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第十二話「いじめっ子」

「軍部による攻撃が再開されたようですわ」


 ルカを別世界に送り届けた翌日、緑に囲まれた学園の休み時間、教室にて。

そこの窓際の席に腰かけていたキールに、ベリーがいつも通りの丁寧な口調で、しかし表情は重苦しいままにそう告げた。それを聞いたキールが目を丸くする。


「前に停戦するって言ってなかったっけ?」

「一時停戦、ですわ。どうも軍は、何が何でも敵を殲滅させたいようですわね……今日の新聞に書いてあったはずですが」

「新聞読んでないんだよ」

「あなたねえ……まあ、いいですわ。とにかく、軍が戦闘を再開したそうですわ」


 誰と戦っているのか解りませんが、と自分の言葉を締めて、ベリーが眉根を寄せる。

軍部が『敵』と戦争状態にあることはレビーノに住む者の殆どが知っていることだったが、軍がどこの『敵』と戦っているのかについては誰も知らなかった。そしてそれは全線で戦っている兵も、追加戦力として動員される予定の志願兵も同様だった。

 誰も彼も、ただ命令されるままに戦っていた。


「なんだか、気持ち悪いね。誰を相手にしてるのか解らないままに戦うなんて」

「まあそれはそうですが。少なくとも、私には関係ありませんわね」

「志願兵にはなる気はないの?」

「ありませんわ」


 レビーノでは徴兵制ではなく志願兵制を取っていた。しかしこの世界に生きる者たちは皆自分の国を愛しており、戦争ともなればその持てる力を国の為に存分に生かそうと考えている。だから戦争になれば皆率先して軍に入り、一般人の総人口における入隊率はどこの国でも非常に高いのだ……と軍の広報課は声高に宣伝し、民衆の心を揺さぶる事でより多くの人員を確保していた。

 実際、学園内からもかなりの数の生徒が志願していた。


「馬鹿馬鹿しいですわね」


 ベリーはそんな誘い文句が大嫌いだった。


「あんなもの、嘘の塊ですわ」

「でも、入隊率は実際に高いじゃないか」

「入隊すること自体が嫌いなのではありません。一般人が軍に入る本当の理由が気に入らないのですわ」

「愛国心ってやつ?」


 キールの問いかけに、ベリーが憤然として答えた。


「連中が愛国心で動くと本気でお思いですの?だとしたらそれは大きな間違いですわ」

「自分の国が好きだから皆動くんじゃないのかい?」

「確かに国が好きだからと言う理由で動く者もいるでしょう。しかし一番の理由は違う。あなたは何だと思います?」

「さあ……」


 よくわからないと言う風に顔をしかめて、キールが首をかしげる。それを見たベリーがその顔に嫌悪をむき出しにし、吐き捨てるように言った。


「戦いたいからよ」

「え」


 それまでのベリーとは違う、品性の欠片もない暴力的な口調を前に、キールが目に見えて動揺する。見るのが初めてだからではない。口調が変わる彼女の事情を知っているから動揺しているのだ。


「あいつらは、自分の手に入れた魔法の力を試してみたくてウズウズしてるのよ。だから余所の世界に行って戦争をしたがる。動かない的より生きてる的の方がやりがいもあるしね」

「ちょ、ちょっと、ベリー」

「ここにいる連中は自分の欲望の制御も出来ない。どいつもこいつも魔法に振り回されてるだけの馬鹿な連中なのよ」

「ベリーってば!」


 キールの言葉に、それまで別人のように口調を乱暴なものに変えていたベリーがはっと息をのむ。そしてすぐに呼吸を整え、いつも通りの馬鹿丁寧な口調に戻す。だが思い出したくもない物を思い出してしまったように、その顔は悲痛に歪んでいた。


「……ごめんなさい。私としたことが、つい力んでしまいましたわ」

「いや、僕は大丈夫だから。それより君の方は」

「私も、平気ですわ。少し昔を思い出した、だけですから」

「おやおや、どうやら化けの皮がはがれてしまったようですね」


 突如かけられたこちらを罵倒するような声を受けて、驚いたようにキールが自分の背後を見やる。一泊遅れてベリーがキールの視線を追うと、そこには後ろに数人の男女を引き連れた、黒い細縁の眼鏡をかけ端を吊り上がらせた両目を持つ、ショートの緑髪の少女が立っていた。

 その一団がベリーたちに近づき終わる時には、周囲にいた生徒たちはその集まりから距離を置いていた。その事を気にも留めずに、苦々しげにベリーが言った。


「キリカ……」

「お久しぶりですね、ベリーさん」


 キリカと呼ばれた少女が嫌らしく笑いながら大仰に眼鏡を押し上げ、すぐに相手を見下すように自分の顎を持ち上げる。そこからは教養ある者が持つ凛とした佇まいと、平民を無意識に下に見る貴族の娘としての悪癖が同時に発露していた。

 そして後ろに控えた配下の生徒が発してくる無言の圧力の前では、恨み節をぶつける勇気も湧かなくなってくる。

 いや、例え彼女一人の時であろうと、彼女に面と向かって意見をぶつけられる者は、生徒はおろか教師の中にも殆ど存在しなかった。それは彼女自身の発する貴族としての迫力と、彼女の背後に存在するゼクルス家――レビーノで供給される食料の八割を生産している巨大農場の総元締め――の力によるものだった。

 そして彼女はなぜか――なぜかはわからないが、ルカとベリー、そしてキールの三人組を異常なまでに敵視していた。その敵意は時として酷く陰湿な物となって襲い掛かり、彼らを悩ませていた。


「私を前にして頭も下げないとは、大した度胸ですね。それとも、そんなことを考えるだけの頭も持っていないのかしら……ああ、きっとそうですね。そうに決まっています」

「そうに決まってますよ、キリカ様」

「こいつら、頭も魔法も碌に出来上がってないごく潰しですから」


 キリカの言葉を受け、取り巻きが口々にはやし立てる。そしてその罵倒の嵐をバックにして、キリカが満足そうに笑みを浮かべながら眼鏡を持ち上げる。

 そんな無駄に自らの優勢を見せびらかすような態度に嫌悪を覚えながら、表では平静を装ってキールがキリカに尋ねた。


「生徒会執行部の人間が、いったい何の用ですか」

「随分と突き放した言い方ですね。私はただ、あなた方と旧交を暖めに来たというのに」

「旧交?私は別に、あなたと友になった覚えはありませんわね」

「え?ああ、それもそうですね」


 丁寧な物言いの中に嘲笑の響きを効かせながら、キリカが容赦なくベリーにぶちまけた。


「少し前まで孤児だったあなたなんかと、誰が友達になるものですか」


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