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第九十五話「嵐の前の静けさ」

 レビーノの何処か。とある国にある教会にて。


「……時が来ました」


 声が聞こえた。

 穢れ一つない白で染め上げられ、左右の壁に等間隔に嵌めこまれた窓ガラスから日光が差し込んでいた広大な広間の中。その奥の一部分を区切るように張られた半透明の天幕の向こうから、その空間と同じくらいに澄み切った声が聞こえた。

 女性の声だった。

 その声は喜びと憂いの色を同時に帯び、微かに震えていた。


「全てを塗り替える時が。その切欠をもたらす存在が現れる時が。この世界の理を破壊する時が」


 そのガラスの如き透明さを持った声を、一人の男が天幕の前に傅いたまま黙って聞き届けていた。天幕に僅かに映されたシルエットには目もくれず、顔も上げないまま、その瞳はただ純白な床面だけを見つめていた。


「その時はもうすぐそこまで来ています。我々はただ、その時をここで待ちましょう」

「……御意に」


 そして天幕の向こうから聞こえてきた女性の声に、男は静かに頷いた。





 どうしてこうなったのかな。

 四方を石畳で作られ前面に鉄格子を張られた冷たい空間の中、その鉄格子の反対側に設えられた四角い格子窓の向こうから見える満月を見つめながら、キール・ボルトは一人ため息を吐いた。

 彼は今、ベリー・カーチス共々独房に入れられていた。

 罪状は国家反逆罪。


「……どうしてこうなったのかなあ……」


 首に付けられた魔力制御用の首輪に手をやり、もう一度、今度は言葉にしながら、キールはこれまでの間に自分の身に起こった事を思い返した。

 そもそもの始まりはその日の朝だった。学園のいつもの教室、そこでベリーとキールが他愛ない会話をしていた時、突如として武装した鎧姿の騎士たちが教室に押し入り、そして抵抗を許さないままキールとベリーを自国内の罪人収容施設『レグリア』に送ったのだ。


「黙ってついてこい! もし従わなければ、この場でお前達を処刑する!」


 自分達が何をやらかしたというのか。まったく身に覚えがなかったが、とりあえずこの場は従うことにした。

 レグリア一階、煤けた色合いのレンガで組まれた正面ロビーにてキールとベリーはバラバラに引き離され、それぞれ別の尋問室に連れて行かれた。


「お前達が次元魔法を使い、一人の魔導士を異世界に送り込んだ事はとうに判っている! さあ吐け! 自分達がやったと認めるのだ!」


 レグリアの尋問室にて、肩幅の広い強面の尋問官はそうキールに詰め寄った。最初キールは、自分達はルカ・ベルトリオを異世界に送り出した事で糾弾されているのかと思い覚悟を決めたが、尋問官の言葉を聞く内に彼は「あれ?」と不審に思うようになっていった。


「さあ吐け! お前があのルイを送り飛ばしたんだろう! あの弾丸魔法少女ルイをだ! 白状しろ!」


 そんなヤツは知らない。ルイなんて女は見た事も聞いた事もない。


「あのルイとか言う奴は、我々が侵攻作戦を行なっている世界に突如として現れ、我々と同じ魔法を使ってこちらの作戦行動を尽く妨げてきたのだ! 当然ながら我々はそんな奴など知らないし、そんな奴を向こうの世界に送り飛ばした記憶もない! だがその一方で、お前たちが次元魔法を使ったと思わしき魔力の残滓がお前達の通う学園の地下から発見された。これは決定的な証拠なのだ!」

「だから、ルイなんて知る訳ないでしょう!」


 確かに自分達はそこで次元魔法を使った。だが自分達が送り飛ばしたのはルイと言う名前の者ではない。ルカ・ベルトリオと言う名前の同級生だ。キールは必死に説明した。


「それにルカは、魔法なんて全然使えない奴なんですよ! 仮に聞き間違いとかからルカをルイとしたとしても、そんな事が出来る訳ないでしょう! 第一、侵攻している所と同じ世界に飛ばしたって証拠もない!」


 そして帰還方法や行き着いた世界の選別が不可能な点などから使うリスクが高すぎるために使用が自粛されているだけであって、次元魔法を使う事自体は違法ではない。


「黙れ黙れ! 嘘をつくな! どうせお前達がやったんだろう! 隠していると碌な事にならんぞ!」


 だがその尋問官は、どうしてもキール達の罪にしたいようだった。どれだけ否定しても強硬な態度を崩す事なく詰め寄り続け、結局キール達はそのまま家に帰る事も出来ずに、こうして冷たい独房の中に押し込まれていたのだ。


「ふん! まあいい、精々そうやってシラを切り続けているがいいさ。遅かれ早かれ、お前達は絞首台の上に立つ事になるんだ。それまでムダな努力を続けるがいい!」


 国家反逆罪を犯した者は死罪にて償う。授業を通して知っていた事だったが、いざそれが自分に――しかも無実の罪で適用されるとは思っても見なかったので、キールは酷い無力感と絶望の中でその満月をじっと見つめていた。


「……どうして……」


 キールは泣くまいと必死に歯を食いしばったが、それでもその瞳から一筋の涙が流れだしてくるのを止められずにはいられなかった。





「泣きたければ、泣けばいい」


 キールとは離れた位置にあった独房内で、彼と同じ魔力制御用の首輪に手をかけながら涙を堪えるように呻き声を出していたベリー・カーチスに向けて、石畳の壁の向こうからそんな声が聞こえてきた。


「君の辛そうな声がこちらにも聞こえてきたのでね。いてもたってもいられなくなって、こうして話しかけてきたんだ」


 咄嗟に口を手で押さえながら「誰?」と問いかけたベリーに対して、その壁の向こうの声はそう素っ気なく返した。

 声のする壁に向けて、顔を引き締めながらベリーが近づく。そしてそこに横向きに体を預け、外に漏れ聞こえないよう小声で言った。


「……あなたは、いったい誰ですの?」

「人に聞く前に、まずは自分から名乗る物じゃないのか?」


 壁越しに正論を吐かれ、ベリーは一瞬鼻白んだ。だがすぐに気を取り直し、自分の名前を名乗った。


「ベリー・カーチスか。なるほど、いい名前だ」

「さあ、次はあなたの番ですわよ? なんと言いますの?」

「そうだな。そう言う約束だったな」


 壁の向こうからの声が一旦途切れる。そしてその後、前と変わらない静かな調子で声が聞こえてきた。


「私はザンジ・リッツ。学者をしていた」

「ザンジ・リッツ? 確かどこかで聞いたような……」


 相手の名前を聞いて既視感を覚えたベリーだったが、sのデジャヴの正体はすぐに判明した。


「――ああ。あの学会を追放された」

「……随分とストレートに言うんだな。まあ事実だから仕方ないが」


 ザンジ・リッツ。異種文化を受け入れ共に生きていく持論――人魔共存論を提唱して学会を追放された人間の事が書かれた新聞記事を思い出しながらベリーが言った。


「追放されただけでなく、捕まったと言うわけですのね?」

「ああ。不敬罪とか何とか言われてね。どうやらこの世界には、表現の自由と言う物は存在しないらしい」

「確かにあなたの言い分にも一理ありますが、それでもあなたの方にも非はありますわ。格式高い学会であんな学説を披露したらどうなるか、あなたにも判っていた事でしょう?」

「やれやれ、手厳しいな。まあ、その分のリスクを考えなかった私が悪いのだが」


 ザンジが苦笑しながら返す。しかしすぐに真剣な口調に戻り、壁越しのベリーに向けて言った。


「だが私は後悔はしていない。自分の説を世界に公表する事がどれだけ危険な事かは判っていた。だがそれを恐れて、口を噤んだまま墓の下まで一生胸の内にしまっておく事の方など、私にはとても出来ない相談だったからだ」

「そこまで言い切りますか。何か理由がおありですの?」

「昔、魔族の一人と知り合いになってね。そこで自分の価値観が変わったのさ」

「なるほど……その時の詳しい話など、お聞かせできませんか?」

「……」


 ザンジが押し黙る。聞いてはいけない事を聞いてしまったかとベリーは気まずい気持ちになったが、そう考えた直後にザンジのやけに明るい声が聞こえてきた。


「まあ、その時の経験があったからこそ、今の自分がいる訳なんだけどね。その点では彼女に感謝してるよ」

「何事も昔の頃の体験が大事と言う事ですわね」

「ああ、そう言うことだね」

「ええ、そう言う事ですわね」


 ザンジが答えてベリーが返し、二人して小さく笑い合う。そうして取り留めもない事を言ってその場を収めたベリーだったが、その心中にはザンジの価値観を変えたとされるその過去の出来事への好奇心の火が尚も燻り続けていた。





『ルカ、平気?』

「ええ、なんとかね。だけど」


 そして同時刻。キールやベリーとは違う階にある独房の中で、ルイは――ルイの中にあるルカの意識は、自らの首に嵌められた首輪に手をやりながら溜め息を吐いた。


「これは流石に厄介と言うか、余計としか言えないわね。さっきから銃を出そうとしても、ちっとも反応しない」

『魔法を使えなくする首輪か。脱獄に魔法使われたら適わないから、まあ当然の対処だとは思うけど』

「それを自分で食らう羽目になるとは思いもしなかったけどね」


 そしてそう大悟と会話をした後、その今まで押しても引いてもビクともしない首輪から観念したように手を離した黒コート姿の少女は冷たい床の上に大の字になるように仰向けに寝転んだ。


「……研究対象か」


 そしてルイはそう呟きながら、この独房に入れられるまでの事――向こうの世界で光の中に入ってから今に至るまでを思い返していった。





 光の向こうはだだっ広い円形の空間だった。そして光から出たルイの目の前には、背後に数十人の鎧姿もの兵士を従えた一人の白衣の男が立っていた。顎髭を存分に蓄え、その代償として頭髪を一本残らず抜け落とした禿頭の大男だった。


「君がルイだね」


 抑揚のない声で男が言い、ルイの返答を待たずに男が言葉を続けた。


「私はアゼニア帝国より派遣されてきた、魔導研究員のゴルシッカだ。責任者ではない私が言うのも変な話なのだが、一応言っておこう」


 ルイを前にして両手を広げ、余裕の態度を崩さずにゴルシッカが言った。


「ようこそレグリアへ。歓迎しよう」


 その直後、ゴルシッカの背後に控えていた兵士の内の二人がルイに近づき、一人がその体を取り押さえる間にもう一人がその首に件の魔力制御首輪を取り付けたのだった。


「早速だが、君には今日から私の研究に付き合ってもらう。言っておくが、君は我々の侵攻作戦を散々に邪魔じた大罪人だ。拒否権は無い」


 それまで体を抑えていた兵士によってうつ伏せの姿勢で地面に叩きつけられたルイに、ゴルシッカが冷ややかに言い放った。そして倒され両手を後ろ手に掴まれた状態で尚もこちらを睨みつけてくるルイを見下ろしながら、ゴルシッカが勝ち誇ったように嫌味たっぷりな笑みを見せながら言った。


「その目は何だ? 普通ならばお前はこの後すぐに殺される処だったのだぞ? それを私の研究に付き合うだけで避ける事が出来たのだ。むしろ私と、このような処置を取るよう皇帝陛下に打診したゲイン・カーティスマンに感謝してもらいたいものだな」


 見ればゴルシッカの背後の兵士達は、その全員が殺気を漲らせてこちらを見つめていた。魔力を制御された状態でこの数と戦うのは無謀である。ルイは大人しく従う以外に未知は無かった。


「……わかった。あなたの言う事に従うわ」

「いい子だ。では私の後について来てもらおうか」


 ルイの返答を聞いたゴルシッカはそう満足気に頷いた後、監視役の兵士一人以外を全て持ち場に帰し、三人で専用の研究施設に向かった。


「君も君で疲れているだろう。私は君の万全の状態の能力が見たいのだ。今日は軽く済ませて、明日から本格的に研究を進めるとしよう」


 バチバチと青白い電流を這い回らせた電気椅子と内側がトゲだらけの拘束具を背後に見せながら、ゴルシッカが薄ら笑いを浮かべた。ルイはこのサディスティックな男が嫌いになった。

 軽く、とゴルシッカの言った通り、身長体重を測って血液を摂られただけでルイは開放された。そして監視の兵士に連行され、新たな住居となる独房に放り込まれたのだった。





『こっちの事、モルモットか何かみたいに見られてるよね、絶対』

「仕方ないよ。何せ侵攻作戦を邪魔し続けた元凶だもの。人並の扱いは受けられないでしょ」


 そしてそれまでの事を思い返し終えた後、大悟の言葉にルカがそう返した。そんなルイの頭の中では、研究と言う名目の拷問のイメージが絶えず渦巻いていた。


「このままだと死ぬね」

『違う。もっと酷い目に逢うかもしれない』

「……そこまで想像したくないよ……」


 二人の想像力に差があった結果生じた齟齬であったが、『死ぬ程の目に遭う』と言う点では二人の意見は一致していた。『研究』で死ぬのかそれ以外の要因で死ぬのかは判らなかったが、恐らく碌な死に方はしないだろう。だがそんな共通認識を前にして、二人は取り乱したりはしなかった。

 人間とは不思議なもので、こうして不可避の『死』を前に叩きつけられると、意外なほど冷静になれるのだった。単に諦めの感情が先に来ていただけかもしれないが。


「私、このまま死ぬ気は無いよ」


 しかし、二人はまだ諦めていなかった。


『俺も同じだよ。こんな所で死にたくない』

「同感。何とかして抜け出さないとね」

『でもどうするの? この首輪があったんじゃ、何も出来ないよ』


 大悟の言葉に、ルカは小さく笑って答えた。


「大丈夫よ。ちょっと私に考えがあるの」

『考え? どんな?』


 体を起こし、姿勢を低めて独房の隅の暗がりに逃げこみながら、ルイが大悟に言った。


「ちょっと耳貸して」

『うん』





 二時間後、レグリア内部で大爆発が起こった。


お久しぶりです。超お久しぶりです。

ようやっとレビーノでの話に切り替わります。

次回「逆襲戦」


撃ちます撃ちます

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