第十七話「作業開始」
「落ち着いた?」
「ぐすっ……う、うん」
それからしばらくして、ようやく泣き終えたルカがゆっくりと顔を離す。そして腕で目尻の涙をぬぐいながら、ルカが照れ笑いを浮かべて言った。
「ごめんね。いきなり泣いちゃったりして」
「いや、大丈夫だよ。流石にちょっとびっくりしたけど、全然平気だから……それよりさ」
「なに?」
「その、聞きたいことがあるんだ」
「……本当に、何も覚えてないの?」
大悟の言わんとすることを察知して、ルカが機先を制する様に言った。小さく頷きながら大悟が答える。
「全部、ちゃんと教えてほしいんだ。あの時何が起きたのか」
「……ええ。わかった。全部話すから」
居住まいを正してルカが言葉を紡ぎだす。大悟は彼女の口から語られる事を一言一句逃すまいと、耳をそばだてた。
数分後、ルカの話を途中まで聞いた大悟は開いた口が塞がらなくなっていた。
「俺が死んだって?」
「……うん。魔族の投げた槍を背中に食らって」
「ああ、そっか。だから記憶が無いのか。なんか納得」
「ダイゴ?」
軽い口調で答える大悟をルカが睨みつける。
「こっちは本気で心配したんだからね?」
「あ、うん。ごめん。何か実感わかなくってさ」
「……まあ、いいわ。ダイゴが生きてたから。それでその後の話なんだけど」
肩の力を抜き、再びルカが話し始める。
「それから、動かなくなったあなたを引きずって逃げようとしたんだけど、それでも魔族に追いつかれちゃってね。もう駄目だって思った時に……その……」
「その?」
「ええっと……」
突如歯切れを悪くしたルカに大悟が詰め寄る。その後の状況を表現する言葉を探すように目を泳がせ、やがてルカが嫌にゆっくりした口調で話を再開した。
「なんて言ったらいいのかな……もう駄目だって思って顔を伏せたら、自分の胸元に白い球が浮かんでるのが見えて、それと魔族の爪がぶつかった途端に光が弾けて……気がついたら……」
「気がついたら?」
「……変身?しちゃってたんだよね」
「変身?」
大悟が首を捻る。ルカが眉根を寄せ、顎に手を当てて腑に落ちないような感じで続けた。
「なんか真っ黒な服、ていうか、ぴっちりした、肌に貼りつくような感じのスーツを着込んでたのよ。自分でもわからない内に。それで、自分のことが何もわからなくて手一杯の時に目の前の魔族が襲ってきたから、びっくりしちゃって。そいつの腕に飛び乗って、建物の上を跳んで、この家まで帰ってきて……」
「跳んで?ルカって、そんなことできるの?」
「出来ないわよそんなこと。でもその時――変身した時は凄い体が軽くて、何でも出来る感じだったの。実際出来たんだけど。で、そうやってこの家に戻って、ドアの鍵かけて一息ついた瞬間に変身が解けて、気づいたら私は元の姿に戻っててダイゴと一緒に玄関にへたり込んでて……それで今に至るというわけ」
「ああ」
気づいたら家にいた、玄関で放心していた理由がこれでわかった。大悟は納得すると共に、新たな疑問にとらわれた。
「でも変身が解けたら俺がルカと一緒にいたって、どういう事なんだろう。別に変身したルカが俺を担いで運んだわけでもないんだろ?」
「うん。でも変身した時、ダイゴを担いで逃げようとは思わなかったんだよね。なんて言うか、その時は自分の一番近くに居るから運ばなくても大丈夫だろうって思ってて……自分でも何言ってるのか解らないけど」
「それに俺が生き返ってるのも不思議なんだよなあ――ルカ、待って。そんな目で俺を見ないで」
「私の気も知らないで……」
そう言ってそっぽを向くルカを見て、失敗したと言うように大悟が頭を掻いた。そしてそんな今の状況を打破する意味も含めて、大悟がルカに一つの提案を持ちかけた。
「じゃあさ。もう一回変身してみたらどうかな」
「変身?もう一回?」
「うん。落ち着いて、改めてこの場で変身してみれば色々とわかると思うんだけど」
「でも、自分でもどうやって変わるのか全然わからないの」
そう言って顔を伏せるルカを前に、大悟がううむと唸る。そして暫くの後に閃いたような明るい顔を見せながら、大悟がルカに言った。
「その時の状況を出来るだけ再現してみるとか」
「再現?」
「初めて変身した時と同じ状況に似せてみれば、たぶん切欠とか何か、色々わかるかなって思うんだけど……」
「ふーん、なるほどねえ」
そう言って暫し考え込んだ後、ルカが吹っ切れた顔で言った。
「うん。やってみる」
「よし。じゃあやってみよう」
その答えを聞いて大悟が満足げに頷く。
そうして、二人の再変身作業が始まったのだった。