4話 族長との折衝
本当に、当人に偶然会わなければ取り返しのつかぬ事態だった。
刻を少し遡る。
ライカとフウカの姿が村から消え、そのまま夜になっても戻らない
――そんな報せをベンテンが寄越してきた。
歩き巫女の村では、無断外出そのものは珍しくない。
だが、それはあくまで条件を満たした者に限られる。
村を出ることが許されるのは、十七を越えてからだ。
それは掟であり、同時に、長が責を負う境界線でもある。
だからこそ胸の奥に冷たいものが走った。
ライカも、フウカも、まだ年齢に達しておらず
あの二人が外に出ることは本来ありえない。
――偶然では済まされぬ。
覚悟して村を抜けたか、あるいは、何かに引き寄せられたか。
どちらにせよ軽い話ではない。
考えを巡らせるよりも、まずは事実を確かめるべくベンテンの店に足を運んだ。
暖簾をくぐり足が止まる。
目に入ったのは――フウカだった。
一見落ち着いているように見える。
だが、その佇まいは村に残る同じ年齢のものではなく
すでに何かを知っているのか、それとも決めてきたのか。
少なくとも村に残る子の目ではなかった。
この件は、叱って終わる話ではないと判断した。
「なんじゃ、フウカよ。帰ってきていたのか。
お前の姉はどうした? まだ外をふらついておるのか。
外をフラフラと歩き回り見識を高めるのも良いが、まずは自分達の基礎能力を鍛えろ。
でないと、外敵にあっさりと殺されるぞ」
「族長、問題ない?」
フウカは、ほんの一瞬だけピタリと動きを止める。
「あね様は砂漠で一人、私が戻ってくるのを待っているだけなんで、危険はない……と思う?
街の近くだし、危険な生物はいない……はず?」
「ん?ん〜?」
わたしは、少し間をおいて首を傾げる。
「街〜? 近くに街はなかろう。
街に出るには数日は掛かるだろうに。どこの街だ?」
――しまった。
フウカは内心で舌打ちしつつも、表情には出さない。
ポリ、ポリと頬を左の指で掻きながら言葉を紡ぐ。
「わたしは、あね様からベンテンさんに相談するように言われて戻ってきた。
ベンテンさん、時間ある? できれば、急ぎたい?」
……ふむ。
私の問いには答えずに話題だけをずらす。
スゥッと息を吸い考える。
族長は、フウカの言葉の端々に滲む違和感をはっきりと感じ取っていた。
手にしていた鉄扇でパシッと軽くフウカの頭を叩く。
「フウカよ。私は聞いておるんだがな」
語気は荒げないが逃がさぬ圧を込める。
「ど・こ・の街だ?」
言葉を区切る。
「私が知る限りこの村は孤立した場所にあるんでな。
正確には――意図して避けておる。
近くに町も街もない。
私が極限まで底上げして走っても港湾街シンまで五日は掛かるぞ」
「……」
一拍の沈黙ののち、フウカは短く答えた。
「……あね様は、今、シンの街の近くにいる」
そして、すぐに話題を変えようとする。
「で、ベンテンさん。時間ある? できれば急ぎたい」
わたしはフウカの肩を軽く押し椅子に座らせ
正面に立ち視線を合わせる位置に立った。
フウカは ツ、ツ、ツー と視線を泳がせ、ベンテンの方ばかりを見ている。
「……おい」
低く告げる。
「私はこっちだ。私の目を見ろ。
私の質問に答えろ」
一拍置き、鉄扇を持ち替え言葉を重ねる。
「さもなくば符を使う。知っていることは隠せんぞ?
軽いものではないが……それでも構わぬか?ん~?」
更に一歩近づきフウカの顔を覗き込み口角を上げる。
指先に符を挟み、ちらりと見せる。
フウカは バッ と顔を上げた。
「……族長。私が悪いんじゃない」
表情は変えず淡々と言う。
「…あね様が決めた…私は、従っただけ?」
責任を押し付ける言い方。
だが、そこに焦りが混じっている。
「……言い訳は後だ」
わたしは静かに符を下ろした。
「軽々しくそういう言葉を使うでない。相手は、お前の姉だ」
完全に日が落ち、窓からは一番月が顔を覗かせている。
ランタンの火が ユラユラ と揺れ、壁に影を落とす。
このままここで続ける話ではないが、もう引き返せぬな。
「……それで?」
わたしは促す。
「姉が何をして、お前は何を隠しておる」
「……でも…」
フウカは言葉を探すように、一度息を吸った。
「でも、あね様のせいで……私は、流砂に飲み込まれて……」
そこで、言葉を切った。
「……お、お前……」
思わず声が詰まりかけ、喉の奥で押し殺した。
「流砂群に近づいたのか。
……いや、それは今はいい」
一度、息を整える。
「いま、飲み込まれたと言ったな。
飲み込まれたお前がなぜここにいる。
それに……なぜ無事だ。
地中に引きずり込まれたのであろう?」
「……飲み込まれて、奥の方までズボズボと?」
本人は常に本気で話しているのだろうが、
――どこまでが事実で、どこからが省略か判断しづらい。
わたしは左手を上げ、彼女の言葉を制した。
「話が逸れておる」
静かに、だが逃げ場を塞ぐ声で告げる。
「余計な装飾はいらぬ。聞きたいのは起きたことだけだ」
指先をわずかに動かす。
それだけで空気が変わる。
こめかみはピクリ小刻みに動き、観念したと両の手を挙げる。
「……わかった…」
そこから先は、無駄がなかった。
事実だけを積み上げるように簡潔に語り始める。
飲み込まれた後、気が付けば港湾街シンの近くにおり、
すぐそばで、砂を吐き出す流砂が湧いていたと。
入口と出口は対となっており、どれも半刻で移動…他にもなにかがありそう。
「……以上?」
話を聞き終え、わたしはしばし沈黙し、深く息を吐いた。
……正直に言えば頭が追いついていない。
これほどの話をこの娘が無表情のまま淡々と語っている事実の方が
よほど理解しがたい。
「……お前、本当に怖くはないのか」
フウカは、ほんのわずかに首を傾げただけだった。
流砂がただの自然が作り出した危険な場所ではなく、
砂漠の生き物の罠でもなく“道”として機能している。
しかも、使い分けが可能だ。
――笑い話では済まされぬな。
掟を破った理由も、
二人が生きて戻った理由も、
そして、この話が真実である可能性も。
どれ一つとして軽く扱えるものではなかった。
……さて。
これは……村を焼く火種にもなる…
ゾクッとしたものが背中を走ったが、まだ世界への影響の大きさまで
想像が及んではいなかった




