第一話「始まり」
「……本当に、いいのか?」
周囲に円柱が立てられ、真ん中に水色に光る魔方陣が描かれた円形の部屋。灯りは無く、魔方陣が発する淡い光がその部屋に光を与えていた。
その薄暗い室内で、少年の低い声が響き渡った。ローブを纏った青い髪の少年であり、その落ち着いた声には相手を心配するような調子が見えた。
「こちらの世界に帰れる保証はどこにもない。いくら生徒会長――大魔導士の献策とはいえ、この方法は余りにも……」
「いいの。これで」
そんな男の言葉を、溌剌とした少女の声がバッサリと切り捨てる。その声の主は魔方陣の真上に立っていた。
心臓の鼓動のように魔方陣が明滅を繰り返す中、黒いショートヘア姿のその少女が男に向けて切実そうに訴えた。
「私、どうしても魔法が使いたいの。魔法を使えるようになって、みんなと同じように暮らしたいの」
「だからって、こんな危険な」
「あら、いいじゃないですか」
なおも不安げに返す男に、今度は金髪のロングヘアの少女が声をかけた。ややハスキーで、高圧的な響きのある声だった。
「これは全て彼女が決めたこと。リスクも全て承知の上。今更私たちがどうこう言えた物ではないですわ。そうでしょう?」
「……うん」
魔方陣に立つ少女が力強く頷く。
「ほら、彼女もこう言っていることですし。いい加減あなたも覚悟をお決めなさいな」
「そうだよ。友達だからって遠慮しないで、一思いにバーッとやっちゃっていいんだからね?」
「友達だから気にしてるんじゃないか」
「友だからこそ、こうして躊躇なく頼めるのではありませんか。同じ友として、私からもお願いしますわ」
「……ああ、わかったよ」
意を決した様に男が呟く。そしてその直後に、男が呪文を唱えるぼそぼそとした声が響き渡った。その声に同調するように、少女の足元にある魔方陣がその拍動を速めていく。
「ルカ、大丈夫ですの?」
魔方陣の外に立った少女が声をかける。それはそれまでの高慢な物とは違う、純粋に友を気遣う言葉であった。そんな彼女に、魔方陣の中にいた少女――ルカ・ベルトリオが笑顔を作って言った。
「うん、平気だよベリー。ちょっとドキドキするけど」
「早く魔法を覚えて、早くこちらの世界に帰ってくるのよ?絶対ですわよ?」
もう一人の少女――ベリー・カーチスの心からの言葉に深い安堵を覚えながら、ルカが言った。
「うん!絶対、絶対に魔法使えるようになって帰ってくるから、待っててね!」
「開くよ!」
ルカとベリーの言葉を遮るように男が叫ぶ。その直後、ルカの頭上に黒い球体が姿を現した。球体の中央から魔力が電流となって漏れ出し、禍々しいまでに闇の輝きを放っていた。
「ルカ!」
「うん!」
意を決した様にルカが足に力を込め、真上にジャンプする。そのまま引力が働くかのようにして、ルカの身体が球体に吸い込まれていく。
「気を付けるんだぞ!」
「別世界でもしっかりね!」
「うん!ベリー!キール!またね!」
ルカがそう叫ぶのと彼女を完全に呑み込んだ球体が収縮する様にして消滅したのはほぼ同時だった。
「……行ってしまいましたわね」
球体があったところに青白い電流が残滓として迸る様を眺めながら、ベリーが感慨深げに呟いた。
「うまく行っていれば良いのですけれど」
「うまく行ってなければ困るよ。一応、生徒会長の指示通りにやったから大丈夫だと思うけど」
彼らの通う学園の生徒会長であり当代最強の魔術師である少女の言葉を思い出し、少年――キール・ボルトが不安げに呟いた。
「本当に大丈夫かな……あれで間違ってないかな……」
「本当にあなたは心配性ですわね。彼女の言うとおりにやったのでしょう?何も問題はありませんわ」
「そうは言うけどさ」
呆れるように言ったベリーに対して苦い顔を浮かべながらキールが返した。
「不安なんだよ。あの人の言うとおりにとは言っても、次元跳躍魔法なんて使うの初めてなんだから」
「……それも、そうですわね」
キールにつられるように今度はベリーが暗い顔を浮かべる。
「ルカは別世界で、上手くやれるでしょうか」
「……祈るしかないよ」