第3話
マイクロバスはしばらく走った後、ようやく止まった。幸子達は山本の誘導に従い、マイクロバスを降りる。
ここはどこだろうと、幸子は視線を巡らせる。目に入ってくる光景から、何かの工場内であることがわかった。どうやら大分前に閉鎖されたようであり、無造作に置かれた機械は錆びついている。
ん? あれは、何?
幸子は部屋の中央に、奇妙なモノを見つけた。
地面にチョークで描かれた、大きな図形。
何かの儀式に使う魔法陣に見える。その周りには赤いポリタンクが複数置かれており、二十代の若い男女が立っていた。彼らは山本達と同じ服を着ており、同じテロリストであることがわかる。
山本は子供達を魔法陣の中央に誘導。一方の幸子は、壁際のパイプ椅子に座らされる。隣には痩せた男が見張りとして立つ。
この人達は、これから一体何をするつもりなの。
幸子の疑問に、山本がすぐに答えてくれた。
山本は不安がる子供達の前に立ち、静かに話し始める。
「突然、このような場所に連れてきて申し訳ない。改めて、名乗らせてもらう。私の名前は、山本慎太郎。世界救済教の教祖を務めている」
世界救済教という名前に、幸子は愕然。ここ数日、何度も聞いた名前だ。
世界救済教とは、数日前に検挙されたカルト教団。容疑は一般人を強引に入信させようとした、長時間の拉致監禁。
ここまでなら、よくある宗教絡みのトラブルだ。警察もそう思っていた。
だが、警察は自分達の認識をすぐに改める。
何故なら世界救済教の事務所の雑居ビルで、大量の銃器や爆弾の設計図を発見したからだ。総理大臣の誘拐計画書なんてものもあった。もちろん、その場にいた信者達は現行犯逮捕。
だが、警察の動きを事前に察知したのか、教祖と数名の信者はいなかった。警察は彼らの居場所を詰問したが、信者達は口を割らなかった。
信者達が警察に連行される際、信者の一人が群がる報道陣に向かって、声高にこう叫んだ。
「今回の不当逮捕は、日本政府と警察権力による陰謀である! だが、我々は屈しない! 同志達が、必ずこの不幸にまみれた世界を救済するだろう! 世界に救済を!」
そうだ。この男だ。
幸子は昨夜のニュースを思い出した。警察が逃亡中の教祖と信者達を指名手配したのだ。
教祖の名前は、山本慎太郎。年齢は三十六歳。元NPO職員であり、紛争地域で人権活動をしていた。数年前に法人を脱退し、世界救済教を設立。
彼らの教義はその名の通り、世界を救済し全人類を幸福にすること。そのためならばどんな手段も用いる、とんでもないカルト教団だ。
ニュースを見た幸子の感想は、頭のおかしい男が同じく頭のおかしい人間達を引き連れ、莫迦なことをしている、というもの。
まさかその狂人達が、目の前のテロリスト達だとは思いもしなかった。
「君達は、今の世界をどう思う?」
山本の問いに、子供達は首を捻った。幼い子供に世界を問うても、答えを返せるはずがない。
山本は子供達が戸惑うにも構わず、話を続ける。
今の世界は、不幸や苦しみに満ちている。我々はそれが許せない。我々はどうすればよいか考え、様々な文献や宗教を調べた。
そして、ある方法を見出した。
神に供物を捧げ祈ること。穢れなき子供を捧げることで、神が自分達の願いを聞き入れ、全ての苦しみを世界から取り除いてくれる。
「そして、今日、我々はついに世界を救済するのだ!」
宿願が叶うことに喜んでいるのか、山本は目に涙を溜めている。他のテロリスト達は山本の言葉を熱心に聞いており、涙を流し嗚咽を漏らす者さえいた。
一方の子供達は、理解できないとポカンとした表情。
そして、幸子だけが顔を青ざめていた。
わかったのだ。山本達がこれから何をするのか。
子供達を、神への生贄にする。
幸子は自分の考えがいかに甘かったか、今ようやく痛感した。
彼ら、世界救済教は子供達を生贄にすれば、神様がこの世界から全ての不幸を無くしてくれる、そんな馬鹿げた妄想を本気で信じているのだ。
警察が説得しようにも、話が通じない。会話が成り立たない相手を説得するなど、不可能。
「始めろ」
山本の指示で若い男女がポリタンクの蓋を開け、中の液体を魔法陣の周りにばら撒く。空気の流れに乗って、ガソリン独特の匂いが幸子の鼻をついた。
「いやだ、死にたくない!」
自分の運命を感じ取ったのか、子供達が声を上げ泣き叫んだ。
正常な判断力を持つ者ならば、躊躇し動揺するはず。
だが、テロリスト達にはその様子は欠片もなかった。
我々は世界を救わなければいけない。必要な犠牲なのだ。仕方がないのだ。
「怯えることはない。君達は世界を救った英霊として、後世に語り継がれる!」
高揚する山本に、小太りの男が近づき耳打ち。
「何? 外の見張りと連絡がつかない?」
「様子を見てきます」と小太りの男は従業員用の扉を開け、工場の外へ。
男が外に出た瞬間。
大きな破裂音が鳴り、扉の隙間から強烈な閃光が漏れた。何事だと、テロリスト達が一斉に扉の方を振り向く。




