7話 敢えて説明しなかった事が仇に
フウカは、族長の前に立ったまま、言葉を選んでいた。
どれも確信を伴わないまま、慎重に並べるしかなかった。
「……謎の女には、関わらないで」
フウカはそれだけを告げた。
理由は敢えて添えなかった。
族長は一度だけ頷き、ベンテンも口を挟まなかった。
それで話は終わり。
流砂の性質については伝えてある。
町や街の近くに抜けられること。
人が通るには印術が要ること。
それ以上を、フウカは付け足さなかった。
言えば人は動く。
動けば必ず余計なものが絡む。
――動かなければ何も起きない。
そう考え、その考えを疑わなかった。
族長は理解しているし、ベンテンも。
だから大丈夫だと考えた。
その判断が誰か一人くらいなら犠牲になっても仕方がない、
という考えに近いことにフウカは気づこうとしなかった。
族長とベンテンが話している声は特別に低くもなかく
意識して隠していたわけではない。
ただ、聞かれるとは思っていなかった。
少し離れた場所にひとりの女がいた。
聞くつもりはなかった。
だが、声は風に運ばれる。
女の耳に入ったのは、ほんの断片だった。
商人の下っ端。
ベンテンと競合する商会に属する若い女だった。
女は、聞いた話を頭の中でなぞった。
呼吸を確保する印術、出口は町や街の近く。
それで十分だ、と女は思った。
これ以上慎重になれば、その間に別の誰かが先に使う。
失敗すれば終わりだが動かなければそれも同じ。
女に残されている選択肢は、「行く」か「何も得られない」か、
その二つしかなかった。
…自ら見つけおさえたことにする、ベンテンより先に。
女は、自分が失敗するとは思っていなかった。
呼吸を確保する印術。
出口は町や街の近く。
それだけ覚えていればいい。
覚えきれない情報は、最初から要らない。
慎重な者から順に取り分は減っていく。
それを何度も見てきた。
動いた者が得をする。
それだけがこの村の現実だった。
女は準備が早かった。
印術の心得は、この村の女なら誰でも持っている。
流砂に入るための最低限の呼吸確保
女は印術を結びながら、砂の流れを見下ろしたが思ったよりも静かだった。
「……本当に、ここで合ってるよね」
誰に聞くでもなく呟いて軽く首を振った。
族長とベンテンが話していた場所だ。
聞き間違えるはずがない。
女はそれ以上考えず砂の中へ踏み込んだ。
砂に身体が沈み感覚が歪む。
恐怖よりも先に期待が膨らんだ。
出口は、聞いた通り街の近くだった。
女は無事に商品を運び出し、その場で整理を始める。
――成功だ。
既成事実を残し私が先に見つけていたことにしなければ…
そのとき背後に気配が生まれた。
音もなく砂の揺らぎもないまま、そこに立っていた。
フードを被った、謎の女。
女は彼女が誰かも、どんな危険性を持つのかも知らなかった。
「……この道、あたしのものだから」
言ってから少しだけ後悔した。
強く出すぎたかもしれない。
だが、引っ込める理由も見つからない。
「今後は使わせない。通りたければ、許可を取りな」
自分に言い聞かせるように、言葉を重ねる。
ひんやりとした空気がさらに下がる様に変わった。
「それは、できない」
ヤトの声は低く、静かで感情はなかった。
ただ、拒絶。
女は、相手を睨んだが動かない。
こちらを見ているだけだ。
――脅せば、退く。
女は舌打ちし、そう判断して深く勢いよく踏み込んだ。
ならば先に当てるだけだ。
――パシュ!ボキッ!キンッ!!と同時に3つの音がした。
踏み出した脚が突然、言うことをきかなくなる。
「……?」
足に力を入れたはずだった。
それなのに、感覚が抜け落ちたように崩れる。
ギリッと奥歯を自分で嚙み締めた音をヤトは耳にした。
(…しまった…私の恐怖に過剰反応して威力出過ぎたかも。)
遅れて、焼けるような痛みが走った。
腕が上がらない。
二の腕が痺れ、指が勝手に震える。
何かをされた。
だが、何をされたのかが分からない。
「な……」
声を出そうとすると手の中で嫌な感触がした。
小刀が…折れている。
視界の端で、刃先が流砂の上に落ち踊っている。
女は本能的に距離を取ろうとして短刀を三本ほぼ同時に抜いて投げた。
だが、どれも届かない。
軌道が歪み、跳ね返る。
一本が顎を打ち、頭の中が白く弾けた。
――近づけないし、触れられない。
――このまま、ここで終わる。
そう思い呼吸が浅くなる。
理解した瞬間、残る膝が崩れ落ちた。
「……やめ、て……」
声は掠れ、形にならない。
視界の端でフードの影が揺れる。
追撃は来なかった。
ただ、そこに立っているだけ。
攻めてもこないが逃げ場もない。
女はそのまま砂の上に崩れ落ち、意識が闇に沈む直前に
聞こえた声は…
「占有しないで」
下っ端の女が店に戻らない。
それに気づいた商会が騒ぎはじめ捜索を始めた。
街へ向かったはずだ。
だが、どこにもいない。
事態を族長から聞き、フウカとライカも動員された。
他の村人とは異なり流砂を使い、飛び込んだ先で二人は言葉を失った。
女は、生きていた。
それだけが、まず目に入った。
何かに撃ち抜かれた腕と脚。
「……」
フウカは、声を出そうとしてやめた。
何を言えばいいかより先に、
「言う必要はない」と思ってしまった。
族長とベンテンには話したのでそれで足りると思っていた。
ここに立っているのが苦しい。
ライカは何も言わない。
視線も向けない。
「……分からない」
フウカは、そう呟いた。
後悔なのか、確認なのか、
自分でもわからず誰に向けた言葉でもなかった。
何が正解だったのか、どこで違えたのか。
考えようとするたび、倒れた女の姿が片隅に見え思考が止まる。
そうでなければ…
倒れた女の脚は、思う様に動かない様だ。
フウカは、その脚から視線を逸らした。
見続ければ判断の重さが自分に返ってくる。
思考が停止しそうになる。
それを受け取るこころの準備はできていない…
「……説明しなかっただけ…たった一言添えていれば ?」
その言葉を発しても何も覆ることがないことは分かっている。
誰も救わず、何も正当化せず、ただ自分を軽くするためだけの言葉だと。
それでも、フウカはそう言わずにはいられない。
間違っていたと認めれば、次に選ばなければならない。
選び直す覚悟も、その先で誰かを救う責任も。
動かない脚は、元に戻るのか力なくダラリと引きずっている。
結果がここにあると分かっているが、自分の判断を直には引き取る
ことができない。
そうしないという選択だけを、静かに、確かに、いまは選び続けていた。




