5話 毒と薬?
ベンテンの店は、夜になると「死の匂い」がする。
昼間は安物のハーブを売っているが、夜になれば禁忌の劇薬や、
出所不明の「呪物」が棚の奥から這い出してくるからだ。
コツ、コツと板敷きの床を踏む足音が静かに響いた。
ベンテンが奥から出てくる気配だ。
「……さて」
私は、愛用の鉄扇で卓を叩いた。
乾いた硬い音が店内に響き、フウカの肩がびくりと跳ねる。
奥から出てきたベンテンもその音に足を止めた。
「で――だ、……遊びは終わりだ。わしの前で、茶番を演じるな」
私は平静を装いながら、じっとフウカを見据えた。
無意識に愛用の鉄扇の骨を指でなぞる。
「なぜわしへの報告ではなく、ベンテンのところへ来た。
何をしに来た」
フウカは答えずに瞬きをひとつし、伏し目がちに顔を上げる。
迷いというより、自分に降りかかる厄介な結果を量っている沈黙だ。
やがて、ポツリ、ポツリと語り始める。
「あね様は……この仕組みを使って、物の流れを変えられるって考えてる?」
語尾に、曖昧な含みを残したまま続ける。
「でも、私たち二人だけじゃ難しい。
だから、ベンテンさんの……機動力と組織力を借りたい。
協力してほしい、って」
一度、言葉を切り私をまっすぐ見た。
「それと……見つけたのは私たち。
だから、売り上げの、何割かは欲しい、って。
ただ、どのくらい要求するかを……私は知らない」
……相変わらず掴みどころのない話し方をする娘だ。
そう内心で呆れつつ、わしは視線をベンテンへと向けた。
当のベンテンは、窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
その横顔は、静かに利益と損失を天秤にかけている「あくどい裏の商人の顔」だ。
パシッ!と鉄扇で手を打つチヨメ。
「フウカ。お前たちが持ち込んできたのは
『物流を変える仕組み』などという生易しいものではない。」
一度、言葉を区切る。
「……さすがはチヨメ様。話が早くて助かりますわ」
低く喉を鳴らして笑った。
「ええ、その通り。これは毒……ですが、薄めれば薬。」
「ならば、その毒を誰が管理するかを決める」
「まず、利益の配分。ライカとフウカには一割を与える。
これは『発見料』であり『口封じの代価』だ。
それ以上は望むな。身の丈に合わぬ金は、死を招く。」
フウカが何か言いかけ、口を閉ざす。
「そしてベンテン。
貴様には三割を任せる。実務、輸送ルート、そして情報の洗浄……
汚い仕事はすべて貴様の担当だ。」
鉄扇を開いては閉じる音がわずかにズレて…止まる。
「失敗すれば、貴様がすべての責任を取って消えろ。」
黙って聞いていたフウカの指先がピクリと動く。
「……残り六割は、村のもの、ということですのね?」
獲物を値踏みするように細めるベンテン。
「そうだ。村の武装と、隠蔽工作に充てる。この村を砂漠の不可侵領域にする。
……断る権利は与えん。やるか、わしに消されるか、選べ。」
沈黙が店内を支配し、ランタンの火がパチリと爆ぜる。
「……強欲なお方。ですが、嫌いではありません」
揺らめく光に視線を外し…懐から取り出しかけた巻物を戻す。
(この情報に辿り着く…想定より早い…)
キュウっとうつむき加減で唇を噛む。
「文献には、『蜘蛛の道』と。
この広い砂漠のどこか、なんて。
曖昧な言葉を頼りに彷徨うほど、私は暇ではありませんでしたが。」
とおどけた表情で返す。
チヨメは、表向きの顔を維持し行動する様に指示をする。
「説明通りの機能と性能を持つと仮定して――
ベンテン!具体的な打ち手を考えろ、商売のやり方は任せる。
だが、情報の隠蔽、露見した際の防衛策、必要な人員、
……そして『謎の女』の対応、……それらをすべて詰めろ。」
続けて、
「それと金だ。どれだけの資金が必要か、そこまで試算しておけ。
まずはここまでだ。」
ベンテンはフウカから視線を外さぬまま、右手を前へ差し出し
彼女の右手を取り、強く、深く、指を絡めるように握り込んだ。
「これで契約成立ですね」
ベンテンは、チラリとこちらを見た。
商人よりも、諜報員にでもした方がいいのではないか。
そう思ったことは一度や二度ではない。
「まずは早朝、現物を見に行くとしよう。
ベンテン、準備を頼むぞ。期待外れでないことを祈っておる。
砂漠のどこかで安穏しているライカの思い通りにはならぬがな」
私はそう告げて、寝屋に向かって歩き出した。
この夜、ひっそりと交わされた会話は風に運ばれ闇へと消えた。




