第六話「殲滅戦作戦会議(2)」
「ここはひとつ、両者の案を取り入れるとしようじゃないか。例えばそう……ガズラの軍ならば、いくらでも投入が出来るし、我々が痛みを被ることも無い」
「ふむ、なるほど」
「それはそうですね」
「それでよいかな、ガズラ?」
「……」
老人の反対側、背中から蝙蝠の翼を生やし黒い体色を具えた異形の男――ガズラと呼ばれた男が、腕を組んだままゆっくりと頷いた。
「……ああ、わかった」
「うむうむ。素直が一番じゃ。誰のおかげでここに居られるのか、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「わかっている」
「ふん、化け物め」
老人の言葉に素直に従うガズラを睨みつけながら、メガネをかけた若者が吐き捨てる。周囲からも嘲笑の声が上がるが、ガズラは腕を組み目を瞑ったまま微動だにしなかった。
やがて笑いが収まるのを見計らって、老人がのんびりとした口調で言った。
「では、各自そのように。ではガズラ、しっかりと頼むぞ」
「ああ、少し待ってください」
しかしこの場を収めようとした老人を制する様に若者が細い眼を光らせながら言った。
「次の挙兵なのですが、彼女にも参陣してもらっても良いでしょうか?」
そう言って若者が視線を向けた先には、それまで直立不動で会議の成り行きを見守っていたシェリルがいた。その後に続くようにして、他の代表の視線が一斉に彼女に突き刺さる。
「私が、でしょうか?」
「ああ。後詰というやつだよ。頼めるかな?」
「お、お待ちください」
若者の言葉に呼応するようにして、代表の一人であった目尻に皺を溜めた壮年の男が、慌てた様に立ち上がって言った。
「おや、何か問題でもあるのでしょうか?」
「は、はい」
額から流れる汗を拭きながら壮年の男が言った。
「その、彼女はまだ十八の学生でして、戦場に向かわせるのは酷な事かと……」
「まったく、彼女が絡む時に限って、あなたはいつもそんな事を言っていますね」
眼鏡の端を押し上げ、うんざりしたように若者が言った。
「いいですか、使える物は全て使う。これが戦場での心得であり、国を動かすための心得でもあるのです。違いますか?」
「し、しかし、例えそうだとしても……」
「言っておきますが、私は何でも使いますよ。例えあなたの娘だとしてもね」
「――ッ!」
「弱小国家の分際で、私に逆らうな」
絶句する男に向けてそう吐き捨てた後、若者が立ち上がり高らかに宣言した。
「アゼニア帝国皇帝ゼノの名において、今回の会議での決定事項を通達する。ガズラはその全軍を率いて敵領地内に侵攻、敵性勢力を殲滅せよ!シェリル・ヴェーノもガズラに同行し、連中の息の根を止めるのだ!」
「御意」
ガズラが立ち上がって一礼し、シェリルもまたその場で一礼した。ゼノが最初に円卓の間を抜け出し、諸代表もぞろぞろと部屋を後にしていく。
シェリルの参陣に反対していた壮年の男が力ない足取りで最後に部屋を出ていき、その後護衛の兵たちが続々と退室していく。
シェリルはガズラと共に、一番最後に円卓の間を後にした。その心の中では、重く苦い感情がとぐろを巻いてうねっていた。
「また戦争ですか……」
死と血の臭い。怒りと憎しみの渦巻く凄惨な感情の坩堝。
悲痛そうに顔を歪め、小さく呟く。切り札として戦争に出向くのは初めてではなかったが、その感情は何度味わっても慣れるものではなかった。