第5話
県内の高級老舗ホテル、ネメシス。このホテルは十階建てであり、八階と九階はそれぞれフロアが丸ごと大きなイベントホールとなっている。
今宵、その八階では小林徹が県議会選挙の決起会を開いていた。
「では、小林徹さん、選挙に対する意気込みをお願いします!」
司会から話を振られた徹は壇上に上り、決起会に集まってくれた支援者達を見渡す。
「えー、皆さん、お忙しい中本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。私は将来的には父の後を継ぎ、国会議員になり、国を良くしたいと思っております。今回の選挙はその第一歩です。ですが、私はまだまだ未熟者。皆様のお力添えが必要なのです。どうか、応援よろしくお願いします!」
徹が頭を深々と頭を下げると、会場内に支援者達の拍手が響く。
ゆっくりと頭を上げた徹は、支援者達の様子を一人一人確認。
拍手と表情は二種類に分けられる。
笑顔で「がんばってください!」と声を張り上げ、激しく拍手する者。
なんとも微妙な表情で、ぎこちなく手を鳴らす者。
両者の態度は対照的だが、心情の根底にあるものは同じだ。
それは、徹の落選という不安。
支援者達の様子を見た徹は笑顔を崩さないまま、内心焦燥感を抱く。
……やっぱり、先日の動画が影響しているな。
数日前にリベルタスが例の動画を公開して以降、徹に対する世間の支持率が下がっている。離脱した支援者もいる。今の状況は、徹にとってまさに逆風だ。
だからこそだ。だからこそ、この決起会で支援者達にやる気を出してもらわなければ。このままでは本当に落選してしまう。
壇上を降りた徹は支援者一人一人と挨拶を交わし、支援を改めて願う。
何人か回った後、次に徹が赴いたのは川村という中年男性。地元でも屈指の大手製造会社を経営しており、地元企業の顔役のような存在だ。徹の父親とは古い友人であり、また小林親子の最大支援者の一人でもある。
徹は川村の手を強く握り、頭を直角に下げる。
「川村さん、私の当選にはあなたのお力が必要です。どうか、どうかお願いします!」
徹の必死の懇願に、川村は「もちろんだとも」と頷く。
「私の全ての力を持って応援するよ。君のお父さんには普段お世話になっているんだ。その恩返しさ」
「ありがとうございます!」
川村は「それにしても徹君」と話題を変えた。
「いい場所を見つけたね。このホテルの料理は美味しいし、スタッフの質も高い。決起会にはもってこいの場所だ」
「ええ。支援者の方に教えていただきまして」
一ヶ月ほど前、徹が決起会の会場を探していたところ、彼の元に一通のメールが来た。メールの送り主は会場探しのことをどこからか聞きつけたらしく、このホテルを教えてくれた。
メールの送り主は徹の支援者の一人らしいが、徹自身はその名前には見覚えがなかった。
徹は特に大きな力を持った支援者だけにしか興味がない。それ以外の支援者は、ただ自分に一票を入れてくれるだけの投票マシーン、つまり道具だ。道具の名前などいちいち覚えていられない。
メールの送り主は決起会の段取りをしてくれて、費用まで肩代わりしてくれた。今後利用価値がある道具として、記憶しておいてやってもいいだろう。
徹が内心そのような腹黒いことを考えていると、川村が「ん、あれは何かな?」と怪訝な表情である方向を指差した。
徹が指差す先を追うと、ホテルのスタッフが会場内に何やら大きな箱を五、六個運び込んでいる最中だった。
高さ一メートル以上はあろうかという四角い箱で、リボンでラッピングされている。まるで巨大なプレゼントボックスだ。
スタッフからメモ用紙を受け取った司会は少し戸惑いながらも、「支援者の方からサプライズがあります」と会場に知らせる。
徹も突然の大きなプレゼントに、ただただ戸惑うばかり。
まあ、事前に知らせたら、サプライズにならないか。
徹が箱の中身を確かめるため、近づこうとした瞬間。
会場内にパンと乾いた音が響き渡る。
「ぐ、ぐああ!」
川村が突如叫び声を上げながら、床に倒れた。
「どうしました、川村さん!」
徹は慌てて川村に駆け寄る。川村は苦悶の表情で自身の腕を押さえていた。指の隙間からは血が流れており、こぼれ落ちた血がクリーム色のカーペットを赤黒く染める。
「え、なんだ、これ……。なんで川村さん、怪我をして……」
突然負傷した川村に混乱する徹だが、さらに状況は混沌を極める。
「じゃーじゃじゃーん!」
バカに明るい声と共に、プレゼントボックスから人間達が飛び出してきた。彼ら皆は自動小銃やトカレフを持っている。そして、いずれも体のどこかに、リベルタスのエンブレムが貼ってあった。
「はーい。どうでしたー? びっくりしましたかー?」
リベルタスの一人であるドレッドヘアーの青年がテンション高く、会場内の人間達にそう尋ねた。
だが、徹達はただ呆然とするだけで、彼の質問に答えられる者などいない。
「おいおいおいおい、随分シラけてんなあ! だったら、俺達が盛り上げてやるよ。本当に楽しいパーティはこれからだ!」
青年はニヤリと楽しそうに笑う。
その笑みは邪悪で醜悪なものだった。




