「私がたっちゃん役かよ」
『私は今日から全力で二宮君を無視するわ』
そう宣言したのも束の間。
二宮は華斗のそんな固く決心した決意など気にしてあげることもせず、相も変わらず華斗に話しかけてくるのだから勘弁してあげて欲しい。
そんな二宮の態度に、華斗はすぐに無視することを諦め、現状の非現実と目の前のフィクション野郎をとにもかくにも仕方がないので、とりあえず愛と勇気と希望と、なんだか色々な所から根こそぎかき集めて来たありとあらゆる不可解で珍妙な力を持ってして、なんとか。なんとかそれなりに受け止める事に成功したのだった。
所詮初めから無理だったのだ。
虐められてるわけでも嫌われているわけでも、ましてや煙たがられているわけでもない『普通』を貫き通すクラスメイトを無視することなど。
端から無理なことだったのだ。
華斗はすぐに諦めた。
諦めたくはなかったが、諦めざるを得なかった。
そうして数日が経ったころ。
「華ちゃん華ちゃん」
二宮のその言葉に、華斗は飲んでいた紙パックジュースをぐしゃっ、と握りつぶしてしまう。中身がぶはぁぁーっ、と宙に舞う。
ちなみに中身はココア。
後でおいしく…、頂けませんでした。
「のぁぁぁぁっ!!もったいないっ!!」
華斗は叫んだ。
「きったないなぁ、華斗」
前に座っていた杏が顔をしかめる。杏に掛からなかったのがこれ幸い。
もったいない。もったいないよぉ、と言っている華斗を残し杏は二宮に向き直る。
「で、どうしたの?二宮君」
そう聞く杏に、二宮はもじもじしながら口を開いた。
「林葉さん。僕、ちょっと華ちゃんと私的な話があって」
もじもじ。
その二宮の態度、そして華斗のことを『華ちゃん』だなどと馴れ馴れしく呼ぶ言葉に華斗の体を悪寒が走る。
ぶるりと体が震え、華斗は腕を擦る。
何だこれ。寒い。物凄く寒い。
冬?冬なの?
ここは極寒の地なの?
北極?南極?
しろくまさん、こんにちは。
今日も良いお天気ですね。
太陽の光が目に染みますね。
氷、また溶けてきましたよね。
ホント温暖化には困ったものです。
そう思いませんか?しろくまさん。
「いや待て待て。ここは和の国サムライ王国、にっぽんのはずではないか」
「そっか。じゃあ私は席を外すわね」
そう言ってツインテールの彼女はにこやかにその場を立ち去った。華斗の狂ったような独り言を無視して。
華斗は二宮を見て口を開く。
「……華ちゃん、って何?」
「え?やだなぁ、小さな頃からそう呼んでるじゃない」
えへ、とでも言いたげな顔で二宮は華斗を見るが、華斗はその顔を見ずに口許を手で押さえた。顔面蒼白。
「気持ち悪い…」
「酷いや。華ちゃんのバカっ」
「あ、駄目。私、もう駄目」
華斗はギブアップ宣言をした。
所変わって屋上。
「で、さっきのは何なわけ?」
ぐいーっ、と伸びをして空を見上げている眼鏡吸血鬼二宮に華斗は尋ねる。上を見ると青空が。下を見るとアスファルト。だなんて言ってみる。
今日の天気は晴れ。
朝からいい天気過ぎて心地よい風が吹いていたりもする。和む。華斗の目に写るものがこれだけなら華斗はいつも通り和めるのだろう。
だが、華斗の目には太陽の光をものともしない現代の非常識、『吸血鬼』である男が写りこむ。
ああ。何故太陽の光で消滅してくれないのだろうか。この非常識は。
フィクションじゃなくノンフィクションな吸血鬼、二宮が華斗の方に振り向く。
「いやいや。そういう設定で行こうかなって思ってさ」
「設定?何、どういうことなの」
二宮はにやりと笑う。
いつも教室では滅多にしない笑い方。そんな笑い方は眼鏡を外してイケメンになってからして下さい。読者様のために。
「幼なじみ設定。その方がいいんだよなぁ、今後的に」
「今後的って…」
何だか不気味な単語を放つ二宮。今後なにかあるのだろうか。
怖い。
怖すぎる。
「でも二宮君。そもそもさ、急に人格変えたら皆おかしいって思うよ?」
今までの二宮の学校内での人格設定は『普通』だったはずだ。だが、さっきの教室での二宮の態度は明らかに『守ってあげたくなる弱々系ちょいキモ草食系男子』の装いだった。
『ちょいキモ』は華斗オプションである。
華斗の友人である所の杏も、どうしてそこに突っ込むことをしなかったのか。訝しむことをしなかったのか。気持ち悪っ、きしょっ、萌えっ、だのと何故言わなかったのか。
それに、明らかにいきなり過ぎておかしい二宮の『華ちゃん』呼びにも何も言わなかったし。
「その辺は大丈夫大丈夫。ばっちり弄ってあるからさ。心配すんな?」
「………」
二宮の『弄ってある』宣言に、華斗は何も言えなかった。
二宮は何を弄ったのか。
記憶か。
記憶なのですか。
そうなのですか。
そんなことできるのですか。
吸血鬼ですもんね。
非常識ですもんね。
なんでもありなんですかね。
でもこれ、ノンフィクションですよね。
現実ですよね。
夢物語じゃないですよね。
「……あんまり手を加えるのは如何なもんかと」
一応人間代表としてお願いしておいた。
そして、『弄くっちゃうから何でもあり』なので幼馴染み設定もありなのだな、と思ってちょっと悲しくなった。
本当にその設定でいくのだろうか。
嫌だなぁ。
幼馴染みとか。
嫌だなぁ。
こんな非常識と設定とはいえ幼馴染みとか。
「……嫌だなぁ」
「酷いや、華ちゃん」
「でも別に人格変える必要はなかったんじゃない?別に今まで通りの人格設定『普通』、でも私と幼馴染み設定には出来るんだし」
君が弄くれば。
弄くるだけ弄くればいいじゃないですか、この非常識め。外道め。人間じゃないよ。アンタ、人間じゃないよ。人間じゃないけどね。
「いや、それはさ、ほら二面性?っていうの?そういうのモテるじゃん」
「モテるって…」
「俺さぁ、思ったんだ。普段の俺でも別に女の子には不自由しないんだけどさ、やっぱギャップとかさ、あった方が女の子達も喜ぶよな、って」
華斗に関しては喜びなんかより『気持ち悪いの気持ち』の方が遥かに上回ったのだが。
「二宮君、モテたいなら眼鏡外せばいいじゃない」
眼鏡を外せばイケメン。
そんな非常識吸血鬼全開で生活していたのなら、モテることなど造作もない。というかモテたいの?学校で。
「眼鏡外すとか、お前バカか。そんなことしたら目立つだろーが」
「…………」
どうしたいんだよ、と二宮に言いたい気持ちを華斗は抑え、無言で二宮を見る。
そんな視線に気付いたのか二宮は呆れたように口を開いた。
「華ちゃんは分かってないなぁ」
「もしかして今後もそれで行くつもりか」
「当たり前でしょう?僕達幼馴染みだし。僕のことは『匠』とか『たっちゃん』とかって呼んでくれていいよ?」
いやぁぁぁぁっっっ!と華斗は叫んだ。
「やめてっ!!あんたに双子の弟とかいないのは知ってるけどお願いだからやめてっ!!!」
幼馴染み。
たっちゃん。
と来たら嫌でも思い浮かべてしまう。あの名作を。
華斗のそんな驚叫ぶりに二宮は笑う。
「華ちゃん華ちゃん。そう言えば華ちゃんの名字は『南』だっけ?」
「違うしっ!!藍田だしっ!!やめてっ!無理矢理近付けさせようとするのはやめてっ!!」
「えぇー、改名しない?」
するかっ!!
華斗は叫んだ。
よほど華斗の反応が楽しかったのか、二宮はその後も名作ネタで華斗をからかい続けるのだった。
「華ちゃんっ、匠を甲子園に連れてって!」
「私がたっちゃん役かよ」
非常識吸血鬼二宮は、かなりの漫画アニメ好きらしいことがこの時発覚。
そして華斗はアニメイトやらアニメ館やら漫画王国やらに引きづり回されるのだが。
それはまた別のお話。
とか言ってみた。
「続くの?続かないよねっ?終わりよねっ?これでサヨナラよねっ?」
華斗の懇願。というか哀願。悲願。
「まだ僕と華ちゃんの恋愛模様が描かれていないから、……続くんじゃないかなぁ?」
二宮のそんなありそうで無さそうな他人事みたいなご意見。
さぁ、どうしますかね。
くすくす。




