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乾かし屋シェラの物語

乾かし屋シェラが幼馴染の街に捧ぐ雨の唄

作者: 雪月花
掲載日:2026/02/08


 ここは、年中柔らかい雨が降るミスレスト村。

 

 王都へと続く街道沿いにあるこの村は、雨に濡れた旅人たちをもてなす小さな宿場村だ。

 そんな素朴な場所で、私は「乾かし屋」さんを営んでいる。


 店の中で何気なく窓辺に立ち、灰色の空を見上げた。

 目を凝らさないと分からないほどの小さな雨が、サラサラと降っている。

 いたずらに吹く風に逃げ惑う様子を眺めていると、コンコンとお店の扉から音がした。


「はーい」


 パタパタと小走りで近づき、扉をそっと開ける。

 するとそこには、昔からの友人であるアルドが立っていた。


「霧みたいな雨のせいで、全身じんわりと濡れてるんだけど……乾かしてくれないか?」

 彼は雫が滴り落ちている前髪を、鬱陶しそうにかき上げた。

 その様子に苦笑しながらも、私は扉を開けたまま身を引く。


「店の中へ入って、アルド。……ふふっ。違うかった」

 私は口元を押さえ、少しだけ間を置いて続けた。


「サンドラッド伯爵様」

 

「…………」

 アルドは照れくさそうに頭をかくと、ムスッとしたまま店内へと歩みを進めた。

 




 得意のドライ魔法でアルドをササッと乾かすと、私はそそくさとキッチンへ向かった。

 彼はいつもの椅子に腰を掛け、体の緊張が解けたようにふぅと一息つく。


「伯爵様にお出しできるような、高級な紅茶はないのですが……」

 そうクスクス笑いながら、いつものカップを二つ取り出す。

 私を呆れたように見たアルドが、少しだけ胸を張って自信ありげに言った。

「今日だけは特別に許してやろう」

「……っぷは!」

 

 思わず吹き出してしまった。

 偉そうに振る舞うアルドが、似合わなさすぎて。


 そうして肩を揺らしたまま、トレイに紅茶を乗せて彼の元へと向かった。

 アルドの前の机に静かに置くと、ティーポットを傾けてカップに紅茶を注ぐ。

 

「…………」

 いつもの仕草なのに、なぜかアルドが熱心に見てきている気がした。


「なぁに? どうしたの?」

 私は淹れ終えた紅茶を彼の前にスッと差し出すと、向かい側に腰を下ろした。

「……いや、何でもない」

 アルドが軽くかぶりを振って、小さくほほえんだ。

 その視線はずっと紅茶に向けられており、そのままぼんやりと手を伸ばしていた。


「…………?」

 彼の様子に小さな違和感を覚えながらも、私もカップを手に取った。

 そしてコクンと喉を潤すと、囁くように喋り始める。

「……久しぶりだね。正式に領主様になってから、忙しかったの?」

「それもあるけど……実はこのところの日照り続きで、俺の領地が長引く干ばつに見舞われたんだ」

 苦い表情で語ったアルドが、重いため息をついた。


 この村から遠く離れた彼の街は、太陽が燦々(さんさん)と輝く乾燥した地域だ。

 いつもじっとりとしているこことは、正反対の場所なのだ。

 

「えぇ……?」

「それで、周辺地域から水をかき集めてたけど間に合わなくって……実はこれから王都に行って掛け合うつもりなんだ。でもすぐには解決出来ないだろうな」

 若くして領主になった幼馴染が、悔しそうに目を伏せた。


 その姿を見て、私の眉は自然と下がった。

 けれどすぐにパッと表情を華やげて笑う。


「ねぇねぇ、私の得意な基本魔法って何だと思う?」

「えっ? 基本??」

 アルドが思わず顔を上げ、面を食らったようにまばたきをした。

 私が嬉しそうにコクコクと頷くと、彼は渋々ながら考え込む。


「……そりゃあ、ドライ魔法が得意なんだから風だろ? あ、暖かいから……火か?」

「ハズレ〜」

 私は腕をクロスさせてバツを作った。

 そしてニコニコしたまま続ける。

「正解は……〝水〟でした〜」

「水?」

「うん、水の魔法が一番得意なの。この村ではあんまり必要じゃないから……」

 私はそう言って片方の手のひらを差し出すと、早速水魔法の呪文を唱えた。


 するとサラサラと光の粒子が集まり、手の上で渦を巻きながら小さな星を作った。

 それは次第に膨らみ、光の中心から水が生まれ、やがてひとつの球へと育っていく。

 あっという間に手のひらより大きくなったのを見届けると、私は「もっとも〜っと大きいのが作れるよ」と笑ってみせた。


「っ!? 今すぐ来てくれないか!?」

 興奮したアルドが、私の手をガシッと掴んだ。

 途端に水球は形を失い、弾けた水が私たちの手の上にビシャリと落ちる。

「わぁっ!!」

「シェラの魔法で助けて欲しいんだ!」

 机から滴り落ちる水が、ポタポタと足を濡らしていく。

 それでもアルドは気に留める様子もなく、真剣な眼差しで私を見つめていた。


「……う、うん……」

 すぐに頷くつもりだったのに、彼の迫力に思わず頬が熱くなり言葉が詰まる。


「よし、すぐに行こう!!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってよ〜」

 アルドは掴んだ私の手を引き、迷いなく店の外へ向かおうとした。




 ーーーーーー


「お待たせ〜」

 旅の支度を終えた私は、外で待っていたアルドのもとへ合流した。

 あれから、気のはやる彼をどうにか落ち着かせるのに苦労した。

 けれど着の身着のままでは、流石にサンドラッド領まで辿り着けない。


「……軽装だな」

「だって、あんまり遠出しないから。それに身軽じゃないとすぐに疲れると思うし」


 私たちは軽く言葉を交わすと、並んで歩き始めた。

 ちょうど晴れ間がのぞいており、湿った地面がザリザリと鳴る。


「そうか。シェラはこの村を離れると、倒れるんだったな」

 先を見据えたままのアルドが、クスリと意地悪く言う。

「違うよ。あれは水筒を忘れたからで……しかも子供の時の話でしょ?」

 私はプンプン怒ったふりをしながら「ちゃんと水筒もリュックに入れたし!」と言い切った。


「すぐにへばるのは変わってなさそー。……けど、今回はちゃんと助けるから」

 笑っていたアルドの空気が変わった。

 チラリと私を見てから続ける。

「絶対に俺の領地まで連れていく。何があっても」

「…………」

 私は目を見開いて彼を見つめ返した。

 領地をどうにか救いたいアルドは、いつもと違うから調子が狂う。

 

 なんだかそわそわして、私は視線を逸らした。

「あ〜、じゃあ歩けなくなったら、おぶってでも貰おうかな〜」

 そう言って歩きながら前を向くと、ちょうど両親の営む宿屋が見えてきた。


「もちろん、おぶってーー」

「あ、ママだ!」

 私はわざと大きな声をだして駆け出した。




 ママはお客様を見送ったあとのようで、店先に立って遠くをゆったりと眺めていた。

「ママッ!」

「あら、そんなに急いでどうしたの? ……どこかに行くのかしら?」

 ママは私の姿を上から下まで眺めると、不思議そうに言った。


「うん。アルドの領地に連れてってもらうね」

「まぁ!」

 なぜか大袈裟にママが喜んだ。

 口元に手を当てて、瞳が期待に満ちたものへと変わる。

 そして「パパ〜ッ!」と叫びながら、店の奥へと引っ込んでいった。


 入れ違いに追いついたアルドが私の隣に並ぶと、私たちは思わず顔を見合わせた。


「……どうしたんだろうね?」

「村から出たがらない娘が、遠出するのが嬉しいんじゃないか?」

「まっさか〜」

 いつものやり取りをしながら、私たちはそのまま扉をくぐって中へ入っていった。




 アルドは、連れてきた従者たちが休んでいる二階へと、話をつけに行った。

 私は一階の広間のソファに座り、両親と向かい合う。


「それでね、アルドの領地が干ばつでーー」

 どこか落ち着かない両親に向けて、ことの成り行きを勢いよく喋る。

 すると、彼らの顔からだんだんと表情が消えていった。


「私の水魔法でーー」

 そう口にした瞬間、青ざめた表情に変わり空気が張り詰める。


「水魔法を使うのかい?」

「……大丈夫かしら?」

 そしてついに、お互いの顔を見つめて困惑し始めた。


 すると、二階が急に騒がしくなった。

 ばたばたと階段を降りてくる足音が重なる。

「連れて帰るのかと思ったら、手助けに来てくれるだけですか……やっと伝えたのかと思ったのに」

「しょうがないだろ。村から離れたがらないのに、来てくれるって言い出しただけでもーー」

「またまた〜、そんなこと言ってるからアルド様はーー」

 ぶつぶつと何やら小言を交わしながら、アルドと従者のロア君が降りてきた。


 ロア君は、前からときどきアルドのそばで見かける顔だった。

 けれどその後ろには、見慣れない人たちの姿もある。

 正式な伯爵様になって、従える人数も増えたようだ。


 アルドがこちらに気付くと、従者たちと離れてスタスタと向かってきた。

 両親が立ち上がり、私もそれに続く。

「話は終わったか?」

「うん。何となく」

「こっちは、シェラの実力を見てみたいって声が上がっててさ。本当に乾いた土地を潤せるのかって。だから、本気の水魔法を外で見せてくれないか?」


 アルドの申し出に、両親が揃って声を荒げた。

「村で魔法を試すですって!?」

「それだけはやめて下さい!!」


「へ??」

 突然の剣幕に、アルドが思わず間の抜けた声を出す。

 そんな彼を気にせず、パパとママは詰め寄って懇願した。


「保証なら私たちがします!」

「この子はすごい量の水が出せますからっ!!」


「…………」

 絶句したアルドが、ゆっくりと私の方を見た。


「エヘヘ。村をね、水没させそうになったことがあるの」

 私は悪びれもせず、少し得意げに笑った。


 胡乱(うろん)な目つきに変わったアルドが、ロア君たちへと視線を移す。

 何かを確かめるように目配せをすると、静かに頷き返されていた。

 それから改めて、両親へと向き直る。


「分かりました信じます。だからシェラさんの力をぜひ貸して下さい。サンドラッドの領主としてお願いします」

 真摯にそう言ったアルドが、深々と頭を下げた。


「もちろんいいですとも」

「だから頭を上げて下さいっ」


 あわあわする両親をよそに、私は胸の奥がじんとするのを感じながら、その光景を見ていた。

 けれど、どこか遠い人になった気がして寂しさも覚えていた。




 改めて顔合わせを済ませたアルドたちと私は、サンドラッド領を目指して歩き始めた。

 まずはぬかるみの森を目指して、私とアルドが先頭を行く。

 

「やけに楽しそうだな。もしかして、水魔法を使いたかったのか?」

 浮き足立つ私を見て、アルドが苦笑する。

「あはは、それもあるかも。なんたって5年ぶりだからなぁ〜」

「…………」

「思いっきり使えるの楽しみ〜〜」

「いちいち言うことが怖い……」

 アルドが若干引きつつも続けた。


「村を水没させそうになったって、加減が分からなかったのか?」

「つい、遊び心でーー」

「それを言うなら〝出来心〟だろ?」


 呆れたようにフッと息を吐く彼に、私はどこか楽しげにニッと笑った。


 たしかに水魔法が遠慮なく使えると分かって、わくわくしている自分がいる。

 しかもこの村ではやっかいがられた魔法が、多くの人を笑顔に出来るかもしれない。

 

 よし、頑張ろうっと!


 私は自然と手をギュッと握りしめていた。


 ーーでも、現実はそう甘くはなかったのだった。




 **===========**


「……ぅぅ……ごめんなさぃ……足手まといで……」

 私は何度目か分からない謝罪を繰り返していた。

 ひとり馬に乗せられ、ぐったりと首にしがみついている。


「しょうがないですよ。誰だって初めてここを通る時は、疲れ果てるんで」

 馬の手綱を引いてくれているロア君が、振り返って爽やかな笑みを浮かべた。

「……やっぱりへばったな。まぁ、ぬかるみの森を抜けただけ頑張ったんじゃないか……?」

 その隣でアルドが、茶化さずに優しい言葉をくれる。

 その気遣いに余計に申し訳なさを感じた。

 

 ……思ったより体力ないなぁ私。

 こんなはずじゃなかったのに……


 馬のたてがみに顔を埋めたまま前に目をやると、平原から次第に起伏のついた道に変わっていくのが見えた。

 その先には、風の強い丘陵が待っていると聞いている。


 うわぁ……

 無事に辿り着けるかなぁ?


 予想以上に体が重くて情けなくなる。

 せめてもの想いで、抱きついている馬の首を〝ありがとう〟と優しく撫でた。




 ーーーーーー


 丘陵地帯に差し掛かったころには、私はすっかり物言わぬ荷物と化していた。

 馬では通れない道なので、案の定、降ろされてしまったのだ……


 少し休憩を取ろうということで、歩き疲れてヘロヘロの私は、平たい石の上にペタンと座り込んだ。


「お嬢さんもキツそうですなぁ」

 そう柔らかい声がしたかと思うと、オルヴァさんという男性が倒木に座り込んだ。

 ゆっくり顔をあげると「あいたたた……いい歳になったようで、体の節々が悲鳴をあげおる」と、眉を下げて穏やかに笑う年配の人と目が合った。


「……でも、道に慣れている分、私より余裕がありそうですね」

「ふっふ。シェラさんが足の痛みを、何かしらの魔法で癒してくれているのは、耄碌(もうろく)したおいぼれでも分かりますよ」

「……気休め程度です」

 私はふわりと笑って、照れ照れと目を伏せた。


 アルドの同行者の中でも一番高齢のオルヴァさん。

 彼はアルドのお父様から、若い領主がしっかりするまで見届けて欲しいと、(おお)せつかったそうだ。

 そんな見守り役のオルヴァさんは、アルドはもちろん私も含めた年下の人たちを、いつも少し離れたところから気にかけてくれている。


「自分には、その得意の魔法は使わないのかい?」

 オルヴァさんが目尻を下げて聞く。

「……出来るだけ、魔力は温存したいんです」

「なるほど。……しかしシェラさんは人が良い。ゆかりのない土地の人を助けるために、こんな苦労までして文句ひとつ言わんとは」

 目をまん丸にさせておどけて見せる様子に、思わず頬が緩み、私は素直な気持ちを口にした。


「ずっと、頑張っているアルドの背中を見てきたんで、お手伝い出来るのが嬉しいんです」

 はにかみながらクスクス笑った。

 それから口の横に軽く手を添えて、内緒話みたいに続ける。

「伯爵の仕事の大変さなんて、これっぽっちも分かってませんが、少しでも軽くしてあげられたらなって」


「……シェラさんと喋っていると、優しい気持ちになりますな。アルド坊っちゃんが足しげく通うのも納得ですわい」

「…………」

 オルヴァさんの言葉にこそばゆくなった私は、頬を染めて地面に視線を落とす。

 そしてそのまま、ためらうように口を開いた。


「でも、道中ですごく迷惑かけちゃってごめんなさい。早く領地に戻りたいですよね?」

「ほっほっほ! 大きな水瓶を持って帰るのと比べれば、容易いものですよ」

 オルヴァさんがからりと笑った。


 ……たしかに、水そのものを運ぶよりはましかも。


 気持ちが軽くなった私は、オルヴァさんの陽気さにつられて、ふっと朗らかに笑った。




 **===========**


「つ……ついたぁ……」

 険しい道のりを歩き切った私は、ついにサンドラッド領の中心の街に到着していた。

 

 石造りの家が立ち並び、照りつける太陽が白い道をこれでもかと焼いている。

 視界に飛び込んでくる色彩はあまりにも鮮やかで、目を開けていられないほどだった。


「暑い……干からびそう……」

 フラフラし始めた私の腕を、アルドが思わず掴む。

「よく頑張ったな。今日はもう休んでーー」


 その時だった。

 通りの先にある広場で、小さな子どもを小脇に抱えた女性がパタリと倒れた。


「大丈夫か!?」

 ピクリとも動かなくなったふたりに、アルドが素早く駆け寄る。


 私がようやく追いついたころには、助け起こされた女性がかろうじて目を開けた。

「ア、アルド様。どうか……この子だけでも……」

 かさついた唇から、消え入りそうな声がした。

 彼女の言葉に子どもへ目を向けると、顔を真っ赤にしてかすかに震えている。

 

 そこへ、アルドの屋敷から駆けつけてきた従者が、膝をつく彼の横にしゃがみ込んだ。

「アルド様。この街の貯水はゼロになってしまいました。今打てる手立てはーー」

 

 ジリジリとむせ返るような暑さの中を、従者の淡々とした報告がどこか遠くで続く。

 ふと周りを見渡すと、日陰でへばり込んでいる人が何人も見えた。


 広場の奥には、石で縁取られた大きな泉の跡も。

 今は干上がってしまっているけれど、普段はなみなみと水を(たた)えているのだろう。

 そこから街の各所へと伸びる水路の跡が、張り巡らされているのも見えた。


「…………」

 私は泉を目指して歩き始めた。

 それを(はば)むかのように、太陽の光が上から押さえつけてくる。


 ……暑い。

 水の気配が一切しない。

 こんな場所は……


 潤してしまおう。

 

 泉の縁に立った私は、雨を受け止める時のように片手を差し出した。

 そっと呪文を唱えると、手の上に光の粒が集まり、次第に水へと姿を変えていく。


「シェラ、疲れてるんじゃ……」

 アルドが魔法を使おうとしている私に気付き、親子を従者に任せてそばに来た。

 ちょうど呪文のひと区切りがついたので、私は彼の方を向くとニコリと笑った。

 

「大丈夫だよ」

 そう言って、手のひらの上に出来た抱え込めるほどの水球を、ポーンと空へ飛ばした。

 やがて勢いを失った水球が、はるか上空でピタリと止まる。


 私は楽しそうにそれを眺めると、口をゆっくりと開けて息を吸った。


「————♪」


 太陽に支配された街に、不思議な調子の呪文が響き渡る。

 それは、ミスレスト村に伝わる〝雨の唄〟だった。

 

 ーー5年前の私は、()()()でこの唄を混ぜてみたのだ。

 水の魔法に。

 

 するとどうだろう。

 今みたいに水球が、思いがけないほど大きく、広く育っていったのだ。


「…………っ!」

 その様子に魅入っていたアルドが、慌てて従者に駆け寄った。


「住民たちに家の中に避難するように指示を!」

「はっ!」

 バタバタと慌て始めた彼らをよそに、私は唄を紡いだ。


 今ではもう意味を持たない古い言葉。

 どこか懐かしい響き。

 跳ねるような韻に、いつまでも続くリフレイン。


 ぐんぐん大きくなった水の集まりは、街を覆う屋根のように広がっていった。


「…………ふぅ」

 太陽の光がやわらいだ空を見つめ、私は満足げに息をはいた。

 それから頭上を指差し、最後の呪文を唱える。


 すると水球を包んでいた膜がほどけ、形を保てなくなった水が、無数の雫となって一斉に落ちてきた。

 それは豪雨となり、サンドラッドの街に降り注いだ。


「ひゃあっ!!」

「シェラ!!」


 強い雨を浴びて、思わずはしゃいだ声を上げた。

 ギリギリまで避難の指揮をとっていたアルドが、最後に私を助けようと駆けつける。

 けれどそれも間に合わず激しさを増した雨に、辺りは一瞬にして埋め尽くされてしまった。




 雨がやんでから目を開けると、尻餅をついた私はびしょ濡れになっていた。

 目の前には、同じように座り込んで手をつくアルドがいる。


 私たちは揃って、きょとんと見つめ合った。

 頬や額を伝う水滴が、やがてポタポタと滴り落ちていく。


「ぷっ……」

「フフフッ」

「あはははははっ!」


 次第におかしさが込み上げ、しまいには大声で笑い合った。

 

 住民たちも恐る恐る家の外に出てきた。

 そして恵みの水に満たされた街を見て、歓声を上げる。

 私はその様子に、さらに笑みを深めた。


「うまくいって良かった〜…………」


 ホッとしていると急に力が抜けた。

 目の前が暗転し、背中が後ろへと傾いていく。

 

「シェラ? ……シェラ!?」

 

 最後に聞こえたのは、アルドの焦った声だった。

 



 **===========**


 次に目を覚ますと、知らない部屋のふかふかのベッドに横たわっていた。


「…………」

 ぼんやりとしたまま身を起こし、焦点の合わない目で前を見る。

 

 ここはどこ?

 えーっと、たしか水魔法をかけて…………


 ただでさえ回っていない頭が、それ以上働くのを拒否したので、私は大人しくじっとしていた。


 するとそこへ、母親くらいの年のメイドが入ってきた。

 私を見るとギョッとして動きを止め、一旦外へ出る。

 けれどまたすぐに入ってきて、ニッコリと笑顔を浮かべた。


「起きたのですね。どこか痛むところはないでしょうか?」

 ササッと私に近づくと、顔を覗き込むようにして様子をうかがう。

「……ないです。あの〜、ここは……?」

 トロンとした目のまま私が聞くと、メイドさんが小さく頷いて何か言おうとした。


 けれどその時、部屋の扉が荒々しく開け放たれた。

「シェラ! 大丈夫か!?」

「……っ!?」

 血相を変えて入ってきたアルドにハッとした私は、そばのクッションを掴んで顔を埋めた。


「あのあと大変だったんだぞ。ヘラヘラ笑ってたのに急に倒れるから……って、どうした?」

 丸まったままの私に、アルドが声をかける。


「…………ね」

「ね……?」


「寝起きの顔を見られるのが……恥ずかしくて……」

 私はクッションに向かってモゴモゴと喋った。


「…………」

「だって、お昼寝のあとに村を散歩すると、必ず『さっきまで寝てたの?』って聞かれるのよ。きっとみんなに分かるほど締まりのない顔なんだわ」

「そんなこと……あ! シェラの店を訪ねた時に『部屋を片付けるから、しばらくしてから来て』ってたまに言われてたけど、さては昼寝の直後だな?」


「それは……」

 思わず顔を少し持ち上げた私は、慌ててまたクッションに伏せて続けた。

「部屋が本当に汚い時もあるから、安心してっ」

「…………」

 アルドの何か言いたげな視線が刺さる。

 彼は一呼吸置いてから続けた。


「それより、昼寝してたってバレるのは表情じゃなくて、どうせよだれがついてたり寝癖がひどかったりするだけだろ」

「ひっどい! 私をそんな適当な性格だと思ってるのね!」

「え? 違うのか?」

「…………あまり違わないかも」


 私たちがいつものやり取りをしていると、メイドさんの呆れたため息が聞こえてきた。


「さぁさぁアルド坊っちゃん、シェラさんの言う通りここはレディの寝室ですよ。いろいろ支度があるんでそろそろ出て行って下さい」

「坊っちゃんって……あのさぁ、もう伯爵を継いだんだけど。昔からいる使用人は、みんな子供扱いだな」


 不貞腐(ふてくさ)れたアルドの声が、次第に遠ざかっていく。

 パタンと扉が閉まる音を聞いてから、私はそっと顔を上げた。

 それを待ち構えていたように、私のそばで控えていたメイドさんがニッコリと笑う。


「お腹は空いていませんか? それとも汗を流します?」

「……お腹空きました」

 私はおずおずと返すと、小さく口元を緩めた。




 それからメイドのアグネスさんが、甲斐甲斐(かいがい)しくお世話をしてくれた。

 どうやら私はアルドの客人だそうで、丁寧にもてなすように言われているらしい。

 慣れない扱いに戸惑いながらも、その好意に身を任せていると、最後に上質なドレスを着るように勧められた。


「そんなそんなっ。私なんかには、もったいないです」

 私は突き出した両手と、おまけに首まで振って断った。

「……そうですか? そこまで遠慮なさらなくてもいいのに……」

 アグネスさんが、残念そうに眉を下げる。


「いや本当に、私にはーー」

 苦笑しながらも、思わずチラリと部屋の様子を見やった。

 

 上等な家具。

 落ち着いた雰囲気。

 そして、家主と絆をしっかりと結ぶ、温かい使用人たち……


 幼馴染は、やっぱり立派な人なんだなと思った。

 同時に、住む世界が違うことも思い知らされる。


 フッと自傷気味に笑うと、穏やかに告げた。

「あの、街の人が来てたような服が着たいです」

「……街の人?」

「はい。私の村では見ない、可愛らしい格子柄の」

 



 ーーーーーー


 そうして、この地方ならではの衣装に着替えた私は、赤い格子模様のスカートを揺らしながら街を歩いていた。

 あれから泉がどうなったか気になったので、アルドに頼み、広場に向かうことにしたのだ。


 歩きながら目に入る街は、活気を取り戻し、笑顔の人々で溢れかえっている。

 その様子に私も嬉しくなり、心が弾んだ。


「この服どう? サンドラッドの街娘みたい?」

 隣のアルドに見せびらかすために、片手でスカートをちょんと持ち上げる。

「うん……まぁ」

 反応に困ったのか、アルドがそっぽを向いた。


「…………」

 なんか様子がおかしいんだよね。

 変なの。


「変と言えば……」

 つい(いぶか)しげに辺りを見渡し、ブツブツとこぼす。

「街の人たちも、何かを期待する目や、どこか生温かい視線を向けてきて……なんか思ってたのと違うんだよね」

「……そ、そうか?」

「お礼を言われたくてした訳じゃないけど、もっとこう……『水魔法すごいね!』って言われたりしないかなって……」

 私は口を尖らせてシュンと肩を落とした。


「すごかった! めちゃくちゃ凄かった!!」

 アルドがあからさまに褒めちぎる。

 余計に私は元気をなくした。


「…………あ、もしかして」

「な、なんだよ?」

「私の恥ずかしい話とかを、言いふらしたんでしょ?『あいつ体力無さ過ぎて、子供みたいに泣きべそかいてたんだぜ〜』とか?」

「言ってないし。てか俺のイメージってそんな悪ガキみたいなのか?」

「…………だって、じゃなければこんなに街の人から距離を取られることってある??」

 私は半泣きになって訴えた。

 そして「あ、怖がられてるのかな? 村の人たちみたいに、そんなに水はいらないよって……」と考え込んでしまう。


「あー、多分あれだ。シェラが倒れた後に俺が取り乱したから、そっとしてくれてるって言うか……察してくれてるって言うか……」

「え? なんて言ったの?」

「何でもないっ!!」

「……??」

 やっぱり様子のおかしいアルドに、私は眉をひそめた。


 話しているうちに、あの広場についた。

 軽やかな水音を奏でる泉に近づき、水の流れを目で追う。

 その巡る様子が愛しくって、自然と笑みがこぼれた。

 

「シェラのおかげで、この街は誰一人欠けることなく危機を乗り越えられた。本当にありがとう」

 隣で一緒に泉を眺めていたアルドが、私の方へと向き直った。


「私の力がお役に立てて良かったです」

 私も彼の方へ向き、伯爵様へと畏まって返事をする。

 けれどすぐにふにゃりと表情を崩し、いつもの調子で続けた。

「ここに来るまでに死にかけたけど、頑張って良かったよ」


 アルドもそれを受けて柔らかく笑う。

「そうだな。あの道のりを歩いて帰るのは、さすがにきつくないか?」

「ふふっ。そうだね。もうこりごりかも」

 私は肩を小さく跳ねさせ、吹き出しながら視線を落とした。


「だったら、もうここでーー」


 その時パッと顔を上げた私は、彼の言葉を遮った。


「だから魔法で帰るね〜」


「…………え?」

「パパとママも心配してるだろうし〜」


 私はさっそく地面に手をかざすと、魔法陣を展開した。

 それは移動用のゲートを作る魔法で、魔法陣を(えが)いた場所同士を繋ぐものだ。

 もう片方はミスレスト村にすでにあり、あっという間に帰ることが出来る。

 

 みるみるうちに強く輝き始めた魔法陣の上に立つと、状況を飲み込めずにいるアルドに一声かけた。

「また困ったら、いつでも水魔法をかけにくるよ」


 その言葉を追い越すように光があふれ出し、私の姿を包んでいく。

「ちょっ……おいっ!」

 やっと動き出したアルドが、私に手を伸ばした。

 

「あ、これ魔力がある人しか通れないからね〜」

 私はヘラヘラと笑いながら手を振った。


「またね〜」


 そうして、広場いっぱいに膨らんだ光が消えると共に、私は姿を消した。




「「……はぁ〜〜〜」」

 周りにいた住民たちが、一斉に重いため息をもらす。

 彼らはしばらく前から足を止め、成り行きを見守っていたのだ。


「な、なんだよ……」

 アルドが睨むようにキョロキョロする。


 するとどこからか「あーあ」と声が上がり、それを合図にみんなが動き始めた。


「さっき『あーあ』って言ったやつ、誰だよっ」

 アルドは顔見知りばかりの住民たちを見回すと、声のした方へぶっきらぼうに立ち去っていく。

 

 広場の床には、雨上がりの水たまりのように、太陽の光を浴びた魔法陣が煌めいていた。





最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

この物語があなたに届いて、とても嬉しく思います。

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