第三話「旅立ちの前」
そんな彼女に転機が訪れたのは、彼女が十七の時であった。彼女の通う学園の生徒会長であるシェリル・ヴェーノが、一つの朗報を齎したのだった。
「別世界で研鑽をつめば、魔法を習得することが出来るかもしれない」
真っ白な長髪に整った顔立ち。シェリルは正に完成された芸術ともいえる美貌を持っていた。
そんな彼女が生徒会室にルカたち三人を招き、一冊の魔道書を彼女らに指し示しながら言った。
「この魔道書にはそう書かれています。これは学園に古くより収められていた由緒正しき物。それに私の方でも調べてみましたが、偽物というわけでもないようです」
「どうしてそれを私に?」
「同じ世界に生きる者同士、助け合うのは当然ではありませんか」
シェリルは女神のような笑みを浮かべてそう答えた。それは決して綺麗事ではなく、実際にベリーたちが居ない時に責められていたルカをシェリルが助けたことも一度や二度ではなかった。その時の、自分の前に立って敢然と相手を糾弾したシェリルの背中を、ルカは忘れることは無かった。
清廉潔白、容姿端麗、文武両道。シェリルは正に非の打ちどころのない完璧な存在であり、ルカにとっても尊敬すべき対象であった。
「会長の言う事なら、たぶん間違いはないかもね」
「そうですわね。その分リスクも高そうですが」
それはキールやベリーにとっても同じ事であった。この学園内で生活する者にとって、彼女はまさに生きた女神なのだから。だがそんな彼らの信頼の眼差しをよそに、ベリーの言葉を受けたシェリルは一人暗い顔をしていた。
「それは否定しません。次元跳躍は非常に危険を伴う物です。私から提案しておいてこのようなことを言うのもあれなのですが……」
「私、やります!」
だが、そんなシェリルの言葉を遮るようにルカが言った。
「お、おい」
「よろしいんですの、そんな簡単に決めてしまって?」
「うん。私決めたの。これ以上ベリーやキールに迷惑かけたくないし、それに私だって魔法使いたいの!」
「そんな、迷惑だと思ったことなんて一度も無いよ」
「その通りですわ。早とちりもいい加減になさいな」
「いいの!私は恩返しがしたいの!」
「ルカ……」
「そうですか……あなたがそう言うのならば、私に止める権利はありませんね」
シェリルがそう言って立ち上がり、キールに一つのメモを渡した。
「これは?」
「その通りに準備をして、事を進めてください。本当は私も協力したいのですが、この後所用で隣国に一週間ほど滞在しなければなりませんので」
「え、でもなんで僕が」
「器用さで言えば、この中ではあなたが一番魔法をうまく扱えますからね。当然の措置ですわ」
「よろしくね、キール!」
「う、うん。でも、ルカは怖くないのかい?」
キールの言葉にルカが笑って言った。
「もちろん!だってキールが唱えてくれるんでしょ?全然心配してないよ!」
「い、いや、そんな手放しに喜ばれても」
「ふふ、とても信頼されているのですね」
「これは失敗できませんわね?」
「ああもう、他人事みたいに言って」
そう言って頭を抱えるキールだったが、肚の底は決まっていた。
「というわけで、よろしくね!」
「……ああ、わかったよ」
ルカの言葉に、顔を上げたキールが強く頷く。ベリーとシェリルも同じく頷いた。
「では、まずは素材の調達ですわね」
「そこに書いてあるものを、書いてあるだけの分量でもってきてください。後は指示通りに事を進めるように」
「はい。わかりました」
「任せておいてください」
「よーし、みんな、頑張るぞー!」
「おう!」
ルカが異世界に旅立つ三日前のことである。