第14話
部屋にはリベルタスのメンバーと思われる男が二人、床に倒れていた。
痛々しい声を漏らす男達に、銃口を向ける存在が一人。
顔には真紅の仮面をつけており、性別はわからない。猛き紅蓮の炎を連想させる赤いロングコートを着ており、その胸には剣と拳銃が交差したエンブレムと『パニッシャー』の文字。
「……パニッシャー、やはりか」
先ほどの旭の予感は、残念ながら当たってしまった。
パニッシャーは参機関の一つであり、彼らの思想は至って単純。テロリストを皆殺しにすること。
だが、日本政府は国内でのパニッシャーの活動を、一切認めていない。例え、テロリストを殺害し多くの市民を救ったとしても、銃刀法違反や殺人罪で逮捕される。故に彼らは身元がバレないように、コートや仮面で容姿を誤魔化しているのだ。
パニッシャーは旭に一瞬顔を向けたが、すぐに男達に戻す。拳銃の引き金に指をかけたところで、旭がパニッシャーと男達の間に割って入った。
「何のつもりだ、ウォッチャーの少年?」
仮面の向こうから低い声。男性だ。
「なぜ、パニッシャーがここにいる、のですか?」
「簡単な話だ。君達ウォッチャーが色々な場所に情報網を張り巡らせているように、我々も情報源を持っている。まあ、君達の情報収集能力とは比べものにならないがね」
「……なるほど」
パニッシャーの言葉を聞き、旭は得心。
おそらく警察内にパニッシャー、もしくはパニッシャーの協力者がいるのだろう。治安維持を担う警察内には現在の法に不満を持ち、パニッシャーに肩入れする者が存在する。
そして、リベルタスの情報を得た彼が、旭達よりも先に潜入しリベルタスを誅殺していた、ということだ。
「まあ、このアジトを見つけるのには、苦労したがね。それでこちらの質問に戻るが、君は何をしている? 何故、私の前に立つ? リベルタスを守る?」
「こちらのセリフです。彼らをどうするつもりですか?」
「無駄な質問だ。決まっているだろう。テロリストを抹殺する」
「では、ここに来るまでの死体は……」
「そうだ。私だ。そして、こいつらも断罪する」
「待ってください。それは見逃せません」
「……何故?」
「彼らから情報を聞き出すためです。彼らは何か、大規模なテロを計画している可能性がある。テロを防ぐため、彼らを尋問し情報を吐き出させるべきです」
「テロを防ぐなら、もっと簡単な方法がある」
「はい?」
パニッシャーは旭に向かって淡々と言い放つ。それが常識と言わんばかりに。
「皆殺しにすれば良い。こいつらを見せしめにすれば、他のテロリストは恐怖し、愚行を取りやめるだろう。テロを企てることは愚かなことであり、その罪は自分の命で償うのだと。わかったら、退きなさい」
「嫌です。退きません。銃を下げてください」
「……もう一度言う。少年、退きなさい」
それまで無機質だったパニッシャーの言葉の端に、苛立ちが混じる。仮面の裏から向けられる旭への視線も殺気を帯びる。
だが、旭も引かない。引くわけにはいかない。
「拒否します」
「どけ!」
「嫌だ!」
「テロリストを庇うと言うなら、お前も同罪だ!」
旭の額に、冷たい銃口が押し付けられる。旭もテーザー銃をパニッシャーに向ける。
「まーまー、落ち着いてー」
緊迫した空気を和ませる声。
風華がパニッシャーの肩を掴み、ニコニコと笑っていた。
「……ガーディアンも来ていたのか。まさか、こんなクズどもを説得し、投降させようとしていたのか。相変わらずお花畑満開だな」
「あはははー」
パニッシャーの棘だらけの言葉を、風華は笑顔で受け流す。武力を使用するパニッシャーと、話し合いで解決しようとするガーディアンは仲が悪い。
「同じくテロリストと戦っているウォッチャーをー、しかも子供を撃つのですかー? 我々は信じる正義、手段は違いますがー、敵ではないでしょー?」
「別に我々は他の参機関と敵対している訳ではない。だが、我々は我々の正義を貫く。ただそれだけだ。この少年はあろうことか、テロリストを庇った」
「だからー、彼ごと撃とうとしたとー?」
「そうだ」
「うーん、それは悪手ですねー。ウォッチャーのリーダー、久瀬さんは仲間の殺害を絶対に許しませーん。もし彼を殺したらー、ウォッチャーとパニッシャーの間でー、戦争が起きるかもしれませんよー」
「……私を脅しているのか?」
「いいえー。客観的事実に基づいた推測を述べているだけですよー。それとー、もうすぐここに警官がたくさん来ますよー。このままじゃー、捕まっちゃうかもー。いいんですかー、警察に捕まってー? 警察に捕まったらー、パニッシャーの使命を果たせなくなりますよー。テロ行為を塀の中からー、指を咥えて見ているつもりですかー? 早く逃げることをお勧めしますよー」
「……」
パニッシャーはしばし逡巡した後、銃を下げる。
「すまない。こちらも少々熱くなりすぎた。テロリストはすでに何匹か断罪できた。見せしめとしは十分だろう」
「冷静な判断、ありがとうございまーす」
パニッシャーは、旭の方を振り向く。
「少年、そいつらはやる。テロ計画の情報が得られたら、我々に教えてくれ。テロリスト共を始末に行く。……それと、先ほど少し大人気なかった。それでは失礼する」
そう言い残し、パニッシャーは足速に部屋を出ていった。
パニッシャーが扉の向こうに消えたのを見て、旭は一息つく。
なんとか相手が引いてくれた。これも風華さんのお陰だ。流石はガーディアン。説得が上手い。
「風華さん、あのパニッシャーの説得、ありがとうございました」
風華は口元に指を当て、「んー」と唸る。
「旭くんはねー、やっぱり口下手だねー。交渉がへたっぴ。途中から二人のやりとりを見てたけどー、良くなかったねー。失敗だったー」
「失敗、ですか?」
「うん。自分の、ウォッチャーの正義を明確に提示することは良いと思うよー。ただねー、全力で自分達の正義、思想をぶつけるとー、相手も負けないように同じぐらい自分の正義をぶつけてくるのー。そしたらねー、もうお互いに引くに引けなーい。感情的になってー、何度も何度もぶつかり続けー、いつかは相手に向けるものが言葉から武器になるー。それこそ戦争の始まりだよー」
「……」
「相手の考えにー、屈するなとは言わないよー。ただー、話し合いでー、解決しなきゃいけない場面がいつかは来るはずー。その時はー、まずは相手に自分の話を聞かせる努力をしなきゃいけないのー。あなたにも利益がありますよー、だからこっちの話を聞いてくださーいって。特にあのパニッシャーはテロリストを討たなければとー、気が立ってたー。あのままだったらー、ウォッチャーとパニッシャーの戦いになってたー。無益な戦いにねー」
柔らかく、そして厳しい風華の言葉に旭は項垂れる。
風華の言う通りだ。もし、あのままパニッシャーと戦っていたら、互いに怪我をするだけで、テロリスト達を逃していたかもしれない。それこそ無益な愚行だ。
旭が落ち込んでいると、体に何か柔らかい感触が伝わってきた。感触の正体を確認すると、風華が、旭を自身の大きな胸に抱き寄せていた。
風華は目を白黒させる旭の頭をゆっくり撫でる。
「本当に君は不器用だねー。明日香ちゃんや桜ちゃんが君のことをー、ちょっと心配って言ったけどー、その通りだねー。まあー、私はそこが可愛いところだと思うしー、好きだけどねー。いいかーい。もう一度言うけどー、まずは相手を交渉のテーブルに座らせなきゃいけないのー。相手を優しく包んでー、落ち着かせるー。私はあなたの全てを否定するつもりはありませんよー、話し合いましょうーって。君のことだからわかっていると思うけどー、無益な争いはすべきではなーい。避けられる戦いは避けるべきー」
風華は旭を放し、彼の胸を軽く叩く。
「ほらほら。落ち込んでないでー。まだ君の任務は終わりじゃないでしょー。リベルタスの隠れ家から情報を引き出そうー。早くしないと次の犠牲者が出ちゃうかもー」
「……はい。わかりました。ありがとうございます」
旭は風華の指導を強く胸に刻む。これからウォッチャーとして活動していく中で、風華から教えてもらった交渉の心得は役に立つはずだからだ。




