第7話
「あ、旭くん」
「……え? あ、なに? ごめん、考え事してた」
「もしかして、ウォッチャーの仕事? 旭くんのウォッチャーの仕事にこの事件が関係あるの?」
「……あー」
旭は曖昧な返事をした後、コーヒーカップに口を付け、考える時間を稼ぐ。
流石に気づかれたか。
茜は、旭がウォッチャーであることを知っている。
旭は高校を早期卒業する際、仲の良い友人に教えたのだ。彼らのリアクションは驚きや応援が大半だった。茜にも知らせておこうと、ある日の学校の帰り道に教えた。他の友人と同じようなリアクションを取るのかなと思っていたが、茜は予想外の反応を示す。
話を聞いた茜は顔面蒼白になり、「テロリストと戦うなんて、そんな危険なこと……。旭くんが死んじゃう!」と卒倒。焦った旭は茜をお姫様抱っこで自宅まで走って連れていき介抱した。
さて、なんて答えよう。
旭は頭を悩ませる。
いくら友人とはいえ、部外者の茜に本当のことは言えない。
悩んで悩んでようやく出た答えが、「……守秘義務」という曖昧な回答だった。
「……」
茜はじっと旭を見つめる。
いくらなんでも苦しい回答だったか。
内心焦る旭の手に、茜が自分の手を重ねた。その手は柔らかく暖かい、そしてかすかに震えている。
「あまり無茶しちゃ、駄目だよ」
「……わかってる」
「旭くんに何かあったら悲しい」
「うん。大丈夫、死んだりしないから」
それは紛れもない旭の本心だ。
凶悪なテロリスト達から人々を守りたい。だけど、ドラマや小説のように、自分の命と引き換えに他者を救った英雄になるつもりもない。
自分が死んだら悲しむ人間がいる。それは重々承知している。
だから死なない。絶対に死ねない。
「おまたせ」
軽い足取りで電話から戻ってきた悠は、リビングの入口で立ち止まる。どうしたんだろうと悠の視線と辿ると、旭と茜の手に注がれていた。
悠は口に手を当て、にやにやと笑う。
「あら、お邪魔だったかしら?」
茜は「い、いえ!」と慌てて否定し、旭に重ねていた手を引っ込める。
「若いっていいわね」
茜は顔を真っ赤にし、俯く。悠はそんな茜の様子を微笑ましそうに見つめていた。
一方の旭は二人のやりとりの意味がわからず、頭にハテナマークを浮かべる。
「あ、そうそう、さっきの電話ね、お父さんからだった。今日もお父さん、会社に泊りだって」
「ん、わかった」
息子の素っ気ない態度に悠は苦笑。その後何かを思いついたようで、悠はそうだと手を合わせる。
「茜ちゃん。夕飯ウチで食べていかない?」
「いいんですか?」
「構わないわよ。お父さんの分捨てるの、もったいないし。それに賑やかでいいわ。旭の大学生活も聞きたくない?」
「それはぜひ!」
二人のやりとりを見て、旭は自然と頬が緩む。
なんとも平和な光景だ。このごく普通な光景を拝めることは本当に幸せなことなのだろう。
ウォッチャーの仕事において、成果は出ていない。今回の事件において核心的なことは何一つわかっちゃいない。
だから、少し息抜きをしてみよう。
今日はもうウォッチャーの仕事は休んで、母や茜と楽しく過ごそう。頭を休めれば、何か良い方法が思いつくかもしれない。
旭はキッチンで料理を作る悠と手伝う茜を見て、頬を緩ませながらそう思った。




