第四話「そして二人は出会った」
安藤大悟は一人だった。
彼は政府から支給されたマンションに住んでいた。お金も自分の銀行口座に政府から毎月一定額が支給されていた。高校に通う必要もない。これからの一生を遊んで暮らしても良かった。彼は政府の全面支援の下、何一つ不自由ない暮らしを満喫していた。
しかし、彼は一人だった。
「……」
午前七時。無機質な目覚まし時計のアラームによって大悟は覚醒を余儀なくされた。ベッドから上体を起こし、そのまま手の届く位置にある窓のカーテンを力任せに開く。
彼が一人になった理由、そして政府が彼を支援し始めた理由が、その窓の向こうに存在していた。
黒い球体。
大小様々なビルが立ち並ぶ大都市の上空に、巨大な黒い球体が浮かんでいたのだった。
それが日本に現れたのは半年前のことだった。空から降下して来たのではない。空が歪み、大地が震え、突如としてそれはその場に『出現』したのだった。
日本が、いや全世界が混乱に陥った。そして数日の会議を経て、日本が代表でそれと接触することとなった。それについては面倒事をただ押し付けられただけともとれるが、それは今となってはどうでもいいことであった。
重要なのは、球体から現れた『怪物』が交渉団を一掃し、街を半壊状態にしてから球体側がある要求を突き付けて来たことだった。
「成人した人間の男女を一人ずつ、計二人をこちらに引き渡してもらう。断るならば、こうなる」
そう球体から声が響いた後、その中心部からビームが発射された。ビームは沖ノ鳥島に着弾、二秒後に島が消滅した。
世界にそれに抗う意志は無かった。その決定に従うことにした。
コンピューターによるランダム抽選の結果、大悟の両親がそれに選ばれた。
黒服の連中がかつて住んでいた一軒家の玄関前に押し寄せる。
玄関をこじ開け、食って掛かる大悟を引きはがし、困惑する両親を強引に車の中に押し詰める。
己の無力を呪いながら、車が走り去っていくのを大悟は呆然と見つめていた。政府から来た人間によって事のあらましと通っている高校への通学を止めること、そしてこのマンションに住むよう指示されたのは、それから間もなくのことだった。
それから半年がたつ。
両親はおろか、かつての友人とも完全に引き離され、連絡手段である携帯も没収された。住民票からも彼の存在は抹消され、マスコミも彼のことを取り上げなかった。
彼は完全に社会から切り離され、隔離されていた。
そんなことを思い出しながら、薄暗い室内で一人トーストを齧る。
何もかも不足しない、満たされた生活。
大悟は一人だった。
一人になっても、大悟の日常は変わらない。
食事を済ませ、着替えを済ませ、身だしなみを整えて鞄を持つ。たまには出かけよう。電気を切り鍵を持って玄関の扉を開ける。
それは機械的に行われる、とても味気ない行動。
実際、彼の心は半年前から空っぽだった。外に出た所で何も変わらない。
「……?」
しかしドアノブを握って回した所で、大悟の行動がぴたりと止まる。歯車に異物が混ざったかのような違和感を覚える。
開かない。
何度押しても、ドアがびくとも動かない。途中までは動くのだが、そこから先がまるで動かない。
まるで外側から押し付けられているかのように。
「……誰だ?」
大悟が訝しんでドアを一旦閉め、覗き窓からドアの外側を覗く。
「……おなか……」
「え?」
ドアに縋りつくようにして、一人の少女が倒れていた。
黒いショートヘアが特徴の、小柄な少女だった。
どうやら死んではいないらしい。その口から、切実な呻き声が幾度も木霊していたからだ。
「おなかすいたよう……」
「お、おなか?」
「おなかすいたよおおおおおう!」
これが、後に二つの世界をとてつもなく揺るがすことになる二人の、邂逅の瞬間だった。