第1話
達也の動画は瞬く間に世間に広まった。脱走したテロリストが出演したのだから、無理も無い。動画公開からすでに三日経つが、今でもニュース番組は件の動画で持ちきりだ。
この映像の影響を最も受けたのが、言わずもがな、小林徹とその父親である。動画内で明言は避けたものの、言及していた権力者の息子が小林徹であることは、誰の目にも明らかだった。
疑惑の目が向けられていることを敏感に察知した小林親子は、動画公開の翌日に会見を開いた。親子共々会見に出たが、主に喋っていたのは父親。徹はただの置物と言わんばかりに、会見中一言も発しなかった。
対照的に父親の方は長舌だった。
「我々に対する悪い噂があるが、それらは全て事実無根です。篠津川達也君は息子に嵌められたと言っていたが、彼はあの凶悪なテログループ、リベルタスに所属していたと言われており、あの動画を作成したのもリベルタス。脱走した彼の言葉を信じ、私達親子を疑うなど荒唐無稽としか言えない。もし、我々の根拠なき悪評を広める場合は、法的措置も厭わない!」
父親はマスコミが質問をするよりも早く口を開き、捲し立て、言いたいことを終えると会見を打ち切ったのである。
その様子にマスコミも、会見を見ていた視聴者も思わず失笑した。小林親子は自身への疑念を晴らすために会見を開いたが、あの傲慢な態度はむしろ逆効果。後ろめたいことがあるから、あのような強気な姿勢を見せたのではないか、と。
そして、小林親子の行動は会見だけに止まらない。警察やウォッチャーに対し、早く達也を捕まえろと、圧力をかけてきたのである。
もちろん、彼らに言われずとも、警察達は達也の身柄を確保するつもりだ。だが、これがなかなか上手くいかない。
警察は逮捕したリベルタスのメンバーをきつく搾り上げ、達也や残りの仲間の居場所、彼らの計画を吐かせようとしたが、有用な情報を得られていない。アジトでも言っていた通り、本当に何も知らないようだ。
ウォッチャーも同様に達也達の捜索をしているが、成果はなし。
一体、何が起きているのだろうか?
何故達也さんはリベルタスと一緒にいて、彼らの計画に協力しているのか?
彼らは何を成したいのか?
それらの疑問が、ずっと旭の脳内を支配している。
「ねえ、ねえ! 旭くん、聞いている?」
「……え、あー、はい」
名前は呼ばれた旭は、そこで考え事を中断。
旭がいるのは、喫茶ササガワ。
テーブルを挟んで座っている香織は、マスター特製のバナナクレープを食べている。頬にクリームが付いていることを旭が指摘すると、恥ずかしそうにはにかみ、ティッシユで拭った。カウンターにいる桜はこちらの様子が気になるのか、コーヒー豆を挽きながら時折ちらちらと視線を向けてくる。
旭がこの場所に香織を呼んだのは、達也の件について進捗報告をするため。
旭は現状について、包み隠さず正直に答えた。小林徹に接触したこと。達也の居場所と、無実の証拠がまだ見つからないこと。三日前の動画について調査しているが、何もわかっていないこと。
香織は旭の報告を黙って聞いていたが、予想とは違い落胆することはなかった。旭の報告が終わった後、そのまま解散するつもりだったが、彼女は帰らなかった。「せっかくだから、もうちょっとおしゃべりに付き合ってほしい」と香織は要望。
進展無しのせめてもの罪滅ぼしとして、旭は彼女の望みを承諾。
だけど、旭の考えは甘かった。
香織はかれこれ一時間以上話している。そのため、旭の店の滞留時間は最高記録を更新中。旭が飲んでいるコーヒーは通算三杯目。コーヒーを飲みすぎたせいか、膀胱に尿意が溜まっている。一度トイレに行きたいのだが、香織のおしゃべりは途切れることなく、断りを入れる隙すら無い。そろそろ限界が近い。
「私がいる教育学部はね、女の子が多くてさ、みんなお洒落なの。月に五万円とか、服に使ってるんだよ。信じられる? 五万円だよ、五万円! よくそんなにかけられるよね。私は奨学金借りて、アルバイトで生活費稼いでカツカツなのに。私は会話について行くだけ精一杯。あ、勘違いしないでね。別に仲が悪いけじゃないよ」
「はあ」
話の内容は大学のこと、先日見た映画のこと、アルバイトのこと、今月始まった深夜アニメの感想など。
よくもこんなに話題が尽きないなと旭は内心舌を巻く。女性は男性よりもコミュニケーション能力が高く、話すのが上手いと言われるが、なるほどその通りだ。喋ることが下手っぴな旭は時折相槌を打つだけで、聞き手に徹した。どうせ自分からはおもしろい話題を提供できないし、聞いているだけの方が楽だ。
旭が三杯目のコーヒーを飲み干した時、香織はようやく口を閉じた。
満足したかな。
旭がトイレに行くため立ち上がろうとした時、香織は再び口を開いた。
「旭くん、これから何か予定ある?」
「……いえ、特には」
旭はまだ喋るのかと軽い戦慄を覚えたが、香織が真剣な顔つきであることに気が付いた。
「私ね、行きたい場所があるんだ」
「行きたい場所?」
「うん。一人では怖くて行けない。だから付き合って」
どうやら他愛もない長話は、心の準備をするための時間稼ぎだったらしい。
そして、準備が今ようやく整ったのだ。
まあ、断る理由もないし良いか。
「わかりました。お会計するので、田村さんは外で待っていてください」
「うん」
旭はトイレで尿意を解消した後、レジで会計を済ませ、桜から領収書をもらう。
「旭くん、ずいぶんと長く話してたね」
「ええ。まあ」
「ちょっと、疲れているみたいだけど」
「ええ。まあ」
店を出た旭は、先に外で待っていた香織に目的地を尋ねる。
「ちょっと遠い場所かな」
香織は目的地をはぐらかす。旭は不思議に思ったが、あえて詮索はしない。




