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ウォッチャー  作者: 河野守
第3章 自由な悪意

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第11話

 山本との面会から二日後、旭は県内のとある丘陵にいた。正確にはその丘陵に建てられ、今は廃墟となっているテーマパークの駐車場。このテーマパークはバブル期に建設されたが、バブル崩壊後に経営難に陥り、十年ほど前に閉園した。

 早朝の春霞の向こうには、解体されぬまま放置されたジェットコースや観覧車の影。時折風で錆びついた観覧車が揺れ、甲高い軋み音が鳴り渡る。その耳障りな音は、まるで自分達を解体すらせず置き去りにした人間に対する怨嗟の叫び。

 だが、駐車場にいる警官達はその叫びには耳も貸さず、忙しなく無縁で連絡を取ったり、警官同士で話をしている。

「いやー、それにしても旭くんはすごいねー。テロリスト達の潜伏場所を見つけるなんてー」

 少し間伸びした女性の声に、旭は振り向く。

 女性はニコニコとした笑みを旭に向け、ゆっくりとしたテンポで拍手している。腰まで伸びた茶色がかった髪はクセが強く、横に広がっている。ゆるふわ系女子という表現が合うだろう。彼女は少し濃い緑色の上着を着ており、右胸には女神が描かれた大楯のエンブレム。エンブレムの下には、『ガーディアン』の文字。

 彼女の名前は、花積風華。この地域を管轄としているガーディアンで、明日香と桜の高校時代の同級生だ。

 ガーディアンとウォッチャーは友好的な関係を築いており、テロ事件において組むことが度々ある。旭も風華と一緒に何度も活動した。

 風華は非常におっとりとした性格で、動作も遅め。旭は初対面の時、彼女がテロリストと交渉している姿を想像できなかった。明日香曰く、風華はその人柄から他人に警戒心を抱かせず、いつの間にか人との距離を縮めることができるそうだ。実際、テロリストの心をほぐし、血を一滴も流さずに投降させた場面を、旭は幾度と目にしている。

「ちょっとした質問なんだけどー、旭くんはどうやって、ここを見つけたのー?」

「リベルタスは少し前にこの県の港で、海外のマフィアと銃の取引をしていたんですよ。そこから追跡したんです」

 取引現場である漁港の監視カメラを確認したところ、山本の言う通りニット帽の男を含めた数人の男女のグループを確認できた。

「そこからー、どうやってー、この場所まで追跡したのー?」

「リレー捜査です」

「リレー捜査?」

「はい。街中の監視カメラや民間人が投稿した動画を調べ、動画をリレーしながら、リベルタスが乗っていた車の行方を追いました」

「へー。でもー、あくまで車の方向だけでー、ここだって正確にわかるわけじゃないでしょー。ここらへんー、監視カメラはないしー、人もあんまり近寄らなーい。あ、もしかしてー、電気―? 廃墟なのにー、電気が使われていたとかー?」

「電気ではないです。漏電の恐れがあるので、このテーマパークへの電気の供給はとうの昔に切っています」

「じゃあー、なにー?」

「幽霊です」

「幽霊?」

「はい。三週間ほど前、深夜のドライブをしていたカップルが道に迷って、ここを通ったんですよ。その時に、この園内で赤い人魂と数人の人影を見たと。そのことを個人運営のサイトに書いていたんですね。サイトに掲載された写真を解析した結果、赤い人魂は焚き火で、その焚き火の周りに人が居ただけでした」

「あー、わかったー。その人影っていうのがー」

「そうです。顔認証をした結果、港で取引をしていたリベルタスのメンバーでした」

「なるほどねー。でも、ネットからその情報を探すのー、大変だったんじゃないのー?」

「はい。人間の力ではかなりの時間がかかります。ですから、彼女の力を借りました」

 旭は肩掛けのカバンから、ウォッチャーのタブレットを取り出す。

「彼女、アイがネットの広大な海から見つけてくれました」

「ネット上での情報捜索は、ワタシの得意分野です」

 タブレットからは、透き通った女性の声が聞こえてくる。だが、微妙にイントネーションに違和感がある。声の主、アイはウォッチャー本部が開発した人工知能であり、彼女の役目はウォッチャーを支援すること。

 ちなみに名付け親は開発者の久瀬であり、「AIだから、アイでいいだろう」とのことだ。

「へー、お手柄ねー、アイちゃん。ぱちぱちぱちー」

「ワタシは自分の役割を果たしたに過ぎません。ただ、賞賛は素直に受け取りましょう。えっへん」

 アイは語尾を若干高くする。まるで褒められることはまんざらでもないと。

 アイはあくまでプログラム。だが、このAIはなんか人間臭いのだ。おそらく久瀬の趣味だろう。

「それにしてもー、音沙汰ないねー」

 旭は風華の視線を追う。

 現在、警察の機動隊が園内に向かって、投降を呼びかけている。だが、返事はなし。

「大人しく投降してくれるといいんだけどねー。旭くんはどう思うー?」

「まあ、無理だと思いますよ」

「あー、やっぱりー」

「警察も、端から力で制圧するつもりでしょうね」

「ガーディアンの私も一応応援で呼ばれたけど、これじゃ出番なしかなー。あっちはそもそも聞く耳を持ってくれないかもしれないしー」

 風華がここに呼ばれた理由は、このテーマパークに潜伏するテロリスト達を説得し、投降させるため。だが、彼女の言う通り、テロリスト達はこちらの言葉を聞かないだろう。

 警察は最終通告だと、再度リベルタスに投降を呼びかける。

 だが、やはり応も否もなかった。

 指揮官らしきベテラン刑事が周りの警官に何やら指示を出すと、警察の動きが一気に慌ただしくなる。投降の呼びかけは諦めたようだ。

「あー、やっぱりー反応はなしー。どうやらー、警察は園内の捜索に移るみたいだねー。私達も参加しなきゃー。ウォッチャーの皆さーん、こちらへー」

 風華の呼びかけで、周りのウォッチャー達が集まる。ここにいるのは旭を入れて、十人。旭以外は全員成人だ。

「我々も捜索に参加しましょー。もし見つけたらー、ガーディアンである私に連絡くださーい。説得を試みまーす。ただしー、相手は武器を持っていまーす。もし抵抗するようならー、残念ですがー、力づくで制圧しましょー」

 ウォッチャー達は頷き、園内に向かう。仲間を追うとした旭を、風華が呼び止める。

「無茶はしちゃだめだよー。リベルタスを見つけてもー、他の大人を呼んでねー。一人で突っ走らないようにー」

「重々承知していますよ」

「うん、お願いねー」

 旭は風華と別れ園の敷地に入ると、カバンからあるものを取り出す。

 それは一見スタイリッシュな保護メガネに見えるが、ただのメガネではない。

 旭はメガネを顔に掛け、アイに指示。

「アイ、この園の情報をくれ。建物の構造を中心に」

「承知しました。ウォッチャーのデータベース、インターネット上に残っている公式サイトなどから、できる限りの情報を取得し表示します」

 旭の目の前に、様々な文字が浮かぶ。旭が掛けているメガネは拡張現実、ARという技術を搭載したARグラス。情報をアニメーションとして可視化し、現実世界に重ねて表示する。ウォッチャーにとって重要な装備の一つである。

「さて、探しますか」

 旭は凶悪なテロリスト達を見つけるため、錆びついたテーマパークの中を進む。

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