ。それを無詠唱で二重発動×2って、アーカーシャでも無理じゃないさねぇ?」

「アハハハハハハハ! そうなんだ! やっぱり僕って本当に凄いんだねぇ!」


 刹那、少年のいた空間が暗黒色に歪み、爆ぜる。


「まだ生きてたんだね、お爺さん」

「化け物、が……」


 首から下の全てが砕け散り、顔だけになった老人が凍ったまま呟く。


「アーカーシャ殿!?」

「残念。力不足だよお爺さん。アハハハハハハ!」


 少年が額から血を流しながら言う。


「でも凄いよ、お爺さん! そんな姿になってもまだ生きているんだね! いったいどうやってるの? ねぇ、教えてよ」

「……」

「ああ、もう喋る力も残ってないのかな。じゃ、いいや。今度こそ死んじゃって。殺してあげる。えっと確か……クレナイにソマルはユメのカタチにて……」

「させないよ!」

「ああ、面倒だな。以下省略っと。巨炎王踏踏フレイム・タイタン・フィート


 人形士オルトの攻撃は間に合わず。

 鬼哭のローグフリードの防御も間に合わず。

 人の胴の太さもある炎の足が中空より現れ、一瞬にして忍びの賢者アーカーシャの頭部を踏みつけ壊し溶かした。


「アーカーシャ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 鬼哭のローグフリードが絶叫する。


「で、お姉さんの攻撃だけど」

「死ね、化け物!」

「この中じゃ、お姉さんの攻撃が一番僕との相性が悪いんだよねぇ」

「なっ!?」


 人形士オルトの眼前へと一瞬で移動した少年が言葉を続ける。


「全方位攻撃? でも別に全方位を防御しなくても良いんだよね。こうして一点突破してしまえばいいんだから。針の穴を通る様に」


 驚愕する人形士オルト。

 しかしその口元に僅かな笑みが浮かびあがる。

 次の瞬間、その身体が地面から生えた二本の槍によって串刺しにされた。


「なん、で……」


 正確に心臓を左右下から貫かれた人形士オルトが最後の言葉を零し、絶命する。

 その槍の先を握っていたのは、同じ顔を持つ双子の青年。


「何故だ、ゼウアス。俺達の攻撃は正確無比だった筈だ」

「分からない、アウゼス。理解不能な状況が起きている」


 驚愕する双子。


「アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハ! ちょっと認識をずらしただけで、こうも簡単に騙されてくれるんだね、君達は! 欠陥だらけの攻撃だよ、アハハハハハハハ! は?」


 しかし笑う少年は、ようやく自らの右足がない事に気がついた。

 ゆっくりと振り返り、己の足が残っている元いた場所を見る。

 右足は、世界に縫い付けられたまま、空にぶら下がっていた。


「あれ?」


 想定していた現実と本来の現実との齟齬(そご)に首を傾げる少年。

 その身が、天空より高速で落ちてきた者によって、再び傷つけられる。


 轟音が鳴り響く。


()っとぅあ」


 言葉を最後まで正しく発音出来ないまま、空より飛来した竜騎将アルテリオンの身体が真っ二つに割れていく。

 同時に少年の削られた頬から僅かばかりの血が吹き出る。


「馬鹿だよね、君も。確かにそれ、当たれば必殺の攻撃だけど、自分の認識が追いつかない高速で繰り出してたら、回避も出来ないじゃん。だからこうして僕がちょっと身体をずらして風の刃を置いておくだけで自滅する。一撃必殺、だけど捨て身。二度も三度も見せる技じゃないよ?」


 自身が真っ二つにされ絶命した事に気付いた様子なく、真顔の顔が左右に分けれ大地に沈む。

 少年はその骸を炎で焼いた。

 ついでに心臓を仲間の手によって貫かれた人形士オルトの身も消し炭へと変える。


「それで、だ」


 僅か2秒の出来事。

 燃え盛る三つの固まりを何でもなかったかの様に忘れた少年が、その相手に向き直る。

 少年の右足を奪った少女。

 幼くして母を越えた、人形士アルトの方へと無邪気な瞳が向けられる。


「ひっ」


 目があった瞬間に人形士アルトは身の危険を感じ、一歩後ろに下がる。

 鬼哭のローグフリードも、幻影のテオドートも、斬殺のウルトシュタイケンも、龍将双牙ゼウアスとアウゼスも、まったく動く事が出来なかった。

 理解と認識が追いつかない。

 対応が間に合わない。

 その確実に約束された死を拒む(すべ)がまるで思い浮かばず、それでも動こうとしたのに身体が動かず、声も出せなくなる。


「ああ、ちょっとその女の子と話したいから、少しの間だけ空間を固定させて貰ったよ」


 五人の大人が戦慄する。

 一人の子供が恐怖し、両腕を振り上げる。

 攻撃するために。

 その両腕が、いつの間にか背後にいた少年の手によって捕まれ、攻撃を強制的に封じられる。


「っと。そのオモチャはちょっと危ないから、没収するよ」


 そう告げられた瞬間。


「!!?」


 人形士アルトの両手首が握りつぶされ、小さな手が炭へと変わった。


「あ、あ、あ……あああああああああああああああああああああああああっ!!」

「ああもう、五月蠅いな」


 人形士アルトの叫びが唐突に途切れる。

 少年が残っていた左腕で人形士アルトの口元を握り、無理矢理に絶叫を閉じさせる。


「君だね、さっき僕の右足を奪ったのは。痛いじゃないか。僕は治療があまり得意じゃないんだから、手足を千切られたら自分の力だけじゃ戻す事が出来なくなるんだよ」


 まるで幼い子供の言い聞かせるかの様に、人形士アルトの涙に濡れ始めた顔に少年は顔を近づけて言う。


「って、あれ? 君、もしかして屋敷にいた子? アルトお姉ちゃんだっけ? ああ、そうだ。見覚えあるよ。そうだったんだ、そうだったんだ。君は人形士アルトだったんだ。うーん、世間は狭いねぇ。まさか屋敷にいた女の子とこんな所で出会うなんて全然思ってなかったよ」


 確定している死に恐怖し、人形士アルトが股を濡らす。

 その股を、少年は無造作に掴みあげた。


「これも何かの縁だね。ちょっとあっちで僕といけないことしよっか? 結局、屋敷の子とは誰ともしなかったからねぇ。丁度いいや。うん、決めた。いけないことしよう」


 ゆっくりと浮上しながら少年は人形士アルトに提案する。

 拒否を許さない横暴な強制私刑。


「まずは邪魔な手と足をもぎ取って、次にその可愛い目をくりぬいて、でもちゃんと血止めはして。そして色々。うん、お空で遊ぶのってとても楽しそうだよね、アルトお姉ちゃん。だから、一緒にお姉ちゃんも楽しんでね?」


 そう言って空の彼方へと二人の姿が見えなくなった頃。

 五人に掛けられていた拘束が突然に消滅する。

 瞬間、超圧力で固定されていた空気が暴れ出し、至る所で燃えさかっていた炎が嵐によって消えていく。


「くそ! アルテリオンがいない今、奴を追う術はないか!」


 珍しく感情を表した幻影のテオドートが叫ぶ。


「何も出来なかった、アウゼス」

「助ける事が出来なかった、ゼウアス」

「あんのやろおおおおおお! 俺のアルトを玩具にしやがってええええ! 帰ってきたらぶっ殺す!」

「……」


 鬼哭のローグフリードだけが言葉を発さず、空を見ず、地上に残ったかつて仲間だった者達の成れの果てを瞳に映していた。

 その悔やむ顔が、一瞬怒りに染まった後、いつもの冷静な老将の顔へと戻る。


「申し訳ありません、王」


 鬼哭のローグフリードが膝を付き、頭を垂れる。


「俺がいない間に、してやられた様だな」


 愛馬の雷飛天に跨った謀略の鬼神リゼルグ王が配下の老将を見下ろしながら言う。

 そしてすぐに残像だけをその場に残して、忍びの賢者アーカーシャの燃えかすのあった場所へと瞬時に移動し、一秒の間のみ黙祷を捧げる。


「アーカーシャがいてこの(ざま)か。アスレイはいるか?」


 謀略の鬼神リゼルグ王の言葉に、誰も言葉は返さない。


「アスレイも討ち取られたか」

「まさか!? 裏の幻影も既に消されたというのか!?」

「……奴の言葉を信じるなら、最初に狩られた様だな。誰にも悟られる事なく。アーカーシャ殿すら気付かなかった様だ」

「そうか」


 幻影のテオドートの言葉に鬼哭のローグフリードが応え、謀略の鬼神リゼルグ王が短く言葉を返す。

 その間、龍将双牙の双子は地中へと姿を消し、斬殺のウルトシュタイケンは大鎌を空へと構え怒りに顔を赤く染めていた。


「右足を狩ったのは誰だ?」

「アルトです。ですが、彼女は先ほど魔王に空の彼方へと連れ去られ……今頃は陵辱の限りを尽くされ、程なくして息絶えるかと」

「ならば奴は今、利き腕と利き足を失った状態という訳か。それでもまだ、我等に勝機はあると思うか?」

「王が死力を尽くせば、あるいは」

「この俺の命を捨てろと?」


 鬼哭のローグフリードは一瞬言葉をのむ。


「それでも足りぬかと」

「俺のいない間にいったい何があった? 俺がいなくとも、あれの命を狩るのは貴様らだけで十分だっただろう? いくら虚をつかれたとはいえ、アーカーシャとアスレイの二人を失う相手ではなかった筈だ」

「そのお二方が一番最初に殺されました」

「どうやってだ? 俺ですらあの二人を殺す事は出来なかったというのに」

「圧倒的な力、としか。奴は突然に人が変わったように暴れはじめ……」

「アルト!」


 刹那、斬殺のウルトシュタイケンが叫んだ。

 遅れて、空から一つの肉塊が落下し、地面へと激突した。


「アルトぉぉぉぉぉぉぉ!」


 宣告通り、無残な姿へと成りはてた人形士アルトが、空洞となった瞳で空を見上げる。

 服は破かれ、全身は斬り刻まれて血に濡れ、顔は恐怖と絶望に歪み、四肢はなかった。

 かつて人だったものが……人とは別の肉塊に変貌した姿を瞳に納めて、斬殺のウルトシュタイケンが泣き叫ぶ。


 それも少しの間の事。

 十分にその成れの果てを見る時間が過ぎた後、その肉塊は突然に炎に包まれて消し炭へと変わる。


「ごちそうさま。美味しかったよ、アルトお姉ちゃん」


 まるで瞬間移動の様に忽然と姿を現し、ふわりと大地へと折り立つ裸の少年。

 その身を、地中に隠れていた龍将双牙が強襲する。


「待て!」

「待たないよ」


 突き出た槍を拳の一振りで砕き、続いて出てきた二つの頭も返す拳の一降りで砕く。

 身体から撃ち飛ばされた二つの生首が宙を舞い、地面に辿り着く前に燃え尽きる。


「認識をずらせるって、ちゃんと忠告したのにねぇ。それに同じ技を二度も繰り出す愚も犯す。アハハ、君達って馬鹿だよね」


 斬殺のウルトシュタイケンが鬼面の形相で大鎌を振り上げる。

 鬼哭のローグフリードが彼の身を守るべく大盾を構える。

 幻影のテオドートが霞へと消える。


 重低音が連続する。


 幻影のテオドートが地面に叩き付けられる。

 鬼哭のローグフリードが真横へと吹き飛ばされる。

 斬殺のウルトシュタイケンの鎧が破砕し、血が飛沫く。

 咄嗟に顔を横にそらした少年の耳が千切れ飛ぶ。


「俺は待てと言ったが?」


 剣を振り抜いた体勢で少年の背後へと位置を変えた謀略の鬼神リゼルグ王が、愛馬に騎乗したまま四人へと告げる。


「あれ?」


 いつの間にか目の前から消えた敵の姿を探して、少年が背後を振り返る。

 少年の肩には流水の如く流れ出た血がべっとりとつき、先のない右腕に広がっていった。


「見えてたのに、避けられなかった?」

「見えた所で避けられぬ攻撃もある。だが、俺はこの一撃で決めるつもりだったのだがな」

「そう」


 唇から犬歯を剥き出しにして、少年が肉食獣の笑みを浮かべる。


「やっぱりいつも、手加減してたんだね」


 業火が吹き上がり、二人の距離が一瞬にして縮まる。

 剣と炎が交錯。

 斬撃が触れる前に炎が二つに割れ、その先にある肉を断つ。


 少年の瞳が驚きに染まる。

 しかしすぐに何が起こったのかを理解し、残った一肢の手首を返す。

 左腕が見えない剣の軌道と重なり、その力の方向を奪い、己の望む軌道へと変える。

 地に着く足がないまま空中で加速し、腕を捻った。

 炎が剣に絡み、その先にあった腕へと蛇の様に這い上がり、焼く。


 交錯が終了した時、互いに一肢を失っていた。

 少年は左足を切断され。

 謀略の鬼神リゼルグ王は、剣ごと左腕を焼き尽くされ。


 両足を失った少年が、ようやく重力を思い出した様に大地へと落ちる。


「ハハハ! なんで鬼神って言われてたのか、ようやく分かったよ! 父さん、実は召喚士だったんだね! 兇悪な鬼を自分の身体に無理矢理憑依させて力を兇悪なまでに増幅! しかもその有り余る力の余波で自身の身を包み込んで、実際に見えている部分よりも広い範囲で攻撃と防御を行っている。凄いよ父さん! 入れ物の許容を無視して生身のままそれをするって、肉体が耐えられないんじゃないの!? 確実に寿命を縮めてるよ、それ」

「かもしれぬな」


 言葉と共に愛馬雷飛天が跳躍。

 凄まじい速度で上空より迫った雷飛天が前足で倒れる少年の身を踏みつける。

 左腕を大地に叩き付けて少年はその攻撃を回避する。


「逃がさねぇぇぇぇぇ! 死ね、化け物!」


 鎧を失い身軽になった斬殺のウルトシュタイケンが口から血を流しながら手に持った大鎌を振りあげる。

 血走った瞳が少年の姿を逃すまいと見開かれ、全身の筋肉が悲鳴をあげるのも無視して、最大最強の一撃を最速で繰り出すために死神の刃と化す。

 大鎌は音の速度を越え、巨大な弧を描き、振り抜かれる。


 その刃は、最後に主の首を斬り飛ばした。


「僕は攻撃を受け流すのが得意だって事を、そろそろ理解して欲しいなぁ。いくら強力な威力や速度があったって、見切られたら意味ないのにねぇ。そう思うだろ、父さん?」


 僅かに一瞬遅れて背後から再び襲いかかってきた謀略の鬼神リゼルグ王の攻撃を躱しながら、少年は手をかざす。

 灼熱の火球が生まれ、打ち出される。


「させぬ! 降臨(こうりん)せよ、()(あつ)騎士(ナイト)。マルス!」


 火球が謀略の鬼神リゼルグ王の眼前に現れた半透明の騎士が持つ盾によって四散し、その騎士の身を貫いて鬼神リゼルグ王が剣を振るう。

 鬼哭のローグフリードが腰に差していた刃が王の手によって振るわれる。

 両足と片腕を失い高速移動に難が生じていた少年はその間合いの読めない攻撃を躱しきれずに、胸を深く斬り裂かれる。

 最初の方で斬殺のウルトシュタイケンの手によってつけられた傷とは逆の斜めに、左肩から右脇腹に向けて綺麗に肉が切断され、残り少ない血を更に飛沫かせる。


 それでもまだ少年は動きを止めない。

 瞬時に傷口を自らの炎で焼き塞ぎ、凍らせ、血がそれ以上流れ出るのを防ぐ。

 が、その胸に後ろから細く鋭い刃が貫き抜けた。


「ああ……そういえば、まだ叔父さんもいたね。忘れてたよ」


 幻影のテオドートが真後ろから密着した状態で少年の身を貫いた剣を引く。

 血に濡れた剣の刀身が姿を現す。

 その引き抜く速度よりも早く地獄の業火が刀身を伝って幻影のテオドートの身を包み込み、生きたままその身を一瞬で焼き尽くした。

 真っ黒な姿へと変わり果てた炭が崩れ、大地へと降り注ぐ。


「流石に」


 回避が間に合わず、謀略の鬼神リゼルグ王が振るった剣が少年の胸を今度こそ完全に切断する。


「これは苦しいね」


 更に一閃。

 残っていた左腕が肩より切断され宙を舞う。

 その手が胴体より切り離されるより一瞬早く、閉じられる。


炎帝八式(えんていはちしき)(ひと)つ、死爆球(メキド・フレア)


 ――刹那。

 謀略の鬼神リゼルグ王と鬼哭のローグフリード、少年の三人を巨大な炎の球が包み込み、球の中心点である少年へと向けて圧縮される様に獄炎が舞った。

 逃げる事の叶わない超高熱の太陽が、中にいる者全てを焼き尽くさんと荒れ狂う。

 それはたっぷり15秒の間、炎の勢いは一切衰える事なく続いた。


 ようやく法術の効果が終わり炎が消えた時。

 その余波で周囲一体は灼熱世界へと変貌していた。

 その大地に、人の様な形をした黒い炭の塊が一つ。

 己の身は守らずに、主の命を守るためにだけ行動した鬼哭のローグフリードの成れの果てが静かに崩れ落ち、風に吹かれて粉々に散っていく。


 生き残ったのは二人。


「まだ、死なぬのか……」


 鬼哭のローグフリードによって部分的に守られるも、首から先を焼き尽くされ息絶えた愛馬の雷飛天に跨った謀略の鬼神リゼルグ王が忌々しげに呟く。

 その身体も完全に超高熱の炎から逃れる事は出来ず、大きく焼かれ、半死半生の状態にあった。

 右腕は既に失われ、左腕に持っていた剣も刀身を溶かされ見る影もない。

 己の身を守っている鎧すら焼け焦げ、溶け落ち、謀略の鬼神リゼルグ王へと貼り付き今も彼の身を苦しめていた。

 憑依させていた鬼は、既に掻き消えている。


「貴様は、いったい何なのだ?」


 仁王立ちしたまま、謀略の鬼神リゼルグ王が呆然と呟く。


「そんな姿になってまで、どうして生きていられる?」

「さぁ?」


 頭と、心臓付近だけを残した姿で少年が答える。

 五体満足であればその位置にあったであろう中空に浮き、血の気の失せた顔に乾いた血をこびり付かせたまま、少年は改めて自分の姿を見渡す。

 生きているのが不思議すぎる光景。


「とりあえず、傷口をすべて燃やして、常温の氷で蓋をして、法術の力で心臓を無理矢理動かして、残っている肺に風で新鮮な空気を送り込んで、必死に血液を脳と心臓の間で循環させてるだけなんだけど。ほんと、便利だよね法術って」

「化け物が」

「うん、ほんとに僕もそう思うよ。何で僕、こんなに必死になって生きようとしてるのかな? 僕の愛する人は死んじゃったのに。生きてる理由なんてこれっぽっちも思い浮かばないのに。ねぇ、父さん。僕、何で生きてるのかな?」

「俺がそれを知るわけがなかろう」


 謀略の鬼神リゼルグ王が膝を付く。

 口から吐血するも、胴体だけとなった愛馬に手をかけて身体を支え、それでも眼前にいる少年から瞳を一時として外さない。

 その顔には既に死相が浮かび上がっていた。


「貴様は、誰だ? イグニスではないな?」

「え? 僕はイグニスだよ。父さんがそう名付けたんじゃないか」

「違う。貴様は俺の知るイグニスではない。あのイグニスは、俺の事を父さん等とは呼ばぬ」

「そう……父さん()僕の事を否定するんだね」


 息を吐き、息を吸う。

 ただそれだけの事で二人の体力は奪われていく。

 互いに交わす言葉はもう限りある事を知っていてもなお、二人は残された時間を会話に費やす事を選ぶ。

 自らの死を確信し、それを与えた者をより知っておくために。

 少なくとも、謀略の鬼神リゼルグ王はそう思っていた。


「なら、いいや。もともとこの名前は僕のものじゃなかったみたいだから、別の名前を僕は名乗ろうかな。さて、何にしようかな」

「貴様は人の心を持たず、人の思考を持たない」


 謀略の鬼神リゼルグ王が呟く。


「ならば人の名前など必要なかろう。貴様に固有名は必要ない。災厄の様に、ただ人類を脅かすだけの魔者の様に、ただ今この瞬間だけを生きて、そして死んでゆけ」


 謀略の鬼神リゼルグ王の言葉に、少年は言葉を返せない。

 まるで子供の様に驚き、男が吐いた暴言に涙を浮かべる。

 父親と思っていた男の言葉に、初めて人らしい感情を浮かべる。

 しかし少年はその感情を理解出来ない。

 人と一切のコミュニケーションを行った事のない、ただ極小の世界を見ていただけの少年には、真っ直ぐに突きつけられた言葉を分かる事は出来ても、理解は出来ない。

 今まで人ではなかった少年は、人の悪意を正しく受け止める事が出来なかった。


「貴様の存在を、今だけは俺が知っておいてやる。だからそれで満足して逝け、人外の化け物」


 謀略の鬼神リゼルグ王の言葉が、少年を残酷な道へと指し示す。


「貴様は他の誰にも知られる事なく、認識される事なく、愛した者にもその存在を一度として悟られる事なく、その存在を誰も認める事なく、ただここで消える。それが貴様の世界のすべてだ。ただ唯一の真実」

「……嫌だ」

「拒んだ所でもう遅い。貴様がいったい何であったのかは俺にも分からぬ。貴様にも正確には分かってはいまい。ならば、何もしなければ良かった。俺の部下を殺さなければ良かった。自らが何者であるか分からぬ事を世界に伝え、問うだけにすれば良かった。俺を敵にしなければ良かった。それをしなかった貴様には、もう選ぶべき道はない。ただ死ぬだけだ」

「……嫌だ」

「まだ足掻くか? だがこれ以上、どうやって貴様は生きていく。胃を失い、腸を失い、自己再生能力も持たない貴様には、自身の命を繋ぎ止めるための手段がもはや存在しない。肺に空気を送り込んで、心臓を無理矢理に動かして、脳に血液を送っている? その後はどうする。生きるには栄養が必要だ。その栄養を摂取する方法を失った貴様は、今後どうやって生き続けるというのだ。その様な状態でまだ生き続けられる者を、俺は自らと同じ人という存在とは決して認められぬな。化け物だよ、それは」

「……違う」

「何が違うというのだ。頭部と胸だけの人を、貴様は見た事があるのか? 貴様が殺した俺の部下達は、いったいどの様な姿をしていた? 俺はどの様な姿に見えている? 今の貴様の姿とは似ても似つかぬだろう。その姿でまだ平然と生きていられる貴様は、誰が見てもきっとこう言うだろう。化け物がいる、と」

「違う。僕は化け物じゃない。人だ!」

「ああ、そうだな。貴様の前にいた奴は、確かに人だったよ。人のまま殺した」

「僕も人だ!」

「貴様がそう主張した所で、信じた所で、他の誰もがそれを否定すれば同じ事だ。そして貴様には、死ぬ前に俺以外の誰とも会う事はない。その俺が貴様を人とは認めていない。人であり、人のまま生を終える俺が、貴様を化け物だと思っている。人である事を否定する。化け物でしかありえない。貴様は正真正銘、化け物だ」


 謀略の鬼神リゼルグ王は賢者の顔で告げていく。

 その身体にはもう生気はない。

 ただ言葉を喋るだけの生きた屍だった。


「――そうなんだ。僕、化け物だったんだ」


 虚ろに染まった少年の瞳が虚空を眺める。

 告げられ、断定され、悟らされ、納得してしまった少年は、己の存在を改変、再認識して再構築する。

 人である事を否定し、人でない事を肯定し、人外の化け物である事を肯定し、それをあっさりと受け入れる。

 父の言葉を信じ、自らをそう言い聞かせていく。

 まだ生まれたばかりともいえる存在であるが故に、無垢であった心が、簡単に染め上がっていく。


「ゼイオン」


 二人しかいない灼熱の荒野で、少年はボソリと呟く。

 瞳は虚空を見続ける。


「そこにいない者、そこにないもの、虚界(きょかい)の存在」


 絶望した少年が告げる。


「無でもなく、有でもなく、零でもなく、混沌でもなく、無限でもなく、有限でもなく、永遠でもなく、永久でもなく、聖者でもなく、魔者でもなく、神でもなく、天使でもなく、悪魔でもなく、虚空でもなく、虚無でもない、それ以外の存在しえない存在。実在しない存在。虚界の存在、ゼイオン」


 少年は瞳を裏返し、世界を見る事をやめる。

 白目となり涙を流し続ける人()らざる事を認めた者が、世界に現れる。


 しかし既にその時。

 謀略の鬼神リゼルグ王の命の灯火は、消えていた。


「その名を、僕は借りよう。虚界の存在、虚界の王の名を僕は名乗る」


 聞く者のいない世界で少年は一人呟く。

 名を、名乗る。


「僕はゼイオン。僕は全てを否定する化け物だ」


 そう言葉を継げた少年は――。

 次の瞬間。

 頭が弾け、この世の生を静かに終えた。












 その灼熱と化した戦場より遙かに離れた場所。

 積雪する山の頂。

 不毛の地ゲルドからうっすらとのみ見えるカナート山にて、一人の女性がゆっくりと立ち上がる。


「……ふぅ。ようやく任務終了。あー、長かった」


 コキコキと肩をならし、硬くなった身体をゆっくりと(ほぐ)しながら、その女性は遙か彼方にある光景を見下ろして満足気に笑みを浮かべる。


「十年かぁ……ちょっと今回の仕事は遊び過ぎたかな? まぁでも、ちゃんとターゲットは全員殺したから問題ないよね。うん、問題ないね」


 四つん這いになって女性はのびをする。

 その頭には可愛い耳が付いており、そのお尻には可愛い尻尾が付いていた。

 猫耳と猫尻尾を生やした女性が、猫のびストレッチする。


「流石にリゼルグ王やその側近達に仕掛けるのは無理だったからどうやって殺そうかと思ってたけど、うまい具合にあの坊やが殺してくれて助かったわ。そう考えたら、案外今回はただ運が良かったって事なのかなぁ?」


 屈伸から前後屈、身体をねじったり腕を上下に伸ばす運動、その他色々な手段を用いて身体をどんどん解しながら身体の疲れとコリを取り除いていく。

 白化粧をした山の頂で一人、女性はひたすらに体操をし続ける。


「その分、坊やの方は凄くやりやすかったんだよねぇ。ほんと、拍子抜けするぐらいに。ただ坊やの力はちょっと強すぎて、色々私が手助けしないとあのリゼルグ王ですらまともなダメージを坊やに与えられなかったのには流石の私もかなり驚いたけど。タイミングみて坊やの中に仕掛けてた罠を発動させないといけなかったのが、ほんと大変だったなぁ。あー疲れた」


 超超距離でそれをした自身の頑張りを労いながら、女性は今度の事を考え始める。

 それがいったいどれだけ凄い事なのかを女性はあまり自覚していない。

 化け物じみた圧倒的な力を見せた少年と比べて、自身のその超高等技術が全く見劣りしていないものだというのに、女性は自身のその特殊能力をあまり評価していなかった。

 自身の遙か上をいく者がいる事を、その女性は知っていたために。


「暫くはお仕事お休みかな。故郷に帰って久しぶりに子作りでもしようかな?」


 希代の暗殺者を父に持つ、自由気ままな放浪娘。

 かつて『|熾烈なる破滅を呼ぶ十剣クル・オー・クルズ』の2番を冠していた者。


 暗殺者クリスティーナ・ハーケルンは、誰に知られる事もなくアウグエル地方中原北部に現れ――そして、誰にもその名を悟られる事なくアウグエル地方中原北部より去っていった。



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 これより150年の間、アウグエル地方中原北部は大戦乱の時代へと突入する。


 魔王の降臨により暴走した王の命令は大国レレリルを崩壊へと導き、各地で謀反や暴動が巻き起こり、貴族や平民達が次々に独立していった。


 覇王こと謀略の鬼神リゼルグ王と名だたる将を失った新興国家ベルタユスでは、統治する者の不在と、旧オーバージュ国国王セドキス・アルバルト・フォン・オーバージュが謀反を起こす前に何者かの手によって暗殺された事、および僅か数年で版図を広げた事による無理が浮き彫りとなり、国中が大混乱の極みに陥り、程なくして空中分解する。


 東の大国アーザントでは、謀略の鬼神リゼルグ王が巻いていた種が次々と開花。

 後継者同士の暗殺劇、内部派閥同士の戦の勃発、更には干ばつや地震の自然災害、龍の襲撃などの人工(ヽヽ)災害が相次ぎ、国が崩壊した。


 レレリル国の西側を制圧した大国エルナーカは、かつての奴隷国を解放した事で満足し、その地から手を引き、再び非戦争を掲げて静観化した。


 結果、アウグエル地方中原北部は多くの小国家が乱立し、荒れていく。

 大国同士の戦で多くの兵を失ったばかりにも関わらず相次ぐ戦で人は更に減り、横暴な圧政を敷く統治者が次々と現れた事による衰退化、魔王が死した不毛の地ゲルドを中心に広がった大干ばつにより土地は痩せ衰え、かつての繁栄は見る影もなくなる。







 後の世に『イグニスの悪夢』と呼ばれる事となった7年間。


 そこから始まった長い悲劇の歴史も、この広大なる世界にとっては、ほんの一地方の出来事に過ぎないものだという事を、歴史家達は語る。


次話、エピローグ!

脳内ミュージックを幾つか用意していて下さいね♪

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