第6話
悠は茜をリビングのテーブルに座らせた後、キッチンでお茶を入れる。旭は茜の正面に座り、クッキーをテーブルの上に乗せた。
「はい、茜ちゃん、どうぞ」
悠が自分と茜の分のお茶を持ってきた。旭の分が無いのは、旭はお茶よりもコーヒーの方が好みであり、自分で淹れろということだ。
「あの、旭くん。そのクッキー食べないの?」
コーヒーを淹れたマグカップを手に戻ってきた旭に、茜はテーブルのクッキーを指さす。
「そうだね。せっかくだから頂こうかな」
「私も貰っていいかしら?」
「はい。どうぞ」
悠は袋のラッピングを解き、クッキーを一枚取り出した。
「うーん、美味しい。茜ちゃんは良いお嫁さんになるわね」
「えへへ、ありがとうございます」
悠はクッキーを口に入れ、頬を緩ませる。旭も袋から一枚取り出し、頬張る。歯ごたえが良く、甘すぎない。旭好みの味である。
茜は恐る恐る旭に感想を聞く。
「どう、旭くん? おいしい?」
「うん」
素っ気なく答えた旭の横っ腹を、悠が肘で突いた。
「それだけ? もっと言うことないの?」
「素直に感想を言っただけだよ」
「それがだめなの。お父さんでも、もっと気の利いたこと言ってた」
悠は申し訳なさそうに、茜に頭を下げる。
「ごめんね。うちの息子が鈍感で」
「い、いえ」
一体、何の話をしているんだ。
わけがわからず瞬きをする旭。その旭を横目に、悠と茜はガールズトークに華を咲かせる。
女子二人の会話に入れず、なんとなく気まずくなった旭はテレビを点けた。自分で淹れたコーヒーを飲みながら、ローカル番組を視聴。
やがて悠と茜の話題は、茜の進路に移った。
「茜ちゃんは、進路どうするの? 進学? 就職?」
「私は、梓馬大学の教育学部を受けようとかなって」
「旭と同じ大学ね」
キャンパスは違うけどね、と旭が横から訂正。
「茜ちゃんは、将来学校の先生とかを目指しているの?」
「幼稚園の保育士になりたいと思っています」
「茜ちゃんなら、きっと保育士似合うわ」
「あ、ありがとうございます」
廊下から電話の音。悠は「ちょっと待っててね。出てくる」と言い残し、廊下へ。
旭と茜の間に、沈黙が流れる。
旭は面白い話題を提供できるような人間ではない。むしろ口下手だ。そして茜も同様。
「茜」
「ん、なに?」
「この事件、知ってる?」
沈黙に耐えかねた旭は、テレビを指さす。流れていたのは達也についての特集だ。
「うん。知ってるよ。東京の刑務所からいなくなったんだよね、刑務官と一緒に。あと、この達也さんって人が無実だっていう手紙が置いてあったって」
「そ。茜はどう思う?」
「どう思うって?」
「仮にだよ。達也さんが本当に無実だとして、そのことを知った刑務官が達也さんを助けるために刑務所から一緒に逃げた。これって正しいことかな?」
沈黙を回避するのが主な目的だったが、旭としては今回の事件について、他者の意見も聞いておきたいと茜に質問したのだ。
茜は少し考え込み、「そうだね……」と口を開いた。
「無実の罪で苦しんでいるとしたら、やっぱり助けてあげたいと思う。……だけど……」
「だけど?」
「助ける方法は、きちんと考えなきゃいけない。刑務官が達也さんを勝手に連れ出したのは、ダメなこと、犯罪なんだよね?」
「少なくとも、達也さんには単純逃走罪が適用される」
「うん、達也さんの立場を余計悪くしちゃう。助けたいのに、逆に追い詰めてしまう。多分、刑務官は固執しているんじゃないのかな?」
「固執? どういうこと?」
「純粋に助けたいんじゃなくて、助けること自体に固執している。もちろん助けたいから、連れ出したんと思うんだけど、本当に達也さんのことを思っているなら、もっと慎重な方法を取るはず。少なくとも私にはそう思えた」
「ふむ」
固執か。その考え方はなかったなあ。
純粋に達也を助けたいにせよ、もしくは何かの目的に利用するにせよ、達也を刑務所から連れ出すのはリスクが高すぎる。
茜の言う通り、助け出すこと自体に固執しているように見える。
だが、何故そこまで固執しているのだろうか。それがわからない。




