第五話「殲滅戦作戦会議」
レビーノ最強の魔術師は誰か、とレビーノの人間に問えば、『それはシェリル様でしょう』という答えが十中八九帰ってくるだろう。それだけシェリル・ヴェーノの能力は、まさに生ける伝説とまでに遍く伝わっていた。
レビーノの人間は魔法を行使する際には呪文を唱えなければならない。それは強力なものであればあるほど長く複雑な呪文となるという。それがレビーノでの常識とされていた。
だが彼女は呪文を唱えることなく、指を軽く振っただけで山が吹き飛んだだの、視線だけで川の水を蒸発させただのと言った、常軌を逸したエピソードを数多く持っていた。
そんな実力を持つ彼女だからこそ、全国家主席が一堂に会するレビーノ世界会議の場にも平然と招待されていた。だが彼女が出席するのは政治に口を出すためではない。
最大戦力として戦争に参陣するためである。
レビーノ一の国力と軍事力を誇るアゼニア帝国。その王城の中にある円卓の間において、レビーノ世界会議は開かれていた。
そこは円形の部屋で、護衛役や特別補佐官を部屋の外周に据え(シェリルもそこに立っていた)、中央の丸テーブルにレビーノに存在する全ての国の代表が肩を並べて座っていた。とはいっても、レビーノでは少数の大国家が何十何百もの小国家を束ねるという形式をとるのが一般的であったため、この会議に出席しているのはその大国家の代表であるわずか十二名だった。
いつもは国家間での貿易摩擦や災害時の支援などを話し合っていたが、今回の議題は至ってシンプルなものであった。
「さて、今回の議題についてですが、まずは敵の動向から把握しておきましょう……」
全国家の総力を挙げてレビーノの『敵』を潰す。これはそのための会議だった。
「……以上が、現在の敵の情勢です」
手にした資料の束を眺めながら、その代表のうちの一人がそれまで続けていた発言を終わらせる。眼鏡をかけた長身痩躯の若者だった。
「戦況は今の所こう着状態。敵方の抵抗が予想より激しく、攻略は難航している模様です」
「『レザリア』は使えないのかね?」
円卓に座した一人、立派な顎鬚をたくわえた老人が間延びした口調で若者に言った。首を横に振りながら若者が返す。
「いえ、魔力の補給が追いついておらず、使用するにはまだ時間がかかるかと」
「むう、そう上手くはいかんかのう」
「難儀なものだな」
老人の後を拾うようにして、円卓の一人である恰幅のいい大男が腹を揺らしながら言った。
「だから言っただろう。もっと戦力を増やした方が良いんじゃないかとな。今からでも遅くは無いぞ。チマチマ行くのではなく、数で叩き潰してしまえばいいのだ」
「それはなりません。徒に戦力を増量させて、それでこちらの息が切れてしまってはどうしようもありません」
今度は横から細目の女性が口を挟んだ。頭にレースを羽織った年若き女性であった。
「少量の損で大量の得を取る。戦争にしろ国営にしろ、これが最も上策なのです」
「だが、戦力を小出しにしてジリ貧になれば、どっちにしろ損になるだろう。ならばいっそ、持てる全ての力を投入して短期決戦を挑むべきだ」
「まあ落ち着け。どちらも正論であることに変わりはない」
顎鬚の老人が二人を窘める。そして愉快そうに口元を歪めながら、自身の反対側に座っている人影に向けていった。