第十話「買い物」
「ほええ……」
身体を曲げてガラス板に両手を押し当て、ガラスにくっつかん程に顔を近づけてショーケースに並べられた服を着たマネキンの列を見ながら、ルカが感嘆のため息をもらす。
「こっちじゃ、こんな風に宣伝してるんだ……」
「向こう……レビーノじゃ、どんな感じにやってるの?」
「ええと、ただ棚の上に服が置かれてて、それで気にいった物をそれぞれ手に取って行くって感じかな。少なくともこんな手の込んだことはしてないよ」
顔を離すことなくマネキンに視線を釘づけにしながらルカが返す。その両手をガラス板にくっつけて凝視するルカの姿を前に、なぜか大悟は気恥ずかしい気持ちになった。
「あ、あのさ、ルカ」
「ん?なに?」
「せめてこっち向いて話してくれないかな……いや、そうじゃなくて、もうちょっと離れようか」
「え、ああ、ごめん。つい珍しくって」
自分のとっている格好に気づき、慌ててルカが体をガラスから離す。そして照れ隠しに苦笑いを浮かべながら大悟に言った。
「決めた。ここで服買うよ」
「いいの?他にもお店はたくさんあるけど」
「全部回ってたら陽が暮れちゃうよ。さ、早くいこ!」
そう言って大悟の腕を掴んでルカが店の中に入ろうとする。が、すぐに自動ドアの前で立ち止まって、不安そうに大悟の方を見つめてくる。
「ここが入口なんだよね?ぴったり閉まってるんだけど……」
「ああ、自動ドア知らないのか」
「じどう?」
自動ドアの存在を知らないことを微笑ましく思いながら、大悟がドアに向けて一歩踏み出す。するとそれまでぴったり閉じていたくドアが音もなく左右に開いていく。大悟にとっては日常的な装置であったが、その様を見ていたルカは目をキラキラとささせて声高に言った。
「凄い凄い!近づくだけで勝手に開くんだ!魔法みたい!」
「いや、あの、喜んでるとこ悪いんだけど……」
「え?」
「声のトーン、落としてくれるとありがたいなあって……」
「あ……」
周囲の不穏な視線に気づき、ルカが顔を真っ赤にする。そして大悟共々、二人していたたまれない気持ちになる。
「べ、別の所行こうか?」
「う、うん」
そうして逃げるように店を後にした二人だったが、暫くして、街を駆けながらどちらからともなく笑い声をあげていた。
二人して一通り笑い終えた後、満面の笑みでルカが言った。
「じゃ、次のお店、案内してくれるかな?」
「おう!」
事の始まりは、ルカが着替えの服を用意していないと嘆き始めたことだった。それを聞いた大悟が『服を買おう』とルカに提案し、今に至る。
資金面についても大悟が全額負担すると言ったが、それを聞いたルカは真っ先に苦い顔を浮かべた。
「え?いや、そこまでお世話になるわけにはいかないよ」
「でも、お金持ってないんでしょ?」
「ぐっ……で、でも、ちゃんと働いてちゃんと稼ぐからさ。ダイゴが無理しなくも」
「それまでずっとその恰好でいるつもり?」
「あ」
結局、ルカは大悟に全面的に甘えることになった。金は腐るほどあるから大丈夫、と大悟は言ったが、ルカはその心も表情も、申し訳なさでどんより曇らせていた。
しかしそれも、外の街並みを見た瞬間に物珍しさと興奮ですっかり吹き飛んでしまった。今では見る物すべてに目を輝かせながら、未知の世界でのショッピングを楽しんでいた。
「でもこういうのって、デートっていうのかな」
「ダイゴ、どうかした?」
「え?いや、なんでもないよ」
自分の心が躍っているのはそのせいなのかと、大悟はほんの少し自問自答していた。