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第十六話「僭越ながら帰って参りました」

 魔族の襲撃から数十分後。

 安藤大悟は真っ青な顔で自分の家にいた。

 リビングでテーブルを挟んで気まずい表情を浮かべ、なぜか不機嫌そうに顔を俯かせるルカと向かい合っていたのだった。


「……」


 ルカは明らかに怒っていた。大悟は訳が分からなかった。

 自分は一体何をしたのだろうか?それがまるで分らなかった。と言うのも、大悟は路地裏に逃げて暫くしてから今に至るまでの間の記憶を持っていなかったのだ。

 目が醒めた時には、大悟は自宅の玄関前にへたり込んでいた。そしてそんな感じで放心していた大悟をテーブルの前につかせたのはルカだった。その時からルカは機嫌が悪かったが、彼女がいったい何に対して怒っているのかまるで分らず、大悟は非常に居心地の悪い思いを味わっていた。


「あ、あのさ、あの時何が起きたのかな」


 やがて沈黙に耐えきれなくなり大悟が言った。その背中に本来ある筈の傷は、最初から無かったかのように完全に消滅していた。だがあの時自分の身に何が起きたのか大悟はまるで理解していなかったし、本来ある筈の背中の傷さえ知らずにいた。


「俺、背中に衝撃を感じて目の前が真っ暗になってから記憶が無くって、気づいたらここにいたって感じなんだけど……」

「……何も覚えてないの?」


 顔を下げたまま、突き放すようにルカが返す。容赦なく心を抉るその一言を受け、大悟が全身から嫌な汗をどっと噴き出した。


「お、俺、何か悪い事でもしたのかな?全然覚えてないんだけど」

「……」

「まさか、俺意識失った時に敵に洗脳されたりしたのかな?それでルカに襲い掛かったりとかして……はは、まさか、そんなことないよね」

「……」


 苦笑いを浮かべながら大悟が言うが、ルカはそれを無視してゆっくりと立ち上がる。全身から怒気をはらませ、脂汗を流し息をのむ大悟の横まで歩み寄る。

 怖い。今までの人生の中で一番の恐怖を感じて大悟が全身を震わせる。そして同じように震える眼で大悟を見下ろしながらルカが言い放つ。


「ダイゴ」

「はいっ!」


 恐怖のあまり声が裏返る。横にいるルカの顔を直視することが出来ず、真正面を向いたまま硬直する。

 ルカの腕がゆっくりと動く。

 殴られる。そう思って反射的に目を瞑った大悟は――次の瞬間全身に暖かさが広がっていくのを感じた。


「……え?」

「バカ!」

「ええ?」


 もたれかかるようにして横から力いっぱい抱きしめられ、耳元で全力で罵倒される。矛盾した展開に大悟が混乱していると、ルカが腕の力をさらに強めた。


「バカバカバカバカ!ダイゴのバカぁ!」

「ルカ、痛い!首痛い!」

「……よかった」

「痛いってルカ……ええ?」


 一頻り罵倒した後今度は目から涙を流し始めたルカを横目で見て、ますます大悟は混乱した。だがそんな大悟には目もくれず、ルカは己の感情を吐露し続けた。


「よかった!ダイゴが生きてた!生き返った!よかった!よかったよう!」

「生きてたって、え」

「もう、もう会えないんじゃないかって、あの時ダイゴは死んじゃったんじゃないかって思って、私、私……ううっ……」


 そこまで喋って、とうとうルカが感情を爆発させる。大悟の首筋に顔を埋めて、脇目も振らずに号泣する。

 死んだだの生き返っただの、聞き捨てならない物騒な台詞がルカの口から飛び出したことを受けて、大悟は嫌な想像を掻き立てられずにはいられなかった。だが目の前で子供の様に泣きじゃくるルカに対して、それを追及することなど出来るはずもなかった。


「ルカ……」

「ダイゴ、ダイゴ……っ」

「……心配かけてごめん」

「ダイゴ……!」


 だから大悟は言葉をぶつける代わりに、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして自分の名前を呼び続けるルカの頭を撫でることにした。


「俺は、ちゃんとここにいるからさ」

「ダイゴお……!」


 そうしてルカの涙が枯れるまで、ルカの嗚咽が止まるまで、大悟はただひたすら、子をあやすようにその頭を撫で続けたのだった。


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