2話 流砂の向こうに立つもの
その音が聞こえた瞬間、思考はすべて止まった。
――ズズッ、と。
流砂の出口。
二人が吐き出された場所とは異なる場所から。
砂が盛り上がる。
噴き出すのではない。
押し分けられるように持ち上がる。
(……え?)
無意識に左腕に仕込んでいた符に手を伸ばし構えた。
ゆっくりと人影が現れ、沈む様子はない。
這い出す動作もない。
最初からそこに立っていたかのように。
ライカの身体が反射的に強張る。
(人……?)
だが、普通じゃない。
少女は、二人を見なかった。
視線は足元――流砂の流れそのものに向けられている。
「……やっぱり、ここだったか」
独り言。
確認するような声音。
その落ち着きがかえって異質だった。
数拍遅れて少女は顔を上げる。
二人を見て、
一瞬だけ視線が止まった。
――測る。
フウカは、彼少女の値踏みをする様な視線を
上手く避けようと視線を誘導するが上手くいかない
声は静かだった。
「ここから出てきたの?」
ライカが話す前に挨拶かと一歩前へ。
「わた・・・・」
ライカは緊張感を隠し、少女と挨拶しようと右手を差出し近づいた
――パスッ!
何かがライカの右手の甲にあたり態勢を崩しかける。
「痛つっっ!!!」
砂がポタポタと手のひらから滴る赤い血を吸い血玉ができる。
「あね様!!!」
フウカが急いで符を出しライカに飛ばした。
ピン!プスッ、ピン!プスッと砂地に刺さる音がするが砂玉ができる
だけで何かはわからない。
ライカは、素早く右手を抱えたまま左足で地を蹴り距離をとった。
夜の砂地を這う蟲が熱に引かれるように少女に突進する。
生き物として自然な動きであったが。。。
――パンッ!
蟲の身体が外側から叩かれたように弾け飛ぶ。
少女のうなじの辺りの髪がわずかに揺れ、
何かが飛び出した様に見えた。
……攻撃?
少女は、こちらを見ていない。
意識を向けてもおらず、視線は足元を見ている。
ライカが距離を取ると今まで聞こえていた風を切って飛ぶものの音が止む。
符も、印も、発動の兆しがない。
なのに…
どの符術や印を発動させればよいのか判断ができないで戸惑うフウカ。
胸の奥が、判断や考えることを拒むように静まり返った。
怖い、という感情とは少し違う。
理解できないものを前にしたときの、判断不能の感覚。
理屈ではなく直感。
少女がこちらを向いた。
フードの影で表情は見えない。
けれど、視線だけははっきりとこちらを捉えているが、
どこか測るようでいて、決めきれていない。
「……ごめんなさい、まだこれを自在に操れないの」
淡々とした声。
敵意も、好意もない。
「これ使って・・・裂傷回復薬よ・・・傷口に塗ればすぐ塞がるわ」
そういうと、小袋を投げた。
ライカが警戒しながら一歩、前に出た。
「攻撃したわけではないの?私、怪我したんだけど。」
一瞬、沈黙。
フウカは慌ててライカの傍に駆け寄り、裾を後ろから引っ張り注意を促すが
ライカは軽く払いのける。
少女は、少し間をおき一言、
「そんなつもりはない、まずは手当を。」
そういって先ほど投げた小袋を指さす。
「その言葉を信じろと?」
新たな符を人差し指と中指で挟みいつでも発動する姿勢で問う。
「解釈は任せるわ」
そういうとブクブクと湧き出る流砂から離れる様に歩き始めた。
「そうそう、ここを占有するのは、やめたほうがいい、私が困る」
振り返りそれだけを告げる。
沈黙が続いたのは、ほんの数秒だった。
けれど、その数秒が異様に長く感じられたのは、きっとフウカだけじゃない。
砂を吐き出し続ける流砂の音。
夜風に擦れる布の音。
そして――近づいた蟲がまた弾き飛ばされる乾いた音。
「占有されると困る、って言ったわね、理由を聞いてもいい?」
右手から流れ出る血を左手で押さえながらライカは問う。
喉を少し鳴らしフウカの眉根がピクリと跳ねる。
こんな状況で、理由を聞く。
対等を装うための一歩だと思うが…よくない手ではないか?
相手のわずかな動きも見逃さない様に目をこらす。
少女は少しだけ首を傾げた。
「……私が使えなくなると困る、それだけ」
それだけ…
感情の揺れも言い訳もない。
(この人にとって“不便”は排除対象)
ライカの額からは汗が滴り落ちている。
「じゃあ、使えるならいいのよね」
フウカは思わず彼女を見る。
(なんでそこまで踏み込むの……?)
心臓の鼓動がさらに弾む。
「私たちは、ここを“通路”として利用したいだけで
あなたの邪魔はしない。でも、管理はするわ。
ここを他の人が気づいて利用されると困るから」
パンパン!2回続けてひときわ大きな音が鳴る。
蟲が弾け、ライカとフウカはビクッと体を震わせ一瞬緊張が走った。
少女は少しだけ考える素振りを見せた。
「……占有しないなら、いい」
短い了承。
ライカは、そこで初めて笑った。
「それはお互い様ね」
その笑顔は、強がりでも虚勢でもない。
“理解した上での選択”だった。
目を見開きライカを見るがフウカは声を出すのを躊躇う。
「……フウカ」
少し震える小声でライカが呼ぶ。
「どう思う?」
一瞬、躊躇い言葉を探すフウカ。
「今は……逆らわない方がいい?」
それが、今出せる最善の結論。
ライカは、伏し目がちに少しだけ笑った。
それが、村を出た二人の――最初の選択だった。
沈黙が落ちる。
砂の音だけが、世界を満たす。
少女は二人を見た。
値踏みではなく確認の目。
近づいただけで何かに弾かれる
どういう原理なのだろうか、気になる…
ギュゥッと無意識に強く握った左手をフウカは感じつつ見つめる。
「じゃあ、当面は利害一致ね」
「そうね」
少女はもう流砂を見ている。
「私は、私の目的向かって進むだけ」
「邪魔しない、私たちも私たちの道を行く」
ライカは、投げられた小袋拾い彼女を真っすぐ見据え即答する。
その場を離れながら、フウカは一度だけ振り返った。
二人とは反対方向へ歩みを進め遠ざかる名も知らぬ少女。
話は通じる様なのでいつか機会があれば教えてもらおうとフウカは心に誓った。
それが、少女という存在への最初の邂逅だった。




