第5話
ウォッチャーとは、どういう存在なのか。それくらい、政治に疎い幸子も知っている。
テロリストと戦う国際的な民間組織の一つ。情報収集能力に最も長けており、日本国内外の数多のテロ行為を防止、解決してきた。
ウォッチャーの青年は、ゆっくりと口を開いた。
「世界救済教の、山本慎太郎ですね?」
「……ああ、そうだ」
「我々ウォッチャーは、テロ行為を働いた罪であなた方を拘束します」
「……君らは我々のことを、すでに調べているのだろう。我々を、我々の正義を! 君は世界がどうなっても良いのか! 世界から不幸を根絶するチャンスを奪うなど、万死に値する! そうだ、紛れもない悪だ! 許されない!」
山本は自らの正義を絶対視し、自分達の邪魔をする青年を悪と断じる。
しかし、青年は山本の非難など意に介さない。山本に冷やかな目を向け、これ見よがしにため息をついた。
「愚かですね」
「我々が愚かだと! 若造が知った口を聞くな! 私は世界に蔓延る数々の不幸を、死を見てきた。人々が穏やかな生活を送れるよう願うことの何が悪い! 幸せにすることの何が悪い!」
「あなた方の考え自体を否定しません。人々の幸せを願う、とても素晴らしいことです。ですが、やり方が間違っている。いくら生贄を捧げても、神は世界を救ってはくれない。何故ならば、人間の問題は人間の力で解決しなければいけないから」
「やったさ! 私はNPO時代、必死に努力してきた。呼びかけてきた。だが、愚かな権力者共は変わらなかった。だったら、もう神に縋るしかないだろう!」
「いい加減にしろ!」
青年の鋭い声と眼光に、山本は思わずたじろいだ。
「いいか? あなた方のやり方は、その愚かな人間達と同じだ。自分の目的のために、平気で他者を傷つける。諦めるな! もっと考えろ! 他人を犠牲にしない方法を!」
青年は拳銃の引き金を引き、山本の胸に細長い棒が刺さる。直後、山本の体が痙攣し、彼は気を失ったように手足を広げた。青年が使ったのはスタンガンを打ち込み、雷撃で相手を無力化するテーザー銃。それで他のテロリスト達も無力化した。
そうだ、子供達は?
我に返った幸子は子供達に駆け寄る。抱きついてくる子供達の怪我を確認するが、目立った外傷はなし。幸子が安堵していると、青年が歩いて来た。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい。私も子供達も大丈夫です」
幸子は近くで青年の顔を見て驚いた。若いとは思っていたが、歳は自分と変わらない。青年ではなく少年。こんな若い子が、凶悪なテロリスト達と戦っていたのか。
少年は、幸子と子供達に深々と頭を下げる。
「今回の事件、誠に申し訳ありませんでした。我々ウォッチャーがテロ計画を事前に阻止できていたなら、あなた方に怖い思いをさせずに済みました」
「い、いえ、そんなことは!」
何を謝ることがあるのだろうか。悪いのは、身勝手なテロリスト達ではないか。この少年はそんな彼らから自分達を助けてくれた。感謝しかない。
「もうすぐ警察が到着します。あなた方はここで待っていてください。俺は警察に事情を話してきます。テロリスト達のことは心配しないでください。拘束して動けませんから」
踵を返し歩き出す少年の後ろ姿を、幸子は見つめる。
彼の歩く姿は、とても印象的だった。
背筋を伸ばし、前をまっすぐ向いている。歩幅は広く、力強いしっかりとした足取り。
勇ましい歩き方は、まるで巨悪に立ち向かう正義のヒーロー。
この世界には自分勝手な主張を通そうと、暴力を振るう悪がいる。
だけど、他人のために命を掛ける力強い正義も存在する。
幸子の今回のアルバイトは不運の一言に尽きるが、有意義な学びもあった。




