第3話
旭が香織を送り届け自宅に戻ると、時刻は午後九時を過ぎていた。
少し遅めの夕食を食べ終えた後は入浴へ。浴槽の中で危うく寝落ちしかけ、これは不味いと慌てて風呂から上がった。
お気に入りのマグカップにコーヒーを注いだ後、バラエティ番組を見て笑っている母に「自分の部屋で仕事する」と言い残し、自室へと向かう。
机に座った旭はコーヒーの苦味と熱さで眠気を吹き飛ばし、ウォッチャーの仕事を開始する。仕事内容はもちろん、香織からの依頼。彼女に必ず依頼を達成すると約束したのだ。破るわけにはいかない。
つい先ほど、遠藤の情報が追加された。先日の動画に映っていた覆面男の音声を、遠藤の同僚に聞いてもらった結果、皆が遠藤の声だと証言。ウォッチャーの声紋認証技術でも確認したが、こちらも遠藤本人であるという結果が出た。
追加された情報はもう一つ。
一週間ほど前に遠藤が新幹線でこの県に来たことが、駅の監視カメラから判明。その際、遠藤には一人の男性が同伴しており、帽子で顔は判別できなかったものの、この人物は達也だと思われる。
つまり遠藤と達也は、旭と同じこの県のどこかにいるということだ。
我々が直接お前のところに赴き、罰を与える。
動画内における遠藤の言葉。その言葉が本当だとすると、近々彼らは小林徹に接触し、何かをするつもりだ。
「問題は二人が何をするのか、なんだよなあ」
旭はコーヒーを一口飲んだ後、呟く。
残っている謎はまだ多い。
特に最も大きい謎は、遠藤がリベルタスに所属していること。今まで聞いた遠藤の人柄だと、本来彼の性格とリベルタスは相容れない。遠藤が暗い本性を隠していたというのなら別だが、遠藤が平気で犯罪を行うあの集団に属するとは考えにくい。
そして、達也もだ。
リベルタスは達也にテロの片棒を担がせ、彼の人生を破壊した。徹を断罪するためとはいえ、自身を嵌めたリベルタスに協力するだろうか。
そもそも何故、リベルタスは達也の無実を晴らそうとしているのか。彼らは義憤を抱くような人間達じゃない。
遠藤、達也、そして、リベルタス。
旭が彼らのちぐはぐな行動に頭を悩ませていると、机上のスマートフォンが鳴る。
確認すると、加奈恵からだ。
「はい、もしもし、旭です」
「やっほー、旭くん。ごめんねえ。こんな夜遅くに。もしかして寝てた?」
夜にも関わらずテンションが高い彼女に苦笑しながら、「いえ。ウォッチャーの仕事をしていました」と旭は答える。
「もしかして、篠津川達也さんの件?」
「そうです」
「なら、丁度いいや。小林徹さんの取材の時に、彼らがネットの書き込みに過剰に反応していたこと、それについて私の方で調べてみるって約束したじゃん。覚えてる?」
「もちろん」
「でね、調べた結果、おもしろいことがわかったの」
「おもしろいこと?」
「八年前の事件の直後から、彼に対する批判がネット上に大量に書き込まれたの。目立つ存在だから叩く。まあ、よくあることだよ。書き込みには酷いものもたくさんあったんだけど、小林徹さん側はほとんどをスルーしてる」
「ほとんどとは、含みのある言い方ですね。スルーしなかったものがある、ということですね?」
「そそ。その書き込みはね、小林徹さんと彼のとある先輩に関するものだったの」
「とある先輩?」
加奈恵は、書き込みの内容を話し始める。
小林徹には、親しい二つ歳上の先輩がいた。その先輩はガラが悪く、学生の頃からよく事件を起こしていた問題児。小林徹は先輩の命令で、悪事の手伝いをよくさせられていた。そして、同様に八年前のテロ事件も。篠津川達也は件の先輩と小林徹に騙されただけで、無実だ。
数ある誹謗中傷の中でも、徹はこれだけが看過できなかった。
「それで大菜木さん、その書き込みに対し、徹さんはどのような反応をしたのでしょうか?」
「名誉毀損で訴訟を起こしたの。しかも弁護団をわざわざ結成して。結果は勝訴。小林徹さんが損害賠償を請求しない代わり、二度と同じ書き込みをしないってことになった。でね、ここから非常に重要な情報。よく聞いて」
加奈恵の明るい声は一段低くなり、真剣味を帯びる。旭も聞き逃さまいと、耳にスマートフォンを強く当てた。
「その先輩についても調べた。小林徹さんはその先輩という人物はそもそもいないと主張していたけど、本当は実在した。名前は川村裕太郎。小林親子の最大支援者の一人、その息子。書き込み通り、いやそれ以上のかなりの悪ガキ。クズよ」
「……大菜木さんがそこまで言うなんて、よほどの人物なんですね」
「婦女暴行、窃盗、リンチとか色々やってるからね。そして、何かやらかす度に彼の父親が揉み消してたそうよ。小林徹さんの父親も協力していたみたい。高校卒業後しばらくはブラブラしていたけど、テロ事件の少し前に就職。名前まではわからなかったけど、イベント運営会社だと友人に話してた」
八年前のテロ事件において、リベルタスはイベント運営会社として市民ホールに出入りし、爆弾を仕掛けた。そのイベント会社に川村裕太郎が就職していたのかまではわからないが、徹の反応から無関係ではないはず。
「それで、その川村さんという方は今どこに? 話をしたいのですが」
加奈恵は「行方不明」と短く回答。
「行方不明とは、どういうことでしょうか?」
「『ブラックサンデー』の直後、理由はわからないけど父親に勘当されて、それっきり。どう思う?」
「どう思うって、怪しいところしかないですよ」
「うん、私もそう思う。それで私の調査は役に立ったかな?」
「はい、とても」
「じゃあ、お礼はいっぱい弾んでもらおうかな。今回の一連のことは特集記事として書くから、情報よろー」
「もちろん、解決した暁にはいっぱい教えますよ」
旭は加奈恵に礼を言い、通話を切った。




